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迷宮世界に生きる  作者: panda
第一章 新生活の始まり
8/22

1-3.小さなつまずき

夕食後、例によって玲奈は執務室で書きものをしていた。

付与魔法のスケルター教授に提出予定のレポートを、魔術運用のスタローム参謀、攻撃魔法のロザラム教授にも提出できるように書き写す。

それが終わると一転してアップルパイのレシピを憶えている限り書いていく。

一通り書いてみて、砂糖はハチミツで代用できそうだが、シナモンは入手困難なことに気がつく。

シナモンに限らず香辛料や香草は手に入らないものが多そうなので、どれが入手可能か調べておこうと思い立った。

豊富な香辛料が手に入れば、肉好きの面々も喜ぶことだろう。




翌朝、まだ眠そうなギリムとダダクラをたたき起こし、庭に集まってストレッチをする。

前の日それなりに負荷がかかったはずだが、きちんとケアしたのでギリム以外筋肉痛は起こしていない。

ストレッチをすますと玲奈はダダクラとエリュシオール魔法学園に飛んで彼を食堂で預けて、グレイナーの自宅にとんぼ返りする。


朝食前のミーティングで、フルー、スドン、ギリムとこの日の予定を確認する。

フルーは午前中ポーションを調合してもらい、午後には玲奈、スドンと迷宮に入る。

スドンには午前中魔法学園の工房で鍛冶の講師から鍛造や焼入れについて習ってきてもらい、お昼を学園の食堂で食べて、午後帰ってから迷宮に入る。

ギリムは皇都パルピナで教皇庁について探ってもらいつつ、いくつかの香辛料が入手可能か調べてもらう。

午後になって筋肉痛がやわらいでいればギリムも迷宮に連れていく。

スドンとギリムには待ち合わせ場所と時間を書いたメモを渡しておいた。


のんびりと朝食をとって片付けをすますと、玲奈はスドンとギリムを連れて自宅を出た。

グレイナーから最初にパルピナに飛ぶ。


「じゃあ、ギリムよろしくね! 香辛料のこともわかる範囲でいいから聞いてみてね。」


ギリムには、シナモンもしくは肉桂、それにコショウやナツメグの名前を書いたリストを渡し、他に手に入りそうな香草があれば聞いておいてもらうよう頼んである。

ギリムと手を振って別れ、玲奈はスドンとエリュシオールに飛ぶ。

そこでスドンは学園の工房へ向かい、玲奈は図書館に向かった。


玲奈は図書館でいつも本を探してもらっている司書を探す。

書架を見て回るうち、いつもの司書を見つける。


「クローカさん、レイナです。探して欲しい本があるんですが、お時間いただけますか?」


「あっ、すぐ終わらせるからカウンターで待ってて!」


「はい!」


玲奈が書架をながめながらカウンターに行って待っていると、まもなく司書のクローカが戻ってきた。


「ごめん、待たせちゃった?」


「いや、今来たばかりです。」


「あはは、待ち合わせみたいね。これからお茶でもする? なんてね。」


「いいですねえ。クローカさん、おいしいお菓子のお店ご存知ですか?」


「レイナさんの方が知ってるんじゃない? 皇都は庭みたいなものでしょ?」


「とてもとても、今住んでるのは山の麓の無骨な城塞都市ですよ。」


「ここ王都も、晩餐会だお茶会だと社交ばかりの貴族を除けば似たようなものよ。北門界隈に冒険者がたくさんいるし、武闘派貴族は脳筋だし。」


「たしかにそうですね。学園も貴族のお坊ちゃんか野心家のイノシシが多そうですし。」


「イノシシは迷宮に潜るとき地図も持たずに突進するのよ。すぐ近くで簡単に手に入るのにね。」


「先人が血を流して調べた結晶の一つが地図なんですけどね。」


「そうそう! そのイノシシたちに混じって華奢なレイナさんが迷宮に潜ってるのが信じられないよ。」


そういうクローカも背丈こそ玲奈より十センチ以上高いが、細身でインドア派に見える。

それでも少しカールしたブルネットの髪に、深いブルーのクリクリとよく動く瞳が活発な印象を与える。

好奇心旺盛さが表情に出るところはクローカと玲奈は似た雰囲気がある。


「私はイノシシたちの後ろに隠れてついていってるだけです。迷宮に潜ったり魔物と戦うのより、きれいなリボンで髪を飾ったりおいしいお菓子食べたりする方がいいですよ。」


「普通はそうよね。レイナさんが戦闘狂でなくてよかったわ。」


「まさかっ、て自分でも思いたいけど、実は昨日まで香草のことと同じくらいゴブリンの群れとどう戦うかが頭を占めていました。でもクローカさんと話していて、睡眠時間を削ってまで考え込まなくてもいいかなって思い始めました。」


「うふふ、レイナさんらしいわね。それで今日来たのは香草のこと? それともゴブリンのこと?」


「香草の本があるなら是非見たいんですが、今日の目的は教皇庁の歴史に関する本があったらと思ったんです。教皇領に住んでるんで必須かなって。」


「そうね、確か何冊かあるわよ。公式記録を集めた年代記的なものと、歴代教皇や枢機卿にまつわる伝記を集めた説話的なものに二分されるわよ。前者は無味乾燥、後者は宣伝臭いけどね。」


