0-2.少しずつ魔法を試してみる
序章は原作45話と同じ時系列で、原作にないエピソードを盛り込んでます
序章はあと2話ほど続きます
魔法学園での二日目、お昼過ぎに食堂でのアルバイトを終えた玲奈は、ほほがゆるんでいるのを自覚した。食堂での賄いがなかなかおいしかったからである。料理長たちの腕前は決して悪くなく、無料の料理は意図的にまずくしていると玲奈はにらんでいる。
洗い場の仕事もしていたので昼休みの時間はつぶれ、すぐに午後の授業となった。
玲奈はロザラム教授の属性魔法講座を聞きにいく。
ロザラム教授は中肉中背で三十台半ばに見え、茶色い髪を無造作に束ね、ポツポツと無精髭の生えた男性だった。黒いローブをまとっているので魔法使い然としているが、これが白衣だったら研究者にしか見えないだろう。
講義に関しては話が得意でないのかたどたどしいが、内容は理路整然としていた。理論値ではあるが属性間の相性を与ダメージの期待値という形で明示する論証は、形容詞ばかりのポエムのような説明と比べてなんとわかりやすいことか!
玲奈はロザラム教授から属性魔法の基礎である四元魔法を習うことにした。
スケルター教授と同じ研究棟の二階にあるロザラム教授の研究室を玲奈は訪ね、同じ間取りながら書棚にびっしり本が並び、よく整理された室内にスケルター教授との違いが感じられた。
ロザラム教授の魔法に関する説明は筋道立てていて丁寧であったが淡々としていた。
玲奈はロザラム教授から四元魔法を習い、生活魔法レベルなら火や水が出せるようになった
もし遠隔魔法や範囲魔法などの攻撃魔法系スキルを身につけてあれば、火や水の攻撃魔法が撃てるし、スケルター教授の話では付与魔法で属性魔力を付与することも可能らしい。相手の苦手とする属性を乗せて攻撃すれば、3、4割ダメージを増大できる。
これからの模索が楽しみになった玲奈であった。
次に玲奈は同じ建物の四階まで昇って、魔術運用のスタローム教授の研究室に行ってみた。
このコマは講義がはいっていないこともあってか、教授は在室していた。二階の若手の研究室よりも倍近く広く、本や物をあまり置いていないため広々と感じられた。
スタローム教授は四十歳過ぎに見え、百八十センチを超えた細マッチョな体型をしており、短髪を撫でつけ眼光が鋭く、学者というより武人を思わせる風貌だった。
「お邪魔いたします。今年入学したレイナと申します。魔術運用を習いに参ったのですが、お時間よろしいでしょう?」
「どうぞ、空いてるところに掛けてくれたまえ。」
玲奈のあいさつに、スタローム教授は重々しい声で応えた。
「で、君が習いたいという『魔術運用』はどっちの魔術運用なのかな?」
「えっ、魔術運用って二つあるんですか?」
「ああ、学園でこの用語を使用する場合はスキルの名称を指すことが多いな。でも軍事用語としては、複数の魔法使いが参加する戦闘で、限りある魔力を使うタイミングや回復のさせ方に関する戦術論を指すんだ。私は王立魔導師隊で参謀を務めているのだが、平時は予備役となり魔法学園で教鞭をとっているんだよ。」
「軍事用語でもあるんですね。もちろん私の習いたいのは魔法スキルの方ですが、もう一つの方にも興味をおぼえます。軍では前衛にあたる剣士や槍士に後衛の魔法使いが付与魔法をかけて支援とかしないんですか?」
「付与魔法か、君はスケルター君の教えを受けているのか?」
「はい、スケルター教授に魔術運用スキルの取得を勧められて、スタローム教授に習うようにって」
玲奈がそう答えるとスタローム教授は納得したようで、厳しい表情を少し緩めた。
