第四十九話 解呪する為の奔走(エドワード視点)
キアラが気を失って、僕は動転した。
やはり何か術の影響だとしか思えなかった。
彼女はいい感じに戻りかけていた。
僕のキスに応えて、何かを思い出そうとしていた。
レスター、本当に忌々しい奴。
卑怯な手を使って彼女を攫い、こんな目に遭わせるなんて。
僕は彼女に回復魔法を掛ける。状態異常があっても、本来ならこれで治る強力な術だ。
だが、おそらくこれでは治らないだろう。
見た感じ、この術は精神操作されている。
つまり、レスターが彼女を操る感じだ。レスターがいない状況下では彼女は自我があり、以前の彼女に近い反応もした。
僕は精神操作系の術は得意ではない。
せめて術の概要が分かれば、解けるとは思うのだが。
大師匠か師匠がいたら、何か分かっただろうか?
僕は術で鳩を作り出し、現在のこちらの状況を書いたメモを鳩の足に付けた。
「行け」
窓からそれを放つ。鳩は光り輝いて、宙にかき消えた。
古典的なやり方だが、普通の伝書鳩と違い、僕の鳩はほぼ一瞬で大師匠の元へ行くだろう。
キースが禁書を手に入れて来るのを、おとなしく待ってばかりもいられない。なんせ僕達には時間がないのだ。
もう昼を過ぎた。
食事は先程運ばれてきたが、食べる気にはなれなかった。
何を仕込まれているか、分かったものじゃない。
僕はベッドの傍に座り、彼女の寝顔を眺めているしかなかった。
顔色は相変わらず良くはないし、食事もあまり摂れてはいない。ただでさえ、細いのにさらに痩せたようだ。
彼女の髪は珍しい色だ。金髪だが、赤みがかって陽に透けるとピンクに見える。
確かに彼女を欲しがる人間は多いだろう。アレクが彼女を密かに守っていた理由が分かる。
これからは僕が守らなければならない。彼女はこれからも狙われ続けるだろう。
王太子妃に据えれば、そう簡単に手出し出来なくなるだろうか?
彼女の額に指で触れて、僕は考える。
レスターにどうやって仕返ししてやろうか?
人質もなんとかしなければ。
あー、本当に何て面倒な。他国の後継者争いに巻き込まれるなんて踏んだり蹴ったりだ。
もう全て壊して、彼女だけ連れて逃げたい。
そうしたい衝動に駆られるが、そんな事をしたらキアラに軽蔑されるだろう。
瞬間、宙からキースが現れて、その場に倒れこんだ。
「キース!?」
背中に深い傷を負っている。一体何があった?
その手には、しっかりと古い一冊の本が握られていた。
これが禁書なのか?
だが本よりもまず、キースの具合が気になる。
僕は直ち回復魔法をかけ、背中の深い傷を塞いだ。
「申し訳ありません、不覚を取りました」
「お前が無事で何よりだ。それが禁書なのか?」
キースは頷いて、本を僕に渡してきた。
「銀狼族の本家で、見つけました。アビゲイル殿の手引きで本家へ忍び込み、拝借してきました。結局見つかって、攻撃されてしまいましたが」
「アビゲイルは? 無事なのか?」
キースは首を横に振った。
「彼女は私を逃がす為に、捕らえられてしまいました。本家の地下牢へ連行されたようです」
アビゲイルは銀狼族の、分家の人間だ。捕まったとしても、きっと殺されはしない。
「彼女は後ほど必ず助ける。それよりも解読が先だ」
僕は本を広げて、早速術の概要を詳しく調べた。
図書室で見つけた本とは、やはり内容の詳細具合が天と地ほど違う。
「これは、魔法薬を併用した精神操作の術だ」
やはり睨んだ通りだった。特殊な薬草を調合して、様々な効果を追加で付け加えたようだ。
「解毒薬がいる」
それも特殊な薬草が必要だった。
魔術師ギルドに数種類はありそうだ。
だが、おそらく全部は揃わない。
「この、月光草とはなんだ? 聞いたことがない」
「それは、この土地独自の花ですね。満月の晩にしか咲きません」
「何だって!?」
だったら、間に合わないじゃないか?
「その花以外の調合を済ませて、ギリギリ間に合わせるしか手はありませんね。式はおそらく、月が完全に一番高い所に昇ってからなので、余裕がある筈です」
「そうか」
この国の魔術師ギルドに、どれだけの薬草が揃っているかは行ってみないと分からない。頼みの綱のアビゲイルは今捕らわれている。先に彼女を救出すべきだろう。
その時、窓から光り輝く一羽の梟が入ってきた。
これは術によるものだ。おそらく大師匠からの返事だろう。
足に付けられていた手紙を取り出して見る。
手紙には、秘術に関して禁書で見た内容と同じような事が書かれていた。だが、こちらには気になる記述が見受けられた。
──満月の晩が明けるまでに解呪出来なければ、永遠に記憶は戻らない。
「何としても、薬を作らないと」
僕は直ちに行動に移すことにした。
ただ、ここに彼女一人を置いていけない。
ロレッタにキアラのことを頼んでも、レスターに押しかけられたら元も子もない。
「エドワード様、少しお待ち頂いても? 助っ人を呼んできます」
「助っ人?」
「きっと、アビゲイル殿の救出にも役に立つかと」
キースはそう言うと、直ちに転移して消えた。
しばらくして戻ったキースが伴っていたのは、数日ぶりに会うアーサーとヴィクターだった。
「げっ、マジで飛んだ」
「あ、エドワード様、お久しぶりです!」
確かにこの二人なら、信頼が置ける。
「なんか、大変なんだって? 急に王太子引き受けたり必死だな、エドワード」
「ああ、必死だよ。まさか人狼どもに結婚邪魔されると思ってなかったからね。今は猫の手も借りたい」
「俺達は犬だけどな」
僕はアーサーを無視して、ヴィクターに向かって指示を出す。
「お前はキアラに付いていてくれ。くれぐれもレスターに近寄らせるな」
「レスター兄上? うへぇ、あの人苦手なんだよな」
ヴィクターもここに戻れば一応王子の身分だ。自由に城内を移動可能だ。
「アーサーはキースと共に銀狼族の本家へ行け。そしてアビゲイルを救い出せ」
アーサーは顔をしかめた。
「俺が行って、素直に返してもらえるのかな?」
「お前はたった今から、魔術師ギルドマスター代行だ。銀狼族は魔術師ギルドと関係が深い。無下には出来ない筈だから、強引にでも押し切れ」
「分かったよ」
僕はさらに付け加える。
「アビゲイルを救出したら、魔術師ギルドへその足で向かい、ここに書かれた薬草を、あったら入手してきてくれ」
僕は必要な薬草の書かれたメモをアーサーに渡した。
「人使い荒いな」
アーサーは不満げに呟く。
「王太子をやらなくて済むんだ。これくらい朝飯前だろ?」
「全部、お前の都合だろ?」
まあ、そうなんだが。
「僕は一度帰国して、ギルドと取引のある商会で薬草以外の材料を入手してくる」
解毒薬の材料は、全て薬草という訳ではなかった。
特殊な獣の肝だとか、干物だとか、鉱石やら様々なのだ。
さすがにそれら全てが魔術師ギルドにある訳がない。
「キースは後で大師匠の所へ行ってくれ。出来れば手を貸して欲しいと」
「分かりました」




