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迷宮世界に生きる  作者: panda
第一章 新生活の始まり
6/22

1-1.お引っ越し

新章に入ります

この話から原作の時間軸を終えて、本作オリジナルとなります

「新居が決まったよ! 図面もらったから見てみて!」

玲奈が寮の部屋に入るなり声をかける。

作業をしていた三人の男たちは顔を上げる。

玲奈がテーブルの上に新居の図面を広げる。

寄ってきて図面をのぞき込む三人の男。

玲奈の肩越しに顔を見せる一人の男。


「まずはみんなの部屋決めよう。 二段ベッドの広い部屋と、狭いけど個室とどっちがいいる」


赤茶色の髪を後ろになでつけた細身の男、ギリムが身を乗り出して口を開いた。


「俺が決めていいなら、できれば個室にして欲しいです。ズドンのイビキがうるせえんで。」


「ギリムの歯ぎしりだってうるさい!」


すかさずこげ茶色の髪の小柄でずんぐりした男、ズドンが言い返す。


「ああ、わかったわかった! じゃあみんな個室でいいね?」


彼らの主人、ひときわ小柄で黒髪を後ろで束ねて垂らした女、玲奈が確認を取る。


「ああ、個室でお願いする。」


赤茶けた髪を逆立てた長身の男、フルーが同意し、ギリムやズドンもうなずく。


「私はベッドやイスを買いに行ってくるから、引き続き片付けと床掃除をお願いね!」


玲奈が手を振って部屋を出ていく。

その後ろを中年の男がおずおずとついていく。

三人の男は片付け作業を再開した。



玲奈は家具や寝具、調理器具、生活用品などを皇都パルピナで買い揃えた。

そしてアイテムボックスに収納して城塞都市グレイナーにポータルワープで飛んで、新居に家具などを運び込んだ。

中年男が家具の配置を手伝った。

玲奈はパルピナともう一往復して予定していた用品を新居に運搬した。

そして王都エリュシオールにポータルワープで戻り、学生寮で待機していたフルーたち三人を回収してグレイナーに引き返した。

新居は高い城壁に囲まれた市内から東門を出て十分ほど歩いたところにある。


「何度見ても高い城壁ですねぇ。こりゃ王都より高いんじゃねぇか?」


「うん、高いよ。ギリムはグレイナー三回めだっけ?」


「そうですよ。」


「なら見慣れてきたんじゃ無い? ギリムの髪型の方が見慣れないよ。」


「いや、レイナさんこそしょっちゅう髪型変えてるじゃないですか!」


「これはね、引っ越しで動き回るから髪あげておかないとダメでしょ。」


玲奈は緩く三つ編みにした髪をピンで何箇所か止めてあげていた。


「たしかに。」


グレイナーの東門を出るとしばらく人家も畑もない草原となり、すぐにまばらな林の中を進むようになる。

城塞都市とゴーレムの迷宮を結ぶ道のためかそこそこ交通量があり、馬車や騎士たち、冒険者らしき人たちとすれ違う。

まもなく左に折れる道があり、やや登りとなるその道を北上する。


道が登りにかかるとたちまちズドンのペースが落ちる。

やむなく全員がスドンに合わせて歩く。

それなのにギリムが早々にへばる。


「そろそろ着くよ。スドンとギリムは要トレーニングだね。」


まもなく木立の間から壮麗な屋敷が見えてきた。

初めて見るフルー、スドン、ギリムは息を飲む。

図面で見て部屋数が多いのは知っていても、実物を前にするとべつらしい。


「ずいぶんと大きな邸宅にしたんですねぇ。」


「城外で迷宮側だから思ったより安かったんだよ。それにお庭が広いんで、稽古したり薬草育てたりできるかなって。」


新居では掃除をしていた新しい奴隷、ダダクラが一行を出迎えた。

吹き抜けの玄関ホールにギリムが目を見開く。


「右側の奥が鍛冶場になってるよ。生産用の荷物はそっちに置いてね。」


