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迷宮世界に生きる  作者: panda
第一章 新生活の始まり
11/22

1-6.広がる行動範囲

ダダクラは朝食後すぐに玲奈たちと家を出た。

途中まで同道し、城門を入ってすぐ玲奈たちと別れて、バクロリーの製材所に向かう。

玲奈はフルーとギリムを連れてグレイナーの中心部に向かい、スドンとアメディアはお留守番となった。

グレイナーでは雲が低く空を覆っていたが、ワープポイントから皇都パルピナに飛ぶとそこは冷たい雨の中だった。


玲奈たちは小雨でもなお混み合う中心部を抜け西門前の馬車乗り場に急いだ。

幸いにも皇都の大通りは整備された石畳みで靴が泥だらけになることはない。

西門前は大きな荷物を抱えた人が集まってきていた。

パルマ行きの馬車は三台連なって運行されているが、クライド行きは二台で運行されていた。

荷物の少ない玲奈一行は早々に馬車に乗り込んで席を取った。

この日も大きなクッションを腰の下に敷く。


皇都を出てしばらくは前回パルマへ行ったときと同じ道を進む。

雨でも人の列が途切れない。

途中でパルマへの道を右に折れる。

こちらの道もよく整備されていて馬車の乗り心地は快適だ。

少し進むと人家が途切れて広々とした畑が左右に見える。

今の季節は何も植えられておらず、雨に濡れ黒々とした土が広がるばかりだ。

ところどころ石畳みの道を歩く巡礼たちが見える。

その情景を目にした玲奈はフルーに小声で尋ねた。


「フルーの故郷の宗教とか信仰ってどんな感じ?」


「教皇庁のように大がかりなものではないぞ。」


「うん、そうでしようね。」


「私たちのところでは、部族ごとか家系ごとに守護精霊がいるのだ。私の一族だと『バドラ』という精霊かその眷属の加護を受けている。」


「あくまでも一族の内側で共通の守護者を祀るって感覚かしら?」


「そんなところだ。私の正式名称であるフルーバトラシュは、精霊バトラの加護を受けたフルーという意味なんだ。家名ではないがバトラシュは同じ精霊の加護を受けた同族と考えていいだろう。」


