第五十四話 最後の素材(エドワード視点)
朝一番で、魔術師ギルドの研究室に戻ると、なんとそこに大師匠の姿が。
「戻ったか、エドワード。お、髪がさっぱりしたな! 短い髪も似合うじゃないか」
「ありがとうございます。大師匠はいつこちらへ?」
僕は鍋の中の様子をちらっと見ながら、大師匠に問う。
「昨夜遅くにだ。ちょうどそなたと入れ違いになったようだ」
「他の皆なら、休ませたぞ。鍋の中身は大丈夫だ」
大師匠が見ててくれたのは明らかだった。
この薬は定期的にかき混ぜないと、すぐ固まってしまう。
「キアラの様子はどうだ?」
大師匠のことだから、本当は彼女の側に付いていたいんだろう。
「レスターのことが気になるようです」
「それは術の効果が強い証拠だな」
やはり、解毒薬を早く完成させねばならない。
でも、どうしても足りない材料がある。
「満月の夜しか咲かない花か。明日、本番にしか詰めぬとは」
「月光草を追加するまでは、この状態を維持せねば」
大師匠は得意げに、鍋の炎を術で調整した。
彼女の手にかかれば、火の調節管理など楽勝のようだった。
「そなたは少しでも休んだのか? ここ連日寝ずに動いていたんだろう?」
「問題ありません」
それより、月光草がどこで手に入れられるか問題はそれだった。この国独自のものらしいが、肝心な生息地域が分からない。
「月光草がどこで採れるか。そなたの懸念はそこだな?」
「はい。キースに調べさせていますが、まだはっきりとは」
この国の商会などに問い合わしても、なぜか言葉を濁されてはっきりと分からず。
「意図的に、隠されているのかもしれんな」
「隠される?」
大師匠は、前のめりになって呟いた。
「つまり、銀狼族が絡んでる」
その可能性は高かった。そうなると手に入れるのは簡単ではない。何とか明日の夜までに、手に入れる算段を付けないとまずい。
「ここは大丈夫だから、そなたはキアラに付いていろ。月光草の入手は、こちらで何とかする」
「しかし」
渋る僕を、大師匠が諭す。
「彼女を捕まえておけ。この術は相当厄介だ。今までお前に向いていた気持ちが、全て向こうに行ってしまったと考えるべきた。彼女は生半可な気持ちで、お前を想っていたか?」
そう言われると、僕は言い返せない。
彼女は自分の身を投げ打ってでも、僕を助けようとした。
その気持ちが、レスターに全て盗られてしまったとしたら?
由々しき事態だった。
昨夜の彼女は僕に対して、明らかな罪悪感を持っていた。あれは、憐れみや同情なのかそれとも──?
「どちらにしろ、彼女をこのままにはしておけない。術で無理やり縛った心はやがて壊れてしまうだろう。たとえ、そなたが彼女の心を取り返したとしても。結局は、そなたとあちらの狭間で彼女は心を決めかねるぞ?」
なんということだ。
彼女の僕への想いが、彼女自身の首を絞める。
僕は、とりあえず彼女の元に戻ることにした。
「分かりました。後をお願いします」
「何か分かれば連絡する」
再び転移すると、部屋にはアーサー達が来ていた。
「あ、エドワード様が戻ってきた!」
「どうした? 浮かない顔で」
アーサーに指摘されて、僕は何でもない風に装った。
「別に、ちょっと寝不足なだけだ」
キアラがベッドに腰掛けて、こちらをじっと見ていた。
目が合うと、彼女はさっと視線を逸らした。
昨夜のことを考えると、僕は彼女の機嫌を損ねたのかもしれない。
「薬はどうなんだ? 出来たのか?」
「大師匠が来てくれたので、鍋の火加減を任せてきた。火を止めるわけにいかないので。でも材料がどうしても一つだけ足りない」
「それって何?」
「満月の夜にしか咲かない花だ。いろんな商会に問い合わせたが、どこも返事が曖昧で」
「普通の商会にあるわけない」
アーサーが、ポツリと呟いた。
「その花は、白狼族ゆかりの花だ。一族の門外不出のもので、村の特別な菜園だけで栽培されている」
「何だって!?」
銀狼族ではなく、白狼族?
