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迷宮世界に生きる  作者: panda
第一章 新生活の始まり
9/22

1-4.新しい仲間

玲奈は夕食後、例のごとく執務室でこの日のできごとをノートに書き連ねた。


まずはギリムに調べてもらった教皇庁や皇都周辺のこと。

寝る前に図書館で借りた本とあわせて理解の一助とするつもりである。


次にポーターガーデンで聞いてきたこと。

肥料のやり方、日照や水やりについてノートに書いていく。


次にスケルター教授やロザラム教授と面談して聞いた話を書き残しす。

スケルター教授から指摘された攻撃者の違いによって属性付与の結果に違いが出るかどうかは要検証と思われる。

またロザラム教授から指摘された武器の魔力的特性に関しては今まで視野に入っていなかったが、考え出すと一筋縄ではいきそうにない。

たとえは雷魔法では素材の電導性が、氷魔法では熱伝導率が問題になるのだろうか。

玲奈の脳裏に化学反応式とか元素表が思い浮かんだ。


最後にゴーレムの迷宮での戦いを思い出しながらノートに書き込んでいく。

石ゴーレムとの戦いでは、フルーが戦う分には不安はないが、スドンの場合は課題山積であった。

スドンは不器用であるが幸いにも粘り強いので、単調な反復練習を苦にしない。

今やってるトレーニングをもう少し継続して効果が現れるかどうか注視してみる。

また今日の戦闘で、攻撃対象であるゴーレムとの間合いの取り方、位置どりがうまくいかないと露呈した。

この点を克服する方法も考えなければならない。


ギリムはコウモリの一件に思うことが多々ありそうだ。

おそらく発奮して鍛錬に励んでくれるだろうと期待する。


かくいう玲奈自身も課題は多い。

確かに付与魔法に関しては手応えを感じている。

しかしほかの魔法や武術、生産技術はどうであろうか。


まず四元魔法の応用で、間接的にでも戦闘時に役立つ方法を考えたい。

帰り道のアクシデントの際に思いついた水魔法によるぬかるみ作戦。

銅ゴーレム相手にいざという時使うつもりだった土魔法による落とし穴作戦。


書いていて自分でもセコさに苦笑いする。

あとは光魔法による目つぶしもある。

実態は目つぶしのように視覚を奪うほどではなく、驚かせたり集中力をそいだりするだけである。

一時的にも視覚を奪って行動不能にできるなら、戦闘時の補助として役立つだろう。

そのためにはどのように魔法をブラッシュアップするのか?

玲奈は思考を重ねる。

考えたのは光の明るさを高めるか、点滅させることにより眩惑することである。

水魔法や土魔法は室内で試すには不都合だが、光魔法であれば問題ない。


玲奈は執務室で光魔法の練習を始めた。

まずは光を収束させて明るさを高めようと考えた。

手のひらから光を発すると通常は百八十度に広がる。

既に玲奈は九十度まで絞ることができるようになっていた。

それをさらに収束できるよう魔力を操作した。

実戦で使うことを想定して、左手で練習して武器を握るかもしれない右手を開くようにした。

細く細く絞るイメージで魔力を丁寧に操作していくと、約四十五度まで光を絞ることができた。

光が照らす面積は当初の四分の一になったが、魔力のコントロールが難しいので、実際の明るさはせいぜい二倍といった程度である。

それでも進歩があったと思えたので、今日はよしとした。

それよりも魔力を操作して威力や遠達性を高める手法を他の属性に応用できないかと玲奈は考えた。

庭木に水をやるときに使っている水魔法を応用できないかと考え、庭に出て練習しようとした。

しかし星明かりしか光がない屋外では手元が細かいところまで見えず、魔力の細かい操作を確認できなかった

玲奈は左手で光魔法を発動して周囲を照らしたうえで、右手から水魔法で水を出そうとした。

既に光を発している状態ではどうしても水を出せなかった。

左右を入れ替えたり順番を変えたりしたが、光と水は同時に発動しなかった。

一つとして知った星座のない夜空を玲奈はしばらく仰いだ。


執務室に戻った玲奈はノートを開き、『課題:二属性同時発動』とだけ書き二階の自室に上がった。



翌朝ダダクラを製材所に送り届けた後、玲奈は一旦帰宅した。

この後学園の迷宮まで一緒に出かける予定のフルー、ギリムと庭に出た。


「このあとグレイナーでスドンの盾とブーツ買ったら、この三人で王都の迷宮行ってゴブリンの群れと戦うよ!」


すでにヨロイを着込み剣を帯びたフルーとギリムがうなずく。


「フルーは盾と剣の使い方がうまくなり守りから攻めへの切り替えがスムーズにできるようになってね。」


「いや、マスターの助言があったからこそだ。」


「フルーが鍛錬を怠らなかったからだよ。今回はゴブリンの群れと戦うから、もう一歩進めて複数の敵とどう戦うかが課題だよ。」


「マスター、具体的にはどうするのだ?」


「うん、盾と剣を連動させるようにしたでしょ。あれと同じでね。」


玲奈は木剣を取り出してかまえる。

フットワークと効かせて右に左に体をねじって剣を振るう。


「こんな感じじゃない? 一体斬って終わりではなく、動きながら直ちに次の個体に相対する。相手を斬る動作が次の相手への構いにつながる。フルー、やってみて!」


フルーは玲奈の言葉に首をひねりつつ、フットワークを意識してして素振りを繰り返した。



ギリムはその間、黙々とナイフを投げ込んでいた。


「ギリム、お待たせ! ギリムには周囲を広く見渡すことと一点を深く看破することを同時にできないか試してみて!」


「コウモリの件なのか?」


「はっきり言えばそのとおり。でもギリムは気に病む必要はないよ。」


「気にしちゃいねえよ。いや、気にするようにしますよ。」


「うんうん。気長に取り組めばいいからね。それよりか、ギリムはナイフ投げつつ合間に索敵で周囲の様子を把握することを優先して欲しいの。今日だとゴブリンの群れに囲まれないようにね。」


