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迷宮世界に生きる  作者: panda
序章
4/22

0-4.ハチミツと薬草

玲奈とフルーは何度も迷宮に潜り、得た素材からフルーが作ったポーションは百本に達した。

スケルター教授は頃合いとみて、フルーに次の段階の知識を教えた。

低級ポーションの調合である。


「フルー君は努力すれば武具や食事という形で報われるから、力の出し惜しみをする必要がないね。」


スケルター教授の言葉にフルーがうなずく。


「マスターには感謝しているんだ。」


「私は大したことはしてないよ。」


「レイナ君は攻撃力の付与ができるようになったんだよね。」


「そうなんです教授。やっと攻撃力上昇ができるようになったばかりで、まだ一回しか試してないので、データはもう少し待ってください。」


「それはかまわないよ。」


そう、玲奈は付与魔法が上達して攻撃力上昇の付与が行えるようになっていた。

また、神聖魔法では小治癒に加えて解毒が、四元魔法では火、水、風、土に加えて光、闇の六属性が使えるようになっていた。


玲奈だけでなくフルーも戦いを重ねて、かつて冒険者をやっていた頃の力を取り戻しつつあった。

往年と同じように鉄製の大剣を背負い、軽々と振り回して力で圧倒した。

ただしゴーレム相手には刃を潰した銅製の練習用大剣を使った。

防具は鉄製のブレストアーマーに加えて手甲にレッグガードも装備し、付与魔法とあわせると迷宮の浅い階層では単体でフルーにダメージを与える魔物はいなかった。


ポーションが安定的に調合できるようになり経済的に余裕ができるようになって、玲奈とフルーの食糧事情も改善した。

学園からの帰りに買う食品も肉だけでなく、野菜や果物、卵、茶葉が混じるようになった。

寮への帰り道、フルーがポツリとつぶやいた。


「私が生まれ故郷を出て冒険者をやっていた頃、自らの力にはそれなりに自信があったのに行き詰まってしまったんだ。」


「そうなの?」


「ああ、私は不器用だし、仲間は誰も経済観念が乏しかったので、あがけばあがくほどどうにもならなくなってしまった。」


「それはつらかったねぇ。」


「苦境のときほど堅実にコツコツいかないといけないのに、起死回生の一手と思って大ばくちに賭けることになる。」


「気持ちはわかるよ。」


「分の悪い賭けだ。当然のように失敗して破産へ一直線だ。その結果が、このザマだ。奴隷に身を落としてしまった。」


「ねえフルー? これまではこれまで、これからはこれからだよ。心機一転がんばればいいんだよ。」


「マスターには感謝している。お陰で成功への道筋が見えてきたように感じている。」


「ちょっと大げさかな。私も経済的なことをもっと考えてみるよ。」




玲奈は薬草学のジュビリー教授の研究室に顔を出した。四階所在からうかがえるように、白髪に白いヒゲをたくわえた好々爺といった風貌をしてあた。


「エリーズさんにはお世話になってます。」


「彼女から君のことは話に聞いてるよ。」


「教授、今日は王都周辺でなにか薬草が採取できないかと思ってやって参りました。」


それなら、と言って、ジュビリー教授は書棚から分厚い本を一冊取り出してきた。薬草を網羅的に記載した書物らしい。いくつかの種類には手書きのスケッチが添えられている。


「このニガヨモギはどうだ? 王都から北へいくと大きな川があって、その河原に群生地がある。」


ジュビリー教授から効用や採取法を教えてもらった。群生地が王都北の河原なら、低級ポーションの材料となる草原バッタの生息地から近いので、出かけたついでに採取できそうである。