「単に血脈というだけでなく、霊的なつながりがあるのね。」


「そう理解していいだろう。」


「島々には部族ごとに守護精霊がいるけど、その上位神とか創造者とかの伝承は聞いてない?」


「そうだな、そのような者は聞いた覚えはないな。」


フルーはそう答えたが、何か思い出しかけて首をひねる。


「いや待て、以前小耳にはさんだだけの話でたしかではないが、最南端の島には海底宮殿につながる社祠があると聞いた記憶があるぞ。何を祀っているのかしらないがな。」


「はっきりしないんだね。でも頭の片隅に置いておくよ。」


話しているうちに馬車は小さな村に停車した。

玲奈とフルーは一度外に出たが、霧雨が降っているためすぐ車内に戻った。

他の乗客もまもなく車内に戻り、馬車はまた動き出した。


まもなく道は下り坂になる。

霧の中、馬車はウィスラ川のゆるやかな谷を下っていく。

下るにつれ霧は薄れて雄大な景色が見えてきた。

乗客は玲奈のように外を見ているか、ギリムのように寝ている。

馬車は坂を下り切り、平原をウィスラ川に架けられた橋に向かって進む。

中ほどに検問所かあり、教皇領と王領との境界になっている。

一旦馬車を止めて御者が門衛の騎士と一言二言話し、馬車を再出発させた。

車窓の左右は雨で黒く湿った土の畑が広がる。

南北に走る街道と交差し、しばらく進むとウィスラ川にかかる橋を渡る。

川は水かさが増し、茶色く濁っていた。

対岸の橋のたもとには広いスペースがあり、そこに馬車を止めて休憩になる。

御者は二頭の馬を馬車のくびきからはずして下の河原に降りて水を飲ませている。

玲奈たちも外に出て体を伸ばす。

地面は湿っているが雨はあがっており、対岸の皇都がある丘はけぶっている。

道路脇のスペースには玲奈たちが乗ってきた乗合い馬車のほかに荷馬車が一台止まっている。

商人らしき簡素な身なりの中年男が、河原で水をやったのか馬を引いて戻ってきた。

玲奈が近づいて話しかける。


「こんにちは! 私は皇都からクライドに買い物で出かける者ですが、クライドからお出でになったのですか?」


「あっ、えっ、ええ、はい、そのとおりです。」


商人らしき男は突然話しかけられて一瞬混乱する。


「出てくるとき皇都は小雨でしてが、クライドは降ってましたか?」


「いや、降ってませんでしたよ。皇都も早くあがって欲しいですな。」


「まったくです。この季節の雨は特に冷たく感じますよね。ところでクライドからは何を運んできたのですか?」


馬を馬車につなぐ作業をしていた男は手を止め、玲奈に警戒感がこもった目を向ける。

玲奈はそれに気がつき、言葉を足す。


「私はクライドで毛織物や毛糸を買おうと思ってるんです。そのついでに名産品でもあれば買っておこうかと思ったまでです。」


「ふうん、そうですか。私は皇都まで乳製品を運んでいるだけですよ。」


「乳製品というと、チーズか何かですか?」


「まあそんなところです。」


男が話したくなさそうなので、やむなく玲奈は礼を言い乗合い馬車まで戻ってくる。


御者は馬に水を飲ませたあと世話を焼いており、もう少し時間がかかりそうだ。

馬の周辺をぶらぶらしていたギリムが玲奈に気がつき戻ってきた。


「よう、レイナさん! フラれたのか!」


「まあそんなとこ。ところでギリム、河原を探知すると何か見つからない?」


ギリムは周囲をぐるりと見渡した。


「ううん、ノネズミが何匹かまばらにいるくらいで、あとはあの岩の陰に水鳥がいやがる。」


玲奈はギリムが指差す方向を凝視した。


