第六話 もう一人の王子様
アレク様はエドワード様の八歳年上の今年二十八歳で独身。
ここ太陽宮の前の主人で、十年前に王宮外に住まいを移してしまったらしく、それ以来一度も王宮に戻ってないとか。
現国王の末の異母弟で、年も兄の国王より甥のエドワード様との方が近い上、母親同士が姉妹なので兄弟のように育てられたらしい。
末の王子なので気楽な身分、一般庶民が通う学校に好んで通い、一般的に正体は伏せているが、有名画家でもあるらしい。
以上、アレク様に関する私が集めた情報。
ほとんどエドワード様とドロシーさんに聞いたんだけど。
「アレク様は、滅多に表に出ない方なんですよ」
ドロシーさんがホットミルクを持って来てくれた。
「お嬢様に聞いて驚きました。ましてや舞踏会においでになるとは」
「エドワード様にそっくりで、本当にびっくりしたんです」
「私はお会いしたことはないのですが、前太陽の君ですね。王都の人間は皆知っています」
有名人なのね。そりゃ、あの美貌だもの。
「十年前に王宮外に引っ越される前は、それでも公な場にお出ましになることはあったんですよ。今ではさっぱりですが」
要するに引きこもりな訳だ。
「エドワード様とは兄弟同然、その婚約者となれば一度お会いしてみたくなったのでは?」
「そうなのかな」
あの時、仮面を外して顔を見つめられた時。
どんどん顔が近付いてきて、まるで、そう。
──キスされるかと思った。
私の思い込みなんだろうけど。
エドワード様にはどう見えたのか。恥ずかしくてとても聞けなかった。
目が悪いって言ってたしなぁ。
きっとよく見えなくて、近付き過ぎただけだ。
そう思うことにしよう。
翌日、エドワード様は朝から相変わらず公務で、私はといえば、レディの嗜み、ハイヒールで歩く練習。
足首はエドワード様がきっちり治したのでもう平気だ。
「お嬢様大変です!」
ドロシーさんが部屋に駆け込んで来た。
「どうしたんです?」
「あ、アレクサンダー様がお見えに」
「!!」
え、もう来たの!? 昨日の今日なんだけど。
どうしよう、エドワード様は留守だ。
「えっと、取り敢えずお通しして下さい」
「はい」
しばらくして、本当にアレク様が現れた。
今日はちゃんと、銀縁眼鏡を掛けている。
昨日と違って格好はラフだが、首元の薄緑のスカーフがお洒落だ。
スタイル良すぎだ!! まるでモデルだな。
「やあ」
その言い方も、エドワード様そっくりで。
何だかおかしな気分になる。
「こんにちは。エドワード様なら留守ですよ」
「知ってるよ。だから来たんだ」
ええ!?
「君に会いに来たんだ。キアラ」
そう言って笑う笑顔は、少し哀愁の影が帯びる。
エドワード様より、大人な分の色気? なのだろうか。
「私にですか? ではお茶でも淹れましょう」
エドワード様の小さい頃の話でも聞かせて貰えるのかな?
「ここは変わらないな」
そう言えば、ここは元々アレク様の住まいだった。
「懐かしいですか?」
「そうだね、この部屋には私の妃が住む筈だったんだけど」
そう言えばそうなのか。
あれ? でもアレク様って未だに独身な筈。
恋人もいないのかしら?
なんか聞き辛いのは気のせいかな?
「あの、結婚はなさらないのです?」
「ちょっと事情があってね」
ヤバイ、これ以上聞ける感じじゃな
何となく彼に漂う雰囲気の正体が分かった気がした。
破談になったか、フラれたかどうかは分からないけれど、
彼はまだその人が好きなんだ!
「すみません」
「どうして謝るの?」
なんとなく悪い気がして、私は視線を逸らす。
アレク様は、まっすぐ私を見ている。
視線を感じる。この視線の意味は何だろう。
私はお茶を淹れながら、考える。
あんまり考えたくない答え、私の気のせいだといい。
「あんまり聞いたらいけないお話みたいで、無神経でしたね」
「そんな事はないよ」
アレク様はお茶を飲みながら、ちょっと寂しげに笑う。
「結婚を約束した相手がいたのだけれど、彼女が別の相手と婚約してしまって」
うわ、それは最悪だ。
やっぱり聞かなければ良かった?
うー、エドワード様、早く帰ってきて!!
私だけだと、場が保ちません!!
「アレク様を振ってですか?」
「そうだね」
こんな超美形の王子様を振るなんて、一体どこの娘だろう?
私だったら即OKなのにな。
「彼女は私の事など、すっかり忘れてしまったようだよ。会っても全然気付いてもくれないんだ」
それは酷い。会っても気付かないって、その女はどんだけ馬鹿なんだ?
「きっと、きっと良い人現れますよ! そのうちきっと」
私はもう、強くそう言う他なかった。
彼は立ち上がって私の頭を撫でてくれた。
もう子供じゃないんだけどなー。
「彼女がせめて、約束を思い出してくれるといいんだけど」
彼は他にも何か始終言いたげにしていたけど、結局それ以上は何も言わなかった。
突然の訪問は、私が彼を慰めるというイベントで終了した。