玲奈が本のスケッチを見ていると、ジュビリー教授は部屋の奥から木箱を取り出してきた。

そして枯れ葉状になったニガヨモギの葉を見せてくれた。

色味や厚さは参考にならないが、葉の形状や葉脈は現地での識別に役立ってくれそうである。

それはヨモギそのものであった。


ジュビリー教授からはほかに三種類、薬の材料や虫除けとなる薬草を教えてもらった。

ほかに薬草の入門書も借りた。


「今日はありがとうございました。」


「レイナ君、もし見たこともない珍しい植物を発見したら教えてくれよ。」


ジュビリー教授は新種マニアのようだった。


玲奈は百合やバッタの採取で出かけるときは、可能な限りジュビリー教授から教えてもらった薬草も集めた。

初回は教授かエリーズに確認してもらったうえで、王都に何軒かある薬屋に持ち込んだ。

専門知識や技術がなくても近くで取れるものなので、どこでも買い取り価格は安かった。

ただしこれは利益の追求というよりは、扱う品物と窓口を増やす狙いが強かった。


「私が見るに、スケルター教授はひょうひょうとしているようでかなりの野心家だぞ。有力貴族からいい条件で誘いがあれば学園を去るかもしれない。」


このようなフルーの予測もあり、玲奈は販売先の多角化を進めた。

薬屋にはポーションの販売も持ちかけてみた。

いずれの店もスケルター教授の買取価格よりかなり安いものの、学園の迷宮を探索する冒険者からの需要もあり、週二、三本の売却で話がついた。

ポーションの材料の入手が安定し、フルーの調合能力に余裕が生じたのである。


そんなことで、ある日玲奈が王都の薬屋にポーションを持ち込み代金をもらって外に出ると、店先で女の子が泣いているのに気がついた。

玲奈は何気なく通り過ぎたが、女の子が後ろの通行人に、弟が病気なので助けて欲しいと頼んでいるのが聞こえた。


このシーンには見覚えがある!


かつてプレイしたゲームに、孤児の女の子に頼まれて病気の弟を治すと姉弟がが仲間になるイベントがあった。

この光景はそのイベントに酷似していた。

確か弟を治すと、二人はプレイヤーを命の恩人として高い忠誠心を示し、献身的に振る舞うのだ。


玲奈は純粋にこの女の子と彼女の弟を助けたいと思った。

反面、まだ十歳にも満たない身寄りのない女の子と、それよりさらに幼い病弱な弟がどれだけ役に立つかわからないという打算もあった。


玲奈は、しばし葛藤で悶絶した。


弟が何の病気かわからないのに、今の自分の魔法で治せるのだろうか?