「いくら目をこらしても私の能力ではわからないなあ。」


「無理するな! 俺にまかせろよ。」


「うん、頼りにしてるよ。その頼りになるギリムさん、川の中のものは探知できるの?」


「できるわけねえだろう!」


「そぅか、それで、実際のところどうなの?」


「ハイハイ、やってみりゃいいんだろ。」


ギリムは川面をじっと凝視する。


「やっぱダメだ! 川の中はモヤモヤってしてわからねいです。」


馬の世話が終わったのか、御者がお待たせしましたと言いながら戻ってくる。

玲奈とギリムも馬車に戻ろうとする。


「わかるのが地上だけでも私には十分役立ってるよ。これからも精進してね。」


ギリムはうなずいて馬車に乗り込み、玲奈もそれに続く。

馬車から離れて、足の運びの練習をしていたらしい

フルーも戻ってきた。


「フルー、精が出るね。」


「鍛錬を怠れば強くなれないからな。」


「フルーは強くなってると思うよ。」


準備ができたのか、馬車がゴトリと動き出す。


「そうか」


馬車は土の道をしばらく進む。

このあたりのウィスラ川はゆるく右に屈曲していて、右岸に比べて左岸は平らな面積が狭い。

道はまもなく登りにかかる。


「私がそばで感じた印象でしかないけど、確実にフルーは強くなってるって思うよ。」


フルーは腕を組んで難しい顔をしている。

馬車の揺れが大きくなった。


「たしかにとても強い相手を倒したわけじゃないから実感できないかもしれない。でもね、ゴブリンのようにそこそこの相手四、五匹なら苦にしなくなったでしょ?」


「ああ、マスターの言うとおりだ。ゴブリンの群れと対峙しても焦りを感じなくなった。剣を振っていても余裕があって、周囲の状況を把握できる感覚があるんだ。」


「強さって、腕力や技巧だけでなく、心境の変化による場合もあるんじゃない? それって一緒に戦ってる側からすると安心感があるよ。」


「ふぅ」


フルーは息を吐き出し、表情をゆるめた。


「そうか、そうだったのか。」




「フルーは誰から剣を習ったの?」


「兄からだ。兄は、引退した親類の剣士から習ったらしい。」


「お兄さんからなのね。フルーの故郷には剣の流派とか古武術はあるの?」


「流派なんて大層なものじゃない。私の剣も故郷を飛び出してからは自己流で振り回しているだけだ。」


「人に教えるんじゃなければ実戦的でいいと思うよ。その先に何か目指す境地はある?」


「そうだな。」


フルーは一瞬言いよどむ。


「我々の種族に、筋力だけでなく潜在的に魔力もあると言われている。だから剣だけでなく魔法も融合した極致である魔法剣を目指すのだ。」


「魔法剣?」


フルーが声を落としたのに呼応して、玲奈も小声で問い返す。


「そうだ。」


「魔法剣ってどんなものなの? 剣先から魔法出すの? それとも右手で剣、左手で魔法みたいな感じかな?」


声こそ小さいが玲奈が食い気味に尋ねるも、フルーはまた腕組みして首をひねる。


「それが私も詳しくはわからないのだ。」


「どういうこと?」


「魔法剣はそうそう習得できるものでなく、半ば伝説的な存在なのだ。私の直接知る範囲で使い手はいない。」


「そうなると実現は遠いね。」


フルーは下を向いてしまう。


「遠くても目指してみたら? フルー自身が考えた自分なりの魔法剣士を。参考になるかどうかわからないけど、剣でなくナイフと魔法を併用している人ならいるよ。」


フルーの眼差しが上がる。


「私はアメディアに魔法を教え始めたよ。フルーが魔法を習いたい、知りたいと思うならいつでも教えるからね。」