「わかりましたよ。」


ギリムは黙々とナイフを投げ込み、射程を五メートルまで伸ばしたほか、投擲の合間に周囲を素早く確認する動作を繰り返した。


玲奈は昨夜試そうとした水魔法で水流を細く絞る魔力操作をやってみた。

光魔法で同様の操作はしていたので、すぐに水魔法でも細く絞ることができるようになり、三メートルくらいの距離まで届くようになった。

さらに玲奈は水流に回転を加え、直進性や遠達性を向上させ、左右両手でできるようにした。

三メートル以内なら殺傷力はなくても顔面に受けると目を開けていられず、足止めや牽制には十分だろう。

水魔法に続いて火魔法でも細く絞って、遠くまで炎が届くように操作の練習をした。

水魔法と同じく渦巻くように回転をかけると二メートルまで炎の先が届くようになった。

殺傷力は高くなくても、威嚇や牽制の効果は十分だろう。

魔法が一通り満足できる仕上がりになると、今度は左手で魔法を放出しながら右手でナイフを投げる練習を始めた。

同時に別な場所を狙うとうまくいかないが、同じ場所なら魔法で水を当てつつナイフで狙うこともできるようになった。


となりでナイフをなげていたギリムが手を止め、ふむと腕組みして見ている。


「どう? ギリムほど一撃に威力がないから魔法と複合技にしてみたんだ。」


「ほんとレイナさんは変なこと考えるよな。」


「変じゃなく合理的って言ってよ。それよりか接近戦に備えて剣で立ち会ってみない?」


ギリムは首を横に振り、肩をすくめて後ずさった。

玲奈は立ち会位をあきらめ、屋敷から短剣を取ってきた。

納屋の近くまで戻ってくるとさやから抜き、真剣を素振りした。

両手で柄を握り軽く振る。

相手に当たるであろう瞬間だけ力を込めて、あとは振り切り手元に素早く戻す。

この動作を四回、五回と繰り返す。

ギリムばかりかフルーも手を止めて見ている。

ある程度手応えをつかんだ玲奈は剣をさやに収めた。


「フルーはもうすんだ? 出発の準備すらからスドンにも声かけてきて。」


「心得た。」


「ギリムは剣の練習しなくていいの?」


「俺は剣使わねえようですむようにナイフ使うんだよ。」


「私もそのつもりだけど、万が一ってこともあるからね。」


「俺も最悪の場合は剣を抜きますよ。」



準備のできたスドンを加えて、一行はグレイナーの城内に出かけた。

まずはスドンに替えの服を買うため古着屋に行ったが、裾上げを待つ間武器で買い物をした。


「スドン、ブーツを選んだら盾を選ぶよ。また丸型盾でいい?」


「うん、それでいい。」


「じゃあ、この金属製の盾持ってみて。重さはどう?」


大きさこそ以前使ってきた木製の丸型盾と同じながら、全金属製の重厚な盾をスドンが手に取る。


「重くない。これなら使える。」


「それなら決まりね。」


「いや、マスター! スドンにはまだ余力がありそうだ。もうひと回り大きな盾にしてはどうだろうか?」


「えっ、そうなの? ねえスドン、もう少し重くなっても大丈夫そうかな?」


「まだいけると思う。」


「それならマスター、大きめの盾を選ぶといい。銅ゴーレムだけならともかく、鉄ゴーレムやもっと強い魔物と戦うなら頑丈で守れる範囲が広い防具を選ぶべきだ。」


「なるほど、その考えはもっともね。だとするとフルー、どれがオススメ?」


フルーはいくつか手にした盾の中から一つの盾を選び出した。

それは下方が曲線的に細くなる逆三角形をした典型的な形の盾であった。

全金属製の盾をスドンの左腕が持ち上げる。


「大丈夫。問題ない。」


「盾らしい盾だし頑丈そうだしスドンが扱えるなら買いましょ。騎士だったら紋章が入るんでしょうけど。」


盾とブーツ、替えの服を買ったスドンはそのまま城外の家に戻り、玲奈はフルー、ギリムを連れて皇都に飛ぶ。


皇都パルピナの西門近くに乗合い馬車の待合所はすぐ見つかった。

しかし目的の都市名がわからず、やむなく玲奈たちは人混みにもまれながら街中に引き返した。

ギリムがあらかじめ商業組合の場所を調べてきたので、組合の事務所でローズマリーをキーワードに尋ねたが手がかりは得られなかった。

ギリムに連れられて露店を中心に聞き込みしたところ、あっさりと目的の都市名は『パルマ』と判明した。

もう一度に西門に引き返し、乗合い馬車の確認したころにはお昼が近づいていた。

玲奈もフルーも気疲れを感じ始めていたので、皇都で食事していくことにした。


フルーとギリムはこの後迷宮で戦闘をする予定なのに肉料理をガッツリ食べた。