そんな疑問が玲奈の中で頭をもたげた。

小治癒はフルーのすり傷と打ち身、それに自分の筋肉痛しか治したいことがない。

解毒に至っては実戦未経験だ。

単なる傷とちがって命にかかわる病気を治せると確信が持てなかった。


結局玲奈は、心の中で女の子と弟にわび、誰か親切な人が現れることを祈って寮に帰った。

部屋に戻った玲奈に元気がないことにフルーは気がついたようだが、何も言わないでそっとしてくれた。


翌日から玲奈はいつに増して魔法の鍛錬と、魔法に関する文献の読み込みに力を入れた。

迷宮三階でゴーレムに遅れをとることはないので、フルーと相談して四階に上がってみた。

四階はゴブリン階である。

ゴブリンは貧弱な体格と枯れ枝程度の粗末な武器しか持っておらず、現在のフルーなら問題にしない。

玲奈の付与魔法込みなら二、三体相手でも危なげないだろう。

しかしゴブリンは数が多く群れを作る魔物だ。

十体を超えると無事にすむか確信は持てなかった。

さらに稀にだが手強い上位種のゴブリンが発生することがあるとも言われている。

用心に越したことはない。


四階は三階までより通路が曲りくねり長く伸びていた。

そしてひらけた空間は広かった。

広間に進入した玲奈とフルーの目には奥行きが読み取れなかった。

玲奈はフルーに付与魔法をかけ直した。

人間が広間に到来したことに気づいた個体が耳障りな声をたてる。

入り口付近の個体の声に呼応して、奥の方からも叫び声が聞こえる。


グギャ グギャ


目の前に青黒い体色の醜い二本足の魔物が姿を現した。

手に木の枝とも棍棒ともつかぬ得物を持ち、わめきながらバラバラ近づいてくる。


三体


四体


五体


フルーがすかさず踏み込んで一気に剣を振り下ろす。


ブン


叫ぶ間もなくゴブリンは倒れ伏す。

さらに右に回り込みながら囲まれないように位置を取り、次々と斬りかかる。

大して時間がかからずゴブリンの死体は五つを数えた。


戦闘が終了したときには後続の群れがすぐ近くまで接近してきた。

目視で二十体近くいる。

残念ながら現在の玲奈とフルーの力量では相手することはかなわないとすぐ判断がついた。


「フルー、引き返すよ!」


玲奈は先頭を切って近づいてくるゴブリンに小石を投げつけ、さらに手のひらに火魔法で火を灯し、ゴブリンに向かって手を突き出した。

ゴブリンたちは火の攻撃魔法が来ると思ったのか、ギョッとして後ずさった。

そのすきに玲奈はきびすを返し、フルーとともに広間から脱出した。

ゴブリンたちは通路までは追ってこなかった。

玲奈たちは足早に通路を抜けて、三階に降りた。


「フルー、ゴブリンはどうだった?」


「単体では弱い魔物だ。マスターに付与魔法をかけてもらえば六体までは問題ない。ただし先ほどのように二十体となるとどうにもならないな。」


「そうだよね。今のままでは広間を突破できないよ。何か考えなくっちゃ。」



それからしばらく、玲奈とフルーは三階でゴーレムから素材を集めて、余力を残して四階に上りゴブリンと戦う日々を送った。

安全第一で、ゴブリンの群れが十体を超えるとためらわず撤退した。

広間は突破できていないが、ポーションの材料集めは順調で、調合もはかどっている。


ゴーレムを解体する際、白い球のほか稀に金属球が手に入ることがあった。

その金属球が十個を超えた。

玲奈が見るところ、大半は鉄だと思われるが、中には貴金属も混ざっているようだ。

学園には鍛冶の工房もあることから金属素材にも一定の需要があるはずと玲奈はにらんで、売却できないかあちらこちらにあたってみた。

その結果、冶金学という講座を開いているクォンタムという教授が金属球の識別を引き受けてくれることになった。

クォンタム教授は金属球の大きさや重さを測ったり、叩いたり、いろんな色の光を当てたりした。

持ち込んだ金属球十二個のうち、鉄が六個、鉛が三個あり、これらは広く流通していて少量を買い取るまでもないと断られた。

しかし残りの二個のうち、ニッケルとクロムが一個ずつあり、これらは希少性があり買い取ってもらえることになった。

残りの一個は、なんと金であった。

ただし換金性があるので、ここで売却しないでとっておくことにした。


こうして手にしたのは微々たる金額であったが、将来の布石という意味もあった。

石製のゴーレムを相手にしているので戦闘にしても素材採取にしても刃物の減りが早いので、ゆくゆくは自分たちで鍛冶を手掛けたいと考え始めていた。

玲奈とフルーは砥石必携で、剣やナイフを磨くようになった。


四階の広間から先にはまだ進めていない。

玲奈は打開策として人数を増やすこと、つまり奴隷を買い足すことを考えた。


「フルーは守備重視の盾職と、攻撃重視の斥候・軽攻撃職とどっちがいい?」


「マスターがよいと思うようにすればいい。」


「悩みどころなのよねぇ。」


「私の考えを言わせてもらえば、現状で私は攻守が半々なので盾職を加えてもらえると攻撃の比重を高めることができて助かる。」


「なるほど。あのねフルー、もし意見や疑問があったら遠慮しないで言ってね。聞く耳は持ってるつもりだから。」


「ああ、わかった。」


二人は王都の奴隷商の店にやってきた。


「フルーはこういうところにきても平気?」


「正直気持ちいいわけではないが、気にしなくても結構だ。」


「それなら価格交渉はしても即断即決でいくね。」


一軒めは王都一を自認する高級店で、以前王子様を見せてもらった店である。


「盾職ということで屈強そうな人を見せてもらってるけど難しいね。予算に余裕があるから選べるのは確かだけど。」


「体格はよくても建設や荷役向きが多い印象だな。戦闘職としては疑問だ。」


「悪いけど店主、またにします。」