馬車は坂を登り切り、ひらけた畑の中を進む。

周辺に人家が増えてくると、クライドの街はすぐだった。

領主の軍勢なのか、黒いマントに白い羊の紋章をひるがえした騎馬とすれ違う。


クライドは皇都からの道沿いに街路が東西に長く延び、それに王都と南のパルマを結ぶ街道が交差したあたりが中心部だった。


街の北側にある馬車たまりで下車した玲奈たちは、中心部まで歩いてきた。

街道沿いにお店や食堂が並び、人通りも多くにぎやかだ。

お昼をかなり過ぎた時間帯だったので閉まっている食堂もあったが、開いているところも客は少ない。

そのうち比較的大きく作りがしっかりしてそうな食堂に三人は入った。

出てきた料理は蒸した肉にクリームソースをたっぷりかけたボリューミーなもので、濃い味付けと相まってフルーやギリムはとても気に入ったようだ。

玲奈は量こそ半分近く減らしてもらったが、味の濃さと相まって胸焼けするような気分だった。

それでもクリーミーな甘さの中にピリリとした辛味があったりで工夫のあとが感じられた。

何の香辛料を使っているか考えてみてが、唐辛子とは辛さが違うしコショウとは風味が違う。

食後、玲奈はお店の料理長を称賛して辛味が隠し味としてきいておいしかったと伝えたが、料理長は素直に礼を述べただけだった。

あわよくば素材や調理法の手がかりでも漏らさないかとカマをかけたが、相手の方が一枚上手だったようである。

食事を終えて外に出ると集合時間を決めて二手に別れることにした。


「じゃあギリムはこのあたりの迷宮とか魔物、近くの街とか領主とかについて聞いてみてね。わたしとフルーは薬屋を当たるほか、食料品や衣類について調べてみるわ。」


「まかせてください!」


玲奈はまず商業組合の場所を聞いて組合に行き、何軒かの薬屋の所在地を聞き取った。

見て回ったうちで店構えが立派な一軒に入って、ポーションの買取を持ちかけた。

店員の話では、この周辺に大きな脅威がないためポーションの需要は大きくないとのこと。

それでも二本買い取ってもらった。

他に需要のある薬を尋ねたが、特にないと言われてしまった。

もう一軒回ったが状況は同じで、そこでもポーションを二本買い取ってくれた。


これ以上回ってもラチがあかないと踏んだ玲奈は買い物に切り替えた。

他の街と違って雑貨屋に毛糸が売っていた。

玲奈は何色かの毛糸の玉と編み棒を買った。

他にニットの手袋、帽子を人数分買い、自分とアメディアの分のカーディガンも買った。

ニット製品はかなりかさばったが、冬を乗り切る備えになりそうな気がして、玲奈は幸せな気分になった。


クライドのもう一つの名産品を買うため、玲奈とフルーは食料品店を見て回った。

チーズはカビが生えて匂いのキツいタイプが多かった。

玲奈はその中から白カビタイプと青カビタイプを少量ずつ買った。これらは山羊のミルクで作られている。

また羊の生肉と燻製も買ってみた。


食料品店では香辛料や香草について聞いてみた。

残念ながら皇都以上の物品も情報もほとんどなかった。

ただ一部の薬草などは王国の西隣りにある西方辺境伯領から来ていると聞いて、玲奈はメモしておいた。


予定どおりギリムと落ち合ったが、もう夕方となる時間でもあり、話は帰ってから聞くことにした。

クライドはグレイナーよりも露店の数や種類が多いので、食べ物を買い込んだ。

グレイナーでも見かける肉の串焼きや揚げ物のほか、タレをつけたもの、パプリカらしギリム野菜を焼いたもの、ふかした芋、目につくものを手早く買うとグレイナーに飛び、帰宅した。