「フルーもギリムもこれから戦闘するというのに食欲満々ね。」


「これから戦うからこそしっかり腹ごしらえしねえとな。レイナさんこそビビって食が細くなってんじゃねえのか?」


「うん、多少ナーバスかもね。単体では戦ったことのある相手だけど、集団となるとまたべつだからね。まあ敵とか関係なく満腹だと動きにくいよ。」


「そんなもんかね。」


玲奈はさすがに食欲があまりないので、トーストとサラダ、果実ジュースにとどめた。

食後にはクッキーや茶葉を買い込み、それから王都に飛んだ。


王都では迷宮に入る前に玲奈たちは学園に寄った。

スタローム参謀はまたもや留守だったが、図書館では司書のクローカに会えた。

皇都で買ったクッキーと茶葉の一部がおみやげに供された。


「皇都で買ってきたものです。お口に合えばいいのですが。」


「わあ、ありがとうね! ここらでは手に入らない貴重品よね。」


「教皇庁関連の本をお借りしたので、そのつながりですね。」


「レイナさんらしい気の使い方ね。だとすると今日も教皇庁関連の本がご入り用かしら?」


「いえ、今日はこれから迷宮に入るので寄らせていただきました。」


「えっ、これから?」


「はい! これからゴブリンと戦ってきますよ。こちらがやられないように気をつけます。」


「ねえ、気をつけてよ。」


「最大限気をつけます。いざとなったらこれを使いますよ。」


そう言って玲奈は腰に佩いた短剣をたたいた。


クローカをそれを見て目を見張る。

玲奈はあっけらかんとした笑顔をみせる。


「無事に来週お会いしましょう!」



玲奈はフルーとギリムを連れて学園を抜け、迷宮にやって来た。

一階から三階までは戦闘を最小限にして通過した。

四階に上がる階段の手前で打ち合わせた。


「通路は数匹ずつしか出ないので、フルー、蹴散らして進むように。」


「心得た。」


「広間に周囲を確認しながらゆっくり進むよ。ギリムはよく見張っていてね。個体数が二十を超えているか、超えていなくても上位種がいる群れがいたら戦わず撤退するよ。」


「ハイハイ、ちゃんと見張りますよ。」


「フルーは突っ込み過ぎないように気をつけて! ギリムはフルーの左後ろで間隔をあけ過ぎないように位置して左側の敵に対処すること。私は右側に対処します。」


「わかった。ではマスター、上の階に行こう!」


ギリムと玲奈は左右の腰に装着したポーチのフタをあけ、中に収納している投擲用ナイフ十本をすぐに取り出せる態勢にした。

ギリムはさらに五本のナイフをベルトにはさんでいる。


「その前に付与魔法かけるよ。」


玲奈はフルーとギリムには火属性を付与したが、自分には水属性を付与した。

火よりも水の方が遠くまで飛ばせるので、最初は水属性で進むことにした。


四階に上がるとしばらくは幅三メートルくらいの曲がりくねった通路が続く。

玲奈もフルーも何度か通っているので迷うことはない。

ときにニ、三匹のゴブリンがパラパラと襲ってくるが

フルーが大剣を左右に振ってゴブリンを沈めていく。


まもなく通路を抜けて大きな空間に行き着いた。

曇天の夕暮れ時を思わせる薄暗くてかすかに赤みを帯びた光が石ころと岩ばかりの地を照らす。

踏み固められた道らしき跡を進む。


「四匹来る!」


ギリムが小声で注意を促すと、すぐに四匹のゴブリンがわめきながら駆け寄ってきた。


フルーが飛び出して軽快なフットワークでゴブリンとの間合いを詰め、滑らかな動きでたちまち四匹とも斬り伏せた。


「フルー、いい動きだったよ!」


今まではここで大きな群れに当たる前に引き返していた。


「さて、これから大きな群れと戦います。もし二十匹目を超えたり上位種がいたら即撤退するけど、十数匹だったら戦ってみます。」


「望むところだ。」


「あくまでも冷静かつ慎重にね。フルーは一歩踏み込んで斬ったら、一歩引いて次の相手を迎え撃つくらいの心積もりでいるように。フルーとギリムや私の間が開いてゴブリンに入り込まれたらピンチだからね。」


「ああ、承知した。」


「ギリムは眼前の敵が最優先だけど、余裕があったら別の群れが接近していないか気にしててね。」


ギリムは固い表情てコクコクとうなずく。

玲奈はギリムの緊張と若干のおびえをみてとり、さっと近づくとギリムの背中を小さくポンポンとたたいた。


「緊張感を持っていたり、慎重さを失わずにいることはいいことだよ。ギリムだけじゃない。私もクローカさんに見抜かれたようにテンションがおかしくなってるんだ。でもそれでかまわない。今できることを精一杯やろう!」


