0-3.迷宮のとびら
あけましておめでとうございます
玲奈は、さらに一週間アルバイト代を貯めて王都の正門をくぐった。
今度は表通りから一番離れた小さな店構えの奴隷商にやってきた。
「うちの品揃えはよりどりみどり、お買い得ですぜ。」
赤茶色の縮毛にワシ鼻のいかにもいかがわしい小男がもみ手をして言う。
値段が安い方から見せてもらったが、先週の店とは下限がかなり違うようだ。
値段だけみれば玲奈でも二人買えそうな額からいるが、果たして戦闘に役立つか怪しい。
片足が動かずゆっくり歩くのが精一杯だろう奴隷、片目が濁って遠近感がつかめないであろう奴隷。
後者はポーターならできるかもしれないが、戦闘となれば前者ともども一回限りの囮になるほかない。
「どうです? どれも安くてお得ですよ!」
店主のニヤニヤ笑いは止まらない。
玲奈はもう少し上の価格帯の奴隷を見せてもらった。
「さすがお客様はお目が高い! こいつらは能力が高くて必ずやお役に立ちますよ。」
店主が調子のいいことを並べ立てるが、玲奈は首をひねって疑ってかかる。
実際に奴隷を見ると、最低価格帯の奴隷よりは体格が良くなっているが、ひどいケガを負ったままだったり戦力として考えるのが難しい。
境遇を考えれば仕方ないが、どの奴隷も目が死んでいて活力が感じられない。
この店はハズレと見定めたので、玲奈は出て行こうとした。
通りに出るとき、ふと店の脇に鎖でつながれた赤茶色の髪の男に目が止まった。
ボロを着ていて、いたるところ泥にまみれているが、ヒジや肩口に付着しているのは明らかにドロではない。
玲奈の目にはウロコに見えた。
よく見れば耳もねじれてとがっていて、ヒトとは異なる種族に見える。
リザードマンの亜種?
店主が追いついていう。
「お客さん、こいつはいけませんや。見かけ倒しですし、頭が悪くて人になつきやしませんぜ。」
粗悪品を勧める店主なら優良品は勧めないに違いないとひらめいた。
これは当たりなのかもしれない。
「店内には同じ値段でもっといいのがいますよ。」
店内にはこれ以上の素材がないということだろうと玲奈は受け取った
「店内は見ました。どれも欲しいとは思わなかったんけど、この人はそれ以下なんでしょ? 売り物にならないんじゃないの?」
「いえいえ、そんなことありゃせません。見る目があるお客様に買って欲しいんです。」
店主はかなり強気な価格を提示する。
玲奈がふと奴隷の金色の瞳をのぞき込むと、その瞳孔がスッと縦に細められた。
奴隷の声が空気を震わせる。
「おい小娘、貴様に私を扱い切れるものか!」
店主があわてて割って入る。
「おい、お前、やめないかっ! お客さん、すいません。仕入れたばかりでしつけがなってなくて。」
「確かにしつけがなってないわねぇ。それに頭が悪いんでしょ? もう少しお値段がんばれるんじゃない?」
「いやいやいや、それは言葉のあやというか、もののはずみというか、なんというか、あまり真に受けないでもらえると助かりやす、ハイ!」
「わかったから、その分勉強してね。」
玲奈の値引き交渉で、奴隷の値段は当初の三分の二にまで落ちた。
「でも見かけ倒しなんでしょ。なのにこのとおり泥まみれなんだし、まだ高くないですか?」
「いえいえ、見かけ倒しって言ってもそういう意味じゃなくてですねぇ、実力は確かなんです。ヒト属よりも筋力が強いんですよ。」
「あら、異種族って言っちゃうんだ! リザードマンなのかな?」
「あっ!」
「王都あたりで異種族は売りにくいでしょ? 買い手が現れたら売ってしまいません?」
「お嬢さんには負けましたよ。これ以上は勘弁してくだせぇ。」
結局玲奈は当初の半額でお目当ての奴隷を手に入れた。