玲奈たちは一軒めの店を出て、次の店に行った。

そこは一軒めと違い喧騒に包まれていた。


「店主、戦闘職の奴隷を探しているんで見せてもらえませんか?」


玲奈たちが店主に連れられて奥に進むと、鉄格子の中が一段と騒がしくなる。

中には獣人たちがいた。

だがフルーが殺気を込めた眼でにらむと、たちまち静かになった。


「マスター、こいつらは生まれ故郷のエカエリ諸島から群れのまま連れてこられたようだ。ここで買われて使役される立場なのをわかっていない。しつけには苦労するぞ。」


店主は余計なことを言うなとばかりにフルーをにらみつける。

玲奈はかまわず、店主にヒト属の奴隷を見せるように頼んだ。


となりの鉄格子にはヒト属とおぼしき奴隷が二人いた。

一人は背丈は平均的だがひょろりとして身軽そうなタイプ、もう一人は小柄な玲奈とそれほど変わらないくらい背が低いが見るからに肉厚で頑丈そうなタイプ。

後者は明らかに探していた盾職に適任だが、前の店で見た奴隷と同じく鈍重そうだ。

玲奈が観察していると、後者の奴隷に違和感を覚えた。

なんとなくだが、目の動き、息遣い、全体的な雰囲気から生粋のヒト属ではないような気がする。

玲奈はカマをかけてみることにした。


「戦闘職を買おうと思っていたけど、ドワーフの血が混じっているのなら鍛冶をやってもらってもいいわね。」


「いやいやお客さん、こいつはこんななりですが純血のヒト属ですぜ。」


すると黙っていた背の低い奴隷が叫んだ。


「僕はフェアリーの入れ替え子だ!」


「おめえは余計なこと言うんじゃねえ!」


当たらずと言えども遠からずであった。


「ねえ店主、王都あたりで売りさばくのは難しくありません?」


「いやいや、お客さんが買わなくてもあてはちゃんとありやすぜ。」


脂汗がにじむあたり、あてはなさそうである。


玲奈はもう一人の細身の奴隷もすばしっこく抜け目がなさそうで、斥候役に向いているかもしれないと思い始めた。


「王都で売るのは難しいでしょうから、私がもう一人とまとめて買いましょうか?」


「いやいや、こいつは見た目がまともなんで問題なく売れますぜ。」


「でも店主、二人とも売れれば部屋が一つ空いて管理が楽になるでしょ? エサ代も節約できるし。」


「それはお客さんが気にすることじゃありやせん。」


「気にかけてあげるから、ちょっとはサービスしてよね。」


「お客さんには参りましたよ、もう!」


玲奈は思い切り値引きさせて二人の奴隷を購入した。

武具を買い与えても予算に余裕がある。


「私は魔法学園の学生でレイナよ。寮に住んでるの。帰り道だから歩きながら話しましょ。あなたたちは?」


細身の奴隷が答える。


「俺はギリムといいます。南西部の農村で農家の三男坊だったんですが、口減らしで売られちまった。」


「僕はスドン。ずっと西の山村で育ったけど凶作で売られた。」


「そうなのね。私はこっちのフルーと迷宮に潜って、魔物を倒して得た素材を売って学費や生活費を稼いでるの。二人は戦闘経験ある?」


「僕は村に忍び込んだキツネやイノシシと戦った。斧なら使える。」


「俺は農作業ばっかりで、虫やネズミを追っ払うくらいです。」


「じゃあ、徐々に慣れていってね。武器屋に寄って買い物していくからね。」


玲奈は奴隷三人を連れて王都の大通りを進む。


「ねえスドン、さっきは憶測でドワーフとか言ってごめん! でも鍛冶をやって欲しいのは本当なのよ。」


スドンは表情がまったく変わらない。


「斧は使ったことがあるって聞いたけど、ハンマーは使える?」


「たぶん大丈夫。」


「そうしたら鍛冶用と戦闘用のハンマーを買おう。しっかり守るため革鎧と盾も買うからね。」


帰り道、一行は武器屋に寄った。

玲奈はスドンに鍛冶用と戦闘用それぞれのハンマー、革鎧、ブーツを買った。

盾も買うつもりであったが、フルーと相談してフルーが現在使用している木製の丸盾をスドンに渡し、フルーには一回り大きく鉄で補強した頑丈な盾を買うことにした。

ギリムには取り回しの楽な短剣と革鎧、ブーツを買った。


「俺は魔物と戦ったことがないけど、大丈夫なんですかね?」


「私だってついこの前までなかったんだよ。少しずつ慣れていけばいいよ。」


「そんなもんすか?」


ギリムは半信半疑のようだ。


「ただいま! ここが私たちの部屋よ。」


武具を携えた男が二人追加されると、寮の部屋は一気に手狭になった。


「ここで暮らすにあたって、注意して欲しいことを伝えるよ。まずは常に片付けを心がけてね。」


使っていないベッドをギリムとスドンにそれぞれ割り当てて、フルーも含めて腰を下ろしたところで、玲奈が話し始めた。


「持ち物は置き場所を決めておいて、使い終わったら必ずそこにしまうこと。出かける前、寝る前に片付けがすんでいるか確認すること。」


フルーはうなずいているが、ギリムとスドンはきょとんとしている。


「次に清潔を心がけてね。部屋に入るときは靴を脱いでスリッパに履き替えること。泥やホコリを部屋に入る前に落としておくこと。脱いだ服は脱ぎっぱなしにしないで場所を決めて寄せておくこと。汗かいたり汚れたときは沐浴室があるので流しておくこと。」


ギリムとスドンの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんだままだ。


「口うるさいだろうけど、全部憶えなくてもその都度言うから心配無用だよ。さあ、夕食にしよう!」


王都からの帰り道に買い込んだ肉やパン、果物で夕食にした。

ただし玲奈は買う量を誤った。人数が二人から四人になったので、いつもの倍の量を買ったが、どちらかというと食の細い玲奈を基準にしたのでギリムやスドンには物足りなかったようだ。