玲奈は一行を連れて長い廊下を通り鍛冶場に入っていく。


「うわぁ、こりゃまた広いですねぇ。」


「騎士様が前の住人だったそうで、この部屋にお馬さんを入れて蹄鉄を装着したらしいよ。」


「おいスドン、広い場所でよかったな!」


「うん!」


「鍛冶だけやるには広いので、ギリムやダダクラもここで生産にあたってもらおうかな。」


「はい、レイナ

さんの指示どおりにします。」


鍛冶場を出ると廊下を戻る途中、玲奈は一つの部屋の扉を開けた。


「フルーはこの部屋を調合作業に使ってね。」


「承知した。」


一行は玄関をホールを通り過ぎて突き当たりの食堂に入った。


「食事はここでとるよ。隣が厨房、その隣が食品庫になってるよ。」


食堂を出て廊下を戻る途中、玲奈は一部屋の重厚な扉を開けた。


「ここが執務室。私は二階の私室にいなければ、ここで書きものや調べものをしてるから。打ち合わせもここでやるよ。」


「うん!」


「わかった!」


「ここも立派っすねぇ!」


さらに一行は玄関ホールに戻って階段を登り、二階を見て回った。


「奥の主人の部屋と奥方の部屋は私の寝室と衣装部屋にさせてもらったよ。その手前がみんなの個室ね。」


自分の部屋に入ったフルーやギリムが感嘆する。

中は質実なベッドと小テーブル、簡素なチェストと無地のカーテンがついただけの質素な部屋だった。

それでも今までの作業スペースを兼ねた雑居部屋から大違いである。


「 私物は私室に収納するように。そっちの整理がすんだら、生産用器具や材料を点検して不足してるものがあったら言ってね。」


玲奈は自室に戻って部屋の整理に取りかかった。

実は自分だけ小ぶりだけど装飾の凝ったかわいいベッドと、天板の大きな机、クッションのきいたイスを購入している。

ただし書きものをしたり本を読んだりは一階の執務室を使うことが多くなりそうだ。

主人部屋での作業が終わった玲奈は奥方部屋に移る。

この部屋には大きなウォークインクロゼットがあって、この屋敷を選んだ決め手の一つだ。

ただし現状では衣類が少なくて本領発揮とはいかない。

玲奈は早々に自室を出て鍛冶場に降りていった。


「どうスドン、順調?」


「広いからやりやすい。」


「今はまだ研ぎ中心だけど、本格的に炉を稼働させるからよろしくね!」


「わかった。」


玲奈は鍛冶場からフルーが使っている調合部屋に顔を出した。


「フルー、準備はよさそうね。」


「ああマスター、素材の在庫も十分あるし、もう調合が始められそうだ。」


「じゃあ、そろそろ取りかかって! 広いお庭があるから、適宜体を動かして気分転換してね。」


「ああ、そうする。」


玲奈は庭に出てみた。

東側にある鍛冶場の裏手に厩舎が立っている。

中に入ると馬房が六つあるが、当然ながら馬はいない。


厩舎の奥には納屋がある。

中には何もないが、隅っこにはワラが落ちているように干し草や穀類が置いてあったと思われる。

庭道具を置いておくのにもよさそうだ。


納屋の反対、西側に回ると区画の外壁に沿って樹木が植えられている。

そのうち十数本はリンゴで、実が赤く色づき始めていた。

空いている部分もあるので、玲奈は薬草や野菜を植えようと思った。


玲奈は母屋に戻り、ギリムを連れてグレイナーの城内まで買い出しに出かけることにした。


往路は下り坂なので楽できる。


「王都のときみたいにギリムには買い物をお願いするね。」


「まかせてください!」


「ダダクラが料理を担当するから、食料品なら彼も同行させようか?」


「それには及びませんよ。」


「そう? ダダクラは読み書きや計算が一通りできるから安心できるけど、ギリムは大丈夫?」


「読むのは問題ないです。書くのはまあボチボチですね。」