自宅に帰ってみると、玄関、廊下、階段、食堂がピカピカに掃除されていた。


「アメディア、ただいま!」


「あっ、お帰りなさい、お嬢様。」


玲奈は、厨房で作業していたアメディアに声をかけ、クライドで買ってきた食べ物を渡しつつ、ねぎらった。


「アメディア、お掃除ご苦労さま。帰ったらピカピカなんで驚いたよ。」


「喜んでもらえたのでしたら何よりです。お嬢様が学園からどなたか招かれるってお話してましたでしょ?」


「うん、してたね。」


「それでいつお見えになってもいいように、貴族家基準で食堂と応接間をきれいにしました。」


「根っからの平民である私とは目の付けどころが違うのね。」


「貴族が招待したお客様にホコリや汚れを見られることは恥をかくことですから、決して容認されることではありません。」


「なるほど。アメディアは私よりいろいろ経験してきているから、何か気がついたことがあったら遠慮なく言ってね。」


「はい、お望みとあらば。」


「ともかく、今日はよくやってくれました。改めて礼を言います。ありがとう!」


次に玲奈は鍛冶場に顔を出した。


「帰ったよ! スドン、留守番お疲れ!」


「レイナさん、お帰りなさい!」


スドンは黙々と剣を研いでいて、玲奈が入ってきても一瞬顔を上げただけで、また作業にかかりきりになっている。


「手を動かしながらでも聞いてね。明日は学園の迷宮でゴブリンの群れと戦って見ようと思ってるの。スドンも一緒にお願いね。」


「うん、わかった。」


「そこで、今やってる剣の研ぎが終わったら、投擲用ナイフを研いでおいてもらえるかしら。戦いが始まるとギリムと私でどんどん投げるから数を揃えたいの。」


「うん、夜も作業する。」


「寝不足にならないようにね。それとダダクラを見かけなかった?」


「午後の途中からいなくなった。」


「そっか、ありがとう。そろそろ夕食にするからね。」


玲奈はダダクラか木工の準備をやっているか確認した後、鍛冶場から立ち去りかけた。

ふとスドンが研ぐ際に使っているか手桶に水がなくなっているのに気がついた。

水魔法で手桶をいっばいにするとともに、魔力も注ぎ込んでみた。

スドンが手配を察知したのか、手を止め顔を上げる。


「お水と魔力を注いでおいたから、研ぐときに使ってね。」


コクコクとうなずくスドンを背に、玲奈は鍛冶場を後にした。


ダダクラは自室でデザイン画に没頭していた。


「ダダクラ、そろそろ夕食にするよ。準備に取り掛かってね。」


「あっ、はい、今行きます。」


「その前にちょっと入るよ。」


玲奈はふむふむとダダクラの後ろから手元の紙をのぞきこむ。

そこにはバッグともクッションともぬいぐるみともつかない珍妙な物体の絵が描かれていた。

ダダクラはいたずらが見つかったこどものような、いくらかの恐れと照れと誇らしさが入り混じった微妙な表情を玲奈に向けた。

玲奈はダダクラと視線を交わさず、平坦な声で話した。


「今は私の評価をくだしません。ただ、真正面や真横からのデッサンも加えて、どんなデザインか見やすくした方がいいわね。」


「はい、そうですね。」


「それと、自分一人で作って楽しむのでないのなら、どんな人を対象として売るつもりなのか絞った方がいいんじやない? 性別とか年代とか階級とかよ。」


「は、はあ。」


「それじゃ厨房に降りてるわよ。」



夕食後、玲奈は奴隷たちと翌日の予定を確認した。


「明日は学園に行ってスケルター教授にポーションを納品します。フルー、準備はできてる?」


「ああ、所定の量を作り終えている。」


「その後、スタローム参謀のところに顔を出したら迷宮に入ります。スドンを交えてゴブリンの群れと戦ってみるからね。」


「承知した。」


「うん、がんばる!」


「戦うにあたっては作戦とか配列とか考える必要があるから、明日出発の前に庭に出て四人で確認するよ。」


「また俺のとこにゴブリンどもが押し寄せるんじゃねえだろうな?」


「正直この前ギリムにはすまなかったよ。今回はギリムを含めて特定の一人に負担が集中しないように考えるからね。」


