第四話 王子様に喧嘩を売る
一日休みになってしまったので、私は気分転換も兼ねて、庭園の探索へ出掛ける事にした。
王宮内に一般人はまず入れない。この機会を逃す手はなかった。
そりゃ、王子様と結婚すればここにずっと住むのだろうけど。
メイドさん(ドロシーさんと言うらしい)おススメで、私は今バラ園へ向かっている。
十分程歩くと、バラがアーチ状になった見事なイングリッシュガーデンに到着した。
ここ、イギリスじゃなくて、異世界だけどね。
よく手入れされたバラ達が、これでもかと咲き誇る。
あまりの見事さに圧倒されていると、こんな綺麗な所を、たった一人で散歩するのは、もったいないなと気付く。
ソフィがいたら、大喜びしただろう。
みんなは元気だろうか?
このまま家に帰れなくなるのだろうか。
結婚をもし、断ったら? 私はどうなるのだろう?
私は白いベンチに腰掛け、思案に耽る。
正直、王妃様がどこまで本気なのか?
国の存亡の危機に、初代国王の復活を本気で望むなら、私とエドワード様の結婚は避けられないのだろう。
そもそも私達の子供として、初代国王が生まれ変わるなんて。
その子供の、子供自身の魂はどこへ行ってしまうのだろう?
そう考えると何となく嫌な気がする。
私達の子なのに、私達の子でないような?
は! 私もう子供の事考えてる!?
私は赤面して、落ち着こうと深呼吸した。
国の存亡の危機を救う為なら、私の意思など些細な問題なのだろう。
結局、私は流されて結婚に至るのが嫌なだけなのだ。
私が不妊で子供が出来なかったらどうなるのだろう?
元いた世界のように、不妊治療なんて出来ないしなぁ。
その時、アーチの反対側から人の気配が。
私は思わずベンチの裏に身を潜めた。
何となく出くわしたら気まずい気がして。
「そういや、エドワード様の婚約者のエルフって見た?」
「見た見た。赤みがかった金髪の綺麗な子」
私の話をしている!? 別の宮のメイドさん達だろうか。ドロシーさんとは衣装の色が違う。
「まさかエルフを連れ帰るなんてねー、そりゃ、勝てないわ。どこで見つけて来たのかしらね?」
「エルフにしては小柄で、顔も小さくて、華奢でお人形みたいに可愛い子よね。エドワード様の好みってあんな感じだったのね」
「一目惚れらしいわよ」
「あのエドワード様が? うわぁ、なんか意外」
メイドさん達は、バラを数本見繕って帰って行った。
私の事が概ね高評価なのを置いとくとしても、
一目惚れなんて本人から何も聞いてない!!
部屋に戻るとドロシーさんがお茶を用意してくれていた。
ちなみに彼女は王都出身の二十代半ば、実家が織物問屋のお嬢さん。黒髪で背が高い、涼しい目元の美人さんだ。
「バラ園はどうでした?」
「すごく綺麗でした。それよりドロシーさんに聞きたい事があるんです」
「何でしょう?」
「エドワード様が私に一目惚れって本当ですか?」
ドロシーさんはちょっと固まりかけたけど、平静を取り戻して教えてくれた。
「本当だと思いますよ」
ちょっと笑ってドロシーさんは続ける。
「殿下がお嬢様をお連れになった日、側近にルークという騎士がいるのですが、その彼にご本人からそういうお話があったそうで」
「そのルークさんが、噂の元に?」
「いいえ、それは少し違います。正確には、殿下がルークにその話をしているのを、側で聞いてしまったメイドがいたのです。メイド達は噂が大好きです。ですから瞬く間に広まってしまったのでしょう」
私は絶句する。本当の話だったんだ。
「噂が巡り巡って、お嬢様のお耳に入ってしまいましたが、かえって良かったのではないでしょうか?」
そう言って優しく微笑むドロシーさん。
つまり、エドワード様は私を好きって事?
私は耳まで真っ赤になりながら、必死で胸の高鳴りを抑えた。
何でこんなにドキドキするのだろう?
その日の夕方、エドワード様が公務から帰られたら、夕食を一緒にと連絡があった。
どんな顔して会えばいいんだ?
今朝の事も、思い出しただけで恥ずかしくて泣きそうになるのに。
「お嬢様はそのままで大丈夫ですよ。恥ずかしいのは殿下も同じです」
「そんな事ないですよ! あの人はいつも余裕ぶっこいてて、私の反応見て楽しんでるんです!」
「殿下はお嬢様に大変気を使ってらっしゃいますよ? 愛されてる証拠です」
ダメだ。ドロシーさんはエドワード様と私を何としてもくっつけたいみたい。さては、エドワード様の手先か!?