「それでしたら前者の代表作と後者の代表作を一冊ずつ借りたいです。」


「じゃあ、書架で実物を見てみましょう。ついてきて!」


クローカは玲奈を連れて書庫を回り、何冊も本を見比べて借りる二冊を選び出した。


「ありがとうございました。読み込んでみますね。ところでさっきの香草の本って?」


「ああ、それだと植物大全みたいなのになるわね。もしくはジュビリー教授に聞くか。」


「でもジュビリー教授は香りや味に関心がないですよ。」


「あはは、そりゃそうね。料理やお茶には役立たないかあ。」


「薬草に関してはいろいろ教えてもらってるから頭が上がらないですよ。」


「いろんな人に教えを乞うてえらいわね。そうそう肝心なことが後回しになったけど、古文書学のスプリーン教授が時間を取って石碑の拓本見せてくれるって!」


「それは嬉しいですね!」


クローカはカウンターの引き出しを開けて、取り出したメモを見ながら玲奈と話す。


「レイナさん、来週の月曜午前中はどうかしら?」


「はい、その日はどっちみち王都に来る予定でしたから、好都合です。」


「じゃあ来週待ってるよ!」


「今日はありがとうございました! スプリーン教授によろしくお伝えください。」



学園の図書館を辞した玲奈は王都に足を伸ばし、エリーズに教えてもらった造園家のポーターガーデンを目指した。

貴族街に近いあたり、大通りをはさんで奴隷商と反対側にその店はある。

それは店というよりは広い庭がついた作業所といった趣きだった。

玲奈は意外な印象を受けたが、場所に間違いがないことを確認すると作業所の中に声をかけた。


「ごめんください。」


その声が聞こえたのか建物の中でなく裏側から短髪に作業着の日焼けした男が顔を出した。


玲奈は、エリーズに紹介されたこと、引っ越して庭付きの家になったから薬草を育てようと思っていることを伝えた。

すると園主のポーターと名乗った男は事情を説明した。


「庭作りをするような貴族はたいてい庭師をかかえてる。庭に植える草花も領地に専用の荘園を持ってたりするんだ。俺はそれで足りないものを用立ててるんだ。」


「貴族でないと取引していただけませんか?」


「いや、身分は気にせんよ。エリーズのよしみもあるし、折り合えば取り引きは望むところだ。」


「それでしたら、お庭で薬草を育てようと思っているので相談に乗って欲しいです。」


秋に向かう季節でもあり、これから種をまくわけでもないので、玲奈は土作りに関してポーターから教わり肥料を買い込んだ。



学園に引き返した玲奈はスケルター教授を訪ねた。

属性別の付与魔法による石ゴーレムとの戦闘に関するレポートを持参したのである。

スケルター教授はデータが主体のレポートにしばし目を落とした。


「属性付与をしない事例をあげていることで、付与自体の効果がわかるようになっているね。」


「はい、攻撃対象である石ゴーレムには同じ方法で攻撃していますから、物理的ダメージはほぼ一定で、付与された属性魔法の違いがわかるようにしました。ところで教授、各属性の効果の違いはどうお考えですか?」


「うん、属性魔法を付与して物理攻撃すると魔法攻撃分が上乗せされることが実証されたね。各属性の違いがゴーレムが追加で受けた損傷具合に現れてると思うよ。」


「おっしゃるとおりです。ただ私が引っかかったのは、属性間の相性といわれるものが損傷の大きさとなって現れていないことです。相性とか相克というものが思ったより大きくないか、あるいは存在しない可能性もあるのではないかと。」


「具体的にはどこを見てそう考えたの?」


「石ゴーレムは土属性なので、水には強く風には弱いはずです。しかし実際は属性の性質により損傷のしかたが違うだけで、効果の大小は出ていないからです。」


スケルター教授は再び玲奈のリポートを見つめ、しばし考え込む。



「なるほど、確かに現象面をみるとそのような解釈も可能だね。もう一点考慮すべきは、付与者と攻撃者がどの属性を得意、あるいは苦手にしているかで結果が変わってくるってこと。」


「ああ、その点は考慮してませんでした! 」


「関与する人間の得手不得手も当然影響を与えるし無視できない要素だよ。まあ、属性間の相性というのも相対的なものなんだろうけどね。」


「人的要素の差を見るため、付与者や攻撃者の人選を変えようかと思います。このレポートの分の攻撃者はフルーでしたから、スドンに変えて試してみます。種族も違いますし。」


そう言って玲奈は一呼吸おき、スケルター教授の顔をのぞき込む。


「付与者は私に変わって教授がやってみませんか?」


「いや、僕は遠慮しておくよ。戦闘は苦手だからね。」


「そう、ですか。では攻撃者だけ変えてみます。それからもう一つレポートがあります。」


そう言って玲奈はスケルター教授にもう一枚紙を渡した。教授が紙面に目を落とす。


「これは杖の有無で付与魔法の効果が違うのか試したものです。火属性限定で私の安物の杖という条件下ですが、結論からいうと杖の有無で効果に有意の差はありませんでした。」