玲奈は三人にあやまった。



玲奈はフルーに頼んで、食堂でアルバイトしている間、ギリムとスドンを学園の工房に連れていってもらって、鍛冶などの生産系スキルを身につけさせた。

フルーには二人を連れていった後は、一旦部屋に戻ってポーションを調合するように頼んだ。


玲奈はアルバイトを終えると三人と待ち合わせ、王都に鍛冶などの道具を買いに出かけた。

寮の部屋に炉があるわけではないので、金床や砥石、たらいを道具屋で買った。

ギリムには装飾細工を担当してもらうことにして、ヤスリ、のみ、彫刻刀、ニッパーなどの道具を買って彼に与えた。

ギリムには食料品店や露店の場所を憶えてもらい、明日から食べ物の買い出しを頼んだ。

寮に戻るとさっそく金床を取り出し軒下に置いて、スドンには鍛冶に取りかかってもらった。

玲奈は魔法でたらいに水を出し、刃が甘くなった採取・解体用ナイフを渡して研ぎ直しを頼んだ。

人数が増えて道具類を買い足して手狭になった部屋を見て玲奈は、早いところお金を貯めて広い住まいに移ろうと思い始めていた。


翌日は玲奈がアルバイトしている間、ギリムとスドンには戦闘系スキルを取得を命じた。

玲奈のアルバイトが終わったら中庭で一通り確かめたら迷宮に行ってみる予定である。


玲奈がアルバイトから戻り、全員で武具を身につけて最終の動作確認をしたところ、スドンに不具合が発覚した。

精度はともかく重いハンマーを振り回せる腕力はある。

盾を構えて相手の攻撃を受け止める頑強さ、耐久力も備えている。

しかし盾を使った守りからスムーズに攻撃に移行できず、盾を構えたままハンマーを振るうことができないことが判明したのだ。

これはまずいというで、急きょスドンに反復練習させた。

しかし、スドンの不器用さ、スピードのなさは予想以上だった。


「さすがにこのままだとまずいから、今日は迷宮行きを中止して、どうしたらいいか考えるよ。」


「僕は一日練習すれば大丈夫だと思う。」


「いやスドン、あなたが上達するのに時間がかかりそうだから、どうしたらいいか話し合おうとしているの。」


「しかしマスター、一日、二日練習しただけでスドンの動きが改善できるとは思えないな。意外とすぐ迷宮に行って実戦を経験した方がいいかもしれないぞ。」


「ならフルー、うまい実戦経験の積み方ってある?」


「そうだな、たとえばゴーレム相手にスドンは盾で攻撃を受けてもらって、私がゴーレムの後ろに回り込んで攻撃するというのはどうだろう?」


「それならよさそうだね。ただしスドンの近くに誰かいた方がいいんじゃない?」


「では私がスドンのとなりにいるようにしよう。何かあればすぐ介入できる。」


「じゃあフルーにお願いするね。ギリムは背後に回るようにしてくれる?」


「えっ、俺も戦うんですか? 一度も剣を握ったことないんすよ。」


「そっか、なら怖いよね。無理はしなくていいから、少しずつ慣れていこっか。」


玲奈はギリムの肩をたたき、フルーにスドンの練習の相手をしててもらうよう頼んだ。

フルーは大きくうなずき、それを見て玲奈は再びギリムに向き合った。


「私の考えを伝えようと思うけど、その前にギリムのことを教えてね。」


玲奈にチラッとスドンの様子を見てからギリムに問いかける。


「私が見たところ、ギリムはかなり素早いタイプだと思うんだけど心当たりある?」


「そうですね、俺は農家の三男坊で二人の兄貴はうさを晴らしたくなると俺にぶつけてきました。それで俺は逃げ足が速くなったようです。」


「なるほどね。スピードがあるのはいいことだと思うよ。兄貴たちには反撃しなかったの?」


「力じゃ兄貴たちにかないません。それにオヤジも兄貴の味方でしたからね。どっちみち妹が嫁ぐのに金が必要で俺は売られちまいました。」


「お父さんも見る目がないね。ギリムは素早いだけでなく、目端もきくでしょ?」


「そうかもしれません。でも農家には必要なかったですよ。」


「農家には必要でなくても、私のような魔法使いには必要だと思ったんだ。魔道具や武具の見立てができるようになったら助かるよ。」


「そういうもんですか?」


「うん。あとは迷宮を探索するときに魔物や罠の気配を感じたり、微妙な違いに気がついたりとか、そんなことができればありがたいかな。」


迷宮に入ったことのないギリムはピンとこないのか、当惑している。


「だから、あなたは、戦うのが苦手ならそれは二の次でいいから、探知系の能力を磨いて欲しいな。」


「それなら俺でもできそうです。」


「よろしくね。でも戦闘の練習も徐々にやっていってね。前衛で敵と直接斬り結ぶのが怖いなら後衛から飛び道具で遠隔攻撃という手もあるよ。」


「弓、ですか?」


「うん、弓も含めて考えていきましょ。」


ギリムは先ほどよりスッキリした表情になった。



玲奈は、木刀と盾を持って向き合っているフルーとスドンには歩み寄った。


「スドンはどう?」


「ご覧のとおりだ。」


そう言ってフルーはスドンの訓練を再開させる。

