第五話 初めての舞踏会
その日の私達の大立ち回りは、ちょっとした伝説となった。
テラスで、ドレス姿の私からの挑戦を受けた王子様の話。
勝負に負けた方が勝った方の言う事を聞くらしい、までしっかり尾鰭が付いて。
エドワード様の強さは、噂では軍隊の一軍以上と言われている。いわゆる人外魔境だ。
その彼と互角に渡り合った私は、メイドさん達から一目置かれ、すっかり怖れられている。まあ、身から出た錆なんだけど。
それくらい二人の賢者の戦いは、見る者の想像を絶していた。
実際の私とエドワード様の実力は、幼稚園児と大人くらい差がある。
ドロシーさんだけは、立ち回りの前後も態度が変わらなかった。
彼女は私の専属だけあって、意外と大物なのかもしれない。
そして正式に私達の婚約が発表され、結婚式は三カ月後に決まった。
婚約してから、私の一日はガラリと変わった。
礼儀作法や宮廷マナーの授業が設けられてしまったのだ。
庶民育ちの私には、馴染みの薄いもので、ダンスは特に苦手だ。
じゃじゃ馬姫と、影で噂されているのはとっくに知っている。
エドワード様がとんだじゃじゃ馬好きだと、揶揄されてるのも知っている。これに関してはざまぁみろである。
今日は、国内の有力貴族から夜会に揃って招待されている。
初めての夜会とあって、ドロシーさんを始め、皆朝から準備に余念がなかった。
「お嬢様、くれぐれもドレスは破かないで下さいね」
「まだ言うのそれ!」
ドロシーさんは私に対して遠慮がない。それだけ打ち解けたと言う事だけど。
「ダンスは殿下がお上手なので、リードして頂けばきっと大丈夫ですよ」
「他の人に誘われない?」
「今日は仮面舞踏会と聞いています。お嬢様は殿下のご婚約者なので、二回は殿下と踊られて、その後は下がってしまえば平気です。あとは殿下が全てうまくおやりになって下さいます」
結局エドワード様任せなのね。
「仮面を付けていても、殿下とお嬢様は正体を明かしているようなものです。きっと大丈夫ですよ」
つまり私達は、仮面をしてたとして、目立ち過ぎてバレてしまうのだ。ちょっとつまらないな。
実はまだエドワード様とダンスを踊った事がない。
彼が忙しかった事もあるけど、時間がある時は、実践授業を優先した為だ。
転移魔法も習得しつつある。近距離しかまだ飛べないけど。
私のダンスの相手は、もっぱらドロシーさんで、背の高い彼女が男性役を務めてくれ、女性の先生が指導してくれた。
練習の成果を出さなければ!!
私は気合を入れた。
エドワード様は、今日は一日公務で、王宮内にはいない。
合流出来るのは、夜半から開催される夜会本番だ。
私の一番の懸念は、やはり靴だ。
今日ばかりは、ハイヒールを履かなくてはならない。
庶民育ちの私はハイヒールなど履いたこともなく、まだあんまり高いと歩けない。
何とか歩ける高さで妥協して貰ったけど、なんせエドワード様とかなりの身長差があるのだ。
彼はおそらく180センチを軽く超えてるだろう。
こちらの世界では身長を測ったりする文化がないので、正確には分からないけど、私よりきっと30センチは高い。
いつも見上げる格好になる。隣に並んで小さすぎてみっともないのは嫌だ。
エルフは長身が多い種族なのに!
私はまだ十七歳だから、今後きっとまだ伸びる! と今は信じよう。
やっぱり仮面舞踏会と聞いたら、私でも興味はある。
期待と不安の入り混じる、楽しみな夜会までの時間は、ほとんど準備に費やし、あっという間に過ぎた。
「完璧です、お嬢様!」
鏡に映った私は、どこからどう見ても完璧なプリンセスだ。
今日のドレスは、ドロシーさんのチョイスで濃い水色。
オフショルダーで肩が露出して少し恥ずかしいけど、裾はパニエを着けて大きく広がるゴージャスなプリンセスラインのドレスだ。
特に髪は気合が入っている。
前髪は緩く眉にかかる程度でおろし、両サイドの髪を左右非対称にハーフアップにし、腰までおろした髪は、数時間かけてきっちり縦ロールで巻いたのだ。
まさに実写版シンデレラだ。ちょっと耳は尖ってるけど。
ドロシーさん渾身の作、私の出来上がりだ。
「お嬢様は肌が本当に白くて綺麗ですから、お化粧ほとんど要らないんですよ」
「それでも化粧すると化けてる気が」
「ポイントメイクしてますからね。睫毛や目元、チークや口紅を塗るだけで、だいぶ印象が変わります」
普段の私はちなみにノーメイクだった。学生だったし、何てったって面倒だったから!