スケルター教授が顔を上げて玲奈を見つめる。


「つまり、杖を持たない職種でも付与魔法をかけて差し支えないということです。」


玲奈は言外に、スケルター教授が教え子を増やし、影響力を増す機会があると伝えたが、教授はくみ取れなかったようだ。


「ふむ、レイナ君に僕の杖を使ってもらってもいいけど、結論は変わらないだろうな。」


「これらのレポートをスタローム参謀やロザラム教授に見せても構わないでしょうか?」


「ああ、君が集めたデータなんだからもちろん構わないとも。今日はありがとう!」


「こちらこそお時間を割いていただいてありがとうございました。」


玲奈は二階にあるスケルター教授の研究室を出て、四階にあるスタローム教授の研究室に向かう。

あいにく教授は不在だったが、講義や演習というわけでもなく学内にいなさそうだった。

後日訪問することにして、二階に降りて今度はロザラム教授の研究室を訪れた。


「失礼します。お見せしたいデータがあるので、お時間いただけませんか?」


「ああ、レイナ君か。午前中は講義も終わってるから少々の時間はあるよ。」


ロザラム教授は読んでいた本から顔を上げて、机の前のイスに玲奈をいざなった。

玲奈は軽く頭を下げ、ロザラム教授に属性別の付与魔法データを書いた紙を渡し、イスに腰かけた。


「これはゴーレムの迷宮で石ゴーレム相手に属性を変えて付与魔法をかけて戦闘したとき、相手に与えた損傷の状況を集積したものです。」


教授はふむと言い、玲奈が渡した紙に目を走らせた。

玲奈は説明を続ける。


「物理攻撃で与える損傷は極力変化を与えず一定にしたうえで、付与した魔法属性のみ変えるようにしています。このため剣で直接与えた損傷はほとんど変わりませんが、属性魔法攻撃による追加の損傷は属性ごとにその特性が現れていると思われます。」


「なるほど。」


玲奈のレポートを見ていたロザラム教授の理解が説明に追いついたようだ。


「そこで教授に注目していただきたいのは、属性の違いにより損傷の様相や性質が異なっても、量的側面は異ならないのではないかということです。」


ロザラム教授がわずかに首をひねるので、玲奈は言い直す。


「つまり、属性間の相性や相克というものは存在しないという仮説が成り立つのではないかと考えました。」


ロザラム教授は玲奈の話を聞いて、腕を組んでしばらく考え込む。

そして表情を一瞬ゆるめる。


「レイナ君の推論は興味深いね。」


玲奈もつられて微笑する。


「これらのデータは君の論拠となっている。しかし他の諸条件を考えに入れると断言は禁物だ。」


「はい、スケルター教授にも付与者や攻撃者が得意とする属性と苦手とする属性によって結果が影響されることを指摘されました。」


「スケルター君の言うことはもっともだが、細かいことをいえばさらにゴーレムの材質や剣の魔力的特性など考えなければならことは多々ある。」


「考えるべきことがたくさんあるんですね。」


玲奈が眉をひそめると、ロザラム教授もわずかに苦い顔をした。


「そうなんだ。一般原則に対する例外の発見ならレイナ君の推論でも通用するかもしれない。しかし、一般原則そのものを書き換えるとなると、どれだけ例外をつぶせるかがカギだから、膨大な論証が必要となるぞ。」


