第五十一話 飲めそうにない物体(エドワード視点)
「エドワード様!? その髪どうしたの?」
王城の客間に戻ると、ヴィクターが開口一番叫んだ。
まあ、こうなることは予想済みだ。
「素材の入手過程で、切る羽目になった。別に問題ない」
「すごいイメージ変わった、短い方がいいかも」
ヴィクターの評価は好評なようだ。
僕はベッドに眠るキアラの様子を見る。
「何か変わったことは?」
「レスター兄上が来たけど、追い返したよ。エドワード様に、そうするように言われてたから」
やっぱり来たのか。奴を彼女に近寄らせない方がいいに決まってる。何をするか分からん。
「そういえば、確かお前はレスターともキースとも違う種族なんだね?」
「そうだよ、僕は金狼族。元々この国を建国したのは金狼族なのです」
本来の王家の血筋か。
確か今の王家は、銀狼族主体になっている筈だ。
現在の国王は母親が白狼族出身だが、先王や、先々王も銀狼族な筈だった。
「僕の母上が、最後の側室になって僕が生まれたんだけど、母上、正妃様に随分と嫌われちゃってるから」
「母君は後宮に?」
ヴィクターはこくこくと頷く。
「そうだよ、一生そこから出れないから」
やはり、そんな所にキアラを入れる訳にはいかない。レスターの花嫁になんか絶対にさせるもんか。
「母君に会って来ても構わないよ? せっかく帰って来ているのだし」
「本当? じゃあ、少しだけ行って来ます」
ヴィクターは喜び勇んで部屋を出て行った。
アーサーとキースはどうなったろう? アビゲイルは無事救出出来たのだろうか?
僕は眠るキアラの額に手をあてた。
少し熱があるようだ。妊娠すると概ね体温が上がるらしいが、これは発熱と言っても良いくらいの熱さだ。
僕は術で手に冷気を纏わせ、彼女の額を冷やした。
「ううん」
固く閉じられていた睫毛が動いて、彼女の目が開いた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「……いいえ、え、エドワード様?」
彼女は僕の顔を見て、言葉が詰まる。
「その髪どうしたんですか?」
僕は短くなった髪をくしゃくしゃと触りながら、少し笑って答えた。
「イメチェンしてみた。似合う?」
彼女は僕をしばらく見つめていたけど、微笑みながら、
「素敵です」
彼女に気に入ってもらえて良かった。長い方が良いと言われたら元も子もない。
「調子は? 何か食べれそう?」
彼女は首を横に振った。食欲は相変わらずなさそうだ。
実は、僕は王宮から簡単な食事を持ち出して来ていた。
ここで食べるものに何か仕込まれていたら、たまらないからだ。
宙からサンドイッチを取り出す。実はこれはドロシーのお手製だ。キアラに土産として持たされたものだ。
「サンドイッチ持ってきたけど、食べるかい?」
包んでいた布を開けて、中を見せた。
このサンドイッチを見て、キアラの気が変わったようだった。
「食べます」
ドロシーのことを覚えていないだろうけど、味は覚えているかもしれない。
聞くと、夜食にねだられて厨房を借りてよく作ったそうだ。
キアラのお気に入りだったらしい。
「おいしい、あれ、なんで涙が?」
彼女はポロポロ涙をこぼした。やはり何か覚えているのか?