フルーが木刀を突き出し、ストンがそれを盾で受ける練習をしていた。

同じ位置を同じくタイミングで突く場合はスドンもしっかり受けることができるようになってきた。

ただし狙う位置を変えたりタイミングをずらすと対応できないようだ。


「ゴーレムはフェイントをかけなてこないし、まあ大丈夫だろう。」


「うん、そうだね。明日は迷宮に入ってみるか。」


「それと遠隔攻撃だが、弓は上達に時間がかかるし、矢は高いし、拾って再利用するのも手間がかかるぞ。」


「聞こえてたのね。」


「ああ、以前冒険者をやっていたときに後衛に弓士がいたんだ。狙っても意外と当たらないし、乱戦になると使えないし、不遇だった。」


「フルーの経験を大いに頼りにしているよ。改めてこれからもよろしくね!」



こうして玲奈はフルーに加えてスドンとギリムを連れて学園の迷宮に立ち入った。

フルーと玲奈自身だけでなく、スドンとギリムにも付与魔法をかける。

一階と二階は最小限の戦闘だけで通過し、三階に登る。

まずはフルーがゴーレムと戦ってみる。

何十回もゴーレムと戦っているフルーは銅の剣に持ち替えて一回、二回と剣を振り下ろすとゴーレムは動かなくなった。

人体ほどの大きさがある岩の塊が動く様子にギリムは顔を引きつらせていたが、フルーが難なく倒すと安堵していた。

玲奈はギリムに言って、ポーションの素材となる白い球をゴーレムから掘り出させた。


次にスドンがゴーレムの攻撃を受けてみることにした。

動き回っているゴーレムにスドンが近づいて盾をぶつける。

ゴーレムは体の向きを変え、スドンを確認するとゆっくり腕を振り上げて殴りつけてくる。


ゴンッ


盾を構えたスドンがゴーレムの攻撃を受け止める。

続けてゴーレムが腕を振り上げて殴りかかってくる。

しかし同じ軌道、同じタイミング、同じ位置なので、スドンは盾を構えたまま踏んばり、ゴーレムの攻撃を受け続ける。

それが三回、四回と繰り返される間にフルーがゴーレムの背後に回って狙い定めて思い切り剣を振り下ろした。

威力十分な一撃でゴーレムは動かなくなった。

スドンの表情は変わらないが、力が入っていたのか汗がにじんでいる。

玲奈はスドンの肩をたたき、よくやったとほめた。

スドンの表情は変わらないままだか、ふうっと小さく息を吐き、体から力みが抜けたようだ。


その後スドンは二回ゴーレムと戦った。

攻撃の単調なゴーレム相手なら、スドンは無難に盾役を務めることができた。


するとフルーが唐突に言い出した。


「スドン、受けてばかりでなく、今度は攻撃してみないか?」


「うん、してみる。」


先ほどと同じようにスドンがゴーレムに盾をぶつける。

向き直ったゴーレムがスドンめがけて石でできた拳で殴りかかる。

盾を構えてゴーレムの攻撃を受け止めたスドンは、今度は自分の番とハンマーを振りかぶる。

しかしスドンが右手のハンマー振り上げると、左手の盾の構えを維持できず、ダランと大きく下がってしまう。

それでもハンマーの振りが速ければよかったが、スドンの動きは緩慢で、ゴーレムのパンチが先に到達する。


ゴチン☆


とっさに身をかがめて芯で当たるのは免れたものの、スドンはけっこうなパンチを頭にもらってしまった。

二、三歩よろけるが、なんとか踏みとどまる。


「スドン!!」


玲奈がとっさに神聖魔法を発動して小治癒をかける。

フルーが割って入ってゴーレムに剣を振り下ろす。

ギリムが駆け寄ってふらつくスドンの背中を支える。

ゴーレムはフルーの渾身の一撃で倒された。


「スドン、大丈夫?」


スドンはめまいがするのか頭を振り目をしばたかせる。


「うん、大丈夫。」


あまり大丈夫ではなさそうだ。


「今日はもう帰ろう!」


玲奈たちは迷宮を出て寮に引き返した。




「スドンは想像以上のタフさだが、想像以上のトロさだな。」


「右手と左手、ハンマーと盾が独立して動かせないのは痛いね。しばらくは練習を重ねないとだめだよ。」


「うん、がんばる。」


次の日は中庭で練習に専念した。

フルーは身振り手振りを交えて両手の動きを教える。

玲奈はスドンの脇に立ち、盾を持つ左腕が下がらないように手を添えて支える。

ただし玲奈が手を離すと、スドンのひたりうは下がってしまう。


「どうしてスドンは右手を動かそうとすると左手が下がるんだ。」


フルーは自分も木刀を持っていろいろ動かしながら指導している。


「右手で大きく振り上げるから力が入って、左手に意識が及ばなくなるのかな?」


「それならスドン、ハンマーを振り上げず、横から軽く振ってみろ。」


フルーはお手本として木刀に下段気味に構え、軽く水平に薙いだ。

ストンはフルーを見習い、ハンマーを水平に軽く薙いだ。

フルーが手取り足取り右手の動きを教え、スドンもわずかずつハンマーの動きがスムーズになってきた。

玲奈はスドンの右腕の動きを見て、テニスのストロークのようだと思った。

ストロークのトレーニングでいいものがあったら応用できるだろうか?



