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可愛い子からのラブレター 4


 今日のデートの場所は県立の動物園。

 入場料が600円という、お金のない中学生にはとても優しい場所だ。

 お昼の持ち込みもOKなので、お弁当を持ってきた私達は、あまり予算を掛けずに過ごす事が出来そうだ。


「ペンギンだ、可愛い―」

 繋がれた手の違和感を払拭するように、動物を眺めて夢中になる事にした。

 ペンギンは、水の中に潜ったり、氷の上をトテトテと歩いたり、見た目は勿論のこと、仕草も動きも何もかもが可愛い。

「可愛いね」

 笹川君の手がさり気なく肩に回ったようで、ペンギンの愛らしさパワーでは、最早違和感が誤魔化せなくなった。厳しい現実に引き戻される。


「次、白クマ見に行こうよ」

 肩の手を少しでも早く剥がそうと、私は次の場所へと笹川君を誘導するのだった。




     ◆ ◇ ◇ ◇




 12時を回り、空いているベンチとテーブルを使い、お昼ご飯にする事にした。

 私と笹川君、亜矢ちゃんと保田君が隣に座りテーブルを囲む。


 亜矢ちゃんのお弁当は豪華だ。

 味もきっとおいしいに違いない。沢山あるので私も一つ味見をしてやろうと密かに目論む。

 一方の私のお弁当。

 瑞希のお蔭で、一応、体裁は整えられている。

 付け焼刃感は否めない内容だけど…。


「自信がないって言ってたけど、美味しいじゃん」


 爽やかな笑顔で、私の作った玉子焼きを口に放り込む笹川君は、どうやら私が思っていたよりもずっといい人のようだった。

 正直な所、不味くはないが旨くもない、と言ったレベルの代物だ。

「ありがとう…」

 こんな人を騙しているのかと思うと、私の心にじわりと罪悪感が広がってゆく。


 ごめんね、嘘ついて告白しちゃって。

 その癖、さっきから毛嫌いばかりしちゃって。


 少ししょんぼりして俯いていると、お弁当を食べ終えた亜矢ちゃんと保田君が立ち上がった。


「私達、先に行ってるね。触れ合いコーナーにいるから!」


 13時から、羊やヤギ、ウサギなどの触れ合いタイムが始まる。それに向けて2人は駆けて行った。


 取り残された私は、慌てて止まっていた箸を進め出す。

 あーでも、亜矢ちゃんも少しくらい、保田君と2人きりになりたいかなあ…。

 そんな事をぼんやりと考え、再び箸のスピードが緩んだ時、隣からぽつりと呟く笹川君の声が耳に届いた。


「なんか、こうして真紗(ますず)とデートしてるの、夢みたいだな」


 えっ?


 ビックリして、掴んだソーセージを地面に落とした。

 哀れ砂にまみれてしまう。


「俺、真紗は、倉瀬が好きなのかと思ってたんだ」


 突然、笹川君の口から瑞希の名前が出、驚いて口をぽかりと開けてしまった。昨日のシナリオ通りの内容が、何故だか動き始めている。

 恐る恐る隣を向き、笹川君の顔をまじまじと見てしまう。


「え?ど、どうして…」

「真紗とは一年の時も同じクラスだったろ」

「そういえばそうだったね」

「入学当初は驚いたよ。真紗と倉瀬、ずっと一緒に居て凄く仲良くてさ―――付き合ってただろ?」


 いいえ付き合っていたわけではありません。

 綾川さんと言い、沢井さんといい、笹川君と言い、みんな勘違いしているようだけど。


 あ、でも、昨日のシナリオでいくなら、アレを付き合っている設定にすればいいのか。

 そんな事にふと気付き、黙ったまま軽く頷いてみせた。

 この位なら私にでも出来る。


「あの時の真紗の笑顔が可愛くて、印象に残ってたんだ。暫くして倉瀬と離れるようになって、その頃から笑わなくなって沈んだ様子でいたから――あ、振られたのかなって思って…」


 これまたシナリオ通りに笹川君は語り続ける。

 なにこれ。実はもう、私たちの企み全部バレてんじゃないの?

 内心、密かに焦る私を余所に、笹川君はおかしな事を口にし出した。


「そして気づいたらいつも、目で追っていた。俺、実は前から好きだったんだよ、真紗の事」


 あれ?