「計算は?」


「足し算と引き算はいいんですが、掛け算がどうにも難しくて。」


「やっぱりダダクラの方が頼りになるじゃない!」


「これでもズドンの野郎よりマシなんすよ。」


「ズドンとは求めているものが違うでしょ。彼の代わりに戦闘や鍛冶やるの?」


「わかりましたよ。帰ったら計算問題やりますよ。」


ゴーレムの迷宮からの道に合流すると、人とすれ違うようになる。

まだ日は高いが、ちらほら迷宮から引き上げる冒険者かいるようだ。


「探知能力は向上した?」


「徐々にですがうまくいくようになってますよ、玲奈さん。たとえばさっきすれ違った馬車ですが、中を見なくても何人か載ってるかわかりますぜ。」


「進歩したね。このあたりは山に近くて動物が多いからギリムを頼りにしてるよ。」


玲奈とギリムは城門で冒険者の身分証を示して中に入る。

城門や城壁付近は建物がなく広い空間になっている。

中心部へ向かう大通りに沿って騎士団の駐屯地や領主の軍隊の詰所が立ち並ぶ。

金属鎧を身につけた兵士が行き交い物々しい。


その一画を抜けると商店や食堂がポツポツと混じるようになる。

冒険者協会のグレイナー支部はこのあたりだ。

冒険者ご用達なのか宿屋兼飲み屋が軒を連ねる。


玲奈たちは道具屋に立ち寄った。


「ここで大工道具と、ズドンの鍛冶で使う炭や銅と鉄のインゴットを買ってくよ。」


「俺が荷物持ちますよ。」


「重いんでアイテムボックスに収納するから、ギリムは食料品を持ってね。」


「承知しました。」


玲奈は道具屋で大工道具と炭を買い、インゴットが入手できるよう手配してもらった。


食料品などの一般の商店が立ち並ぶようになると中央広場はもうすぐだ。


グレイナーの中央広場ば街を東西に貫く大通りの中ほどにあり、真ん中には剣を高く掲げた人物の大きな石像が立っている。

玲奈が石像の人物を気にするそぶりを見せたので、ギリムがすかさず石像に走り寄って銘板を確認する。


「『聖人アンテウス』ってあります。」


「誰なの?」


玲奈が小首をかしげる。


「えっ、知らないんすか? 有名な人ですよ。」


「何をした人?」


「たしか三百年か四百年前に、東側の軍勢が侵攻してきたとき、これを打ち破った英雄ですよ。」


「そうなんだ、王国の歴史書を読んでるけど、まだ創成期だからなあ。」


「俺も詳しいわけじゃねえけど、わかないことがあったら聞いてください。」


「うん、そのときはよろしくね!」


広場の南側には石造りの荘厳な神殿が存在し、否応なくこの街が教皇領であることを思い起こさせる。

ただし広場の北側には何軒も露店が出ており、人通りが多くにぎやかだ。


「ここらへんのお店で夕食と明日の朝食を買っていきましょ。」


「今度こそ俺が持ちますよ。」


「頼むね。あとはすぐ食べるものだけでなく、料理の材料も買ってくよ。せっかく立派な厨房があるからね。」


二人はけっこうな荷物を持って帰路についた。

途中の坂道でギリムはバテた。


「案の定ギリムには坂道きつかったかぁ。荷物少し貸して、私が余分に持つから。」


「す、すいません。今後は鍛えますんで。」


「その言葉、しかと聞き届けた! 戻ったらスタミナ増強のトレーニングが必要だねぇ。 毎日自宅と中央広場を二往復してもらおう!」


「えぇ! 勘弁してください!」


ペースを落としたので、ギリムは息があがったものの無事帰り着いた。


「ギリム、お疲れ! 支度したら夕食にするよ。」


玲奈はダダクラに指示しながら夕食の準備をした。


「ねえダダクラ、料理の経験があまりないなら食堂で半日アルバイトして経験を積んでみない?」


「俺が、ですか?」


「うん、引っ越す前に私は学園の食堂でアルバイトしていたから、代わりじゃないけど、そこで週二、三日練習がてら働いてもらおうかな。」