そう言って今度は背中をさするとギリムの表情がいくらか柔らかくなる。


「それでも震えが止まらないなら、足を踏み出せないなら、無理しなくていい。はっきり『無理』って言っていいよ。私も強行するつもりはないし、ここで引き返すから。」


ギリムは一瞬目が泳いだが、すぐに表情を引き締める。


「いいや、いける! やってやるぜ!」


まだギリムの声は震えていた。


「じゃあゆっくり深呼吸してて!」


玲奈は前を進むフルーに駆け寄って声をかける。


「ねえ、フルー。あのあたりで迎撃しない?」


玲奈が指差した先は道の両側に大きな岩があって間が狭くなっている。


「ああ、いいだろう。好都合だ。」


玲奈はさらに土魔法で地面を盛り上げて高さ約一メートルの壁を作り、右側の大岩につなげた。

開口部は約四メートルに狭まった。


追いついたギリムが思わず苦笑いするが、一転表情を引き締め指を折りながら数を数えて出す

ゴブリンの群れが近くまで来ていた。


「敵さんは十四匹、特にデカイのや強そうなのはいねえです。」


「それならお手頃ね。いい、いくわよ!」


フルーが大きくうなずき、ギリムがゴクリとノドを鳴らす。

玲奈は二人に火属性を、自分には水属性を付与した。


様子を見ながらすぐ近くまで近づいてきた十四匹のゴブリンに、玲奈がポケットから小石を取り出し投げつける。

小石のころがる音に弾かれたように先頭をあるいていたゴブリンが三匹、一斉に駆けだした。

釣られて後続のゴブリンたちも走り出した。



ザシュ



開口部を越えて走り込んだ先頭のゴブリンに向けて、フルーの大剣が一閃される。


立て続けに大剣が左右に振るわれて、残る二匹も物言わぬむくろとなった。


大剣を手に立ちふさがるフルーを前に、ゴブリンの後続集団は急停止した。

ゴブリンの群れは恐る恐るといった歩調で、フルーに接近するのではなく左右に広がって囲もうと動いた。


右に広がろうと動いたゴブリンには玲奈が対峙する。

魔法でゴブリンの顔面めがけて左手から水を飛ばし、ゴブリンが思わず顔を背けると、右手でナイフを投げる。



プシュ



ナイフがゴブリンの体に突き刺さるとゴブリンは絶叫して崩れ落ち、地面をのたうち回る。

顔面、特に目を狙って水をかけているので、飛んでくるナイフを凝視できず、かわしたり得物でたたき落としたりといったことが困難だ。

刺さればナイフ自体の威力はそれほどでもないが、属性魔法が付与されていて追加で魔法攻撃分のダメージが上乗せされるので激痛に悶え苦しむことになる。

右側に回り込もうとしていたゴブリンの二匹目、三匹目が玲奈の投げナイフに刺さり悶絶している。

ほかのゴブリンはその様子を見て恐れ右側に行こうとはしなくなった。

ただでさえ右利きのフルーが片手で大剣を振り回しているのでゴブリンたちは右側を敬遠気味であった。


そのとばっちりを受けたのが左側を受け持ったギリムである。

ゴブリンの後続グループが玲奈のサイドを敬遠してギリムのサイドに回ってきたため、ギリムは二、三匹のゴブリンとの戦いを余儀なくされた。


「チクショウ! クソッタレめ!」


ギリムが悪態をつきなから次々とナイフを投げる。

勢いづいていたゴブリンたちだが、そのうち一匹にギリムのナイフが肩に当たる。

ギリムは玲奈ほど命中率が高くが、目一杯力を込めてなげているので当たった個体は倒れて痛がっている。

さらに付与魔法の効果で火属性の魔法攻撃が追加されて、ぶつかった肩から首、顔にかけて火に包まれて打撲と火傷を負ってのたうち回っている。

それを見てほかのゴブリンが逃げ腰になる。

今度はギリムのナイフが一匹の胸に突き刺さる。

一瞬火がたつが内側から焼かれたのか倒れたゴブリンはけいれんしてすぐに動かなくなった。


自分の側に敵がいなくなった玲奈は振り返ってギリムを見たが、援護は必要なさそうだと判断した。


すぐにフルーが眼前の敵をすべて斬り伏せ、ギリムと対峙していたゴブリン三匹も次々にたたき斬った。

あとは倒れているゴブリンにとどめを刺して回って戦闘終了となった。


「フルー、お疲れ! ギリムもよくがんばったね!」


「レイナさん、ちょっとひでえぜ! 俺の方ばっかゴブリンが来やがった。」


「ごめんごめん、フルーの利き腕が影響するなんて考えが及ばなかったよ。スドン連れてこなかったせいでもあるかも。」


「スドンの野郎じゃゴブリンのチョコマカした動きについてけねえだろ。」


「盾役は必ずしも倒さなくていいんだよ。相手の攻撃を止めてくれれば、そのすきに後衛が攻撃するから。」


「そんなもんすか?」


ギリムは周囲を警戒しながら投げたナイフを拾い集める。

玲奈は左手から魔法で水を出して、返り血を浴びたフルーの盾やヨロイを洗い流している。


「今度は左手で魔法が撃てる私が後衛の左側をやるよ。ギリムは右側をやってみて。」


「どっちでもいいっすよ。」


そう言ったギリムがスックと立ち上がる。


「別な群れが来やがる。」


「数は?」


「二十匹目以上います。」


「じゃあ撤退するよ!」


玲奈はあたり一面に水をまいて、フルー、ギリムと足早に立ち去った。

ギリムにはセコいと言われたが、敵の足止めは知略のうちと玲奈は言い返した。

実際、足止めの効果なのか、ゴブリンたちは追いかけてこなかった。

玲奈たちは悠然と四階から三階に降りた。


「チクショウ! ナイフを十本以上拾いそこなったぜ。」


ギリムが空になったポーチをたたいて悔しがる。


「私は一本も拾えなかった。なんか悔しい!」