「女! 一つ訂正を求める。私はリザードマンではない。ドラゴニュートだ。」
「ごめんなさい。あれは交渉での方便だから気にしないでね。私は魔法学園の学生でレイナです。」
「私は誇り高きドラゴニュートの戦士フルーバトラシュだ。フルーと呼んでくれ。」
「よろしくね、フルー!」
二人は奴隷商店を出ると大通りに戻り、武器屋に立ち寄った。
「フルーの武器を買うよ。確か剣士だったんだよね?」
「ああ、そのとおりだ。」
「だったら手に合う剣を選んでね。盾は使ったことあるかな?」
「いいや、片手剣だったが、半身に構えていて盾は使ったことないな。」
「だったら、盾を試してみてよ。私は後衛で支援職なんで、フルーには攻撃だけでなく防御にもなって欲しいんだ。」
「うまくいくかわからないが、主人であるあなたがそういうなら努力してみる。」
半額に値切って余裕があるので盾の他に、フルーの銅剣や革鎧も予備を含めて買うことができた。
さらに玲奈はここでも店主と交渉して、追加で練習用の木刀を買い足してバンダナをおまけしてもらった。
「お客さん、もう勘弁してくれ!」
フルーも呆れ顔をしている。
帰り道、フルーから玲奈に話しかけた。
「魔法学園の学生が奴隷をポンと買うなんて貴族のお嬢様かと思ったら、ずいぶん値切るし従者もいないし、貴族ではないんだな。」
「そうだよ。私は平民だし、両親ももういないんだ。」
「それは悪いことを聞いた。」
「ううん、天涯孤独の身なのは事実だから。親切にしてくれる人はいるけど、仲間と言えるのは、今はフルーだけだよ。」
そう言って玲奈は屈託なく笑った。
学生寮に落ち着くと、帰り道に露店で買った串焼きや揚げパンで夕食にした。
翌日玲奈はフルーに言って、食堂でアルバイトしている間、学園の演武場で剣や盾の練習をしていてもらった。
かつて剣士だったときの剣術を思い出してもらうため、そして新しい武術として盾を使いこなしてもらいたいためである。
やや遅めのお昼を食堂でいただいたフルーは、しばらく待ってアルバイトを終えた玲奈と合流した。
玲奈はフルーをスケルター教授の研究室に連れていった。
じつは昨晩、戦士として誇りのあるフルーは戦闘ならともかく、生産活動である調合を自分が担当することに難色を示した。
しかし玲奈が生産活動は自分たちの活動のため不可欠であり、得た資金はフルーの装備に還元すると約束して説得していた。
この日からフルーは、スケルター教授から習ってポーションの調合を始めた。
スケルター教授はフルーが調合した初級ポーションを一定数まで買い取ってくれることになった。
薬局や学園の購買部に売るより高く買い取ってもらえるので、経済的に大きな助けとなる。
スケルター教授からは調合のほか、初級ポーションに必要な素材も教わった。
その日は神聖魔法を教える神官が学園で講義をする日だった。
玲奈はそろそろ迷宮に入る時期だと思っていたので、神聖魔法を習い回復手段を得ることにした。
神聖魔法を習ってできるようになったのは小治癒という初級魔法だけで、治せるのは小さなキズだけだったが、それでも回復ができる。
これから上級の魔法は覚えていけばいいと前向きな玲奈だった。
玲奈とフルーは王都に行って食べ物のほか、道具屋で調合に必要な乳鉢やビーカーなどの器具を買い込んだ。
買ってきた器具の確認をすると、玲奈は夕食の準備、フルーは中庭に出て剣の素振りを始めた。
夕食の支度はすませた玲奈は中庭に出てきて、フルーの素振りを眺めた。
右手から水をチョロチョロと出して魔法の練習をしながらである。
フルーが一息入れたタイミングで玲奈は歩み寄り尋ねた。
「どう? 感覚は取り戻せそう?」
「ああ、剣はなんとかなりそうだが、盾は難しいな。」