「よろしく頼むぜ!」


「スドンはゴブリンの群れと戦うのが初めでだから、前回同様無理しないで数が二十を超えたり上位種がいたら撤退するからね。」


「ああ、それでかまわない。」


「ダダクラとアメディアはお留守番頼むね。私はこの後執務室にいるから、アメディアは片付け終わって手があいたら来てちょうだい。」


「はい、かしこまりました。」



玲奈は夕食後、執務室でその日のことを日記に記していた。

出かけた日には、行った先での事物以外にも売ったり買ったりしたもの、聞いた話など記録を残しておいて後日参照したいことがいくつもある。

玲奈がさっと筆を走らせて書きたいことをあらかた書いたころ、アメディアが執務室の扉をノックした。


「ねえアメディア、これから十五分ばかり時間が取れそうなら魔法の練習しない?」


「私はかまいません」


「じゃあ決まりね!」


アメディアはソファに腰を下ろし、目を閉じて自分の内なる魔力を感じ取ろうと集中を始めた。

玲奈は日記の続きを書きながらアメディアの様子を見守っている。

アメディアはじっと目を閉じて集中しているようだが、時折ふっと息を吐き出したり、ううんと唸ったりしている。

五分たち十分たっても変化がないので、見かねた玲奈が立ち上がった。


「ちょっと失礼するよ。」


そう言って玲奈は自分の左手をアメディアのお腹に服の上から当てた。

それと同時に左手の指の先からアメディアの体内に魔力を流し込む。


「うっ!」


アメディアは一瞬息がつまり目を大きく見開くが、玲奈が真剣な表情で自分に手を当てて何かやっているのを見て、再び目を閉じて意識を集中させる。

ただし顔色は青白く額に汗を浮かべている。

頃合いがよいと見て取った玲奈は左手をアメディアの体から離して魔力の注入を終わらせる。


「気分が良くないと思うけど、体の中に何か感じない?」


「ううっ、はい、お腹から胸にかけて何かが渦巻いていて焼けるようです。」


「それが魔力よ! つらいと思うけど、渦巻くものに意識を集中させて動きをゆるめたり、焼けるものを冷ましたりできないかやってみて!」


「はい!」


青白い顔でアメディアはうなずくと、目を閉じて再び意識を集中させる。

玲奈はハンカチを取り出してアメディアの額の汗を拭いてあげる。

少ししてアメディアは目を開いて息を吐いた。


「中で渦巻くものになんとか触れて、わずかに動きをゆっくりにすることができた気がします。」


「それが魔力を制御するってことよ。この感覚を覚えておいてね。」


「はい、お嬢様!」


玲奈はアメディアに治癒魔法をかけてあげた。


「今日は疲れたでしょ。私が片付けと明日の朝食は用意するから、ゆっくり休んでね。」


「申し訳ございません。おやすみなさいませ。」



玲奈は厨房に行き、食器や調理器具の片付けをして執務室に戻った。

もうしばらく書き物をしてから床に就いた。




翌朝玲奈は予定どおり朝食の準備をした。

といってもアメディアが作りおいたスープを温め直し、前日クライドで買った串焼きや揚げ物の残りである。

アメディアがまだ完調ではないので、玲奈が代わって食器洗いを引き受けた。


後片付けをすませ一息つくと学園に出かける準備にして庭に集まった。

玲奈はフルー、スドン、ギリムに向かって自分の考えを説明する。


「昨日話したように、ゴブリンを四人で相手するため戦闘時の配置、隊列を変えます。今まではフルーが右手で大剣を振るいやすいように前衛はフルーを右に、スドンを配置してきたけど、今回は逆に配置して、フルーを左、スドンを右に並べます。」


そこで玲奈は一旦言葉を切り、三人の顔を見回してから再び口を開く。


「フルーの大剣が中央部にくるのでゴブリンがやみくもに接近しにくいはずです。フルーとスドンの距離は二メートル半から三メートル開けます。」


玲奈はフルーとスドンに指示して三メートル弱の間をおいて立たせる。


「この距離ならお互いの武器がぶつからず、ゴブリンが間に入り込みにくい間隔になるので、フルーとスドンはこの距離を意識すること。フルーは攻撃のため一歩二歩踏み出してもそれ以上突出せず、すぐに戻ること。」


