第七話 貞操の危機?
私はエドワード様と夕食を取りながら、アレク様の訪問を受けた事を話した。
「──で、お茶だけして、帰ったの?」
「はい、そうです」
「ふぅん」
エドワード様は眉根を寄せ、何やら思案に暮れているようだ。
「私がご気分を害したのではないか、心配です」
「それはないから、大丈夫」
断言した! なぜ分かるの?
「キアラ、君はこれ以上、アレクに会わない方がいい」
「!!」
「どうしてですか?」
「どうしても」
唇を噛みしめるエドワード様の表情は固い。
でも、向こうから会いに来たら、どうすればいいの?
今日みたいに、エドワード様が留守の時に。
「今日みたいに会いに来たら、無下に断れませんよ?」
エドワード様は頬杖をついて、あらぬ方向を見ながら言った。
「断れば? 別にいいだろ?」
何か怒ってる?
「そんな!! 結婚の約束をしていた相手に振られて、お気の毒な方なんですよ?」
エドワード様は、腕を組んで考え込んだ。
「それは初耳だ。そもそも結婚の約束までしてた相手がいたなんて」
彼はそのまま言葉を継いだ。
「アレクはああ見えて、物凄い堅物なんだよ。ずっと初恋をこじらすような困ったタイプだが」
エドワード様は、私をまっすぐに見据えながら言った。
「アレクは君に好意を持ってる」
「え?」
エドワード様は、やはり何か気付いて?
あの視線の理由はやっぱり。
「昨日、君が初めて顔を見せた時、僕が止めなかったら、キスされてただろうね」
「!!!!!!」
「ちょっ、何てこと言うんです?」
「あいつはやるんだよ、そういう奴だ」
「堅物じゃなかったんですか? 矛盾してますよ?」
「そこは、僕にもよく分からない。ただ、本命には容赦ないって事だ。僕も同じタイプだから、よく分かる」
ええ!? 私が本命? 意味が分からない。
てか、エドワード様、今何気にさらっと本命には容赦しないってすごい事言ってたな。
私は何も言えなくて黙り込む。
相手の好意くらい、バカな私でも気付く。
錯覚しそうだけど、アレク様はエドワード様ではない。
会ったばかりなのに、なぜあんなに好意全開で接してくるのか。
「エドワード様、私を好きですか?」
「好きだよ」
「だったら、ちゃんと捕まえてて下さい。よそ見出来ないくらい」
「本当にいいの? 僕は嫉妬深くて、束縛魔で、あとドS?」
私は、ププッと吹き出した。
「こっちにおいで、キアラ」
私は立ち上がり、エドワード様の席の隣までそそくさと行く。
手を引かれて、対面で向かい合う形で座らされる。
私は、彼の上に乗ってる!!
ちょっ、この格好は!!
「エドワード様、恥ずかしいです」
「だめ、こっち見て」
チュッと軽くキスされる。
「ちゃんと僕を見て」
彼のアイスブルーの瞳を、まっすぐ見つめる。
「僕が好き?」
「……す、好きですよ」
は、恥ずかしい!! 面と向かって言った事なかったし。
「僕のどこが好き?」
いきなりそう言われても、うーん。
顔はぶっちゃけ好みだけど、顔で好きになった訳じゃないし。性格も良さげに見えたけど、意外と腹黒かったし。
優しいけど、意地悪だし。
あの結婚を承諾した時の、少年のようなあどけない笑みにやっぱりやられたのかしら?
「………好きな所ないの?」
「あー、もう全部好きですって、これでいいで……」
キスされて口を塞がれる。
長い長いキスをして、ようやく唇を離し、彼は呟いた。
「今夜、そっちの部屋へ行く」
「!!」
ちょ、いきなり貞操の危機ですか?
婚前交渉はタブーでは!?
別に婚約してるからいいのかしら?
いや、良くない。心の準備が出来てない!!
「ドロシーさん、どうしよう!?」
「どうされました、お嬢様?」
私は部屋に戻るなり、ドロシーさんに泣きついた。
「観念なされませ。鍵を掛けても、その気になった殿下は止められません」
「それは分かってるけど、心の準備が!!」
「どっちにしろ、三ヶ月後には挙式です。遅かれ早かれですよ!」
ドロシーさんは助けてくれなそうだ。
そりゃあ、結婚したら避けられないんだろうけど。
「とりあえず鍵はちゃんと掛けとこう」
ドロシーさんが自室に下がってしまい、私は部屋に一人。
お風呂はちゃんと入ったし、歯は磨いたし。
寝巻きは絶対にこれとドロシーさんに言われたやつ。
生地が完全に透けてる、これ。あかんやつだ。
そうだ、先に寝てしまえば?
エドワード様は一応は紳士だから、襲わないよね? たぶん。
私はさっさとベッドに横になり、灯りも消してしまう。
天蓋のカーテンをきっちり締めれば、外から見えなくなる。
眠ってしまえばいい。
──。
─────。
───────寝れない。
私はベッドの上でジタバタする。
「キアラ」
「!!」
天蓋のカーテンの向こうで人影が私を呼ぶ。
「エドワード様?」
「何で真っ暗なんだ? 行くって言ってただろう?」
「…………」
部屋の灯りを点けられてしまった。
「明るいと恥ずかしいです」
私は精一杯、声を振り絞って言う。
「え?」
天蓋のカーテンを開けられる。
私の寝巻き姿を見て、みるみるエドワード様が赤面する。
その表情から、私達はお互い勘違いをしていたと察する。
「え!? 違うんですか?」
「今夜行くって言ったが、話をしたいから行くって意味だ」
「君こそ、その気だったのかい? その寝巻きといい」
「これはドロシーさんが用意して」
彼は額に手を当てて、天を仰いだ。
「………あー」
「誰だってキスの後に言われたら、そう思いますよ」
気まずい沈黙。
私は布団に潜り込んで、顔だけ出した。
彼は気を取り直したようで、
「昼間は仕事で忙しいし、夜くらいしかゆっくり話せないから」
「そうですね」
「そっち行っていい?」
私の答えを聞かず、彼はベッドに乗ってくる。
「ちょ、ちょっと! 違うんですよね?」
「違うけど、その気になりそう」
「えええ!?」
「冗談だよ」
彼はちょっと笑って、私の隣に潜り込んだ。
「アレクのことなんだけど」
やっぱりその話なんだ。
「またきっと君に会いに来る。たぶん君を僕から奪う気だ」
「ええ!? さすがにそれはないんじゃないですか?」
いくらなんでもそれは。私はエドワード様の婚約者だ。
学生の恋人の奪い合いとかと訳が違う。
私達の婚約は、きちんと書面で契約を交わしている。
そう簡単に破棄なんか出来ない。
「アレクが本気を出したら、僕では叶わない」
「ええ!?」
エドワード様が叶わないって、どういうこと?
あの風体で、めちゃくちゃお強いのかしら?
いかん、想像出来てしまう。
「結局私はどうすればいいんです?」
「……………」
「ん?」
すーすーと、エドワード様が寝息を立てている。
まさか、寝ちゃった? 連日仕事で疲れてるんだ。
彼の寝顔は初めて見た。睫毛がめちゃくちゃ長い!
柔らかそうな白金色の髪はとてもいい匂いがする。
私は彼の額にキスをして、隣に横になる。
ずっと、こんな風に寝顔を見れたら、幸せなんだろうな。
私はエドワード様が好きだ。
アレク様とは、ちゃんと話をしないと。
彼がずっと私に言いたげにしていた話を、ちゃんと聞かなければ。