「これなら殿下も惚れ直します。うふふ、楽しみですね」
ドロシーさんはとても楽しそうだ。
「本当にお嬢様は黙ってればお人形みたいで可愛いです。今日は殿下とご一緒ですから、くれぐれもおとなしく、ですよ?」
「ひどいよ、ドロシーさん! だいたいちょっかいかけてくるのはいつもエドワード様なんだけど?」
「殿下の挑発に乗ってはいけません。もう毎度毎度、お嬢様は本当に可愛くてらっしゃる」
くくく、と笑いを堪えるドロシーさん。
なんかエドワード様とドロシーさん、二人似てきたような?
私をからかって、二人とも遊んでやがる。
エドワード様は公務が押して、やはり現地で合流するとの事。
一人で馬車に乗って、会場のお屋敷まで行く事となった。
「殿下はすぐ後で見えるそうですよ」
「はい」
ドロシーさんは御者さんに私の事をくれぐれも頼むとお願いしていた。
「いってらっしゃいませ」
「いってきます」
王宮を出るのは久し振りだった。
件のお屋敷は、王宮からそう遠くはなく、貴族達の邸宅が多く集まる一画にある。
馬車で数分も行くと、豪邸が次々と見えてきた。
窓から見える明かりが煌めいてとても綺麗だ。
前方の路地に馬車が渋滞している。
馬車は順に一軒の屋敷の門へ吸い込まれて行く。
やがて私の乗った馬車も屋敷の門をくぐった。
馬車が止まり、御者さんが私を馬車から降ろしてくれた。
「ありがとう」
お礼を言って降りる。仮面を付けた招待客の人波が、エントランスまで続いている。
「すごい人だなぁ」
かなり大掛かりの舞踏会だ。
まるで何かのコンサート会場みたい。
女性の衣装の華やかな事。男性は皆紳士然としている。
こんなに人がいて、エドワード様と合流出来るのかな?
私も仮面を付けている。私だと、気付いて貰えるだろうか?
とりあえず人の流れに乗って進んでいると、前方に一際背の高い白金髪の後ろ姿が! エドワード様?
白金髪の背中は人波に飲まれて見えなくなる。
「あ、待って!」
私は早足で後を追う。見失ったら大変だ!
ドレスの裾を掴み、懸命に追う。
ようやく、間近に迫り声を掛ける。
「待って!」
白金髪の青年が振り返る。
仮面で素顔は分からないが、通った鼻筋、整った口元。
きっとエドワード様だ!
途端、私は後ろから誰かに押され、バランスを崩す。
「わっ!!」
彼が手を差し伸べて、支えてくれる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして、可愛いお嬢さん。私をどなたかとお間違えのようだよ」
しっとりとした美声が響く。脳に感じる違和感。
私は彼を振り仰いだ。
彼は仮面ごしにまっすぐに私を見た。
紫色の瞳が覗いている。
瞳の色が違う、エドワード様じゃない!
「ごめんなさい、とてもよく似てらしたので。ありがとうございました」
私は丁寧にお辞儀をするも、軽く混乱していた。
エドワード様にそっくりな人がいるなんて。
仮面を付けているから、余計似ている様に感じたのかな?
「キアラ!!」
私を呼ぶ聞き慣れた声。
「キアラ、こっちだ!!」
振り向くと、腕を引かれる。
「何をやってる?」
私の手を引いて引き寄せるのは、仮面を付けた白金髪の青年。
紺色のジュストコールと呼ばれる長衣の衣裳姿が美しい。
「エドワード様?」
私は訝しげに呟く。
「そうだよ」
彼は嘆息しながら、仮面を少しずらした。
アイスブルーの双眸が私を見つめた。
「ああ、良かった本物だーー!」
「本物?」
エドワード様は、私の手をしっかり握りながら歩き始める。
「あなたにとてもよく似た人がいて、思わず間違えて声を掛けてしまいました」
「はあ!?」
エドワード様は少し、不満げに反応し、
「みんな仮面を付けてるから、同じ背格好で勘違いしたんじゃないの?」
そもそも、エドワード様と背格好が似ている人なんてそうそういない。
「本当に、背もすらっと高くて細身で、白金髪で、顔立ちも似てるように見えたんです!!」
彼は少し黙り込んで、呟いた。
「まさか」
そう言ってるうちにエントランスへ辿り着いた。受付で記帳だけして、ホールへ向かう。
エントランス前では、物凄く人がいるように感じたのに、ホールが広すぎて、そこまで人がたくさんいるようには感じないから不思議だ。
独特の夜の光景が広がっていた。
生演奏の優雅な音楽が流れる。踊る人達、談笑している人達、お酒を飲んでいる人達。さまざまな豪華な衣装、まるで夢の世界のようだ。
「二曲踊って、ダンスは終わりだ。適当に挨拶して帰るよ」
エドワード様が私の耳元で囁いた。
今流れている曲が終わるのを壁際で少々待つ。
そして新しい曲が流れ始めた。
彼はちょっと笑って、軽く私に礼取りながら言う。
「僕と踊って頂けますか?」
「はい」
エドワード様はさすがダンスも上手かった!