「ああ、なるほど。事情は理解した。それで、軍隊での戦闘で付与魔法を使うかどうかだが、私の知る限りで実例はなかったな。ただし考えてみれば兵の強化が魔法で行えるわけだから有効だと思うよ。実際には騎士団と魔導師隊はくだらない縄張り意識で協調がなかなかできないのだがねあ。」
「軍隊でもそんなことがあるんですね。スキルでなく戦術の方の魔術運用って、例えば迷宮内のパーティによる戦闘でも応用できるんですか?」
「そうだな、そのパーティに魔法使いが2人ないし3人いて、攻撃手段として魔法を主体とするか、魔法を有効に織り交ぜるなら適応可能かもしれない。ただし迷宮内の小規模な探索隊を想定しているわけでないから、実績はなくて推測に過ぎないけどね。」
「そうしたら、私に両方の魔術運用を教えてください。実際に迷宮に複数の魔法使いで潜るようになったら、魔術運用を適用して戦闘してデータを集めてみます。現状では私自身、迷宮に入るに至ってませんから、2人目となるとかなり先のことになるでしょうけれど。」
「ははっ、気長に待つのでそのときはよろしく頼むよ。」
その後玲奈はスタローム教授の研究室でしばらく話し、魔術運用のスキルを教えてもらい、学生寮の自室に戻った。
翌日、玲奈は食堂でのアルバイトを終えるとスケルター教授の研究室に顔を出した。
スタローム教授から魔術運用を、ロザラム教授から四元魔法を習ったと言うと、スケルター教授は顔をほころばせた。
「基礎的魔法スキルをひととおり習得したら、僕からは付与魔法とその付随スキルを伝授しようと考えていたんだ。レイナ君がよければさっそく教えるよ。」
玲奈はそのつもりで研究室に来ていたし、早く魔法が使えるようになりたかったので、スケルター教授から付与魔法を伝授してもらった。
「これで自分やパーティメンバーに付与魔法をかけて、守備力を上昇させることができるようになったよ。付与をかけて戦闘を重ねていけば、攻撃力を上げたり、他の属性を加えたりできるようになるからがんばってね!」
「はい! ただ前衛がまだなので、戦闘はもう少し先になりそうです。何か戦闘によらず鍛錬する方法はありませんか?」
「そうだなぁ、四元魔法なら生活魔法でもあるから戦闘抜きに使えるな。レイナ君、ちょっと見てみて!」
そう言ってスケルター教授は机の上に置かれた鉢植えに手をかざして、魔法で水やりした。
「こうやって水魔法を何度も使っていけばレベルアップして使える属性が増えるよ。今は火と水しか使えないけど、遠からず風魔法と土魔法も使えるようになるはずだ。さらに光魔法や闇魔法も使いこなせるようになればいっぱしの魔法使いと言える。」
「うぅ、がんばりますっ! でも道は遠いなあ、アルバイトしてお金貯めて、早く前衛買わないと、」
「レイナ君は食堂でアルバイトしてるんだったよね。」
スケルター教授が尋ねて玲奈がうなずくと、教授は部屋の奥から木箱を抱えて出してきた。
「だったら僕の手伝いでアルバイトしてみないか? ちょうとポーションの納品日で、王立騎士団と魔導師隊の詰所に運ばないといけないんだ。 僕も案内ついでに付き添うから手伝ってくれるかい?」
「はい、もちろんです!」
玲奈は即答した。
そそくさとポーションが入った木箱を台車に積んで、二人は研究棟の外に出た。
校舎をはさんで玲奈の住んでいる学生寮の反対側が学園の正門となっている。貴族の子弟が馬車で通えるように石畳みの道は広々としている。
ポーションを満載した台車は重く、玲奈は悪戦苦闘気味である。
「レイナ君、前衛なら力が強くて大柄な男の戦士がいいと思うよ。隔週でポーションの納品があるから、毎回アルバイトをするつもりならなおさらね。」
「そ、そうですね。わたしも同感です。」
学園を出ると東西に延びる道をはさんで北側に王都の正門がある。
スケルター教授と玲奈は、それぞれ教員証と学生証を門衛に見せて正門をくぐった。