「はい、時間がかかっても集めてみます。先ほど出たゴーレムの材質についても考えてみます。石ゴーレムから稀に手に入る金属球が何かヒントになるかもしれません。」


「どうなんだろうね。私には魔物のことはわからないな。騎士団や魔導師隊は情報集めているだろう。スタローム参謀に聞いたらいいのではないか?」


「はい、そうしてみます。今日はありがとうございました。」


玲奈がロザラム教授の研究室をあとにしたときには、ギリムとの待ち合わせ時間が近づいていた。

玲奈はポータルワープで皇都パルピナに飛んで待ち合わせ場所に急いだ。


玲奈はちらっとロザラム教授のことを思い返していた。

今までは偏狭な研究者タイプと思っていたが、こと魔法の特性に関しては勘がよく働き、公平な見方ができる。

セカンドオピニオンとしては頼ってもよさそうだと思った。


待ち合わせ場所である石像の下で、ギリムは既に待っていた。


「やあ、ギリム! 待たせちゃった?」


「いや、今来たところです。」


「悪いね。食べ物買って帰ろ!」


玲奈たちは、グレイナーよりずっと数も種類も豊富なパルピナの屋台を楽しみながら買い物をしていく。


「お釣りはちゃんと計算して確認してよ。」


「ハイハイ、わかってますって。」


中央広場から大神殿までの表通りは屋台や食べ物屋の数も多いが、人通りも多く混み合ってた。

玲奈は、物言いたげなギリムを尻目にキッシュ、パイ、スコーンなどのグレイナーでは見かけない食べ物を中心に買って早々にグレイナーに戻った。


グレイナーの屋台ではいつもの串焼きや揚げ物をいつもより多めに買った。


「帰りにバクロリーさんのところに寄るよ!」


「あっ、だから串焼きの袋を二つに分けやがったんだな。」


「食べ物のことになると聡いね、ギリムは!」


バクロリーは小屋に引っ込んで昼食の準備に取り掛かっているところだった。


「こんにちは、バクロリーさん! これ買ってきたので、よかったら食べてください。」


そう言って玲奈は串焼きの包みをバクロリーに渡す。


「おっ、あんたかい。気をつかわせて悪いな。ありがたくいただくぜ。」


「どうぞ! それで例のものは?」


「ちゃんとできてるぞ。見てみてくれ。」


バクロリーは奥の棚に乗せてあった約五センチの木製の球を二つ玲奈に手渡す。


「これでいいのかい?」


玲奈は球をしげしげと見つめ、手のひらで転がす。


「はい、考えていたとおりの出来栄えです。」


「いったい何に使うのか聞いてもかまわんか?」


「武術の秘伝というわけでもないから、かまわないですよ。こうやって使うんです。」


玲奈は球を一つ床に置くと、その上に右足を乗せた。

バクロリーも、後ろで見ているギリムも首をひねっている。


「こうすると足元が不安定になりますよね?」


「ああ、そうだな。」


「不安定になると倒れないようにバランスを取ろうとするので、普段使わない筋肉を使って足腰が鍛えられるんです。」


バクロリーもギリムもまだ腑に落ちないといった表情を浮かべている。


「つまりぬかるみみたいに足場が悪い場所で戦ったり、体勢を崩されて立て直すときに役立つわけです。」


玲奈がこのように言うとやっとバクロリーは納得がいった顔になった。


「あんた、面白いことを考えるな。魔法学園生はみんなそんななのかい?」


ギリムが思わず吹き出す。

玲奈は振り返ってチラリとギリムをにらむ。


「たぶん私だけだと思います。ほとんどの学生が魔法バカか、戦闘狂か、立身出世狙いの俗物と見ました。」


今度はバクロリーが吹き出す。


「レイナちゃんもなかなか辛辣だな。」


「いささか口が過ぎました。では、明朝お手伝いにダダクラを連れて参りますので。」


「じゃあ、またな!」


玲奈はギリムと城外に出る。


「さっき魔法学園生は魔法バカか戦闘狂って言ったけど、学園の図書館で司書のクローカさんに、私が戦闘狂疑惑をかけられたよ。」


「へえ、そうなんすか。」


「言われてみれば、ギリムに香辛料を調べてもらおうって思うまでは、やれ足の位置がどうとか剣の軌道がどうだとか、ゴブリンの群れとどう戦うかとか、金属製ゴーレムとどう戦うかとか、そんなことが頭を占めていたんだ。これじゃ戦闘狂って言われちゃうよね。」



「俺が見るに、レイナさんは戦闘狂っていうより戦術家って感じだな。」


「どう違うの?」


「頭脳派の変人ってこと。」


「変人が余計だっ!」



「香辛料の報告しますか?」


「あっ、お昼の席で聞くよ。」


玲奈とギリムは自宅に帰り着くと、ちょうどお昼どきだったこともあり、フルーを呼んですぐ昼食にした。

しかしギリムはフルーとともに肉にむしゃぶりつくばかりで、話をするどころではなかった。

玲奈は苦笑いを浮かべつつ、キッシュをほおばった。


食後落ち着いたところでお茶を入れ直し、玲奈はギリムの話を聞く。

ギリムはポケットから渡したメモを取り出した。


「それでギリム、香辛料のことは何かわかった?」


「レイナさんが言ってたシナモンとか肉桂のことは誰に聞いてもわからねえ。もちろん物もねえ。」


「そっかあ、残念!」


「あと、コショウはすげえ高くって高級店にちょこっとあるっきりだそうです。ナツメグはコショウほどじゃねえが、やっぱ高くてたまにしか手に入らねえ。」


「ナツメグはたまに手に入るの?」


「俺たちがいくような食料品店でもたまに南から入荷するそうです。」


「うん、わかった! 皇都に行ったときには気にかけておくよ。」


「それと俺が独自に聞いた話ですが、たまに西の方からマーガリンじゃなくて、マストドンじゃなくて、マ、マスタードってやつが持ち込まれるそうです。」


「おっ、耳寄り情報じゃん! よくやった、ギリム!」


「もう一つ話があるんだけど、いいすか?」


「ん?」


「もう一つはローズマリーとかいう香草で、皇都から一日行ったとなり町で取れるそうです。」


「こっちも耳寄り情報じゃん! ギリムにまかせてよかった!」


「そうっすか?」


「スドンたち迎えに行く時間だから、ちょっと出かけてくるね。教皇庁関連は帰ってから聞くよ。ギリムもフルーも一休みしてて。」


玲奈は王都まで飛んでスドンとダダクラを回収してグレイナーに戻った。


「スドン、疲れはない?」


「うん、大丈夫。」


「家に帰る前に武器屋に寄らせてね。」


玲奈は二人を連れてグレイナーの武器屋に寄り、ダダクラのアドバイスを受けながら弓と矢を十本、それに矢筒を買った。

さらに投擲用のナイフも五本とポーチを買った。

帰りの道中で、玲奈はダダクラに弓の初歩的な手ほどきを頼んだ。


玲奈は食堂に全員集まってもらい、お茶を飲みスコーンをつまみながら、今日これならの予定を説明した。


「ダダクラ、食堂のお仕事お疲れ! このあと迷宮に行ってみる?」


「いや、疲れたんで俺は遠慮しときます。」


「じゃあ留守番で掃除をしっかりしておいてね。夕食は買ってきたのでものですませるので準備はいいから。残りの四人で迷宮に行きます。ギリムも大丈夫ね?」


ギリムがうなずいたのを見て、玲奈が言葉を続ける。


「まずは三、四階で石ゴーレムを狩るわよ。ただし前回までとやり方をかえて、フルーがゴーレムの攻撃を盾で受けて、後ろに回ったスドンが攻撃すること。今回はフルーがふんばってね。」


「ああ、私はかまわない。」


「石ゴーレムは十体をめどにするよ。次に五階に降りて、いよいよ金属製ゴーレムを狩ってみるからね。」


一同がコクリとうなずく。


「五階は石と金属が混在するよ。石は相手にしないで、金属のうち黒っぽい鉄でなく、黄色っぽい銅ゴーレムを狙うからね。スドンが盾で受けてフルーが背後から攻撃すること。」


「うん、わかった。」


「ああ、まかせてくれ。」


「もしも一撃で倒せずゴーレムが背後を振り返ったら、今度はフルーが盾で受けて、スドンが攻撃すること。もし想像以上に強くかなわないなら潔く撤退すること。私が撤退命令を出します。いい?」