「レイナさんがやれと言うのでしたら。」


手早く準備をすませた玲奈は、庭で立ち会っていたフルーとスドンに声をかける。

ズドンは盾とハンマーの使い分けがまだうまくできていない。

相変わらず素早さや器用さを欠いた動きをしている。

見ていた玲奈は、ズドンは体が硬いという印象を受けたちめ、ストレッチでもやってもらおうかと思い立つ。



食堂に全員集まった夕食の席で、玲奈が言い放つ。


「明日からみんな、今までより三十分早く起きてもらうよ。」


「ええぇ!」


抗議の声があがるが、玲奈は無視して続ける。


「朝食の三十分に集合してお庭で体を軽く動かすよ。体を温めてほぐす運動を考えたからね。」


「ハイハイ、ワカリマシタ。」


「そのあとは、毎日朝食十分前に私の執務室に集まって。その日の日程の確認と連絡事項を伝えるよ。」


「はい、わかりました。」


夕食後、玲奈はスドンに話しかけ、明日は学園に行くので鍛冶の技法のうち鋳造を学んできて欲しいこと、明日から行う運動は柔軟性や敏捷性を養う目的があることを説明した。

執務室に入ってしばらく書きものをしてから玲奈は就寝した。


こうして新居での初日は暮れていった。




翌日は早朝から全員が庭に集まった。

玲奈が腕を振りながら号令をかける。


「おはよう! みんなちゃんと起きたね。食事の前に軽く体を動かすよ。」


ズドンやダダクラは眠そうだ。

玲奈はパンパンと手をたたいてから話し出した。


「まず私がやってみせるから、よく見てまねしてね! 肩を回すよ。」


そう言って玲奈は両腕を上にあげて肩をゆっくりグルグルと回し始めた。

見ていたギリムが、続いてフルーが同じように肩を回し出す。

この二人は器用だったり運動能力が高かったりするので、初歩的な動きはすぐにマスターした。


ダダクラは慣れないためか、遠慮があるためか動きがぎこちない。

肩を回すというより、腕が縮こまり肩が前後に往復しているだけだ。

玲奈はダダクラの動きを見てから声をかけて、肩を円を描く軌道に乗せて動かすこと、ヒジの位置を意識することを伝えた。

ダダクラは玲奈の助言を受けてコツをつかんだようで、動きがスムーズになった。


ただしズドンは玲奈が言葉でアドバイスを重ねても動きがまるでよくならなかった。

やむを得ず玲奈はズドンの腕をつかみ、文字通り手取り足取り指導した。

玲奈がズドンの手を持って動かすことで片手は思った通りの動きができるようになってきた。

しかしもう片手はダメなままなので、見かねたギリムが手伝った。


「スドン、毎日ストレッチやって少しずつ動けるようになろう。」


「わかった、レイナさん。」


「ギリムも手間かけたね。」


「いいってことです。」


その後玲奈は、上体を倒してひねったり、足を振り上げてひねったり、片足を上げて回したりと、四つの動きをやってみせた。


「これらの動きは筋肉を伸縮させて温め、関節が動ける範囲を広げる準備運動だよ。ケガの予防にもなるからね。毎朝のほか、稽古や迷宮に入る前にやるように!」


「はい、わかりました。」


フルーたちがうなずくのを見ると、玲奈は全員に腰を下ろさせた。


「次は軽く素振りでもやってもらうつもりだったけど、思ったより時間食ったのでクールダウンの動きをやります。さっきと同じように私がまずやるのでよく見ててね。」


そう言って玲奈は片足ずつももを伸ばし、ふくらはぎを伸ばし、肩や首を伸ばした。


「ゆっくり呼吸しながら、筋肉を伸ばした体制を十秒から十五秒保ちます。」


フルーたちが玲奈を見てまねる。

一通り終わったところで玲奈はたちあがった。


「みんなお疲れ! 服に付いた土を落としたら私の執務室にあつまってね。」



まもなく執務室に全員が顔をそろえた。

