第五十五話 入手困難な最後の素材
突然戻ってきた彼の姿に、私は少し驚く。
相変わらず、転移魔法はすごい。
私も使えるのだけど、王城からは出ては行けないとなぜか強く言われているので、なんだか怖くて使えない。
そもそもエドワード様のように、思った場所に的確に転移するのは相当難易度が高いのだ。
「食事は? 何か食べた?」
彼は私の心配ばかりしている。
昨夜のことは、もうなるべく考えないようにしなきゃ。
彼の想いは充分に伝わった。
私もそれになるべく応えようと思う。
レスターに対する気持ちがないとは言えないけど。
それではエドワード様に申し訳ない。
ヴィクター王子が、エドワード様に答えた。
「さっきロレッタが持ってきてくれて。少しだけ、口にしたよ」
侍女のロレッタは、元々私の友達だったと言う。記憶を無くして彼女のことも忘れてしまっているので、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
ロレッタの名を聞き、エドワード様の顔色が変わった。
「彼女は? 特に変わったところはなかったか?」
「別に、普通だったよ? 姫ちゃんが記憶喪失なのを聞いて、心痛めていたけど」
彼がロレッタをこんなに気にしているのは、なぜなんだろう?
友達だという彼女が、食事に何か仕込むとでも? 何かを警戒している?
「エドワード様、姫ちゃんてさ」
ヴィクター王子が、エドワード様に何やら耳打ちをした。
彼はその耳打ちに頷いた。
「知らない。その方がいいと思って」
「分かった。了解」
何そのやり取りは!! 私は蚊帳の外ですか?
「なんだか感じ悪い」
「ごめんごめん」
その時、部屋のドアをノックする音が響いて、ヴィクター王子が応対に出た。
エドワード様はドアの方を凝視している。
レスターだったら、まずい。
ヴィクター王子が連れて来たのは、レスターではなく、知らない顔の人物二人。黒髪の長身の青年と、どう見ても子供。
「キアラ!!」
金髪の小さな女の子が、私の顔を見るなり抱きついてきた。
この子、エルフ!?
「記憶がないとは、本当なのだな? 私を見ても何も思い出せぬか?」
随分喋り方が年寄りだな。この子一体幾つなんだろう?
「ルシア様は、エルフの里の賢者だ。キアラ、君の身内だ」
「こっちはキースだ。ヴィクターの兄で、レスターの弟でもある」
エドワード様が二人を簡単に紹介してくれた。
二人とも私と親しい存在だったらしい。しかし私は二人のことをまるで覚えていない。
やっぱりこのままではダメだ。
「エドワード、月光草のことなんだが」
ルシア様が何やら話を切り出した。
「入手は困難だ。厳しい条件を提示された」
「厳しい条件?」
ルシア様は言いにくそうに顔を背けた。代わりにキース王子が答えた。
「族長の三人の娘のうち、誰か一人をエドワード様の妃にするようにと」
「何ですって!?」
私は思わず立ち上がった。
皆が一斉にこちらを見た。は、恥ずかしい。
「その反応は、以前の通りだな。いい傾向だと言える」
ルシア様が、満足げに頷いた。
「エドワード様が王太子になられたので、目的を変えたようです。こちらの弱みに付け込む卑怯なやり方で」
エドワード様は下唇を噛み締めて黙り込んでしまった。 キース王子がなおも話を続けた。
「白狼族はただでは転ばない一族です。表向きは銀狼族と距離を置きつつも、密かに手を結んでいましたし」
ルシア様が駄目押しのように付け加えた。
「正確には、正妃にしろとさ。キアラがレスターの妃になると計算しての、暴挙だな」
エドワード様はずっと俯いて黙っていたけど、その髪の色がみるみる黒く変わっていく。私はその様にギョッとした。
「バカにするにも程がある」
え、エドワード様!?
「この俺の正妃は、キアラ一人のみ。小賢しい犬どもめ、痛い目に遭わせてやろうか?」
口調が変わってる!?
「エドワード、その辺にしておけ。キアラがドン引きしてるぞ」
その言葉に、彼の髪色が徐々に元の色に戻った。
「エドワード様は、魔王なんだから、その気になればこの国の一つや二つ」
「ヴィクター」
キース王子に窘められて、ヴィクター王子は押し黙った。
「この国は、お前達の国で、アーサーの母の故郷でもある。だが、もう限界だ。ここまでコケにされて、僕は黙ってられないぞ」
エドワード様は、キース王子を振り返った。
「国王に面会を、要求する」
国王は病気で療養中だと聞いている。
そもそも国王の具合が良くないので、後継者争いが始まったと聞いていた。
「ちょっと待ってくれ、その必要はないぜ」
いつのまにか、部屋に入って来ていた第三者の声。
それはアーサー様だった。
一人の真っ白な、髪の短い女の子を伴っている。
「ローレン嬢?」
彼女は大事そうに一つの大きな包みを抱えていた。
彼女がゆっくりとその包みを広げると、白い蕾の花を付けた、蘭に似た花の鉢植えがそこにあった。
「月光草なら、ここに!」
エドワード様が、食い入るように鉢植えを見た。
「間違いない、これだ」
鉢植えを受け取って、彼はみんなに見えるようにテーブルの真ん中に置いた。
「ローレンが、俺にならと特別に一株分けてくれた。白狼族としては、俺達に協力するのは反対らしいがな」
「それで、彼女が咎められはしませんか?」
キース王子が、ローレン嬢を気遣う。
「心配には及びません。私は元々、国を出る気だったのです」
「国を出る?」
ローレンは頷いた。
「もう、村の古いしきたりや因習にはまっぴらごめんなのです。結婚すら、一族の意向で自由にならない。簡単にはいかないことも分かっています。でも、私はもうあの村にいたくはない」
「だから、私の側室を望んで、強制的に国を出ようとしたのか」
エドワード様の言葉にローレンは頷いた。
「あの節は大変申し訳なく思っております。本当は側室になる気など微塵もございませんでした。婚儀の前に、理由をつけて、逃げる算段まで」
これにはルシア様が吹き出した。
「なかなか面白い娘だ。エドワードを完全に隠れ蓑にして、捨てようとしてたとは!」
「そんなに笑わないで下さい」
ローレンが、必死になって弁解する。
「これは信じて欲しいのですが、エドワード王子のキアラ様への溺愛ぶりは、この国の年頃の娘なら皆知っております。賢者同士で、運命のように出会われて婚約なされて」
「そこに割って入るなど、本当におこがましく。私の粗末な計画は、エドワード様がキアラ様だけを見ているからこそ、成り立つものだったのです」
「要は、エドワードはキアラにしか興味がない。側室になっても見向きもされないから、きっと逃げやすいと」
アーサー様が分かりやすく簡単にまとめた。
「話は分かった。そのことに関しては、お互い水に流すとして、大師匠、すぐにこれを」
「魔術師ギルドへ持ち込んだ方が安全だ。ここは、敵の最中だ。これを手に入れたことを知られるとまずい。私が一旦ギルドへ戻ろう。後は頼んだぞ」
そう言うと、ルシア様は鉢植えを持って転移してしまった。
「材料は全て揃った。明日の晩に薬を完成させて、キアラの記憶を取り戻す」