「ああ、そうしてくれ。」


「それまでは私が魔法で支援や治癒を行うから、ギリムはゴーレムの属性を看破することと、周辺の状況を監視すること。」


「できるだけのことはやりますよ。」


「戦っている最中に他のゴーレムが反応して寄ってきてないかどうかを最優先に確認して。属性とかは後回しでいいから。」


「そのくらいなら問題ねえですよ。」


「伝達事項はこのくらいかな? 十五分後に集合してストレッチと軽く素振りしたら出発するよ!」


「承知した。」



ストレッチをすませると玲奈は、バクロリーに作ってもらった木の球をフルーとスドンに見せて、トレーニング法を説明した。

ただし、これから迷宮は入るので、実際に使うのは今日帰ってきてからか、明日以降である。


ギリムが投げナイフの練習をしている土魔法で作った的のとなりに玲奈はもう一つ土魔法で的を作った。

ダダクラに簡単な弓矢の手ほどきをしてもらいながら、ギリムと並んで的を狙った。

ギリムにはナイフを投げる合間にポツリポツリと教皇庁のことを話し出す。


「皇都の大神殿の裏手にゃ神木の森ってのがあって、魔物がいねえそうです。なので魔物と戦いたいヤツらは川向かいに迷宮のある街があるんで、そっちに行ってやがる。」


そこまで話すとギリムは的に向き直り、狙ってナイフを投げた。

玲奈もそのタイミングに合わせ矢をつがえ弓を引き絞る。

的を狙って矢を放つが、フラフラと勢いなく飛び的を大きくはずした。

今日が初日なのを考えれば、これからだといえる。


的からナイフを引き抜いてギリムが戻ってくる。

ナイフをくるくると回しながら、また口を開く。


「教皇庁は枢機卿って輩が牛耳ってるって聞いたぜ。そいつらの下に神殿騎士団ってのがいて、神殿やらを守ってるんだと。」


それだけ言うとギリムはまた的に向き、ナイフを投げる。

今度は的中した。

玲奈も矢を放つが、ヒョロヒョロとあさっての方向に飛んで行った。


そんなことを何度か繰り返して、玲奈はギリムが皇都で調べてきたことを聞いた。


ころあいと見た玲奈はギリムだけでなく、フルーとスドンにも出発準備の声をかけ、散らばった矢を拾い集めて弓とともに片付けた。

フルーは金属製のよろい、スドンとギリムは皮の胸当てをつけ、玲奈は白いローブを着る。

フルーとスドンは皮の帽子をかぶり、玲奈はポニーテールにして頭にバンダナを巻いている。

それぞれ得物や盾を持ったところで出発した。


迷宮の入り口で警備する騎士たちに元気にあいさつをして中に入り、そのまま三階まで降りる。


「いつものようにフルーとスドンで石ゴーレムをはさむように位置するよ。今日はフルーが盾でゴーレムをたたいて注意を引きつけたうえで、相手の攻撃を盾で受けてね。」


「承知した。」


「今日、スドンは攻撃役だよ。石ゴーレムがフルーの方を向いて攻撃を始めたらゴーレムの背後から近寄ってハンマーで攻撃してね。」


「うん、わかった。」


「ギリムと私はスドンの背後で周囲の監視と、万が一ケガした場合の治療に当たります。」


玲奈は、近くを通りかかる石ゴーレムを見て、首を回して周辺に他のゴーレムがいないのを確認する。


「あのゴーレムをねらうよ。付与魔法をかけたら配置についてね。準備ができたら私が攻撃開始の合図を出すから。」


三人がうなずく。

フルーが腰に佩いた銅の剣を抜き、スドンがハンマーを握り直す。

玲奈は自分も含めて全員に火属性を付与する。

フルーが素早くゴーレムの後ろを回って反対側に位置を取る。

それを見て玲奈が右手をあけ、フルーが軽くうなずきゴーレムに近寄る。


ゴンッ


フルーがゴーレムに盾をぶつける。

ゴーレムは横合いから攻撃を受けたと認識して、攻撃者であるフルーに向き直る。

玲奈はスドンの背中を押して、ゴーレムの背後に接近するよう促す。


フルーに向き合ったゴーレムは石の拳を振り下ろす。


ガンッ


大きな打撃音がしたが、重心を落として大きな盾をしっかり構えたフルーは揺るぎもしない。


ゴーレムの背後から近づいたスドンが横手からハンマーを大きく振るってゴーレムにぶち当てる。

左手の盾はダランと垂らしたままだ。


ガリ


空振りにこそならなかったが、踏み込みが浅いためハンマーはゴーレムの背中をかするにとどまった。

脇から背中にかけてかすった箇所が浅く剥離する。

ゴーレムは背中側の脅威を認識してスドンに向き直った。


しかしフルーは盾を構えるか、引き下がって間を開けるか、もう一度ハンマーを振るか、とっさに判断がつかず棒立ちのままだ。

見かねた玲奈が叫ぶ。


「スドン、盾を構えて! フルー、後ろから斬って!」


ガツンッ


フルーが振り下ろした剣が火花を散らして背中をえぐり、ゴーレムは倒れて動かなくなった。


玲奈をはじめ全員がフーッと息を吐き出した。


ギリムが最初に動き出して倒れたゴーレムに歩み寄り、ブーツのつま先で何度かけって動かないことを確認してからナイフを突き立てて白い球を取り出す。

玲奈は残りの二人に声をかける。


「フルー、お疲れ! 助かったよ。」


「いや、大したことない。」


「スドンは惜しかったね。ハンマーの使い方はよかったから、今度はもっとうまくやろう!」