「ああ、承知した。」


「スドンは攻撃を考えなくていいので、盾をしっかり保持してゴブリンの攻撃を防ぐことだけ考えること。」


「うん、わかった。」


「ただしハンマーを一度も振らないと攻撃してこないと思われると集中攻撃を食らうから、相手が来る直前に一度ハンマーを振り回しましょう。」


「うん、そうする。」


「私はスドン側に流れてきたゴブリンとフルーとスドンの間に入り込もうとするゴブリンの相手をします。ギリムはフルーの左側を回ろうとするゴブリンの相手をすること。」


「おう、まかせてくれ!」


「それとギリムは、他の群れが近づいて来たり、退路をふさがないか注意すること。」


「もしそうなったらどうすんだ?」


「前方から他の群れが接近してきたらすぐ反転して退却するよ。後ろから来たら戦いながら斜め後ろに引くよ。私が指示を出すからそのとおりに動くこと。」


「ああ、わかった。」


玲奈たちはダダクラとアメディアに声をかけ、王都に向け出発した。



学園に着くとまずスケルター教授の研究室に顔を出した。


「教授、お邪魔します。定例のポーションをお持ちしました。」


「やあレイナ君、よく来たね。なんか出入りに商店みたいだね。」


スケルター教授は軽口をたたきながらポーションの等級と本数を確認する。

確認できると受領書にサインして代金を渡す。


「ありがとうございます。今日は一つお願いがありまして。」


「なんだい?」


「実は奴隷をもう一人買いまして、魔法が使えるようになりそうなので、付与魔法を教えていただきたいのです。」


「あれ、ダダリオとかいうおじさんだっけ?」


「いえ、ダダクラというおじさんはいますが、さらにもう一人アメディアというおばさんです。」


「えっ、もう一人買ったのかい?」


「はい、今は特訓中ですが、もう一人付与魔法が使えるようになれば、属人的要素で付与魔法の特性や強さに変化があるかどうか調べられますよ。」


「うまい材料を用意したもんだ! いいだろう、今度アメリカおばさんを連れてきたら付与魔法を教えるよ。」


「ありがとうございます。ちなみに名前はアメディアです。」


スケルター教授は今度付与魔法をアメディアに伝授してくれることを約束した。



次に玲奈たちはスタローム参謀の部屋を訪れた。

幸いにも参謀は在室だった。

玲奈はスケルター教授やロザラム教授に渡した属性別戦闘のデータをスタローム参謀にも渡した。


「お久しぶりです、参謀。今日お渡ししたデータは付与した属性別の与ダメージの比較です。」


スタローム参謀は眉間にしわを寄せ、玲奈が渡したデータに見入っている。

「これを見る限り、属性間の相性とか相克というものは必ずしも従来言われているとおりではありません。」


「どういうことだ?」


「つまり属性間に相性と言われるものは存在せず、属性ごとの性質によって損傷具合が決まるということです。」


「これらのデータが裏付けていると言うのか?」


「はい、どちらかといえばデータを元に推論するとそのような結論に達すると言えます。ただしスケルター教授やロザラム教授にお話ししたところ、付与者の得手不得手や武器の特性による違いが影響しているかもしれないとのことでした。」