 笹川君は、私の事、本気ではないと思っていたのだけれど…。


 あれ、違うの?


「だから、告白して貰えて、すごく嬉しかった」

 

 嬉しそうに微笑む笹川君を見て、私の心に広がっていた罪悪感が深く濃くなってゆく。

 私は、騙してはいけない人を騙してしまったようだ。


 笹川君が、今度はぎこちなく私の肩に手を掛けた。

 私は動けない。

 あんなことを聞かされて、私は体が石になってしまったように、動けないでいた。


「俺も好きだよ、真紗―――」


 私も好きになれたら良かったのに。

 ごめんね、私は笹川君が、好きではない………。

 笹川君の顔が私の顔に近づく―――



 ああ


 やってくる。



 背後から人の気配。

 私の口元に被さる綺麗な手。



「なにやってんの、笹川」



 笹川君が、瑞希の手の甲にキスをした。

 私はもう、笹川君の顔をまともに見る事が出来なかった。




     ◇ ◆ ◇ ◇




 お芝居が始まる。


 瑞希が背後から私を軽く抱きしめ、笹川君の方を向いた。

 なにもくっつかなくても…と思ったものの、余計な事を口にしてはいけない気がして、大人しく黙っている事にした。


「オレ、やっと自分の気持ちに気付いたんだ。真紗を笹川には渡せない」

 完璧な台詞回しだ。よくもまあ、照れもせずスラリと言えるものだと感心する。

 笹川君が瑞希を睨み付けている。

「倉瀬こそ何やってんだよ!真紗は俺の彼女だぞ、離れろよ」


 笹川君の勢いに怯んだのか、私の体に回された腕が軽く跳ねた。

 そりゃそうだ。

 私はてっきり、笹川君は興味本位の軽い気持ちでOKを出したのだとばかり思っていたんだもの。

 そして瑞希にもそう伝えていたんだもの。

 話が違うじゃないかと、瑞希が焦っていてもおかしくない。


「真紗を振ってしまった事、とても後悔しているよ。元に戻りたい…もう放したくないんだ」


 気を取り直したようで、瑞希が再び口を開いた。

 どんな顔をして言っているのか、ふと表情が見たくなってしまったけれど、背後にいる為それは叶わない。

 だから真後ろからくっついてきたのか…と、なんだか妙に納得をしてしまった。


 流石の瑞希も、私に見られながら演じるのは気恥ずかしいようだ。

 私も一言だけとはいえ、余り見られたくはない。

 お互いに顔の見えないこの位置は、丁度いいのかも知れない。


「俺だって手放したくないよ。倉瀬は真紗が好きって訳じゃないだろ?他の男に取られそうになるのが嫌なだけで、本気でより戻そうなんて思ってないだろ?」


 笹川君の勢いに、三文芝居が見透かされているような気がして、私は顔が青くなる。


「戻れるものなら戻りたいよ!オレは…ずっと真紗が好きだ…」

「今更なんだよ…。倉瀬は、別に真紗じゃなくたって、他に幾らでも寄ってくる子がいるじゃないか」


 2人の言葉に熱が籠もっている。

 なんだか居たたまれなくなってきた。

 取り合いされるヒロイン役が私というのが、似合わなさすぎて辛い。


「他の子じゃ駄目なんだ。オレは、真紗に傍に居て欲しいんだ。真紗だってそうだろ、本当はオレの事が今でも好きなんだろ?」


 そう言って、真後ろにいた瑞希が私の顔を覗き込み、軽く瞬きをした。

 私の番だ!

 前を向くと、笹川君が辛そうな目で私を見ている。


「真紗が今、選んでくれたのは俺だろ?…なあ」


 ………。


 どうして笹川君の名前を書いてしまったのだろう。

 こんなことなら、瑞希の名前でも書いとけば、後で幾らでも笑ってゴメンで済ませられたのに。


 せめてあの日、雰囲気に飲まれて告白しなければーー。


 私を捉える瑞希の腕に力がかかる。

『笹川君ごめんね、やっぱり私、瑞希が好きなの』

 こう言ってしまえば茶番も終わりだ。


 でも…。


「ごめんなさい、笹川君…」


 悲しげな笹川君の顔を見て、私の心に別の決意が芽生える。


「笹川君の事、そこまで好きでもないのに告白しちゃったの私…。でも、頑張って好きになってみるから!」


 今は好きではないけれど、これから好きになれるかもしれない。良いところを見つけていけば、もしかするとーー。


 背後できっと瑞希が驚いている。話が180度違うじゃないかって。でも、笹川君に申し訳なくなってしまった。

 私が笹川君を好きになる事が出来れば、これがきっと一番、四方八方丸く収まるはず…!