玲奈は応接セットに腰を下ろさせて口を開いた。


「毎日朝食の五分前にここで打ち合わせをします。内容はその日ないしその週の予定を確認すること、連絡事項を伝えることです。」


玲奈はそこで一旦言葉を区切り腰掛けた一同の顔をを見回す。

おもむろにダダクラの方を向いて目を合わせ、また話し出した。


「その前に今日は新メンバーを紹介します。ダダクラ、自己紹介して!」


「えっ、俺ですか? あのぉ、」


「ダダクラはここに来る前、冒険者をやってたの?」


「あ、はい、そうです。前のご主人様の下で十数年間冒険者をやってました。」


「前衛?」


「いや、後衛というか、中衛というか、弓をやってました。短剣も持ってましたが、実戦で使ったことはありません。」


「じゃあ、弓やってみる?」


「実は奴隷解放してもらった後、二年近くお店やってて針仕事で手元ばっか見てるうちに目が悪くなっちまって、今は昔のようにはいきません。」


「そっか。それなら家事中心にお願いね。まずは料理、それと掃除。」


玲奈はテーブルの上に家の平面図を広げる。


「ダダクラには共用部分の掃除をやってもらうね。玄関と一階、二階の廊下、階段、それに食堂、厨房、お手洗いを毎日お願い。」


そこで玲奈は平面図から顔を上げた。


「私室は各自で清掃すること。生産用の場所も各自でやってもらうけど、鍛冶場は三人で使ってるから、当番制にするか区間で担当を分けるか、話し合って決めてね。」


玲奈は再びダダクラに向き直った。


「こんな感じでやってるけどダダクラ、なにか疑問や意見があったら遠慮しないで言ってね。最終的には私が判断するけど、聞く耳は持ってるつもりだから。」


「レイナさん、ちょっといいですか?」


ギリムが手をあげて割り込んでくる。


「でかくて素晴らしいお屋敷に住ませてもらって感謝してますよ。たけど俺は思うんです。ここって騎士団の隊長さんが住んでたんですよね? だったら騎士団の連中は、このお屋敷の後釜にどんなヤツがおさまったか気にするんじゃねえかって」


「あっ!」


玲奈は小さく叫んで頭を抱えた。


すぐに頭を上げたが声は低くなる。


「今さら別のところに移るのは経済的にも難しいなあ。」


「マスター、今から別のところに移っても弱気に見えていいことないぞ。」


「うん、フルーの言うとおりかも。」


「むしろ自信満々に構えてた方がちゃんとした力をもっていると見られて、悪く思われないだろう。」


「そうだよね。だったらこうしよう! ギリムにはそれとなく前の持ち主や騎士団について調べてもらう。あとは迷宮でゴーレムを倒して素材を集めて淡々と生産に取り組む。お庭で着実に稽古して自己鍛錬に励む。こんなところでいい?」


「ああ、それでいい。」


「レイナさんも頼られるだけだなく、こっちを頼ってくださいよ。」


「ありがとうギリム!」


玲奈は表情を引き締めると、応接セットの後ろ側の壁に吊り下げられた黒板を指差す、


「そこの黒板にも書いたけど、今日の予定を確認するよ。今日は午後から迷宮に入って浅い階を回ります。フルーはお昼まで調合しててね。」


「ああ、わかった。」


「ズドンは午前中一段落したら学園に連れて行くから、工房の鍛治職人から鋳造や焼き入れのことを学ぶように。お昼過ぎに迎えに行くから、食堂で食事してね。」


「うん、わかった。」


玲奈はスドンに待ち合わせ場所と時間を書いたメモを渡す。


「ギリムはリストと多めにお金渡しておくから、お買い物ついでに騎士団のことをそれとなく探ってきてね。」


「まかせてください。」


「ダダクラは最初私が指導するから掃除をお願い。お昼を食べたら学園に一緒に行って、食堂でのアルバイトをお願いしてくるよ。週二回くらいのつもりなんで、そこで経験を積んでね。」