「それならマスター、今から四階に戻って再戦するか?」


「それは遠慮しとく。」


珍しくフルーが混ぜっかえすが玲奈は肩をすくめる。


「それにしても投げナイフや矢は事後の対応を回収が大変なんだね。」


ギリムが渋い顔でうなずく。


「このまま外に出るのもなんだから、二階でヘビでも捕まえよう。フルー、お願いできる?」


「まかせてくれ、マスター!」


玲奈たちは二階に降り、フルーが小ヘビを五匹狩ってから迷宮の外に出た。

すでに夕暮れが迫っていた。

玲奈たちはグレイナーに飛んで食べ物を買って帰った。


荷物を置いて着替えると玲奈は夕食の支度に取りかかったが、廊下や食堂、厨房の中央部はきれいに掃除されていても、壁際や四隅にホコリが残っているが気にかかった。

掃除をしたダダクラは食卓の準備をしている。

厨房に戻ってきたダダクラに玲奈は隅っこのホコリを見せて、それとなく注意を促す。

ダダクラは気をつけると言い頭を下げる。

玲奈は見守ることにして、料理に気持ちを切り替えた。


学園の迷宮で狩った小ヘビは、既に頭をおとし皮をむいて内臓を取り出してある。

それをぶつ切りにして小麦粉をまぶし、フライパンで焼く。

最後に塩を振りかければできあがりだ。

ヘビは小骨が多いが、フルーたちは気にしないで食べるので、そのまま皿に盛って出す。


玲奈は小骨が苦手なので、ナイフの先を使って小骨を取り除く。

小骨は本数が多く取り除くのに手間がかかり、手先の器用な玲奈でも時間も手間もかかる。

玲奈は食する量は多くないので、ほどなくして小骨を抜き終わり、小さく切り分けて焼いた。

それでも玲奈はピンセットが欲しくなった。

その間にダダクラに盛り付けをやってもらったので、早々に夕食とする。


疲れがある玲奈はいまひとつ食が進まないが、同じく疲れているはずのフルーとギリムはいつもに増してバリバリとヘビ肉や串焼きを食べている。

その無邪気な様子を見て玲奈は苦笑した。


食後のお茶を入れながら、玲奈はダダクラに話しかける。


「製材所のお仕事はどうだった?」


「キツかったです。重い材木を運んで腕がパンパンです。」


「明日筋肉痛がひどくなるから、寝る前によく動かしてコリをほぐしておいた方がいいよ。」


「はあ、」


「明日は食堂も製材所もない日だから休養日にする? こっちはお出かけするかつもりだけどね。」


「マスター、どこに行くつもりなんだ?」


「午前中調べたでしょ? パルマよ。」


「パルマ?」


「そう、パルマ! 香草がとれるみたいだから買い物に出かけるの。フルーはどうする?」


「私はマスターについていくつもりだ。」


「特に戦闘の予定はないわよ。」


「それでかまわない。とのみち剣を研ぎ直さなくてはならないしな。」


「だったらスドン、明日は家にいてフルーと大剣とギリムの投擲用ナイフを研いでおいてくれるかしら?」


「レイナさんが言う通りにする。」


「じゃあスドンは明日留守番で研ぎ直しをお願いね。」


「うん!」


「ギリムはどうする?」


「俺は家にいてなにができるわけでもねえから、レイナさんにくっついていきますよ。」


「ではフルーとギリムは朝一で私とパルマにお出かけ、スドンとダダクラは適度に休養しつつそれぞれ研ぎと掃除をよろしくね!」




翌朝、玲奈はフルーとギリムを連れて皇都パルピナに飛び、朝一の馬車でパルマに向かった。

フルーはメインウェポンの大剣をスドンに預けてきたので、以前使っていた鉄製の変哲のない直剣を腰に下げている。盾も持たずヨロイも着ずに平服である。

玲奈は少しずつ買い揃えた服の中から黄色いワンピースに紺色のパンプスを履き、薄い赤のストールを羽織っている。髪は後ろで結んでおさげにして小さなリボンをつけ、麦わらの小ぶりな帽子をかぶっている。

ギリムは厚手のパンツに生成りのシャツの上に革のベストを着ている。相変わらず髪を逆立てて、そこは主張が強い。


西門付近は出る人、入る人でごった返している。

パルマとは人の行き来が多いのか、大型の乗合い馬車三台で出発となった。

門から外に出ても巡礼なのか人の列は途切れない。

ところどころ騎士が警備や交通整理をしている。

三人は今までの馬車旅で得た教訓からふかふかのクッションを敷いている。

ただし路面や路盤の整備状況がいいのか、石畳の道は揺れや振動が少ない。


道の両側に立ち並んだ人家や店が途絶えて畑が広がるようになると乗客の中で船をこぐ人が出る。

フルーが玲奈に小声で話しかけた。


「マスター、朝ストレッチの後にやった木の球を使った訓練は何のためなんだ?」


「もう一度説明すると、球の上に乗ると不安定でしょ。前後左右に揺れるので倒れないようにバランスを取ろうとするから、普段使わない筋肉が鍛えられるの。」


「普段使わない筋肉を鍛えてもしょうがないのではないか?」


「普段はあまり意識して使わないけど、体をしっかり支えるには必要な筋肉なの。フルーが最近開眼したようにフットワークをきかせて連続して剣を振る場合、体のバランスが大切でしょ?」


「たしかにそのとおりだ。」


「あの訓練で鍛えた筋肉は体勢が崩れかけても立て直したり、足場が悪くても安定を保つために必要な筋肉だから。体の軸がしっかりしてくるから一ヶ月くらい続けてみて。一日十分でもいいから。」


「わかった。はっきり理解できたわけではないが、今までもマスターの理解できない提案に半信半疑で乗ったら思いがけない効果が出たことが何度もあった。今回も試してみよう。」