「うむ、一理ある、しかし私の直感はレイナ君の推論が的を射ている気がするぞ。」


「この点に関しては、もう一人付与者を用意できそうなので比較データを取ってみます。それともう一枚の用紙をご覧ください。」


「これは、何を表しているのか?」


「属性付与で杖の有無が影響を及ぼしているのか調べたものです。結論としては有意の差がないというものでした。」


「これは、意外と、大きい、かもしれないな。」


「はい、付与魔法をかける人は杖を持たなくてもいいということです。」


「つまり?」


「剣士でも輜重兵、衛生兵でもかまわないということです。」


「それは、魔導師隊として多大な影響を受けかねないな。どうしたものか?」


「私としてはこれ以上データの配布先を増やすつもりはありません。ただ間違ったデータではなく正しいデータに基づいて戦闘部隊は対処する方がよろしいかと愚考します。」


「うむ、ひとまず私の預かりということにしてくれ。それにしても君は面白いことを考えるものだ。これからもよろしく頼むよ。」


「ええ、こちらこそ!」


玲奈はスタローム参謀が玲奈の言わんとしていることをわかってくれたことで手応えをつかんだ。


迷宮では四階のゴブリンと戦う前に二階で小ヘビを狩ることにした。

フルーだけでなく、ギリムや玲奈も短剣を使って十数匹狩り、アイテムボックスに収納した。

そして上の階へと上がった。


ゴブリンのいる四階に上がる前に、もう一度戦い方や配置を確認した。


「群れが二十匹を超える場合や上位種がいる場合には私が指示するから戦わずにすぐ撤退よ。では四階に上がります。」


「はい!」


玲奈がフルー、スドン、ギリムに火属性を、玲奈自身に水属性を付与して四階に上がった。


四階では広間に続く通路で一、二匹でうろつくゴブリンと遭遇した。

少数ではフルーの敵ではない。

二回目の遭遇ではスドンが先頭に立ち、まずゴブリンの攻撃を受けてみた。

単独のゴブリンでは大した攻撃力もなく知恵が回るわけでもなく、重心を落としてどっしり盾を構えたスドンの脅威にはならない。

横合いからフルーが一気に踏み込んで斬りつけケリをつけた。


「スドン、ゴブリンと戦ってみてどうだった?」


「銅ゴーレムより弱いし問題ない。」


「じゃあ恐れず油断せずにいくよ!」


「うん!」


もう一回の戦闘を難なく片付け、玲奈たちは広間に踏み込んだ。


ギリムが薄暗い空間に目を凝らす。


「一番近くにいる群れは六匹しかいねえです。他はもう少し遠くにいます。」


「よし、その群れと戦おう!」


玲奈たちの接近に気がついた六匹の群れはわめきながら襲いかかってきた。

玲奈たちは左にフルー、右にスドンが三メートル弱の間隔で立ち、その後ろにギリムと玲奈が控える。

ゴブリンはフルー側とスドン側に三匹ずつ分かれた。

フルーには二匹が打ちかかったがフルーの連続攻撃でたちまち倒された。

フルーの左側に回ろうとした一匹もギリムの投げナイフをまともに食らって倒された。

スドンにも二匹が襲いかかったが、玲奈が左手から水魔法でゴブリンの顔面を狙って水流をぶつけ妨害する。

さらに右に回ったゴブリンは玲奈が右手でナイスを投げ倒した。

そうするうち自分たちのサイドを制圧したフルーが横から二匹を倒して戦いは終結した。


「このくらいの群れなら恐るるに足らずだな。」


「同感だけどフルー、慢心しないようにね。」


「ああ、わかった。」


投げたナイフを拾いながら玲奈がフルーをたしなめる。

玲奈は返り血を浴びたフルーに水をかけて流してあげている。

同じくナイフを拾ったギリムが立ち上がり叫ぶ。


「玲奈さん、フルー、次の群れが来るぜ! おっと、二十匹以上いるな。」


「みんな、撤退するよ。」


「待て、マスター! 今の我々なら二十匹以上いても問題ないだろ!」


「勝てるだろうけど、群れと戦うのが初めてのスドンもいるんだから自重するよ!」


「いや、スドンを後衛に下げてもマスターが援護してくれれば二十匹くらい敵ではないぞ!」


「いいや、私、玲奈が命令する。撤退せよ!」


玲奈が決断したので、後ろ髪を引かれつつもフルー、スドン、ギリムとともに広間を引き上げた。

玲奈が後ろ手に水を撒いたせいか、ゴブリンの群れは追いかけてこなかった。



迷宮の外に出たフルーは明らかに意気消沈していた。


「フルーの手応えも悔しさも私は共有している。雪辱の念に燃えているんだ!」


玲奈の言葉にフルーの眼差しが少し上がる。


「フルーが強くなったように私だって強くなる! 今開発している土魔法が完成すれば二十匹だって三十匹だって分断して各個撃破してやるんだから! さらに風魔法も攻撃に使って全方位の敵を一掃できるようになるんだ!」


「マスター、もう何も言うな!」


玲奈が驚きフルーを見上げる。


「マスター、もう何も言わなくていい。マスターの手応えや悔しさは私も共有している。」


「フルー、」



玲奈たちは沈黙のままグレイナーに戻ってきた。


玲奈はフルーたちを先に帰宅させて、鍛冶屋のダイアンのところに寄った。

ダイアンに頼んでいたピンセットをら見せてもらったが、適度の力で先がピタリと閉じ、ほぼ

満足できるものだった。


「注文どおりの素晴らしいできね。」


小骨抜きの労力がけいげんできそうで、思わず玲奈は満面の笑みになる。

作ったものが玲奈の意にかないダイアンも嬉しそうだ。


気を良くした玲奈は昨晩書き上げた図面を取り出し、次の注文をした。


「今度はこの図のようなものを作って欲しいの。粘りのある素材を細く伸ばして網状にして、それを丸く枠で囲って柄をつけてちょうだい。できそう?」


「お安い御用だぜ。三日待ってくれ。」


「わかったわ。三日後にまた伺うわね」


玲奈はグレイナーで食べ物を買って帰宅した。

さっきまで沈んでいたのにご機嫌で帰ってきた玲奈にフルーやギリムはけげんな面持ちになった。


玲奈は夕食の準備で小ヘビの小骨を抜いてみたが、期待していたとおり簡単に使えたので玲奈の上機嫌はしばらく続いた。



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