「わかりました。」


「じゃあ朝食にしましょう! ダダクラは私と厨房に来て。他の人は食堂で待っててね。」



玲奈はダダクラを連れて厨房に入り、魔石を使ったコンロや冷蔵庫の説明をする。

山の湧き水を引いて蛇口をひねれば水が出る流しも付いている。

コンロにかけたフライパンに冷蔵庫から出した肉を入れて火をとおす。

それとは別にケトルをかけてお湯を沸かし、お茶を入れる準備をする。


ダダクラが声を落として玲奈にはなしかけてきた、


「ご主人様、さっきは驚きました。前のご主人様も寛大な方でしたが、あんな失礼なことを言うヤツは許さなかったでしょう。それなのに無礼な発言に全然怒らないで受け止めるなんて、ご主人様はとてもやさしいんですね。」


「いや、私がやさしいからではないと思う。実は私の以前いた国は奴隷制じゃなかったんだ。だから奴隷とどう接するかわかってないだけだよ。悩むところだね。」


「でもみんな伸び伸びとしてますよ。」


「それならいいけど。まあ私は試行錯誤しながら自分なりにやってくよ。ダダクラもよろしくね!」


「はい、よろしくお願いします!」



朝食後、玲奈はダダクラに廊下でほうきとモップの使い方を実演して教えた。


それがすむと玲奈はスドンに声をかけ、エリュシオールの魔法学園に出かけた。

グレイナーのワープポイントに向かう途中、下り坂にもかかわらず、スドンの歩くスピードが上がらないことに玲奈は気がついた。

負荷が減っているのにブレーキをかけてスピードを抑えている様子はなく、体が硬いのかストライドが伸びないようだ。

股関節周りと足首の柔軟性を高めるほか、足や腰の筋肉を鍛え、歩くフォームを変える必要があると玲奈は考えた。


「ねえスドン、今日はいいけど、これから出かけることが増えるから、歩く速度を高める訓練をしよう。」


「うん!」


「今朝やった柔軟運動で下半身に重点を置いて足が柔らかくなるようにするよ。あとは歩くときの歩幅や手の振りを直していくよ。」


「うん、わかった!」


簡単にわかったと言うが、スドンは盾の練習もあって時間がかかることを玲奈は覚悟した。


王都にワープすると、スドンは学園の工房に行き、鍛治職人に教えを乞うた。

ストンを送り届けると、玲奈は冶金学のクォンタム教授の研究室を訪ねた。

鍛冶に役立つ知識が得られたらと考えたのである。

幸いクォンタム教授は在室していた。


「失礼します。炉のある家に引っ越しまして、今日は鍛冶について教えていただければと思いましてお邪魔しました。」


がっしりした体躯に乗った短髪のいかつい顔をしかめてクォンタム教授が答える。


「ああ、悪いが私は冶金学という金属の性質を解明したり、精製や合金の手順に関する学問が専門なんだ。鍛冶のことはわからないから工房の職人に聞いてくれないか。」


「申し訳ありません。質問を間違えました。現在、鉄ないし銅を主としたナイフや剣の刃を考えてます。そこで、素材として他の金属を微量混ぜた場合、生成される合金の性質について伺いたいのです。」


「ちょっと待っててくれ。」


クォンタム教授は部屋の奥に行き、棚に置いた小箱から金属片を持ってきた。

それは銀色に輝いていた。


「これは以前君が持ってきてくれたのと同じクロムだ。これを鉄に数パーセント混ぜるとサビに耐性が得られるんだ。水気の多いものに刃を入れるナイフに好適だろう。」


「確かに用途を考えると向いていますね。防錆性能ですと水が対象となりますが、液体の種類が変わると腐食耐性は変わりますか?」


クォンタム教授はもう一つ鈍色の金属片をとりだした。


「よく聴いてくれた。指摘のとおり、鉄に対するクロム、そしてこちらのニッケルの割合で腐食耐性に変化があらわれるんだ。クロムが1割を超えると、木酢液にも耐性が出てくるぞ。私は王立騎士団からも金属製武具の組成に関して諮問を受けて調べたんだ。」