「そっか。盾は攻撃役がいないと感覚つかみづらいかもね。だったら私が攻撃役やるよ。」
そう言って玲奈は部屋に戻り、木刀を取ってきた。
フルーと向き合って無造作に構えると、剣を突き出した。
玲奈は狙う場所、剣速、タイミングを変えて何度も剣を突き出した。
まだ盾の扱いに慣れないフルーは必死に受けた。
十分ほどでフルーの息が上がってきた。
「練習になった?」
「マスター、ありがとう! 盾で受ける感触がつかめそうだ。」
フルーは玲奈を‘マスター’と呼ぶことにしたようだ。
「明日から素材集めを始めます。無理はしないつもりだけど、魔物との戦闘もあり得るので、私がアルバイトしている間は演武場でおさらいしていてね。」
「わかった。」
アルバイトを終えた玲奈はフルーと合流して学園の外に出てきた。
学園の南側、迷宮のある側で、王宮に向かう北側の正門とは反対方向である。
ただし迷宮には入らずに脇を西に抜けて丘のふもとを二十分ほど歩くと、草原に灌木が混じるようになる。
このあたりに今日のお目当て、赤百合の群生地がある。
根を掘り出すと初級ポーションの材料の一つとなるが、赤百合を好物とする草原ネズミが周辺に生息していて、コロニーに侵入する人間に攻撃してくる。
玲奈たちも赤百合の根を採取するなら草原ネズミとの戦闘は不可避である。
玲奈とフルーは赤百合のコロニーに到達した。
「それじゃ付与魔法かけるよ。」
玲奈はフルーと念のため自分自身にも守備力上昇の魔法をかけた。
「私が赤百合の根っこを掘り出すから、フルーは草原ネズミを見張っててね。」
「承知した。」
玲奈がかがみこんでナイフで掘り始めると、さっそく気がついたネズミが一匹寄ってきた。
ネズミといってもカピバラのような大きさだ。
フルーが立ちふさがり剣を振るう。
もう一度振るう。
しかし力を込めて目一杯振るので、動きの素早い草原ネズミには当たらない。
玲奈は手を止め思わず立ち上がった。
「フルー、大振りでは当たらないよ! 半分の力でいいからよく狙って!」
フルーはうなずくが、動き回る草原ネズミをとらえることができない。
じれた玲奈は前に出て、杖を取り出してネズミをポカッと殴りつけた。
軽く殴っただけで大したダメージは与えていないが、思いがけない方向から攻撃を受けてネズミは一瞬混乱した。
動きを止めてキョロキョロと左右を見渡し、対峙している剣を持ったドラゴニュートから目を離してしまった。
これを見逃さず、フルーの銅の剣が振り下ろされ、ネズミは息絶えた。
「マスター、危険だから前に出ないでくれ。」
「後ろで何もできず見ているだけなのは、」
「マスターのために言ってる! 今度はしっかり当てるから安心してくれ。」
フルーは玲奈をさえぎって言った。
「わかった。フルーにまかせるよ。」
「さっそく後続が二匹きたようだ。」
フルーは一匹に対しては盾を向けて守勢をとり、もう一匹に対して剣を振るった。
体当たりをしてくる左側のネズミには盾を構えて受け止め押し返す。
その合間に右側のネズミにはよく狙って剣を振るう。
軽く振ってるので一撃では倒し切れない。
しかし三回、四回と剣で斬りつけると、右側のネズミは倒れて動かなくなった。
続いて左側のネズミにも攻勢に出た。
突進してきたネズミを盾で受け止めて押し返す。
弾き返されて動きが止まったところをフルーが剣を振り下ろす。
今度は一撃でしっかりダメージを与え、もう一撃でしてめることができた。
「フルーお疲れ! さっきよりよくなってるよ。」
「ああ、だんだん感覚がつかめてきているな。」
「じゃあ、また百合根を掘ってるから見張っててね。」
玲奈は一つのコロニーを取り尽くさないように半分か三分の一程度の株を取るにとどめる。