王都の広いメインストリートを二人は台車を押して進んで行く。
「教授は迷宮に潜るとき、前衛はどうしてたんですか?」
「前にも言ったろ? 騎士団に親戚がいたから混ぜてもらってたって。」
「あはは、そうでしたそうでした。」
「僕は貴族でも分家の末子だったから、手に職をつけるため薬師に弟子入りして調合のほかに素材採取も習ったんだよ。それでポーションを騎士団に提供するようになって今に至るってわけ。」
正門を入ったあたりには宿屋や道具屋が点在していたが、少し進むと民家の間に食品や服飾のお店や食堂を見かけるようになり、人通りが増えてくる。
「もう少し先の交差点を左に入ると何軒か奴隷商がお店を出してるよ。お金が貯まったら見に行くといいんじゃない?」
台車を押して疲れを感じていた玲奈のテンションが持ち直す。
「教授は騎士団の人たちと迷宮に行ってたそうですけれど、親戚の方々は奴隷を使ってなかったんですか?」
「貴族家には従者がいるよ。」
「うぅん、だとすると去年やおととしの学生さんは?」
「貴族の御曹司だったら実家から剣士でも連れて来るでしょ。」
「商人とか平民の学生はいなかったんですか?」
「いたけど少数だったし、詳しくはわからないよ。おそらく商人の仲間同士で組んでるんじゃないの。」
道は斜め右に曲がり、このあたりから家紋入りの馬車を見かけるようになる。
「でなければ、外に出て冒険者と組むか。」
「いるんですね、冒険者。」
「うん、いるよ。さっき通った正門の近くに冒険者協会の支部があるから、帰りに場所教えるよ。って、そろそろ着くよ。」
すぐに検問所があり、スケルター教授と玲奈は衛士に身分証を示して通過する。
右側のいかめしい石造りの建物が王立騎士団の詰所だった。
建物の中に入ると検問所の衛士と同じ制服を着た隊員を見かけるので、検問所は騎士団で警備したいたことがわかる。どこからか馬のいななきが聞こえる。
スケルター教授は、台車を押す玲奈を連れて廊下を進み、左側にある事務室の扉をノックして開けた。
「こんにちは! 団長から頼まれたポーションお持ちしました。」
机に向かって事務仕事をしていた若い隊員が立ち上がって、ポーションの数量を確認して受けとる。
「それと次からはこの子が運んでくるから身分証をお願い。」
「あっ、魔法学園でスケルター教授から教わってる玲奈と言います。」
玲奈が会釈すると、隊員から用紙を渡された。
次回からのお使い確定である。
玲奈が用紙に記入してあると、扉を開けて大柄な中年男が事務室に入ってきた。
「やあ! スケルター君、久しぶりだねぇ。」
「あっ、団長!」
「その子がお弟子さんかい?」
団長と呼ばれた男があごひげを撫でながら尋ねる。
「はい、教え子のレイナです。」
「ふむ」
「レイナ君、こちらが王立騎士団のワーラント団長だ。」
「スケルター教授の教え子のレイナです。よろしくお願いいたします。」
玲奈はかつて面接教室で習ったとおりの丁寧なお辞儀をする。
いかにも武人といった風貌で眼光も鋭いワーラント団長の口角がわずかに上がった。
「レイナ君、団長は十年前の戦さで大手柄を立てたんだよ。」
「大手柄と言ったって教皇庁の連中ばかりで戦闘に加われず、後始末してるだけだったぞ。」
団長は細身ながら制服の上からでもわかるくらい筋肉質で鍛えられた身体をしており、馬上で過ごす方が机上で書類仕事しているより似合いそうだ。
それより玲奈は割と最近戦争があったことに驚く。
「それでスケルター君、この子はどっちだい?」
声の大きな団長が声をひそめてスケルター教授に尋ね、玲奈はきょとんとしている。
「付与魔法の方です。」
「よかったじやないか!」
声の大きさが元に戻った団長が教授の背中をバンバン叩いて笑う。