「うん、わかった。」



ギリムから白い球を受け取った玲奈は、ひらけた場所にスドンを連れて行ってハンマーの素振りをやらせた。

何度か振ってもらったが軌道は安定している。

玲奈はスドンの間合いをおおよそ掌握した。

今度はギリムを後ろ向きに立ってもらい、適切な間合いとなるだろう位置にスドンを誘導して立たせた。


「ギリムがゴーレムだとすると、この位置に立ってハンマーを振ると一番威力が出るよ。ゴーレムの背後となるこの位置、この距離をよくおぼえてね。」


「うん、わかった。ちゃんとおぼえる。」


「ねえフルー、スドンが正しい位置どりするまで時間がかかりそうだからゴーレムのパンチが二発くるかもしれないけど、こらえてね。」


「しかたない。二発でも三発でも大丈夫だ。」


次のターゲットを定めると、手はずどおりに全員が動き出す。

フルーがゴーレムの反対側に回り、盾をぶつける。

ゴーレムがフルーの方を向くと、スドンがその背後に寄っていく。

さらに玲奈が付き添い、ハンマーが威力を発揮できるようにスドンの立ち位置を修正する。

その間にゴーレムの拳が一度、二度とフルーの盾をたたく。

次の瞬間、横手から繰り出されたスドンのハンマーがゴーレムの側面にクリーンヒットした。

横手といっても一旦腕を下げた状態から回転しているので、斜め下から振り上げるフォアハンドも同然で、インパクトの瞬間ゴーレムの体はわずかに浮き上がり、そして横倒しになり、さらに上半身がねじれて地面に突っ伏し動かなくなった。

ギリムと玲奈は同時に、ほうっと感嘆の声を出した。


すぐ我に帰ったギリムは倒れたゴーレムの脇にヒザをつき、白い球を掘り出す。

玲奈はフルーにねぎらいの言葉をかけ、スドンの背中をたたく。


「スドン、よくやった! 感触はつかめた?」


「うん、いけそう。」


「次から私は見てるだけにするから、スドンが自分だけ正しい立ち位置見つけてね。」


「僕一人でなんとかやってみる。」


玲奈がゴーレムの損傷具合をみると、脇から肩にかけて砕けており、インパクトの強さが伺える。

また砕けた箇所からハンマーの軌道に沿って黒く焼け焦げてボロボロになっていた。


その後スドンたちは三階で石ゴーレムを二体倒して、四階に降りた。



四階は石ゴーレムばかり出現する。

地形は三階とさして変わらず、石ころだらけの地面に、ところどころゴツゴツした岩が屹立している。

空は日没時を思わせる薄暗さだが、夕焼けの鮮やかな色彩はない、


四階でも火属性を付与されて、スドンはさらに石ゴーレムを三体倒した。

いずれもハンマーの一撃で倒しているが、ゴーレムとの位置どりが微妙にずれているようで、クリーンヒットせず、力で押しつぶしているような印象だ。

それでもスドンには戦っているうちに慣れてもらおうということになって、そのまま作戦を続行した。


今度は水属性を付与した。

最初の一回は玲奈が立ち位置を指示した。

その後四回戦ったが、スドンが自力で立ち位置の修正をするのは、現時点で難しそうだ。

フルーの場合、ゴーレムに与えた損傷の箇所も程度も安定していたが、あれは立ち位置が正確だったのではなく、剣の振り方や込める力がよく制御されていたのだとわかる。


このまま五階に降りる前に、フルーが開眼した武術が通じるか一回試してみることにした。

型どおりフルーが盾で石ゴーレムをたたき、ゴーレムが

殴りかかってくるところを盾を瞬時に傾けて受け流す。

ゴーレムの体が流れたところ、フルーが右足を軸とした体の回転に右腕を巻きつけるように剣を振るい、ゴーレムの胸元から肩口にかけて叩きつける。

激しい打撃音がしてゴーレムは仰向けに倒れ、二度と起き上がることはなかった。

それは玲奈が手本として見せた動きそのままだった。

玲奈はフルーに拍手をして賛辞を送った。


「この階でフルーがすべきことはすべてやり遂げてます。晴れて次の階に進みましょう!」



次の五階から石ゴーレムに金属製ゴーレムが少数混じるようになる。

銅ゴーレムや鉄ゴーレムである。

地形は四階と変わらないが、空間が一回り大きくなっている。


この階では銅ゴーレムを相手にする予定なので、フルーは銅の剣を腰の鞘に戻し、背中から鉄の大剣を抜いた。


「昨日までのいつもどおりの戦法でいくよ。スドンが盾でゴーレムをたたいて引きつけ、攻撃を盾で受けてね。」


「うん、わかった。」


「その間にフルーは背後に回って大剣で斬りつけてみて。」


「承知した。」


「もしフルーの一撃で倒せればよし、倒せなければ撤退も考えて慎重に戦いましょう。」


玲奈のその言葉にフルーは難しい顔をする。

その顔を見て、玲奈はよく考えながら話を続ける。


「もし銅ゴーレムが想像以上に攻撃力が強かったり素速かったりしたなら、ためらわずに撤退します。私が撤退命令を出したらまずギリムがスドンを連れて速やかに降り口に向かうこと。」


ギリムがうなずき、フルーが何か言いかけるが、玲奈が手で制して言葉をつなげる。


「フルーは何発か盾で相手の攻撃を受けてしのいでてね。私がその間に少し距離をとって光魔法を浴びせます。相手の意識は私に向くはずだから、そのすきにフルーは降り口まで走ること。」