草原ネズミが現れると採取を中断して、付与魔法をかけ直してフルーが戦った。
この日は玲奈が用意した袋一杯になるまで赤百合の根を採取したが、その間にフルーは草原ネズミを九匹仕留めた。
一度フルーはネズミの体当たりを盾で受け切れずに左足のももに頭突きを食らった。
多少のダメージがあったため、玲奈は小治癒をかけてみた。
フルーの痛みがある程度和らいだようだ。
またフルーの体感では、ネズミから頭突きを食らった際のダメージが衝撃の割に小さかったとのことで、いくらか付与魔法の防御力上昇が効いているのかもしれない。
赤百合のコロニーがある草原を引き上げるとき、玲奈はすと思いついたことをフルーに聞いてみた。
「フルー、ネズミ食べる?」
「ああ、食べたい。」
ネズミも動物の肉なのは確かだが、おいしいと思える外観ではなかったが、フルーには関係ないようだ。
状態のよさそうな三体を選んで、ナイフで掘った穴に内臓を取り出して捨て、血を抜き、皮をはいでアイテムボックスに入れて持ち帰った。
肉を料理するのに何も調味料を持っていないことを思い出した玲奈は、帰り道に足を伸ばして王都の食料品店に寄り、ラードと岩塩、香草としてバジルの葉を買った。
部屋に帰ってさっそく玲奈はネズミの肉を調理してみた。
一匹分の肉をバラして塩を振って焼き、香草を添えた。
食堂でもらってきた余り物のパンとあわせて夕食にした。
フルーは食がすすむのかパクパクたべている。
「フルー、おいしい?」
「ああ、おいしくいただいている。」
玲奈も肉にかぶりついた。
肉汁が口の中にあふれる。
あふれはするが、なんともおいしくない。
よく火は通したが、筋っぽくてうま味が少なく泥臭くて、玲奈にとって好んで食べたい味ではなかった。
それでもフルーは次々と口に入れて、一匹分の肉はすぐになくなった。
玲奈は自分が食べてる賄い飯が比較的おいしいのに、フルーが食べてる食堂の食事は決しておいしいとは言えず、量も不十分だった。
前衛で体を張るフルーにはおなか一杯食べてもらいたいと思った玲奈だった。
そのためにはポーションを安定して調合できるようにしないとならない。
ポーションの材料は百合根のほか、迷宮三階の石ゴーレムから取れる。
「フルー、明日は迷宮に入るよ!」
「わかった。今から楽しみだ。」
「明日はアルバイトの後、図書館で迷宮について調べてからにするね。」
翌日玲奈は図書館で三階までの地図と出現する魔物について調べて、写しを取った。
そしてフルーと二人で学園の裏門を出て、迷宮入りまでやって来た。
迷宮は“学園の迷宮”と呼ばれ、その名のとおり魔法学園に隣接して、魔法学園が迷宮を管理していた。
迷宮の入り口には、王冠に笏と杖が交差した魔法学園の紋章が縫い込まれたローブを着た魔法使いが門番に立っていた。
迷宮は通常入り口から下方に向かって階層を重ねているが、この学園の迷宮はクオンの丘の麓にある入り口から上に向かって階層が伸びている。
また一階層につき一種類しか魔物が出現しないのも通常の迷宮とは異なっていた。
玲奈は学生証を門番に示し、フルーとともに迷宮に入っていった。
一階には赤アリという昆虫型の魔物がいる。
アリといっても大きさは三十センチほどもあり、噛む力はそこそこ強い。
ただしそれほどスピードや耐久力はないので一匹一匹は大したことがないが、群れをつくることと数が多いことがやっかいである。
玲奈は注意書きの写しをフルーと再確認してから付与魔法をかけた。
一階は石造りの通路と起伏のある土の地面に草が茂った空間からなり、地図を見ながら進んで行く。
赤アリは五メートルも離れると敵に気がつかないようで、通路から離れた位置にいる群れは相手をせず通り過ぎる。