「レイナ君だったか、君はいい眼をしていて賢そうだし、秘めた魔力も大きそうだ。きっと優れた魔法使いになるぞ。がんばってくれ!」
ワーラント団長は手を振って部屋を出て行き、スケルター教授と玲奈もあいさつをして身分証を受け取り、騎士団の詰所を後にした。
「団長は城外の演習場にいることが多くて、王宮内の本部や貴族街入り口の詰所にはめったにいないんだよ。」
貴族街と言われて玲奈は、周囲に鉄柵をめぐらせた豪壮な邸宅が立ち並んでいるのに改めて気がついた。台車のガタガタという音や振動も先ほどより小さくなって、敷石が暗褐色から乳白色のものに変わっている。材質がちがうのだろう。徒歩や荷車の人はいなくなり、たまに馬車が通り過ぎるだけである。
「それより教授、団長との話で十年前の戦争ってありましたが?」
玲奈は、貴族街に入る前の直線的な大通りからクランク状に変わった道で台車の方向転換に手こずりながらも尋ねた。
「ああ、レイナ君はまた小さい頃だったから憶えてないかもしれないね。王国の東の境界にある中央山脈にゴーレムの迷宮というのがあって、山脈の東側にも出口があるんで、あちら側のグラリビオって国が兵隊を送り込んできたんだ。幸いにも教皇庁で即応して討ち取ったから大事には至らなかったけどね。」
「そんなことがあったんですね。ということは、まだ戦争状態なんですか?」
「いや、たしか休戦協定を結んだはずだよ。ゴーレムの迷宮はね、最下層の地下十五階の回廊が長く延びてるんだ。その階の東西両端から地上に向かって斜め上に階層が積み重なる構造なんだよ。」
「変わった構造の迷宮ですね。」
「だろ? そこで西と東のエリュシオール王国とグラリビオ帝国は、地下十五階を共同管理という名の放置状態にして、東西の十四階から地上までをそれぞれの管理下に置くことで手を打ったんだ。まあ、どこまでグラリビオが約束を守るかわからないけどね。」
「うぅんと、グラリビオがまた攻めてくる恐れはないんですか?」
「それはわからない。でもグラリビオは覇権主義とも拡張主義とも言われていて、西側ではみんな警戒しているね。だから迷宮の出口近くには大きな城塞を築いて、教皇領の兵士を詰めているはずだよ。」
話をしているうちに、曲がりくねった道を抜けて高い城壁に囲まれた大きな建物の前に出た。
「ここが王宮だよ。魔導師隊はこっちだね。」
右に折れて城壁に沿って少し進むと、魔導師隊の詰所はあった。赤いレンガ造りのちょっとファンタジックな建物だった。
スケルター教授がドアのノッカーを叩くと、あまり待たずに中に招き入れられた。
「スタローム参謀から依頼されたポーションです。」
黒いローブを着込んだ初老の紳士に納品確認をしてもらう、
玲奈の身分証を発行してもらうよう依頼したが、即日は無理なので次回納品に来たときに渡してもらうことにした。
ポーションをすべておさめたので、帰りの荷は軽い。
「騎士団と魔導師隊って、同じ王国の部隊なのに身分証が違うんですねぇ。」
「まぁ、いろいろ派閥もあるからね。王宮発行の身分証なら国内ほとんどのところでフリーパスだよ。ワーラント団長に頼めばなんとかしてくれると思うけど、どうだい?」
「さすがにそれは恐れ多いですよ。それにわざわざ進んで王宮の中に入りたいとは思いませんし。」
「でも団長は君の将来に期待している口ぶりだったぜ。いずれ王宮内を黒ローブ着て闊歩するようになるんじゃないの?」
「あれは社交辞令ってもんですよ。」
軽口を叩きながら歩くが帰り道は荷物もなく軽いので、すぐに貴族街を抜ける。
大通りに出ると台車の振動が大きくなり、玲奈は往路で近くに奴隷商のお店があると聞いたことを思い出した。
「あのぅ教授、お金が貯まったら奴隷を買おうと思うんですが、気をつけることはありますか?」