噂には聞いていたけど。私の練習には、ただの一度も付き合ってくれなかったし。
「ちゃんと踊れてるじゃないか」
「頑張ったんですよ」
私達が踊っていると、周囲の注目が、視線が集まるのを感じた。
「なんか注目されてませんか?」
「そうだね」
エドワード様は、ふふっと笑う。鼻で笑うのはイケメンの特権なんだろうか?
私達が次の曲も連続で踊り始めると、気が付くと踊っているカップルはなぜか私達だけ!!
完全に皆に注目されている。映画とかでよくあるシーンだ。
超見られてるよー!! 緊張するよーー!!
「キアラ、大丈夫。力を抜いて」
エドワード様のリードで、何とか乗り切る。
あちこちから、エドワード様の名がひそひそと上がっているのが分かる。あれが婚約者か、とか。
「そう言えば、言ってなかった」
「何がです?」
彼はちょっと笑いながら言う。
「今日の君はとても綺麗だ」
「!!」
私は思わず、エドワード様の足を踏みかけ、彼に睨まれた。
いきなりそんなこと言うのが反則でしょうよ!!
何とかダンスが終わって、二人で礼を取る。
緊張と興奮で、息が上がる。
「やあやあ、素晴らしいダンスでした」
ちょっと太めの中年の男性が、上機嫌で声を掛けてきた。
「本日はお招きありがとうごさいます。侯爵」
エドワード様は仮面を外して、お辞儀をした。
侯爵!?
私も慌てて、彼に合わせてお辞儀をする。
「この度はご婚約おめでとうございます、エドワード殿下」
「ありがとうございます。キアラ、こちらはルード侯爵だ」
「キアラです。初めまして」
「いやぁ、これは可愛らしいエルフのお姫様だ。とんだじゃじゃ馬姫だなんて噂は嘘のようですな! うちの娘と大違い、これじゃ、結婚の申し込みも断られて当然ですな!」
ガッハッハと大笑いする侯爵。
噂の結婚申し込んでたの? この人なの?
じゃじゃ馬姫ってあだ名そんな浸透してたんだ。
「ご冗談を、令嬢はまだ五歳と幼いではないですか? 結婚などまだまだ早いでしょう」
「はっはっはっ、遅く出来た娘なので、可愛くて仕方ないです。それにしても惜しい。殿下に待って頂けるのなら、うちの娘も差し上げたいくらいの男前ぶり」
「残念ながら、このじゃじゃ馬に乗るので精一杯で。妃は彼女一人で充分です」
私は彼をチラリと睨みつけた。
ちょっと!! じゃじゃ馬言うなや!!
「おお!! それ程彼女を愛しておられるのですな。私も妻はたった一人だけです。他には考えられません」
「では、令嬢も妻一人と決めて頂ける方に嫁がせねば。それまで大事に慈しんで育てて下さい」
そう言って彼はニッコリと微笑んだ。
超愛想笑いだろ、それ。
「おお、是非そうします!」
なんか上手いこと言って話終わらせた!!
「行こう、長居は無用だ」
エドワード様は侯爵に別れの挨拶をすると、さっさと私の手を取って帰ろうとする。
その時、私の右足首が妙な角度に曲がった。
グキッ!
「!!」
急に引っ張るから、足首捻ったーーーーーー!!
「痛っ!」
「足、捻ったの?」
私は痛みで涙目になってコクコクと頷く。
「仕方ない」
彼はそう言うなり、私をお姫様抱っこした。
「は、恥ずかしい!!」
「今さらじゃないか、我慢して」
ザワザワする喧騒の中、彼は気にもせずそれらを突っ切り、まっすぐにテラスへ向かう。
テラスには数人人影が見えたが、彼はそれらを避けて私を座らせた。
「ああ、完全に捻ったな。腫れてる」
そう言うなり、彼は回復魔法をかけ始めた。
「痛みは多少取れるけど、完全に治すには時間がかかる。応急処置だけして、帰ってから治療だな」
「自分でやるから大丈夫です」
「それはダメ。僕がやる」
「エェー」
なんでダメなのか教えてもくれず、ちょっと飲み物取ってくると、私を残して行ってしまった。
そういえば、緊張で喉がカラカラだ。
気が利く王子様だなぁ。
「お嬢さん」
「!!」
静かな声が降って湧いて、私は声の主を確認した。
すらっとした長身に、流れる金糸の髪、仮面をしていても分かる整った顔立ち。
さっきの人だ!!