「わりかし術が得意な銀狼族と違って、白狼族は薬草などの栽培を得意としている。月光草は、その極みだ」
まさかアーサーからそんな情報を得ようとは。
アーサーは白狼族の血をひいている。知っていて当然だ。
「そうと分かったら、白狼族の村へ行かねば」
「その必要はないぜ、王都に屋敷があるだろ? たぶんそこに株分けした鉢植えがある。昔、見たことがある」
アーサーが腰を上げた。
「俺が行くよ。ヴィクター、馬車を借りてきてくれ」
「分かった!」
そうしてアーサーは慌ただしく、出掛けて行った。
なんとも彼が頼もしく思えた瞬間だった。
「大師匠に、月光草のアテが出来たと報告してくる」
大師匠もなんとかすると言ってくれていたが、こちらでなんとか出来るのならば、向こうも安堵するだろう。
「待って」
転移しようとした僕に、キアラが待ったをかけた。
「昨日は本当にごめんなさい」
意外な言葉だった。昨夜あんな風にしたのに、彼女が謝ってくるだなんて。
僕は嫉妬に駆られて、彼女を責めて酷いことを。最低だ。
「僕の方こそ、ごめん」
もうレスターの所に行かないでくれとは言えなかった。
僕はヴィクターに後を任せて、直ちに転移した。
用件を済ませて、すぐに戻って来れるように。
明日の夜がリミットだ。解毒薬を何としても完成させ、彼女を呪縛から解放しないと。
魔術師ギルドの研究室には大師匠の他、皆が揃っていた。
「エドワード様」
キースが僕の顔を認めるなり、深刻そうに切り出した。
「月光草ですが、所在は分かったのですが手に入れる手段がありません」
「白狼族だろ?」
白狼族とはリチャードの婚姻の件で破談になり、襲撃のドサクサに紛れて、令嬢達は忽然と姿を消してしまったそうな。
どうやら、それにもレスターが一枚噛んでいたようだ。
「なぜそれを?」
「アーサーだ」
キースはそこで、ハッとした表情で、
「そういえば、アーサーの母方の祖母君は、白狼族出身でしたね!」
「お前達は白狼族とは血縁ではないのか?」
「父王と、アーサーの母君は母親が違うのです」
相変わらずややこしい。
「基本、母親の一族に準じます。私達も銀狼族の血をひいてはいますが、見た目通り黒狼の血が濃い」
「そんなことより、アーサーは月光草を手に入れられそうなのか?」
大師匠が口を挟んだ。
「今、王都の屋敷へ交渉に向かってます」
「そうか。だが、それだけに頼るのは心許ない。他にも手を回すべきだ」
大師匠の言う通りだった。白狼族が銀狼族に懐柔されているならば、月光草を譲ってくれることはかなり難しい筈だ。
「白狼族の族長に再度会ってきます。断られるかもしれませんが」
キースが申し出た。
「私も行こう。白狼族の族長とやらに直接会って頼んでみよう」
大師匠が行ってくれるなら、心強い。
ずっと、部屋の隅で様子を見守っていたアビゲイルが口を開いた。
「薬の鍋の管理は私達ギルド所員で、交代で行います」
「頼む」
皆がそれぞれ動いてくれる。こんな頼もしいことはない。
キースと大師匠を見送って、僕もとんぼ返りで彼女の元へ戻った。
いつもありがとうございます。
最終回まで、残り@三話となりました。
明日の夜に最終回を更新予定です。
最後までお付き合いの程、
どうかよろしくお願い致しますm(_ _)m