どうやらクォンタム教授は金属マニアのようである。

それでも玲奈は、迷宮のゴーレムからまれに特殊な金属が得られるから、有益な情報として教授の話を詳細にメモした。


玲奈が研究棟を出るとエリーズと鉢合わせした。


「こんにちは、エリーズさん! お久しぶりです。」


「やあ、久しぶりね、レイナちゃん。元気にしてた?」


「はい、お陰さまで。実は最近引っ越したんです。」


「そうなんだ! どこに越したの?」


「教皇領のグレイナーって街です。けっこう広いお庭があるんですよ。」


「すごいじゃない! 貴族の嫡子でもないとなかなかないわよ。」


「そこで、お庭に薬草や野菜を植えて育てようとおもうんです。学園の薬草園ではどこから種や苗、肥料を仕入れてるんですか?」


「そうね、種や苗はほとんど前の年のを使ってるわ。買うものがあるとすれば、王都のポーターガーデンという造園家か近郊の篤農家のところかしら。」


「ちかくにもけっこうあるんですね。」


「そうよ。遠くだと北方辺境伯領のマレガレージャって人から苗木を取り寄せたことがあったわ。」


「辺境伯領からなら寒冷種ですか?」


「そうなの。南の草木は香りが強かったりするけど、北の草木は幹や茎に変わった成分が含まれてたりするのよ。」


玲奈とエリーズはしばらく近況などを立ち話した。


「今度うちにいらしてください。」


「機会があったら寄らせていただくわ。」


別れ際、玲奈はエリーズに顔を近づけるとささやいた。


「私、ポータルワープができますので。」


エリーズの目が大きく見開かれたようだった。



玲奈が自宅に戻るとお昼近くだった。

ほどなくしてギリムも帰ってきた。


「ただいまもどりました!」


「ギリムお疲れ! 今日はバテなかった?」


「ゆっくりマイペースで戻ってきたんで大丈夫ですよ。」


「買ってきたもの見せて! お昼の準備するから一休みしたらフルーとダダクラ呼んでね。」



お昼は食堂でスドン以外の四人が集まり、ギリムが買ってきたパンと串焼きをかじった。


「食べながらいいんで話聞かせてね。ギリム、騎士団のことはなにかわかった?」


「前の持ち主については待ってくだせぇ。騎士団は二つ駐屯してます。」


「へえ、二つあるんだ?」


「ええ、一つが盾と蹄鉄に八端十字が重なる紋章の鉄盟騎士団、もう一つが雲形の上に翼のあるハートが紋章となってるドミニオ騎士団です。城門にいた連中の紋章見たら前者でした。」


