第五十話 貴重な素材を求めて(エドワード視点)
僕はアーサーとキースを見送った後、ヴィクターに後を任せて転移魔法で飛んだ。
一旦王宮の自室に戻り、シャワーと着替えを済ませ、簡単な食事を摂った。
「殿下!!」
食事を下げに来たのはドロシーだ。確かキアラの専属だ。
「お嬢様は、どちらにおいでですか? 結婚式も延期になってしまって、こちらに帰って来られる様子もなく。殿下もまともに帰っては来られないし、皆、心配しております!」
そう言えば、皆に詳しい説明をしていなかったな。
これは僕の失念だ。
「すまない。キアラは今、体調を崩して療養中なんだ。そのうち必ず連れ帰るから、信じて待っていてくれないか」
「お嬢様は、無事なんですね?」
僕は頷く。ドロシーは何かを悟ったみたいだ。
「お嬢様をくれぐれもお願いします。それからこれをお嬢様に」
何か包みを渡してきた。
「これは?」
「殿下が戻ったと聞いて、急いで作りました。お嬢様のお好きな私特製のサンドイッチです」
ドロシーはそう言って、深々とお辞儀した。
彼女とキアラは親しく、よくキアラの相談に乗っていたようだ。だが今のキアラは彼女の事も覚えていない。
彼女の為にも、記憶を取り戻してやりたかった。
僕はさっさと王宮を後にし、魔術師ギルドへ飛ぶ。
地下の研究室に突然現れた僕に、ギルドの研究員達も驚きの表情を隠せない。
「マスターエドワード様!?」
最近就任したマスター職だが、さすがに僕の顔を知らない人間はいなかった。
「突然すまないが、この素材を手に入れたい」
僕はベテランそうな眼鏡の研究員に素材の書かれたメモを見せた。
彼は、一言唸った。
「うーん、ちょっとここでは難しい素材もありますね。取引のある商会へ問い合わせましょうか?」
「いや、とりあえずここにある素材だけ貰っていく。商会へは僕が直接行くからいい」
僕はここで間に合う素材だけ手に入れると、そのまま商会へ向かうことにした。
さすがに初めて行く場所なので、近くの通りまで転移して、そこから歩く。
大きな通りに面した建物だった。王都でも指折りの大きさの商会だ。
早速、建物内に入ると、受付らしき若い女性二人が応対に来た。
「いらっしゃ……え!?」
「!?」
僕の顔を見るなり、一人は絶句して黙り込んだ。
「ま、まさか太陽の君!?」
茶色い髪の女性は、手を口で押さえながら興奮を隠せないようだ。
僕は、ちょっとうんざりしながら要件を伝える。
「この素材が欲しいのだが、手に入るかな?」
「ちょっと、上の者に確認して参ります」
メモを預けて、僕はエントランスに設置されたソファに腰掛けた。まだかなり素材が足りない。ここである程度揃うといいが。
お茶を出されたのでそれを飲んでいると、恰幅の良い頭皮の寂しい中年男性が、慌ててやって来た。
「これはこれは、エドワード殿下。呼んでくだされば、こちらからお伺い致しましたのに。私がここの会長です」
汗を拭き拭きしながら、会長がそう言う。
このおっさん、だいぶ太ってるなぁ。
ぼーっとそんなことを考えつつ、僕は単刀直入に尋ねる。
「そこのメモの素材は、ここにあるのか?」
会長は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「だいたい揃いますが、一つだけ少し難しい物が」
「それは何だ?」
「百年もののアルラウネの花です」
やっぱりそれか、僕は独り言つ。
マンドレイク同様、アルラウネは栽培が難しい。花は咲くには咲くが、百年育てるの容易ではなしい、そもそも人には難しい話だ。
王宮の農園にも多少は栽培しているが、百年ものはさすがにない。
「どこかに伝手はないか? 直接交渉に行きたい」
「一軒だけ心当たりが。ただ、そこは婆さんと孫で細々と小さな雑貨屋をやっている、とにかく変わり者です」
「雑貨屋?」
僕は首を傾げた。
会長は頷くと奥の棚から、地図を取り出した。
「場所は霊山の麓の小さな村です。元は、巡礼者向けの土産物屋でしたが、そのうち趣味が高じて、雑貨屋になったとかで」
趣味で魔法植物まで扱うのか?