僕は彼女の涙を拭ってやって、まだ食べるように促す。彼女はおいしそうに残りを全て食べた。
その時、ちょうど部屋のドアをノックする音がした。
「誰だ?」
「俺だ」
僕はその声に少々げんなりして、部屋に入るように返事をする。
「お、キアラ起きてるじゃん。久しぶりって、エドワード、その髪なんなの?」
アーサーは相変わらず落ち着きがない。
「どうもこうも、別に切っただけだ」
アーサーは物珍しそうに、僕を見回した。
「エドワードの髪が短いなんて、初めて見たわ」
キアラはアーサーの顔を見ても、やはり覚えていないようだった。
「ごめんなさい、私、記憶がなくて」
「マジなの? 全部忘れてるの?」
後から入ってきたキースに続いて、アビゲイルが入ってきた。良かった! 無事なようだ。
キースも僕の顔を見て、一瞬驚くも、すぐ冷静さ取り戻した。僕とアーサーの話のくだりを聞いていただろうし。
「メモに書かれた素材は全て入手出来ました」
キースが素材の入った袋を手渡してきた。
「ご苦労だったね。アビゲイル、君には特に申し訳なかった」
「いいえ、マスターのお役に立てて光栄です」
彼女は人狼だが、仕事ぶりは至って真面目でよく出来た。元々支部長を任されていた人物なので、実力も折り紙付きだ。
「奥様にはかつて、大変失礼な振る舞いを。この場で謝罪させていただきます」
ああ、まだ魔法学校にいた頃の話か。僕の不在中に、ギルドに来たキアラが追い返されたとか。
「キアラは覚えていないから、気にしなくていい。それより、解毒剤を調合する場所なんだが」
アビゲイルはすぐさま頷いた。
「我が魔術師ギルドの研究室を提供します。なんなら研究員も手伝わせます」
「助かる」
すぐさま準備を整えて、調合作業に移る必要がある。
調合には、ある程度時間がかかる。
「エドワード様、ルシア様より伝言です。手が離せない用事が済み次第、こちらに駆けつけるとのことです」
大師匠は後ほど合流か。それは心強い。
「アーサー、ここでキアラを見ててくれ。じきにヴィクターが戻ると思うが」
「分かったよ」
僕はキアラを振り返った。
「どうしてもやらなければならない用事がある。また少し、そばを離れるけど、大丈夫かな?」
「分かりました。どうかお気を付けて」
彼女の態度が気になるが、こうしてここにいても埒が明かない。
僕は、キースとアビゲイルを連れて魔術師ギルドへ転移した。
魔術師ギルドに到着して、アビゲイルが研究室へ率先して向かう。もう、あまり時間がない。急がなければ。
研究室には、一通り備品が揃っていた。ここのギルドでは、どうやらあまり使われていないようだった。
「普段はもっぱら、術の研究や応用がメインで、魔法薬の方はからっきしで」
地方のギルドの実態など、こんなものだろう。
王都はさすがに魔法薬メインの研究員も在籍しているくらいだが。
王都の方で、調合を行うとことも考えてはいたが、いくぶん、距離があるし、何かあって対応が後手になるのは避けたい。
なるべく人狼国内にいたかった。
どうせ調合をメインで行うのは僕だ。場所は関係ない。
僕は集めた材料を、全てテーブルの上に広げた。
禁書に書かれた手順通りに、てきぱき準備していく。
刻んだり、煮出したり、成分を抽出したり、皆に指示を出して、作業に精を出した。
時間があっという間に過ぎる。
その日の晩には、だいたいの物が混ざった形の物が出来た。
どす黒い、真っ黒な液体が鍋に煮えている。
それはものすごい異臭を放つ。とても飲めそうな代物ではない。皆で覗き込んで、思わず顔をしかめた。
「これにあと、月光草を加えれば完成です」
キースが淡々と述べた。彼は涼しい顔だ。
「これ、飲めるの? とても飲めそうにないけど」
こんなものを彼女に飲ませるなんて、作っておいてアレだが、勘弁したい。
キースが溜め息混じりで僕を宥めた。
「飲んで頂かないと、一生記憶が戻りません」
「彼女を惚れ直させた方が早いんじゃ?」
飲ますのに後ろ向きな僕に、きつい口調でアビゲイルが口を挟む。
「レスター王子の術は、ここに書かれていない効果も付与されています。そのままにしておくのは大変危険です!」
つまり、術の付与効果も含めて解呪すべきだと。
「解毒薬で、術の全ての効果が解けます。やはり奥様には飲んで頂かないと」
この液体をどうやったら飲める代物にするのか。
僕の悩みは尽きない。