しばらくは玲奈とフルーの二人で迷宮に入った。

その間ギリムは玲奈から薬草の群生地を教えてもらい採取に出かけたり、王都で買い物をしたりした。

スドンは庭で練習しているか、鍛冶でナイフを研いでいるか、ギリムに同行して薬草の採取に出かけた。

一週間、二週間と練習を重ねるうちにスドンは徐々にハンマーを振っても左腕の盾が下がらなくなった。

また右腕もコンパクトで速い振りができるようになってきた。

またこの間に神聖魔法を習って、小治癒が使えるようななった。

治癒魔法を使える人間が複数いれば、パーティの安全性は大きく向上する。


ギリムは遠隔攻撃に弓ではなく投擲スキルでナイフを投げることにした。

投擲だとコストの問題が付きまとうが、投げナイフならばスドンの鍛冶による生産に期待できる。

また探知系で索敵と観察のスキルを取って斥候役として働き出した。


少し遠回りをしたが、二週間ほどでまた四人そろって迷宮に入るようになった。

付与魔法をかける人数が増えて上達スピードが速クなったせいか、玲奈は属性魔法が付与できるようになった。

試しに攻撃力上昇のほかに火属性もフルーに付与すると、石ゴーレムをことごとく一撃で倒すことができた。

スケルター教授に良き最初の報告ができた。


攻撃力が上がって素材の採取量が増えると、アイテムボックスの出し入れが増えて、玲奈はポータルワープが使えるようになった。

王都以外にも国内の主要都市にワープポイントはある。

魔法使いが魔力を流して触れたワープポイント間はワープにより一瞬で移動ができるようになる。

ポーションや薬剤にしても、料理にしても広い地域から材料を集めることができるようになり、効率が上がったり、バリエーションを増やせる。

玲奈たちはまず、このあたりでは一番大きく、教皇が御坐す皇都パルピナという都市に出かけてみることにした。


パルピナ行きの大型の乗合馬車は、王都の南にあるクオンの丘を回り込むと、穀倉地帯を一路南に進む。

麦の穂の間にところどころ農村が見える。

旅程は順調だが、王都を離れるにつれ路面が荒れて馬車が揺れるようになってきた。


「こんなに馬車が揺れるし振動があるなら厚手のクッションを買って持ってくればよかったなぁ。」


「いやマスター、もっと悪路はいくらでもある。それに船だと比べものにならないくらい揺れるぞ。」


「そうか、フルーはエカエリ諸島の出身だから、船に乗る機会があったんだね。」


話しているうちに馬車は森の中を進むようになり、やがてゆるやかな上り坂になる。

このあたりはレーヴの森といい、王領と教皇領の境界にあたる。

レーヴの森は双方の軍がパトロールの及ばない領域があり、魔物がよく出没した。

このため馬車列には護衛の冒険者が四人乗っていた。

実は玲奈とフルーも魔物が襲ってきたら戦うという条件で代金を値引きしてもらっている。

値引き交渉はすっかり玲奈の得意分野である。


道が下り坂に差しかかると、ヒズメギツネという魔物の群れが襲いかかってきた。

玲奈は護衛の冒険者たちと即席パーティを組み、付与魔法を全員にかけた。

魔物の種類を見ながら属性を使い分け、要所要所で治癒魔法も使い、戦局をコントロールしながら危なげなく魔物の群れを殲滅することができた。

付与魔法の使い手として手応えをつかんだ一戦となった。


道中で魔物の襲撃もあったが、到着した皇都パルピナは王都エリュシオールより一段と大きな都市だった。

大神殿や礼拝所をはじめ名所旧跡が多くあり、大陸中から巡礼という名の観光客を集めていた。

観光客により人通りが絶えなく、多くの土産物屋や食堂が軒を連ねていた。

また商業活動が活発なため、食料品店、家具屋、衣類を扱う店も多かった。

玲奈は街角の散策とショッピングの楽しさを思い出した。


「にぎやかでいい街ね。こっちに引っ越しちゃおうかな。」


