とある夏の日の出来事
6月くらいをイメージ。
まだ、2人の仲が良かった頃の話。
私、掘浦真紗。中学一年生。
最近、ふと思う事がある。
それは…
周りの女の子達がみんな、なんだかいい匂いがする、という事だ。
双子の妹の真琴だってそう。いつものように布団に潜り込むと、ふわっと、甘いようないい匂いが漂ってくる。
私もいい匂いしてるのかな?
気になって腕の匂いを嗅いでみたけれど、さっぱり分からない。
あの匂いは可愛い子だけなのかな?
私はしてないのかも…と思う気持ちと、してるのかも…と思う気持ちが、なんだかグルグルと回っている。
気になって気になって。
真琴に、匂い嗅いでみて! ってお願いしてみたら、白い目をして、嫌! と、きっぱりお断りされた。
真琴が、一度拒否した言葉を覆す姿を、私は見たことがない。
残念だけど、真琴には教えて貰えなさそうだ。
どうしようかな。
クラスの女の子に聞いてみようかと思ったけれど、私はクラスの女子とはあまり親しくない。
ずっと瑞希と一緒にいるせいか、実技系の授業中にちょこっとお話する程度だ。
頼みづらい。
瑞希に聞いてみようか。
瑞希は優しいから、真琴みたいに白い目で見たりしない気がする。
学校が終わった後、瑞希の部屋へ行ってみる事にした。
季節は夏。
いつものように屋根伝いに瑞希の部屋へ向かうと、暑さのせいか窓は開いていた。
「真紗?」
瑞希がびっくりした様子で私を見る。
いつもの癖で勝手に入っちゃったから、怒ってるのかな?
今まで自由に出入り出来ていたのに、最近瑞希は固いことばかり言う。
「ノックくらいしてって言ってるのに…」
口元を尖らせて言うものの、目元が、しょうがないなあと笑っているように見える。
この表情のせいで私はつい甘えてしまう。
「で、どうしたの?」
ふんわりと瑞希が笑い出した。もう怒っていない様子だ。
ほっとして私は言葉を続ける。
「ごめんごめん、ちょっと頼みたい事があってさ」
上目遣いでじっと瑞希を見つめる。
なんて言おうかな。
「何? 数学?」
「違う、違う。ちょっと最近、気になってる事があって」
考えても纏まらないので、思っている事をストレートに話すことにした。
周りの女の子がいい匂いがする事、自分もいい匂いがするのか気になる事。
「でさ、ちょっと匂い嗅いでみて欲しいなって」
瑞希が目を点にしている。
真琴みたいに白い目はしていないけれど、私、変なこと言っちゃったかなあ、やっぱり。
「お願い!」
真琴と違って、瑞希は押せば聞いてくれる事が多い。
引かずに頼み続けてみる。
「…わかったよ」
渋い顔をしながら了解してくれた。
恐る恐る、私に近づき、後頭部に鼻を当てる。
あれ、でもこれって…
髪の匂いがするだけなんじゃない?
シャンプーの匂いの良し悪しが知りたいんじゃないんだよね。
「ちょっと待って、ここ座って」
そう言って、そばにあったベッドに腰掛けて貰う。
150センチに少し足りない私と違い、瑞希は背が高いので、こうしないと瑞希の鼻は私の髪の毛のままだ。
瑞希の顔を正面からぎゅうっと抱きしめてみる。
「どう? どんな匂いする?」
瑞希の返事はない。もしかして、今日暑かったから、汗臭いのかな?
変な匂いするから、答えられないのかな?
「いい匂い、ちゃんとしてる…?」
腕を離し、瑞希の顔を覗き込んでみる。
私の胸の中は暑かったのか、頬っぺたがほんのり桜色をしている。
「してるんじゃない?」
「何そのはっきりしない答え」
今度は、瑞希が私の顔をぎゅうっと抱きしめた。
「んじゃあ、オレはどう?いい匂いする?」
ふんわりと、瑞希の匂いが漂ってくる。
真琴たちみたいな甘いようないい匂いは全然しない。
汗臭い匂いもしない。
なんだか落ち着く匂い。これは、いい匂いになるのかな…?
「してるんじゃない?」
「ホラ、真紗だってはっきりしない答え」
匂いを言葉で表現するのって難しいな。
ああそうだ―――
「今度、他の女の子の匂い嗅いできて、私と比べてみて!」
「それ絶対むり!!」
私の匂い、どんな匂い?
結局、なぞなぞなまま、私は大人になるのでした。