「うん、そうしてみて! ギリムもだよ!」


玲奈がフルーと反対側に座るギリムにはなしかけるも、ギリムは熟睡中であった。


「ところでフルーが生まれ育ったエカエリ諸島ってどんなところなの?」


「そうだな、毎日夏だったな。」


「それじゃこっちは寒く感じるでしょ。」


「これからもっと寒くなると思うと憂鬱だ。」


車窓から見える木々は赤や黄色に色づき始めていた。


「エカエリ諸島はどんな作物がとれるの?」


「いろんな木ノ実がとれる。」


「お魚を捕まえて食べたりはしない?」


「魚も食べるぞ。もっとも塩焼きばかりで大した料理はしないがな。」


「そうなんだ。この大陸も四方は海のはずだから、一度海辺に行ってお魚食べたいな。」


「私もそんな機会がいつかあることを願っている。」


話しているうちに馬車は休憩のため小さな町に停車した。

乗客はみんな車外で腰を伸ばす。

町外れに泉があるので、玲奈たちも行って水を飲み水筒を満たした。

馬車が停車している中心部に戻ってくると、巡礼らしき一団が小さな石像にぬかずいていた。

玲奈が聖職者らしき石像に近づいて脇の石板を見ると説明書きがあった。

それによるとこの像は三代目教皇で、巡礼の安全を願って街道の整備に尽力したのだそうだ。

玲奈はここがまだ教皇領であることを思い知った。


馬車は十五分くらいの休憩で、また動き出した。

少しいくと道はゆるやかな下り坂になった。

坂のせいか馬車の揺れが大きくなる。

玲奈たちを含めて乗客は口を開かない。

ただし傾斜地で視界が開ける。

木々の間に牧草地が広がる。

下っていく道の先に陽光を照り返す川面が見える。

玲奈はクッションの柔らかさを堪能しつつ車窓の風景をながめた。


坂を下り切るとあたりは畑地になる。

まもなく八端十字と水瓶の紋章をつけた騎士たちの詰所を通る。

御者が騎士となにか話している。

ここが教皇領と王領の境界のようだ。

そこを過ぎるとまもなく橋を渡る。

アーチをいくつも並べた石の橋の下に滔々とした水の流れが見える。

橋を渡り切ると乗客から安堵のため息が漏れる。

川沿いの平地を突っ切ると、道は登り坂になる。

すぐに踊り場状の地形に何軒か建物が立っている。

ここで再び休憩になる。

道沿いに茶屋が並んでいる。

ここで二度目の休憩となった。

乗客たちは再び下車して腰を伸ばす。

玲奈たちも馬車を降りた。

ほかの乗客たちの話を聞くともなく聞いていると、先ほどの騎士の詰所が国境の検問所で、渡った川はウィスラ川というらしい。

日は中天にかかっている。

馬車はみやげ物や軽食を売る小さな店の前に止まっていて、乗客の何人かは店内で買い物をしている。

玲奈とフルーも見るだけ見ようと中に入ろうとしていると、皮鎧を着込み剣を腰に下げた大柄な男に話しかけられた。


「あんたも皇都で稼げなくてパルマに行くクチかい?」


フルーの腰に帯びた剣を見たらしい。

玲奈も短剣を持っているが、花柄の布で作った袋に入れているので気づかれなった。

車中では見ていない顔なので、他の馬車に乗っていたようだ。

玲奈はフルーと目配せして男に答える。


「皇都の者ではありませんが、パルマには取引で参ります。」


「すると嬢ちゃんたちは商人のお使いかい?」


「いえ、商人というわけではなく、どちらかといえば職人です。」


「ほう、何を作ってるんだい?」


「ポーションを作ってます。そうだ! 店売りじゃないので少しは引くから買っていきません?」


男は考えることもなくうなずくと玲奈と価格交渉して、初級ポーションを市価の三割引で二本買った。


「ありがとうこさいました。」


「ところであんたは解毒薬を持ってないかい?」


「念のため持ってきてますが、虫にでも刺されたのですか?」


「いや今すぐ必要ってわけてもないが、あんたが作ったんじゃないのか?」


「ええ、買ったものですよ。」


「ならわざわざ売ってもらうまでもないな。邪魔したな!」


男は手を振って他の馬車に乗り込んだ。


フルーが声を潜めて話す。


「マスター、あの男が毒虫にでも刺されていたら魔法で治してやるつもりじゃなかったろうな。」


「もちろん、そんなつもりはないよ。市価で解毒薬を売るかどうかってところ。」


「それならいいが、皇都からの客もおおいからな。」


「わかってる。人前でおおっびらに神聖魔法は使わないよ。」


話しているところにどこからかギリムがさっぱりした顔で戻ってきた。


「レイナさん、この坂の上がパルマで、あと一時間くらいで着くってよ。」


「もうすぐだね。」


「それと客にご婦人が多いだろ? パルマは化粧品が名産なんだと。」


ギリムがなにかのついでに、玲奈に気を利かせて情報を拾ってくれたようだ。


「ありがと、ギリム。でも選びだすと時間がかかっちゃうから、また今度にするよ。」


御者から声がかかり、玲奈たちも馬車に乗り込み出発した。

登りのためか路面の状態のためか、馬車は下りよりも揺れた。

坂を登り切ると畑が広がる田園地帯になる。

その先の小高い丘の上、城壁に囲まれてパルマの街はあった。


パルマの中心部は皇都パルピナほどではないが、いくつも店が立ち並び人通りも多くにぎやかだった。

玲奈たちは軽食堂でお昼にした。

玲奈はパンに薄いハムと葉物野菜をはさんだものとお茶を頼んだが、フルーとギリムは羊の焼肉やフライをパクパクほおばる。


「新しい街に来ると気分も胃袋も一新されてたくさん食えるぜ。」


ギリムが口にものを入れたままうそぶき、食が細い玲奈はあきれて見ている。


昼食後、玲奈たちは場所を聞き込みして商業組合にやって来た。

玲奈は薬屋の場所を尋ねてポーションの売却に、ギリムは食料品店を尋ねて香辛料や食材の情報を集めに手分けして出かけた。玲奈は化粧品店の場所も調べてある。


玲奈はフルーを連れて大通りを進み、バルドス薬店という店を訪れた。

商業組合で調べ、創業が古く取扱品目も多そうだったからである。

店は大通りに面しているが華やかな化粧品店にはさまれて目立たないが、シンプルな木製の外観と、清潔でよく整理された明るい店内をしていた。

薬瓶や袋が所狭しと棚に並ぶ王都の薬屋とは趣きがかなり違う。

先客が会計をすませて店を出て店内に誰もいなくなったのを見計らって、玲奈はカウンターにいる店主とおぼしき男に話しかける。