 瑞希の腕の中から脱出しようと、私は瑞希の腕に手をかけた。



「いいよもう」


 あれ?

 笹川君はあっさりと引いた。


「なんとなく、わかってたよ。真紗は、倉瀬を忘れようとして俺と付き合おうと思ったんだろ」


 全く分かってない様子で笹川君は語り出した。


「俺と居ても、あの頃のような笑顔は見せてくれなかったし、俺が触れたらいつも固くなっていたし」


 私の感じた鳥肌感を、笹川君は気付いていたのか。


「大丈夫だよ、これからずっと一緒にいれば、きっと段々ーー」


 そう言った私の口元に、再び笹川君の顔が近づき、思わず身構えてしまった。瑞希の腕を掴んでいた手に力が入る。


「ずっと一緒にいても、変わらないよ」


 寂しそうにそう言うと、笹川君は立ち上がった。


「俺、帰るわ。()()、あの二人に宜しく言っといて」


 そう言って去って行く笹川君に、掛けられる言葉はもう、何も残されてはいなかった。




     ◇ ◇ ◆ ◇




「私、酷い事しちゃったなあ」

「そうだね」

「慰めてくれないの?」

「予定に無いこと言われて、焦らされたからね、この位は」


 笹川君と付き合い続けようとした下り、やっぱり怒ってたかな。あのまま元に戻ったら、瑞希のやった事まんまピエロだもんね。立場ないよね。


「ごめんね、巻き込んで」

「いいよ、危ないとこだったし」

「ところでこの腕もう離していいよ」

「もうちょっとだけこうしてるよ、慰め代わりに」

「慰めてくれる気あったんだ」


 瑞希の腕は癒やし効果でもあるのか、笹川君の事で沈んだ気持ちが、徐々に薄れていくような気がした。


 魔法の腕だな。本当に何でも出来るんだから。


 そういえば、瑞希の腕の中はゾワゾワしないな、とちらりと思う。

 笹川君は特別相性が悪かったのだろうか。



 そんな事をふんわり思っていると、亜矢ちゃんと保田君がこちらへやってきた。

 私達の姿が一向に見えないので迎えにきたのだろうか。

 瑞希の腕を払いのけ、亜矢ちゃんの元へ向かう。


 私は、亜矢ちゃんに本当の事を言うことにした。


「亜矢ちゃん、ごめんね私ーー」

「やっぱり、倉瀬君は真紗ちゃんが好きだったのね…」


 私が最後まで告げるより早く、亜矢ちゃんが言葉を被せてきた。

 いえ、それフリなんです。


「分かってる、分かってるわ…」


 分かってない、全く分かってない…。


「私、笹川君が好きなんて言っちゃったけど、本当は違うの。本当はーー」

「真紗ちゃんは、倉瀬君が好きだったのね!」


 そうじゃないよ…!


「私、嘘ついちゃったの。好きな人は笹川君じゃなかったんだ」

「本当は倉瀬君なのに、今まで気づけなかったのね。真紗ちゃんて結構鈍いんだ」


 そう言って亜矢ちゃんはクスリと笑い出した。

「もう、そういう事でいーんじゃない?」

 瑞希も笑っている。

 当初の予定通りの流れに、どうやら落ち着いたようだ。


「はあ、もう、そういう事でいーよ…」


 ついでに、亜矢ちゃんにはもう一つ嘘をつこう。

 もう、嘘に嘘に嘘を重ねた後だもの。

 最後に一つくらい増やしても今更よね。

 てか、増やさないと私困るから。


 なんて割り切って。



「瑞希との事は内緒にしたいから、他の人には何も言わないでね!」




 それだけ言って、私と瑞希は再び元の、すれ違いの関係に戻るのだった。








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