通路付近にいる単体ないし少数の群れだけ相手する。
フルーが一気に間合いを詰めて斬りかかると、力を抑えていても一撃が二撃で倒すことができた。
赤アリは相手の攻撃をよく見てかわすような知性がないようで、前日の反省で狙いすましたフルーの斬撃はよく当たった。
周囲のアリを一通り倒すと、他の群れに囲まれないようにどんどん先に進んだ。
一度フルーは赤アリに噛み付かれてしまった。
噛み付いたアリはフルーが剣を突き刺して倒したが、ふくろはぎから血がにじんだ。
「フルー、大丈夫? 小治癒をかけるよ。」
「マスターありがとう。もう大丈夫だ。」
戦闘は控えめにして進むと、三十分足らずで一階の区画を横切り、二階への階段にたどり着いた。
二人は階段を昇り、玲奈は地図や注意書きの写しを取り出した。
「二階は小ヘビがでるみたいね。」
「マスター、それはどんな魔物なんだ?」
「長さ五、六十センチの白いヘビで、毒はなし。やぶとか物陰、木のうろに隠れて、通りかかった獲物に飛びかかって噛み付くんだって。」
「毒がないのはいいのだが、進むときは要注意だな。」
二人は二階を進み始めたが、石造りの狭い通路はともかく、広い空間にはやぶや岩陰などヘビが隠れる余地が少なからずあった。
玲奈が拾った小石を投げ入れたり、フルーが剣先を突き入れたりして警戒しながら進んだので、攻略速度は一気に遅くなった。
玲奈が小石を投げ入れたやぶから小ヘビが飛び出してきた。
フルーが踏み込んで剣を横なぎに振るうと、ヘビは一撃で絶命した。
玲奈はヘビの死体を見てフルーに尋ねた。
「ねえフルー、ヘビは食べたい?」
フルーがうなずくと玲奈はヘビをアイテムボックスに収納した。
「こういう隠れて待ち伏せする敵には探知能力が高い仲間がいると助かるね。」
「そうなのか?」
「うん、隠れてる敵を先に見つけることができれば大きいよ。探索効率が上がること請け合いだね。」
この日は慎重に進んだので二階でケガを負うことはなかったが、時間がかかってしまい、三階に上がる階段が見えた時点で引き返すことにした。
夕食は案の定ヘビとなった。
前日のネズミと同じようにシンプルに塩を振って焼いただけだが、ネズミと違い淡白ながらうま味があり、柔らかい肉質だった。
ただし小骨が多く食べにくい。
フルーは小骨を気にする様子もなくバリバリ噛み砕いて食べている。
玲奈はそのままでは小骨を飲み込めず、一つ一つ取り除いているので時間がかかり、たくさんは食べることができなかった。
「フルー、おいしい?」
「ネズミより格段においしい!」
「フルーもそう思うんだね。」
「ああ!」
「じゃあ明日また迷宮に行くから、ヘビは何匹か確保しておこう。」
翌日また玲奈とフルーは迷宮にやってきた。
前日の経験で一階はなるべく赤アリの群れは避けて、最小限の戦闘で階段を昇った。
二階の小ヘビに玲奈は外で小石を十数個拾ってポケットに入れておいた。
玲奈がその小石を通路に近いやぶや岩陰に投げ込むと、隠れているヘビが飛び出してきてはフルーの斬撃の餌食になった。
自分たちなりの攻略法が定まったことで、前日と比べて攻略速度は向上した。
二人はかなり余力を残して三階に踏み込んだ。
「この階にお目当の石ゴーレムがいるわよ。相手から索敵して攻撃してくるタイプではないから、相手を選んで一体ずつ戦いましょう。」
「ああ、そうしよう。」
石造りの狭い通路を抜け、石ころだらけの広い空間に出た。
ところどころ大きな岩があり、その間をゴーレムの卵型の体が歩き回っているのがみえる。
事前情報どおり群れは作らず、バラバラに動いているので囲まれる心配はなさそうだ。
「石ゴーレムは硬いけどスピードはなくて、攻撃は単調よ。まずはしっかり守って、確実に攻撃を当てていきましょう。」