「お時間よろしいでしょうか? 実は調合に心得がありまして、ポーションをご用立てすることができます。もしご入り用でしたらお買取いただければと思い伺いました。」


口ひげをたくわえた細身の店主は、薬師というより貴族の執事を思わせる所作で応える。


「ほかのお客様もいらっしゃいませんし、このあと商談の予定もありませんので、かまいませんよ。ポーションを拝見しましょう。」


玲奈は肩かけのバッグから取り出す振りをして、アイテムボックスからポーションを取り出しカウンターの上に置いた。

店主は瓶を手に取ってのぞきこむ。

鑑定が使えるのかもしれない。


「品質は確かですな。」


買い取ってもらえることになり、交渉の結果一般的な卸値で三個売却した。


「ところで解毒薬はお作りにならないのですか? この地の防衛隊や冒険者からもポーション以上に需要はありますよ。」


「えっ、なにか毒を持った魔物が出るんですか?」


「なにを言ってるのですか。迷宮内の虫ですよ。」


「迷宮?」


一瞬店主があきれたような目をしたが、すぐににこやかな表情に戻る。


「すぐそこの『花の迷宮』ですよ。」


迷宮という言葉に玲奈の背後にいたフルーが反応して身を乗り出す気配がする。


「あっ、はい! 今度は解毒薬をお持ちしますね。今日はありがとうごさいました。」


流れがグダグダになり、あたふたと店の外に出た。


「おいマスター、聞いたか? 迷宮だぞ迷宮も!」


フルーが玲奈の手を引いて言い募る。


「フルー、落ち着いて! ギリムとの待ち合わせに三十分あるし、迷宮に入るなら準備や下調べはしっかりやらなくっちゃ!」


「むぅ」


玲奈がさとすとフルーは不服そうだが、やや落ち着きを取り戻した。


「ギリムと合流したら冒険者協会の支部でも行って、迷宮のことを調べるからね。」


「準備をしっかりすることには私も賛成だ。」


「でしよ? それとバルドス薬店で言ってた解毒薬についてスケルター教授から聞いたことはない?」


「いや、なにも聞いてないな。どちらかといえばジュビリー教授の守備範囲だろう。」


「それもそうね。こんど聞きに行ってみようかな。」


その後玲奈たちはもう二軒薬屋に行って、ポーションを二本ずつ売りさばいた。


待ち合わせ場所である商業組合の前にはギリムが先に着いていた。


「やあ、待たせちゃったかな。迷宮のことは聞いた?」


「すいません、俺もまさか迷宮の街とローズなんとかの街が同一とは思いもしねえですよ。」


「皇都で聞き込みするだけじゃわからないもんだね。」


「商人と騎士様じゃ目のつけどころが違うってこってす。」


「冒険者協会でも行って迷宮のこと調べよう。」


「ちゃんと場所は見つけておきましたぜ。」


ギリムの案内で玲奈とフルーは冒険者協会の支部に行く。

まだ探索を終えて引き上げる時間でもないが、中はそれなりに人がいた。

王都や皇都ではローブを着たり杖を持った魔法使いや聖職者と思われる人を見かける場合があるが、ここパルマでは見た限り物理職ばかりであった。


玲奈が窓口で迷宮について尋ねると浅い階層なら地図があるとのことで、三階までの地図を買い、迷宮の魔物目録を借りた。

地図には出現する代表的な魔物の名前が書いてある。

目録と照合して毒を持っていたり、特殊な攻撃をしてくる魔物をチェックする。

改めて見ると、○○ムシ、○○アリ、○○バチなんて名前が多い。

バルドス薬店で話を聞いて想像したとおりだ。


「やっぱり虫か多いよ。飛ぶのも多いし。」


ギリムが顔を歪めて嫌がる。


「以前のミツバチを思い出してもらいたいけど、数が多くて素早い相手はフルーやスドンと相性がね。」


フルーはゆっくり首を横に振り、玲奈の手に目を落とす。

玲奈は物理職ばかりのフロアをぐるりと見渡す。


「私の手を使うのもありといえはありだけど、ここの迷宮ではどうだか。」


玲奈の言葉と目の動きで、フルーとギリムは察したようだった。


窓口に礼を言って目録を返し、冒険者協会をあとにして大通りに出てきた。


「どうするか対策は考えておくからね。それよりギリム、シナモンは見つかった?」


「いいや、残念ながらどの店に聞いてもわからねえそうです。」


「そっか、しかたないね。」


「コショウとナツメグはめったに入荷しねえらしくって、今はどこにもなかったです。」


「それもしかたないね。」


「ただしローズなんとやらは見つけやした。お茶に混ぜるそうです。」


「おっ、いいね。ギリム、そこに案内して!」


ギリムに連れられて行った食料品店は大通りに面し、薬屋を回ってるとき前を通った店だった。

無事にカモミールとローズマリーのハーブティの購入に成功した。

香草としてドライバジル。

ほかに変わった産品として、王国より南の貴族領から持ってきた干しぶどうと陳皮を少量購入した。

これらの買い物で玲奈はウキウキしていたが、時間がなくて化粧品店に寄れなかったのは心残りであった。



ウキウキ気分で帰宅して玲奈であったが、ハーブティや香草を収納しようと厨房に入ったところで冷水を浴びせられる。

ダダクラに念押しして頼んでいた掃除が不十分だったからである。

特に四隅のホコリはそのままであった。


まもなくダダクラが降りてきたので玲奈は厨房の隅を指差す。

ダダクラはそこにあるものを目にして絶句する。


「やってて自分で気がつかなかったのかな?」


「いや、あの、決して、決してサボったり手を抜いたわけじゃねえです。」


「じゃあ、なんで?」


「俺は田舎のあばら家当然の猟師小屋で育ちました。冒険者になってからも野宿やせいぜい安宿でした。掃除なんてしたことなかったんです。」


「不慣れだったのね。それに四十歳を過ぎれば新しいこと覚えるのも時間がかかるでしょう。」


「はい、そうなんです。」


「それは私も理解してるし、気長に待つつもりよ。それであなたはゆっくりでも自分の進歩を実感できているの?」


「いや、あの、お、俺は不器用なもんで、」


「別にあなたを責めたりとがめたりするつもりはないのよ。どうしていいかわからないなら遠慮せずに聞いてね。掃除のやり方がわからなかったかもしれないから、私が見本にやってみるから見ててね。」