「城門と、おそらく迷宮を管理しているのは鉄盟騎士団ね。」


「多分そうです。全体はしりませんが、グレイナーだけだと前者の方がずっと人数多いそうです。」


「推測だけど、わざわざこの地に家を建てた前の持ち主もきっと前者ね。」


ギリムはうなずいた。



「お昼の後はスドンを迎えに学園まで行ってくるから、フルーとギリムは待っててね。ダダクラは準備して!」


お昼の片付けをすませた玲奈はダダクラを連れて再び王都にワープして、魔法学園に行った。


玲奈は学園の食堂で、まんじりともせず待っていたスドンと落ち合った。

食堂はお昼の時間が終わり後片付けが一段落する時分である。


玲奈は料理長に少しだけ時間を割いてもらい、引っ越しの挨拶とお世話になったお礼をした。

引っ越しを機に玲奈は食堂のアルバイトを辞めたのだった。

そして料理長にダダクラを紹介し、料理経験があまりないことを断って、働かせてやって欲しいと頼み込んだ。

丁寧な仕事ぶりだった玲奈を買っている料理長も、伸び代のなさそうな年齢なのに今まで経験の乏しいダダクラには半信半疑だった。

それでも下働き相当ということで給料を半額にして、週二日ということで話がついた。


スドンとダダクラを連れてグレイナーの自宅に戻った玲奈は、一服してゴーレムの迷宮に出かけた。

ダダクラはお留守番である。


「スドン、鍛冶関連でなにをならった?」


「鋳造を習った。」


「うまくいきそう?」


「まだ一回しかやってないからわからない。」


「迷宮の下の階で金属製のゴーレムを倒すと素材がたくさん手に入るから、そうしたら何度もやって上達するようにしよう!」


「うん、わかった。」



迷宮の入り口では盾に変形した十字の紋章をつけた馬車が止まり、何人かの騎士が警備をしていた。

ギリムから騎士団に関する話を聞いているので、玲奈は明るい声であいさつして、冒険者証を示して中に入った。



一階には石ゴーレムよりさらに下位の土ゴーレムという魔物が徘徊している。

土を卵型に固めて手足をつけたような姿をしており脆そうで、歩く速度も遅い。

試しになにも付与魔法をかけずフルーが斬りつける。

渾身の一撃というわけでもないのに、ゴーレムは大きく形が崩れ土塊になった。


次にスドンがハンマーを振るう。

動きが遅い土ゴーレムはスドンにとっても格好の的で、ハンマーを叩きつけると原型をとどめないほど大きく崩れた。


「この階層では問題なさそうね。ギリム、ナイフを投げてみない。」


「練習にもならないでしょうから遠慮しときます。」


代わりに玲奈が投げてみる。

三メートルほどの距離なので投げた三本とも刺さったが、浅くてダメージが小さいのか動きを止めるに至らない。

最後はスドンが粉砕した。



一行は二階に降りてみた。

ここからはおなじみの石ゴーレムが出る。

玲奈は全員に付与魔法をかけた。


学園の迷宮でやったように、まずスドンがゴーレムに近づいて盾をぶつける。

ゴーレムがスドンを認識して向き直る。

フルーがゴーレムの後ろに回り、銅の剣を叩きつける。

火属性を付与した剣がうっすらと虚空に炎の軌道を残してゴーレムと激突する。


ゴン


火花を散らし、鈍い音を鳴らしてゴーレムが倒れる。

そして動き出すことはない。

ゴーレムの背中は大きくえぐれ、ヒビが入っていた。


この後同じ戦い方で六体を倒したが、いずれも危なげなくフルーは一撃で仕留めた。

スドンも盾に専念すれば攻撃を受けてもふらつくことはなく、安定している。


後衛で戦闘を見守っていた玲奈はとなりのギリムに話しかけた。


「ねえギリム、ゴーレムの属性はわからない?」


「多分土属性じゃねえかと思うんだが、はっきりはわかりません。」


「探知するとき、相手を鑑定して多くの情報をえぐり出しつかみ取る気でやってみて!」


「はい、そうします。」


「私が属性魔法を付与できるようになったから、相手の属性が戦う前にわかれば相手が苦手とする属性を付与して戦闘を有利に運べるんだよ。」


「そうですね、努力してみます。」



玲奈はフルーとスドンに火属性でなく、土属性に相克する風属性を付与してみた。


フルーの剣は火を噴くことはないものの、一段とオクターブが上がった風切り音を立ててゴーレムをぶった斬る。

倒れて動かなくなったゴーレムは深く亀裂が入っていた。


この日は計十一体のゴーレムを倒した。


「まずまず順調じゃない? スドンのハンマーと盾の動きがよくなったら下の階に行って金属製のゴーレムに挑んでみましょう。」


「わかった。」


「ギリムも探知の腕をあげてね。」


「がんばってみます。」


倒したゴーレムからは、ポーションの材料となると白い球のほか、一つだけクロムの球が手に入った。


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