第五十三話 それぞれの気持ち
部屋に戻った私に、アーサー様とヴィクター君はカンカンだった。
「兄上と一緒になって、逃げちゃうなんてヒドイ」
「俺達のこと、馬鹿にしてんのか?」
二人に責められて、私はただ謝り続けた。
彼らはさんざん私を探し回ったそうな。
「私が無理に連れて行ったんだよ? 彼女を責めるのはお門違いだ」
レスターがそう言ったけど、二人は彼ともう視線すら合わせない。
「兄上なんか大嫌いだ。早く帰ってよ!」
「やれやれ、弟がうるさいから今日はもう帰るよ」
レスターが、素早く私の頬に軽くキスをした。
「あーっ!!」
ヴィクター君が叫び、レスターは子供みたいに笑いながら、走って逃げて行った。
「全く、姫ちゃんが隙だらけなんだよ」
ヴィクター君が私の頬をごしごし拭った。
「やっぱりあいつ、ちょっと似てるんだよな」
アーサー様が呟いた。誰に? とは聞かずとも分かってしまった。
「似てないよ、エドワード様はあんな卑怯者じゃない」
ヴィクター君、それもう言っちゃってるから。
「なあ、レスターっていつからあんな風なんだっけ?」
「あんな風って?」
「あいつ、昔はすげー暗い奴だったよな? いつも本ばっか読んでてさ」
ヴィクター君はうーんと唸った。
「確かに、昔の兄上はそうだよ。いつからだろ? あ、キース兄上がアーサーの所に行ったくらいから、妙に明るくなったような?」
昔のレスターと今のレスターは性格が違うの?
「俺がここにいたのって、母上が病気療養で帰国してた時なんだ。少し良くなって、また嫁ぎ先に戻って、結局は悪化して死んじまったんだけど」
アーサー様は母君を亡くされてるんだ。
私は記憶を失っているので、これが初耳になる。
「小さいガキの頃の話だけど、レスターはここの王子の中でもなんせ暗い奴でさ。いつも一人で本をひたすら読んでて、遊ぼうと声かけても、絶対にウンと言わない奴でさ」
「キース兄上の背後にいつも隠れていたね」
ええ!? そうだったの?
「レスターの方が二つも年上なのにな! 確か、リチャードとレスターとあと第三王子のクリスは同い年だっけか」
「そそ、みんな同い年。確か今年で二十一。全員母親が違うからね」
ややこしい、複雑過ぎる。
やっぱり、側室を持つのは我慢出来ないな。
レスターは私がイヤなら、側室を持たないと言ってたっけ?
エドワード様はどうなんだろう?
「とにかく、兄上に気を許してはダメだ。彼は姫ちゃんの記憶を奪って、エドワード様に大変な思いをさせてる。兄上は、次期国王になりたいばっかりに、姫ちゃんを攫ったんだからね」
私を攫った? 記憶を奪って、レスターが?
私は混乱して目眩がした。私とレスターはそもそもどこで会ったんだっけ?
「大丈夫? 顔色が良くないよ」
「平気、少し目眩がしただけ」
レスターは私を好きだと言った。
本当は国王になりたいから、攫ったの?
私は本人にどうしても聞きたくて、その日の晩、二人が寝静まったのを見計らって、部屋を抜け出そうとした。
「おい、どこへ行く?」
アーサー様が、部屋を出ようとした私に声を掛けた。
起きてたの?
「ちょっと、お手洗いに」
「なんだ、早く戻って来いよ」
うまく誤魔化せたようだ。私は廊下を素早く抜けて、レスターの部屋の前まで来た。
衛兵の姿は見つからない。こんな静かでいいのかな?
彼の部屋のドアの鍵はかかっていなかった。
ノックもしないで、私はドアに手を掛けた。
この時間に起きてるとは思えないけど。
部屋の中は薄暗かった。私は術で最低限の灯りを照らしながら、ベッドに近付いて行く。
彼は眠っているだろうか?
「レスター」
声をかけると、思わぬ所から返事があった。
「こっちだよ」
月明かりに照らされた銀色の髪。窓辺に彼が座っていた。
「どうしたの? こんな時間に。私が恋しくなった?」
「そんなんじゃないけど、話を聞きたくて」
私は窓辺の彼の隣に立つ。
「寒いから、こっちへ」
彼は羽織っていた毛布を広げて、私を隣に迎え入れた。
彼の体温が高いのか、密着して暖かい。
「話って?」
「私を攫ったって本当? 記憶を奪ったのはあなたなの?」
彼は黙って私を見た。憂いを含んだ、思わせぶりな笑みを浮かべて。
「そうだとしたら?」
私は矢継ぎ早に質問を重ねる。
「なぜ、そんなことを? 国王になりたいから?」
「そんな事は、本当はどうでもいいのかもしれないな」
彼は溜め息混じりに呟いた。
本当はどうでもいい? どういう事なんだろう?