玲奈は厨房の壁際にほうきを立ててゆっくりと漏れがないよう掃き、四隅はほうきを寝かせてゴミの残りがないようにし、最後は一箇所にまとめてちりとりですくい取った。

そしてダダクラにほうきとちりとりを渡していった。


「食堂も同じ状態だから、私がやったようにダダクラもやってみて。」


今度はダダクラが食堂の掃くが、かえってゴミが散らばったりでうまくいかない。


「今できないことは責めないから、必ずやった後

うまくできたか確認すること。」


「はい、わかりました。」


そつはいっても育ちから考えてダダクラは部屋が汚いことに抵抗は感じないのだろう。

フルーやスドンはがんばった分自分の装備に返ってくるが、ダダクラにはモチベーションを上げる材料がないことが気になった。

たまにはアメをあげてもいいと思った。


「ダダクラは家事が苦手というなら、何が得意なの? 何が一番やりたいの?」


「かわいい小物や服を作ることです。」


即断である。


「でもお店をつぶしちゃったよね。なんでつぶれたの?」


「立地が悪かったからです。」


「自分のデザインや裁縫技術が悪かったとは考えないのかな?」


「それはないです。あっ、商売のやり方はうまくなかったかもしれません。」


「趣味ならともかく、商売なら買う人が納得するできるデザインでないとダメだよ。」


「自信はあります。」


「だったら、家事をすべてすませた後でって限定させてもらうけど、ダダクラのデザインを見せてよ。紙やペンをいくらでも使っていいから。」


「えっ?」


「だから、私が納得できるデザインを見せて! 自分が普遍的な感性を持っているとは思わないけど、私一人を動かせなくてどうするの?」


掃除の件ではうなだれていたダダクラは活気を取り戻したような玲奈には見えた。



その後、夕食としてダダクラは肉を焼き、玲奈はとなりでアップルパイを作ってみた。

シナモンが手に入らなかったのだ、干しぶどうを少量刻んで風味づけとした。


夕食のあとでデザートとしてアップルパイを出した。

玲奈にとっては期待していた味とは違っていたが、フルーやギリムはおいしいといって食べてくれた。



翌日の午前中、ダダクラはバクロリーの製材所に行き、残った玲奈たちは生産や自己鍛錬に時間を費やした。

ダダクラが帰宅すると一緒に昼食をとり、入れ違いで玲奈がフルー、スドン、ギリムを連れてゴーレムの迷宮に行く。

玲奈はダダクラに、掃除が終わったら夕食の支度に取り掛かるまでの時間をデザイン画に使ってもよいと言い残した。



迷宮では、盾を一新したスドンが低い構えで銅ゴーレムの攻撃を受け切り、その間に背後に回ったフルーが一撃、二撃と加えるとゴーレムは倒れて動かなくなる。


「かなり安定してきたんじやない? 遠からず鉄ゴーレムにも挑戦してみよう!」


「スドンが研ぎ直してくれた大剣がいい具合だ。」


手応えを感じて意気揚々と帰宅した玲奈を迎えたのは、掃除した形跡のない玄関や廊下だった。

玲奈は自室にこもっていたダダクラを呼んだ。


「これはどういうことでしょう?」


「すいません、ほんと、すいません!」


「いったいどうしてこうなったの?」


「実は掃除前にちょこっとだけ気分を盛り上げるためにデザイン画を描こうと思ったんです。そうしたら面白くて時間がたつのを忘れてしまって、ホントすいません。」


「出かける前、掃除を終わらせてからやるように言ったよね。」


「はい、そのとおりです。これ以降気を付けますんで。」


「これ以降って言ったって、昨日の今日だからなあ。」


玲奈は自分の心がポキって音を立てたような気がした。


夕食後のお茶の席でカモミールティを飲みながら、玲奈は明日王都で家事用の女の子奴隷を買うと宣言した。

ここ何日かのダダクラとのやり取りを聞いていた面々は妙に腑に落ちたといった表情を浮かべた。




翌朝魔法学園の食堂にダダクラを送り届けた玲奈は王都の奴隷商人の店を回った。

家事用メイドタイプの女奴隷とリクエストして見せてもらったが、どの店でも別の目的なのではと思われる割高な奴隷ばかり見せられた。

早々に見切りをつけた玲奈は昼過ぎにダダクラを連れて帰宅した。


「ねえギリム、王都は貴族のお屋敷がたくさんあって、もっとメイド経験のある人が見つかると思ったんだけどねえ。」


「いやあ、取り潰しとは言わねえが、代替わりでもあればメイドも出ると思うんだ。今がその時期じゃねえってことだけで。」


「こうなったら人口もお店も多い皇都で探すかあ。ギリム、午後つきあってよ。」


「いいぜ。」


二人は皇都に飛び、商業組合で奴隷商を探したが、奴隷商は商業組合に加入していないことが判明した。

やむなくギリムに聞き込みをしてもらって、夕方近くになってようやく南門近くで何軒か奴隷商の店を見つけた。

そのうちで一番店構えの大きい店から入ってみる。


「家事ができるメイドタイプの女奴隷を探しています。」


やや背が曲がったか初老の店主がしわがれた声で言う。


「ちょっと待っててくれ。何人か見繕うから見てってくれ。」


店主が連れてきたのは三人、いずれも貴族家でメイドの経験があるとのことだった。

一人は二十歳前後に見え、もう一人は三十歳を過ぎて見えるがかなり美人で、当然この二人は高く予算オーバーである。

最後の一人は四十歳を超えているようにみえ、背は玲奈と同じくらいだが、がっちりした体格に、なんというか、豪快な風貌をしていた。

こちらなら予算的にお釣りが出る。

少し話してみたが、三人とも貴族家で働いていただけあって受け答えにソツがない。

玲奈は最後の一人にもう一つ質問してみた。


「あなたは侍女はやったことがなかったそうですが、それでは何をやっていたのですか?」


「わたしはこんななりですから侍女はとてもとても務まりません。そのため雑用メイドをやっていました。」


「その雑用メイドはどんな仕事をするのですか?」


「掃除、洗濯、裁縫が主な仕事です。パーティとかで調理場が忙しいときは、調理や給仕はしませんが、下準備や皿洗いはしました。」


玲奈が求めているものとピッタリ合いそうである。

思えばダダクラはフィッティングができていなかった。

玲奈はこのアメディアという名の女奴隷を買って帰ることにした。


道すがら自己紹介する。


「私はエリュシオール魔法学園の学生で玲奈と言います。今はここから西、城塞都市グレイナーに住んでます。」


「私はアメディアと申します。お嬢様、どうか私に敬語はお使いにならないでください。」


「では、アメディアには掃除、洗濯と庭木の世話や料理の手伝いをお願いするね。」


「はい、問題ありません。それと差し出がましいようですが、この時間からグレイナーに行くのは厳しいでしょうから、今日は皇都にお泊りなさるのがよろしいかと思います。」


「進言ありがとう。でもあてがあるからついてきて!」


玲奈はギリムとアメディアを連れて、皇都の都心部に向けて人混みを進む。

ワープポイントの前に来ると事情がわからないアメディアにウインクしながら言う。


「魔法使いの妙技を見せてあげる!」


ポータルワープを発動させグレイナーに飛んだ。

アメディアは眼前の景色が瞬時に変わり驚いている。


「大きな声で言えないけど、皇都と王都、城塞都市の間を魔法で移動できるの。」


「お嬢様はすごい魔法使いなんですね。」


「まだ魔法学園の学生で見習いだけどね。」



玲奈は夕食の席でフルーたちにアメディアを紹介した。

一番喜んだのがダダクラだ。

掃除の負担が減って楽できると思ったらしい。


「ダダクラは自室以外の掃除は免除する代わりに木工と革細工はしっかりこなすこと。食堂と製材所の仕事も継続ね。これらをしっかりやったと私が確認できたら紙とペンを渡すから。」


ダダクラはテーブルに突っ伏した。

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