「婆さんは百歳を過ぎてなお元気で。噂ではエルフの血が薄く混ざっているとか。でも店を切り盛りしているのは孫の方です」
「ありがとう、分かった。行ってみることにする」
僕は踵を返し、そのまま霊山の麓の村まで転移した。
瘴気が晴れてからは、ここはこの国で一番、清浄な気で包まれた場所になった。
僕はフードを深く被り、なるべく正体が知れないように努めることにした。理由は色々と面倒だから。
聞いた住所を書いたメモを頼りに、僕は歩を進める。途中、すれ違う村人が怪訝そうに僕を見た。
霊山を参拝する格好とは程遠い僕を、興味津々で眺めている。白いローブの魔術師が、荷物一つ持たずに田舎の村をたった一人で闊歩する。確かに傍目には怪しいだろうな。
街道と呼べるか怪しい道から逸れた場所に、その店はあった。ものすごいボロ屋だ。こんな所に人が住んでるのか?
確かに店の体を成していた。今にも外れそうな看板に雑貨屋と書き殴られていた。
あんまり近寄りたくない雰囲気だ。
僕は覚悟を決めて、古いドアを開けた。
店内はさまざまなものでごった返していた。これじゃあ、何を売っているのかさっぱり分からない。
「あ、いらっしゃーい!」
愛想の良さそうな、黒髪の、ものすごいチリチリ頭の娘が、僕の姿を認めるなり駆け寄って来た。
そばかす顔のちんくしゃな娘だ。年はキアラより少し下だろうか?
「む、お兄さん、ものすごいイケメンでしょ?」
下から顔を覗き込まれて、僕は仕方なくフードを脱いだ。
「ほえーっ、こんな綺麗な人初めて見た! すんごい髪の色、これ本物? 白金髪でしょ? すごい綺麗」
娘は僕の髪に釘付けだ。
「男の子の癖に、こんな綺麗な髪だなんて。顔も文句の付けようもないわ! まるで王子様みたいね」
まるでもなにも王子様なんだが、あえて言う必要もないだろう。
「そんなことより、ここでアルラウネの百年ものの花があると聞いて来た。是非手に入れたいのだけど」
「アルラウネの花?」
娘は、ああと頷いた。
「あるよ! おばあちゃんの秘蔵のやつが。でもあれは売れないなぁ」
なんだって!?
「そこをなんとか。金ならいくらでも出そう」
娘はうーんと考え込んだ。
「そうだなぁ、お兄さんの髪をくれたら、譲ってあげてもいいよ?」
「髪!?」
僕は驚きのあまり、少し声が裏返ってしまった。
「カツラにするの。それだけ長さがあれば充分。バッサリ切ってちょうだい」
お祖母様の趣味で伸ばし続けた髪だったが、別に僕自身は髪になんの執着もない。
「分かった、いいだろう。交渉成立だ」
僕は懐に帯びているダガーを取り出して、髪を一息にバッサリ切り落とした。
「わあ、本当にバッサリいったのね」
髪を受け取りながら、娘が感嘆の声を上げた。
お前が切れって言ったんだろうが。
「短い髪も、素敵よ。ちょっと整えてあげるわね」
娘はそう言うと、器用に僕の髪を切り揃えた。
「私、こんな髪だから、小さい頃からコンプレックスで」
彼女はどこからか鏡を取って来て、僕に出来上がりを見せた。
「はい、やっぱりイケメンは髪短くてもイケメンね。精悍さが増したわ」
鏡に映る姿を見て、意外に悪くないと思う。
自分の容姿には自信のある方だが、髪が短い方が僕に似合うのかもしれなかった。
「約束通り、アルラウネの花を取ってくるわね。貴重な品だから大事に使って」
僕はこうして、何とか解毒薬の主要な素材の入手に成功した。