フルーはうなずくと剣をスラリと抜いた。
玲奈が付与魔法かけ直し、フルーと近くにいるゴーレムに足早に近寄った。
フルーは大きく剣を振り上げると、ゴーレムの頭部めがけて振り下ろした。
グワン
硬質な音が響いてゴーレムの体が傾く。
しかしゴーレムは踏みとどまり、攻撃をしてきたフルーに向き直った。
その石の塊である拳をフルーにブチ当てた。
グシュ
フルーは盾でゴーレムの攻撃を受け止めた。
ある程度勢いは殺したものの重い一撃だった。
フルーは一瞬顔を歪めたもの、すぐに気を取り直して剣をゴーレムに叩きつけた。
グワン
今度はゴーレムはよろけて一歩足を送って体勢を立て直した。
そして重い拳の一撃をまたフルーに繰り出した。
フルーと石ゴーレムの攻防はさらに一回、二回、三回と繰り返され、ついにゴーレムは足を送れず倒れ伏した。
ゴーレムは二度と立ち上がることなく、一切の動きを止めた。
念のためフルーが剣先で何度か突っついてみたが、まったく動きがないことを確認して大きく息を吐き出した。
盾を持っていた左手首がしびれるようなので、玲奈はフルーに小治癒の魔法をかけた。
「ありがとうマスター、なかなか威力のある攻撃をしてきたものだ。」
「フルーは少し休んでいて。その間に私がゴーレムから素材を取り出すから。」
玲奈は銅のナイフを取り出して倒れたゴーレムの胸に突き入れる。
このあたりに初級ポーションの材料となる白い球が埋まっているのだ。
身体が石でできているだけあってゴーレムは硬く、掘り出すのに手間がかかったが、なんとか玲奈は白い球をえぐり出した。
ただし銅のナイフはボロボロになって、ナイフとしては使えなくなってしまった。
玲奈の腕に疲労を感じたので、念のため自分にも小治癒をかけておいた。
その後、石ゴーレムを三体倒したが、かなり時間がかかりフルーも疲弊していたので、この日は引き上げることにした。
玲奈は一旦寮の部屋に戻った後王都に行き武器屋で銅のナイフを三丁、食料品店で植物油と小麦粉を買った。
部屋に戻るとがんばったフルーのためにヘビ肉でフライを作ってあげた。
フルーは喜び、また明日がんばることを誓った。
翌日、玲奈とフルーは再び三階まで昇って石ゴーレムを狩った。
いくらか慣れもあったが休み休みゴーレムを狩って、八体分の白い球を手に入れた。
その翌日玲奈とフルーは迷宮に行かず、スケルター教授から直接初級ポーションの調合を手ほどきしてもらった。
この日はフルーが初級ポーションを十本調合して、スケルター教授に買い上げてもらった。
材料の入手から手間がかかっているが、このサイクルが確立できれば安定した収入が得られそうである。
「フルー、今日はお疲れ! ごほうびでお肉たくさん買うからおなか一杯食べてね。」
帰りに玲奈に王都の露店で串焼きを買い込んで夕食とした。
フルーは久しぶりにおなか一杯食べることができて満足の表情を浮かべた。
玲奈とフルーはそれからしばらく迷宮周辺でポーションの材料収集と調合に精を出すことになる。
こうして玲奈は収入が増え、フルーの装備が一新された。
また玲奈の魔法のレベルが上がり、四元魔法は風魔法と土魔法がつかえるようになった。
土魔法は、庭に出れば土を盛り上げたり平らにならしたりで繰り返し練習しやすいので、さらなるレベルアップを目指すには好都合である。
付与魔法は守備力だけでなく攻撃力を上昇させることができるようになった。
石ゴーレムとの戦いでかける手数を減らすことができて、材料集めの効率が向上した。
収入が増えたことで食生活が向上し、フルーの装備が充実し、玲奈の服のバリエーションが増えた。
そして余裕分は蓄えて、次の奴隷の購入資金にあてることにした。