「僕も経験があるわけでないから一般論だけど、前衛、つまり言葉は悪いが肉壁として使うんだろ? だったら壁はなるべく厚くて頑丈な方がいいと思うよ。」
「つまり体格があって丈夫な人に、しっかりした防具ということですね。」
「そういうこと! 前衛の奴隷を守るということは後衛も守ることだからね。」
「わかりました。」
話しているうちに正門に近づいたようだ。
「あれが冒険者協会の建物だよ。」
盾に剣が左右に交差した紋章の看板が掲げられた建物は、特に荒んだ様子も見せず至って平穏で、一般の事務所のようだった。
まだ夕方前のためか、周囲に荒くれ者がたむろしているわけでもないし、治安が悪い印象は受けない。
それでも玲奈は、この建物の中に入って前衛を探そうという気になれなかった。
気持ちは、なんとかアルバイトと倹約でお金を貯めて奴隷を買う方向に傾いた。
「お疲れさま!」
玲奈はスケルター教授の研究室に戻ると、教授からアルバイト代をもらって退出し、学園の売店を立ち寄ったみた。
ノートと一番安いペン、インクを買って寮の自室に戻った。
さっそく中庭に出て、教わったとおり水魔法を使って手のひらから水を出したり止めたりして練習を繰り返した。
まだチョロチョロと出るだけだったが、玲奈は自分が魔法を使えるようになったことに大満足だった。
日が暮れると室内に引っ込み、食堂からもらった残り物のパンをかじって夕食にした。
夜はノートに今日出かけた場所、会った人や交わした言葉、疑問に感じたことなどを思いつくまま書き込んだ。
そのあと魔法の入門書を読もうと思ったが、魔法を調子に乗って何度も使ったせいか疲労を感じたので、早めに床に就いた。
翌日食堂でのアルバイトを終えた玲奈は、午後から図書室に行ってみた。
午後は講義がなかったからである。
実は図書室とか図書館に行くのは小学生以来である。
玲奈は学内の案内図を頼りに図書室にたどり着き、カウンターの司書に相談して、王国の歴史に関する本と、初歩の攻撃魔法に関する本を借りた。
試しに中をパラパラとめくって見ると、漢字が使われておらずすべてカタカナで表記されていた。
玲奈は驚いてカウンターに戻り、司書に問いかけた。
「この本、漢字使ってないんですか?」
「カンジ? どんなカンジですか?」
どうやらふざけているわけではなさそう。
玲奈はやむなく左の手のひらに右手の人差し指の指で、『人』、『水』、『土』と書いて見せた。
今度は司書が驚く番だった。
「うわぁ、あ、あなた、古代文字がわかるんですか?」
聞いてみると漢字は古代文字、カタカナは現代文字というらしい。
「古代文字で書かれた本は断片的な写本しかないんです。他には石碑の拓本があるんですが、古文書学の教授が許可しないと閲覧できなくて申し訳ありません。」
「いや、私に石碑が読めるかどうかもわからないので、そんなに恐縮しないでください。」
「ありがとうございます。そうだ! もしよろしかったら写本のアルバイトしてみません? 空いてる時間帯でかまわないませんので。」
こうして玲奈は週三回、講義のない時間帯に三時間ほど写本のアルバイトをすることになった。
借りてきた王国の歴史は固有名詞が多く、すべてカタカナで区別がつかず読むのにとても苦労した。
その後玲奈は毎日お昼過ぎまでのアルバイトを続けた。
賄いで朝食と昼食をたべることができ、余り物としてもらうパンや干し肉は夕食代を浮かすのに役立った。
午後からは講義の合間をみて、ときに図書室のアルバイト、スケルター教授や薬草園のエリーズから薬草やポーションの運搬のアルバイトを請け負った。
騎士団のワーラント団長とは会えなかった。