「いや、玲奈さんはポータルワープが使えるんだから、住まなくても遊びに来たいときに来ればいいでしょ。」


「そうだぞマスター、住むなら素材入手に便利な迷宮の近くの街がいいな。」


「王都も迷宮の近くといえば近くだね。」


人数が増えて寮の部屋が手狭になったこともあり、玲奈は引っ越しを意識しはじめた。



皇都パルピナには冒険者協会の本部もあった。

玲奈たちはここに登録してみた。

冒険者といっても扱っている依頼案件は勇ましい魔物討伐より、生活関連の雑役が多かった。

季節は初夏であり、皇都や近郊のシスタンツァという都市の周辺にはミツバチの駆除依頼がいくつもあった。

ミツバチといっても十センチ以上あり、なかなか凶暴で刺されるとかなり痛い。

その割に報酬は大したことないが、ミツバチや巣にはハチミツがたっぷりと含まれている。

これを自家消費してもいいし、売ればけっこうな金額になる。

玲奈たちは何件もミツバチの巣駆除を引き受けた。

こうしてかなりの金額とたっぷりのハチミツを手にした。

また副産物として治癒魔法を多用したため、玲奈とスドンの神聖魔法が大きく進化した。

スドンは小治癒だけでなく解毒ができるようになり、玲奈は解毒だけでなくマヒ回復ができるようになった。


ハチミツをはじめとして、行動範囲が広がったことで入手できる食材が多彩になった。

玲奈は学園の食堂でアルバイトをして料理長からいくつもレシピを教えてもらい、料理のレパートリーを増やしていた。

それなのにフルー、スドン、ギリムは質より量、肉ばかりで濃い味付け好きときて、食が太くなく薄味が好みの玲奈は料理にストレスを抱えることになった。

葉物を使ったサラダやおひたし、和え物にフルーたちが不満を漏らしたあたりで、新たに料理の担当者が欲しくなった。

同時期に引っ越しも考えていたので、一挙に敢行しようともくろんだ。


お出かけから寮に帰ると、夕食の席で玲奈は相談を持ちかけた。


「ねえみんな、もう一人奴隷か使用人を増やそうと思っているだ。料理や家事を中心に働いてもらうつもりで、メイドさんにしようかと考えているけど、意見があったら聞かせてね。」


「メイドっていうと女性ですか?」


「うん、そのつもり。」


「マスターの好きにしたらいいと思うが、侍女役を考えているなら女性しかないな。値段はわからないが。」


「確かに玲奈さんがメイドの役割を望むのなら、経験のある女性がいいでしょう。だけど俺たちを集団でみたら必要なのは貫禄のある中年男性なんじゃねぇかと思うんです。」


「えっ、そうなの?」


「ええ、俺たち四人とも若いですし、こう言っちゃなんだがドラゴニュートだフェアリーだと珍妙で脆弱な集団に見られてなめられかねませんぜ。」


「そう言われれば、ギリムの言い分もわかるかな。」


「なので俺としてはまともに見える中年男性をおススメしますよ。」


「うん、その線で考えてみるか。」


玲奈は手元のノートを取り出してなにか書き込んで、また顔を上げた。


「あとは引っ越し先は、ゴーレムの迷宮の近くにあるグレイナーという街にしようと考えてるの。」


「どこなんですか、それは?」


「皇都パルピナから東に行って中央山脈のふもとだね。迷宮の近くにあって高い城壁に囲まれているから城塞都市と言われてるんだって。」


「なるほど。」


「それでね、ゴーレムの迷宮は文字通りゴーレムオンリーの迷宮で、鍛冶の材料になる金属の素材が多く手に入るよ。引っ越したら鍛冶をポーションに次ぐ収入源にしようと考えているんだ。だから炉のある家に移ってスドンにがんばってもらうよ。」


「うん、がんばる!」


「俺は異存ありません。」



こうして玲奈は、奴隷の選定と新居探しを並行して進めていくことになった。

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