「あなたを最初に見た時に、いいなって思ったんだ」
彼は淡々と話し始める。
「魔法学校に時期外れに転入してきた人間の娘。私は魔法学校の理事をしていて、たまたま書類で見つけたんだ」
「魔法学校? 人間の娘? どういう事?」
レスターは、私の顔を見てちょっと困ったような顔をした。
「そこら辺の記憶も飛んでるのか。ちょっと不便だな」
私の失った記憶の中の話なのかな?
「元々はキースやヴィクターを書類上で見つけて、警戒していたんだ。二人は殆ど本名だったし。まさか私が理事をしているなんて、二人は気付いてなかったのだろうね」
「レスター、意味が分からないわ」
話の本筋が見えないから、私はつまらない。
「ごめん。とにかくその時にあなたを見つけたんだよ。すぐ普通の娘じゃないと気付いた。闇の術者も珍しいしね」
「?」
「私は密かに花嫁を探していたんだ。あなたもすぐ候補に上がった。まさか、他国の王子の婚約者が、紛れ込んでるなんて思わなかったけど」
それは私のことだ。一体どういう状況で、この国の魔法学校にいたのだろう?
「でも、あなたは当時、キースの婚約者という触れ込みだった。それが私は面白くなかったね」
「私がキース王子の婚約者?」
エドワード様の婚約者よね? なんだか変。
首を傾げる私に、レスターは私の頭を軽くポンポンとして、ちょっと笑った。
「もう、気にしなくていいよ。とにかくずっと前から、私はあなたを気にしてたってこと」
「好きってこと?」
彼は頷いた。
「そうだね、一目見て好きになった。あなたはとてもいい匂いがするから」
レスターのことが何となく理解出来た。決して、国王になりたいが為に私を攫った訳ではないと。
私は部屋をそっと抜け出して来ている。これ以上はアーサー様が不審がる。もう帰らなければならなかった。
「そろそろ、部屋に戻るわ」
立ち上がった私の腕を、彼が掴んだ。
「ここに泊まればいい」
「ダメ、アーサー様に気付かれてるの」
名残惜しそうに、彼が手を離した。
「おやすみなさい、また明日」
「おやすみ」
素早く彼の部屋を出て、自室まで小走りに急いだ。
部屋の前まで来て、思わぬ人影に私は足を止める。
腕組みしてドアの前に立つ、白いローブの長身。
「エドワード様?」
こんな夜更けに、戻って来てたの?
「どこへ行ってたとは、聞かない」
彼は、そのまま黙って部屋のドアを開けた。
私は彼に続いて、部屋の中へ。
部屋の中にはアーサー様もヴィクター王子もいなかった。
「二人なら自室に戻らせた」
そういうことなら、今この部屋に私達二人だけ?
さっきまで、レスターと一緒にいた。なんだかとても後ろめたい。
「あの、エドワード様」
彼は返事もしないで、ベッドに腰掛けた。
私の方を見向きもしない。
やっぱり、絶対怒ってる。
「心配かけてごめんなさい」
彼は深い溜め息をついた。
「こちらへ」
私は彼の言う通りにベッドへ行き、隣へ腰掛けた。
「僕は、ものすごく嫉妬深い。君が奴と会ってたと知って、今、たまらなく腹が立ってる」
私は何も言い返せない。ただ申し訳なくて、俯いた。
「僕がどんな思いで、君の為にあちこち奔走してるのか、君は分かってる?」
彼がこんなに感情を露わにするなんて、意外だった。
記憶を無くしてから私に接する彼はいつも冷静だった。
「ごめんなさい」
「心配で、たまらない。君を失いたくない」
私はたまらず、彼に腕を伸ばした。
彼は抵抗はしないけど、抱き締め返してもくれない。
アーサー様の言葉が蘇る。
私の相手はエドワード様だと。間違えるなと。
私は彼の頬を引き寄せて、自分から唇を重ねた。
冷たい唇の感触。
彼はされるがまま、ただ体を強張らせた。
「ごめんなさい」
唇を外して、また呟く。
これ以上、彼を裏切れないと思った。
「お願い、私を見て」
彼がこっちを見てくれないのが辛かった。
私はやっぱり、彼が好きなのかもしれない。
「エドワード様」
「僕はそんなに出来た人間じゃない」
突然、彼はそのまま私をベッドに押し倒した。
そのまま両腕を押さえ付けられて、動けない状態でキスされた。さっきのキスとは違う、舌を絡める激しいキス。
私は思わず気が遠くなる。
その晩はもう彼にされるがままだった。
翌朝目覚めた時には、彼の姿は消えていた。