「マスター、いくらなんでもそれは危険すぎる!」


「そうでもないよ。まずゴーレムとは距離とるし、その間に土魔法で進路をデコボコにしてゴーレムの歩くスピードが上がらないようにするから。」


まだフルーは疑わしげな目をしている。


「これが一番危険が少なく撤退できる方法だから私を信じなさい。」


玲奈は撤退時の話題を打ち切り、次の話をする。


「もし相手がさほど強くもなく速くもないけど、防御力が高かった場合、フルーは相手が向き直って攻撃してくるまでにもう一撃加えて、あとは盾で守ること。」


「ああ」


「スドンはゴーレムの攻撃がフルーに向いたら、盾を思い切りぶつけてもう一度自分にゴーレムが攻撃してくるように仕向けること。」


「うん、やってみる。」


「ゴーレムの意識が再びスドンに向いたら、フルーは可能な限り攻撃を加えてみて。おそらくダメージの蓄積で勝てるはずだから。」


フルーがうなずく。


「私は戦況をみながら付与属性を切り替えたり、治癒魔法を使ったりします。ギリムは戦闘中に他の個体が反応して近づいて来ないか、全周を見渡して注意を払うように。」


「わかりましたよ。」


「最後に、こちらの攻撃が表層にとどまらず深層まで及ぶことを狙って闇属性を付与します。」


玲奈が全員に闇属性を付与する。

ギリムが周囲を見渡して一番近くにいる銅ゴーレムの周囲には金属製ゴーレムがいないのを確認して作戦行動が開始される。


フルーが銅ゴーレムの後ろを回って反対側に進出し、スドンが対称の位置をとり、ゴーレムをはさみこむ。

銅ゴーレムの歩く速度は石ゴーレムとほとんど変わらない。

玲奈はスドンの少し後ろを進み、さらにその後ろにギリムがついてくる。


「ねえギリム、悪いけどここから降り口までの間にゴーレムがいないか確認してくれない?」


「ハイハイ、わかりましたよ。」


ギリムは後ろを振り返ってしばらく遠くを見つめていた。


「降り口までの間に少なくても金属製ゴーレムはいねえよ。」


「ありがとう! 退路は確保したね。じゃあいくよ!」


玲奈はスドンに声をかけ、フルーに手を振って戦闘開始の合図を送る。


スドンが銅ゴーレムに近づくと無造作に盾をぶつける。

銅ゴーレムがスドンに向き直って、構えた盾めがけて拳を振り下ろす。


メキッ


単に重いものが激突した音だけでなく、何かがへし折られたような音が響く。

ゴーレムの腕が故障したわけでないだろうから、スドンの盾に異常が発生した恐れがある。

もう一回盾で攻撃を受ければもたないかもしれない。

玲奈が撤退するかどうか考え始めると、ゴーレムの背後に回ったフルーが大剣を振り下ろす。


ガキン


重いものがぶつかる低い音と金属同士がぶつかるカン高い音が同時に響く。

フルーの大剣を背中に受けてゴーレムはよろめいたが踏みとどまり、背後のフルーに向き直る。

ただし石ゴーレムに比べて特にターンがはやいというわけでもない。

ゴーレムがフルーに攻撃を繰り出すよりも早く、フルーの二度目の斬撃がゴーレムにたたき込まれた。

さすがに今度はゴーレムも耐えきれず倒れ伏した。

ゴーレムの肩口から胸元にかけて、フルーの大剣のあとで大きくくぼんでいる。

金属製ゴーレムはその体の大半が純度の高い金属、この場合には銅でできている。

鍛冶の原料として有益なので、玲奈は銅ゴーレムをアイテムボックスに収納した。


ひとまず戦いを終えて、玲奈は戦った二人に聞いてみた。


「スドン、銅ゴーレムはどうだった?」


「石ゴーレムよりずっと強い! 手がしびれた。」


玲奈はスドンの左手に小治癒をかけてあげる。

盾も強度を保っていられなかったようなので、早々に引き上げることにした。

地下から階層を登りながら玲奈はフルーに尋ねる。


「ねえフルー、戦ってみて銅ゴーレムの強さはどう感じた?」


「そうだな、石ゴーレムに比べて速くなっているわけではない。ただ、硬くなって防御力がかなり増している。」


「フルーでも一撃で倒せなかったもんね。」


「ああ、かなり力を込めたつもりだったんだが、持ちこたえたからな。硬い分、攻撃力も上がっていると考えた方がよさそうた。」


「同じ力でなぐっても硬い方が痛いもんね。」


「それより、事前にマスターが的確な指示を出してくれていたから迷うことなく戦えた。感謝する。」


「今回はなんとかなったね。ところでスドンの盾壊れちゃったから、買い換えないと!」


玲奈の発言を聞いてスドンがコクコクとうなずく。


「スドンは私の指示を待たずに自分の判断でどんどん治癒魔法使ってもいいからね。」


スドンが再びコクコクとうなずく。


こうして玲奈たちは金属製ゴーレム初戦は終了し、迷宮をあとにした。

新たな敵を大きなケガを負うことなく倒したという安堵と、装備が壊されて継戦できなかったという悔悟が入り混じった複雑な心境で、うつむきがちに自宅に向かう。


玲奈はとなりを歩くギリムに話しかける。


「五階でほかに金属製のゴーレムを見かけなかった?」


「そんな遠くまでは見てねえが、俺は気がつかなかったです。」


「戦ってるときに他のゴーレムは何か反応した?」


「いいや、すげえ音がしたのにどいつも反応してねえよ。」


迷宮とグレイナーを結ぶ街道から分かれ、自宅へ向かう登り坂に一行はさしかかった。

ギリムはしきりに左側の林を気にしている。


「どうしたのギリム? おなかがすいた?」


「そんなんじゃねえよ。はらへったけどな。」


次の瞬間、


「チクショウ! この野郎!」


ギリムが叫ぶ。

その声に玲奈が左どなりのギリムを見る。

ギリムが左後方を振り返った。

玲奈もその方向を見ると、五十センチほどの黒い物体が空中からすぐ近くまで迫っていた。

大きな黒い目と毛の生えた翼が目に入る。


コウモリだ!