やはり貴族街入り口の詰所にはめったに立ち寄らないようである。
講義のない時間を見計らって、玲奈はロザラム教授やスタローム教授の研究室にも顔を出した。
ロザラム教授からは攻撃魔法の与ダメージの積算に関する本を借りた。
これは一定の条件下で、魔法の種類ごとに属性別のダメージ期待値とその算出根拠を示したものである。
ロザラム教授曰く、魔法に数理学的センスは必須であると。
なぜ攻撃魔法を使わない玲奈が攻撃魔法について調べているかというと、将来別の攻撃魔法職と組んだときに相方の攻撃手段を手の内にしていれば戦いやすいからである。
実はロザラム教授にも言ってないが、万が一攻撃魔法職の人と戦う羽目になったときのことも考えている。
スタローム教授は、玲奈がワーラント団長と会った話をすると喜んだ。
教授は付与魔法による支援を試してみたいとの意向もあり団長と一度話をしたかったそうだ。
玲奈にも機会があったら団長に話を入れて欲しいと頼んできた。
玲奈はスタローム教授から暗黒魔法と特殊魔法を習った。
暗黒魔法は、相手をバッドステータスにする補助魔法である。
ただし力量差がかなりないと掛かる率は低い。
「特殊魔法は軍の斥候や輜重で役立つように開発された魔法群のことなんだ。正式なカリキュラムには載せてなくて、軍籍のある者か軍経験者しかつかえん。最初に覚えるアイテムボックスは十種類の物を九十九個まで収納できて、兵糧や装備品、予備の武器を運ぶのに役立つ。レベルアップするとポータルワープや念話が使えるようになるぞ。」
スタローム教授は、玲奈のことをかなり買っているようだ。
「スタローム参謀、ポータルワープってどんな魔法ですか?」
魔導師隊のこともあり、いつのまにか教授の呼び方が参謀呼びに変わっていた。
「ポータルワープは、王国内の主要都市に設置したワープポイント間を瞬間移動できるようになるんだ。協定を結んだ他国の首都にもワープポイントかあるから、外国へもワープできるぞ。」
玲奈は、他国へのワープは援軍を求めるときに使うんだろうと思った。
玲奈は自室に戻ると、コインやペンをアイテムボックスに出し入れして練習に励んだ。
収納できる物が十種類に限られるので、極力入れっ放しにしないで必要なときだけ収納するようにしようと今から心に決めた。
三週間ほどのアルバイトに励んだお金をアイテムボックスに入れて、玲奈は王都で一番店構えが立派な奴隷商のお店にやって来た。
値段が安い方から見せてもらったが、武具を買い与えることを考えると予算の範囲内では前衛として役立ちそうな奴隷はいなかった。
女性でも小柄な玲奈より脆弱に見える身体の持ち主ばかりであった。
もう少しの期間アルバイトで稼いで出直してくることにして、今日は帰ると玲奈が告げると店主が引き止めた。
「魔法学園の学生さんなら今後長い付き合いになるでしょうから、うちの飛びっ切りをお見せしますよ。いやぁ、今日は買ってもらおうとは思ってませんて。」
案内された一番の奥の部屋には、粗衣を着ていても輝くような美貌の貴公子が座っていた。
その横には、護衛役らしき黒髪の精悍な騎士がいた。
二人とも奴隷という境遇のせいか、何かいら立っているように感じられた。
「金髪の彼は、東側のさる国の王子だったんです。でも母国が滅ぼされて護衛ともども亡命したんですが、路銀が尽きて運悪く奴隷になったんですね。あの見た目なので、お金持ちの観賞用といったところでしょうか。」
玲奈には既視感があり、ゲームで見かけたマイン王子とリヒター隊長というキャラを思い出した。
ただしとても手が出る金額ではない。
仮にその金額を持ち合わせていたとしても、玲奈は王子たちを自分には縁遠い存在として認識した。
玲奈はもう一週間アルバイトしてお金を貯めて出直すことにした。