「お一人は、危ないですよ」
危ない? なぜ?
「あなたのような可愛らしい人は、一人でいたら悪い男に攫われてしまいますよ」
「大丈夫です。私こう見えて、結構強いので」
「ははは、さすがは噂のじゃじゃ馬姫だ。それなら安心だね」
ああ、やっぱり正体ばれてるし、じゃじゃ馬姫呼ばわりされるし。
それにしてもやっぱりエドワード様に似てる。
ただ纏う雰囲気はまるで違う。
彼が溌剌とした眩しい太陽だとしたら、こちらの彼は宵闇に淡く光る月だ。
エドワード様がもう少し年を取ったら、こんな感じなのかなぁ?
「そちらこそ、お一人なんですか? とても素敵なのに」
招待客は、だいたい夫婦かそれに準じるカップルが多い。
「誘いたい相手がつれないんです。あなたは誘ったら応じてくれますか?」
「申し訳ないんですが、足を痛めてて」
ダンスにしろ、今日はもう踊れそうにない。
「これは珍しいものを見た」
エドワード様! 戻って来たの?
彼は両手にグラスを持って帰って来た。
私に一つそれを渡しながら、そのまま相手ににじり寄った。
「どういう風の吹きまわしだい? こんな所に出て来るなんて」
「もちろん、君達の顔を見に来たんだよ」
二人は知り合いなの!?
エドワード様、ちょっと怒ってる?
「あれだけ引き留めても、出てったくせに」
「事情があってね。察してくれよ」
二人の間に流れる気まずい空気。
あ、よく見ると、エドワード様の方が少しだけ背が低い。
「彼女に紹介してくれないのかい? エドワード」
「キアラ、こちらはアレクサンダー王子。僕の叔父で従兄弟」
「!!」
「アレクと呼んでください」
そう言って、彼は仮面を外した。
エドワード様によく似た双眸、完璧な目鼻の配置。
瞳の色が紫で、そこだけが決定的に違う。
まさに彫像のような美しさ。
エドワード様と初めて会った時の衝撃が蘇る。
あんな美形は二人といないと思ったけど、いた、ここにも。
ただ、どこか退廃的な雰囲気が拭えない。
「お二人はそっくりなんですね」
「母親同士が姉妹で、その姉妹もそっくりだったからねぇ」
アレク様は遠い過去を思い出すように、ゆっくり話す。
「お互いに母親似だから、兄弟のように似てしまった」
エドワード様は憮然とした表情で、なんだか面白くなさそうだ。
「私はね、エドワードの兄みたいなものなんだよ。小さい頃の彼はいつも私の後を追いかけてきて、天使のようで可愛かったな」
「!!」
……小さなエドワード様、さぞ可愛かったろう。
「今でも可愛いだろう?」
「もちろん」
「ところで、お姫様の顔もよく見たいのだが」
あ、私、仮面したままだった!
私は慌てて、仮面を外した。
「よく見せて」
月明かりの中よく見えないのか、彼は私の顎を上向かせてまっすぐに視線を合わせる。
長い睫毛に彩られた紫の瞳が、どんどん近付いてくる。
視線が絡み合う。まるで吸い込まれそうに綺麗な瞳。
こんなに間近で、息がかかりそうで、私は耳まで赤くなってしまう。
「はい、そこまで!!」
エドワード様が私達の間に割って入る。
「キアラがアレクに惚れたら困るから、あんまり見るのやめてくれないか」
惚れるって!! え!?
「ごめん目が少し悪いものだから、ついね」
そう言うアレク様は、悪びれる様子もない。
「少しどころじゃないだろう? 眼鏡は?」
「忘れた」
溜め息をつくエドワード様に、飄々としたアレク様。
エドワード様が完全に振り回される構図がある意味すごい。
「さて、お姫様の顔もよく見たし、そろそろ帰るかな」
「本当に顔を見に来ただけなんだね。ウチに帰っても来ないのに」
エドワード様は、それでもアレク様を慕っているのが分かる。
「王宮は私には広すぎてね。でも、今度遊びに行こうかな」
私達は揃ってお屋敷を後にすることにし、再会を約束して別れた。