ギリムがベルトに挿していた投擲用ナイフを引き抜いて斬りつける。

しかし間合いが短く、空を切る。

とっさに玲奈は右手のひらに魔力を集め火魔法を発動する。

急に燃えさかった火に驚いてコウモリは急旋回して避けるが、右の翼が火の中を通り燃え移る。

パニックになったコウモリは、前を歩くスドンのそばに落下する。

パタパタと地面に翼を打ち付けて火を消そうとしているようだ。

その火が今度はスドンのズボンのすそとブーツに燃え移る。

コウモリは近くで燃え上がった別の火に驚き、フラフラと低空を飛んで左側の林に逃げ込む。


「スドン!」


玲奈はスドンに駆け寄る一方で、左の林を指差してギリムにコウモリを追うよう指示する。

ギリムは小さくうなずき、コウモリを追って林に駆け込む。

玲奈は今しがた火をつけた手のひらから今度は水を出してスドンの足元にかける。


「おい、スドン!」


先頭を歩いていたフルーが気がついて戻ってくる。

火はすぐに消し止めることができたが、ヤケドをしている恐れもあるので、念のためもうしばらく水をかけ続ける。

スドンの周りに水たまりができた。


「スドン、大丈夫か?」


林の中まで追いかけたコウモリを仕留め、火を消し止めたギリムがスドンに駆け寄る。


「おおっと!」


足元がぬかるんでいたため、スリップしてよろける。

状況が状況なので誰も笑わないが、玲奈は内心でニヤリとした。

ギリムの動きがリアクション芸人ばりに面白かったからではない。

生活魔法でも、地面に水をまいて滑らすように、応用次第で戦闘に活かせそうだと気がついたからだ。


玲奈はひとまず内心のニヤつきを収めて、ナイフでスドンの焼け焦げたズボンのすそを切り取る。

見ると、ふくらはぎの皮膚が一部赤らんでいる。


「スドン、軽いやけどがあるね。治療しておくよ。」


玲奈はスドンの足に治癒魔法をかける。


「さあ、帰って早めに食事といきますか。」


一行は重い足取りで帰宅した。



「ただいま! ちゃんとブーツの泥を落としてね。」


玲奈たちが屋内に入ると、出かけている間にダダクラが掃除をしたらしく、廊下の真ん中はきれいになっているが、両側の壁際にはホコリが積もり始めていた。

玲奈はダダクラに口で言うだけでなく、実演して見せなければいけないと思った。


夕食の席では、帰路にアクシデントがあった直後でもあり、みんな口もきかずに黙々と食べる。

玲奈も自分から話す気分ではないので、食欲があまり湧かないが、パンやパイをスープで胃に流し込む。

事情をしらないダダクラだけが戸惑っていた。


フルーもスドンもギリムもクサクサした態度は隠さなかったのに、食べる量自体は普段どおりだった。

玲奈は、食後にお茶を入れ直し、ドライフルーツの皿を出して、気分を改めて口をひらく。


「さて、夕食もすんだので明日の予定を考えましょう。その前に、先ほど私が魔法の選択を誤ったため迷惑をかけました。ごめんなさい。」


玲奈が軽く頭を下げる。

ダダクラが目をみはり、ギリムが口を開く。


「いや、俺が悪いんだ。コウモリのヤツを発見しながら、ピクリとも動かねえんで眠ってるんだと油断したせいだ。」


「スドン、許してくれる?」


スドンがコクリとうなずく。


「ではこの話はここまでにして、明日は焼け焦げたスドンのブーツと壊れそうな盾を買い換えます。朝食後、バクロリーさんのところにダダクラを連れて行くから、フルーたちは部屋の片付けや武具の手入れをしてて。」


フルーたちがうなずく。


「私は一旦うちに戻ってくるから、改めてグレイナーの城内で買い物しましょう。で、買い物が終わったらスドンは家に帰って念のため安静にすること。」


「僕は大丈夫!」


「うん、大丈夫だね。あさって以降も大丈夫であり続けるためだから自重してね。」


「うん、しかたない。」


「ダダクラはお昼前で仕事が終わるはずだから、街中で二人分食べ物を買って帰って、スドンにも分けてね。」


「承知しました。」


「残った三人ですが、」


玲奈は言葉を区切って、フルーとギリムの顔を見る。


「スドンには悪いけど、少し機動力が上がるからちょっと遠出してみようと思うの。」


「マスター、どこへ行く気だ?」


「一つはギリムが調べてくれたんだけど、皇都から西側には迷宮がある街や、珍しい産品がとれる街があるんだよ。もう一つは王都の迷宮でゴブリンの群れと手合わせするのはどうかな?」


「私の考えを言わせてもらえば、初めての場所にでかけるなら朝一番がいいと思うぞ。道中何があるかわからないからな。」


「それもそうだね。」


「行き先がそれなりにでかい街なら乗合馬車の便があるんじゃねえのか?」


「なるほど、じゃあ買い物終わったら皇都に飛んで馬車の便を調べて、次に王都に行ってゴブリンと戦うとしますか。」


「それはいいがマスター、なんで明日は人数が減るのにゴブリンの群れと戦うんだ?」


「機動力があれば、いざってときに逃げ切れるでしょ。」


「いやはや消極的だがしかたあるまい。」


「俺もそれでかまわねえです。」


こうして翌日の予定が決まった。


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