「私はお二人に幸せになって頂きたいだけです」
ときっぱり言い切った。
もうドロシーさんに気を許してはいけない。
「ドレスどれがいいかな?」
「殿下の瞳の色がアイスブルーなので、今日は水色のドレスが良いのではないでしょうか?」
「…………」
私は水色のドレスを選んだ。
別に、これがたまたま気に入っただけだもん。今日は水色の気分だった、ただそれだけだから。
いつものテラスへ行くと、既にエドワード様が席に着いてらした。相変わらず早い。
私に気付いて、彼は手を上げる。
「やあ」
何だかこのやり取り、パターン化してきたなぁ。
「お帰りなさい。早かったですね」
「いいね、新妻にお帰りって言って貰うの」
「誰が新妻ですか?」
「君に決まってる」
私は無言で席に着いた。
朝の出来事を思い出すと、何だかムシャクシャして堪らない。
「今朝の事怒ってる?」
「別に」
私はそっぽを向いて、視線を合わせないようにする。
「キアラ」
ふいに名前を呼ばれて、私は思わず彼を見てしまう。
「背中に湿布を貼ったままだよ?」
「!!」
私は慌てて立ち上がり、背中を確認する。
あ、うーん、見えない、届かない、どうしよう!?
そんな私を見て、彼は俯いて肩を震わせていたけど、とうとう堪えられなくなって、大声で笑い出した。
「嘘だよ。ここから君の背中なんか見える訳がない」
「な、な……!!」
こいつぶっ殺す!! 私は恐れ多くも王子様に対して、思わず下卑な言葉を口にしそうになる。
すんでの所で堪えて、耐える。
こいつやっぱりドSだ!!
みんなその天使のような外見に騙されてるだけだ。
そいつの正体は悪魔だ!!
「可愛いなぁ、君は本当に可愛い」
「エドワード様は、私が好きなんですか?」
もう直球で聞いてやる!
彼は私を射抜くように見つめながら言った。
「好きだよ」
胸がドキンと音を立てた。
「君をいじめるのは、本当に楽しい」
「───!!」
やっぱりそうかい!!
「エドワード様、ちょっと組手の相手をして下さいませんか?」
「え?」
彼の返事を聞く前に、私は彼に飛びかかった。
私は彼の顔面目がけて全力で拳を叩き込む。
彼は咄嗟に左腕で完全にそれを防ぐ。
私はすかさずテーブルの上に乗って、素早い蹴りを繰り出すが、彼はテーブルからひらりと後方に飛んで、私から距離を置いた。
「いいよ、おいで」
彼はシャツの襟を緩めて、髪を急いで一つに纏めた。
私は即席で、結界を張り巡らせ、結界内の物が壊れないようにする。
「お、繊細な結界だ。見事」
「一本取らせてもらいます」
私は両手に魔法で短剣を作り出し、そのまま斬りかかった。
彼も魔法で剣を出し、それで私の攻撃を受ける。
激しい鍔迫り合いに、ぶつかり合った剣から火花が散る。
彼は受ける一方で、攻撃は一切して来ない。
──舐められてるなぁ。
私は蹴りも交えて攻撃をする。
ドレスの裾が邪魔なので、間合いを取って、一気に破り捨てる。
ビリリっと布の裂ける音、後でドロシーさんに怒られるかな。
「綺麗な足が丸見えだ」
エドワード様が私の足を見て唖然と呟く。
「ああ、ドレスが!!」
メイドさん達の悲鳴が聞こえるが、もう私は気にしない。
「お行儀が悪い子は、お仕置きが必要だね」
彼は私の正面に向き直る。
私はテラスの縁に飛び乗って、階下へ飛び降りた。
庭園には噴水がある。
私は噴水の水を冷気で一気に凍らせる。それを一瞬で粉々にして疾風と組み合わせて攻撃を仕掛けた。
相手が怯む隙に私は短剣を、リーチを活かす槍に変化させ、そのまま一直線に鋭い一撃を放った。
瞬間、閃光が走り、視界が奪われた。
私は眩しくて目を瞑り、その瞬間を彼は逃さなかった。
「!!」
私は彼にキスされていた。
永遠のようにも感じる、ほんの一瞬。
「お仕置きだ」
「!!!!!!」
唇を外し、彼が耳元で囁いた。
私は戦意を喪失し、膝から崩れ落ちそうになる。
そのウエストをぐいっとさらって、彼は私を抱き留めた。
そのまま、彼は私の部屋へ転移した。
「反撃してくるなんて」
「反撃しないなんて一言も言ってないよ?」
いけしゃあしゃあとはこのことだろうか?
「その格好はダメだ。足をそんなに出して」
「ドレスじゃ、動けないから仕方ないでしょ!」
エドワード様はちょっと怒りながら、私に言い聞かせる。
「下に降りたら、衛兵たちだってたくさんいる。他の男に見せられる訳がないだろう?」
「え?」
もしかして、私が足を晒したから、反撃したの?
「私の姿を隠す為に、閃光を放ったのですか?」
「そうだよ」
何を当たり前な事を的に、仰った。
私は、はぁーっと長い溜め息をついた。
この人は、何をやっても私の一枚上に行ってしまう。
「もう、降参します」
私は潔く負けを認めた。
「じゃあ、僕のお願い聞いてくれる?」
「そんな約束しましたっけ?」
「僕が勝ったんだから、君は僕の言う事を聞くべきだ」
「うわぁ」
なにその理論。エドワード様はやっぱりイジワルだ。
「君は僕と結婚する。いいね? 異論は認めない」
やっぱりそうきたか。
この人の事だから、ここで拒否し続けても、きっともう無駄なのだろう。もう腹をくくるしかなかった。
私が黙って頷くと、彼は本当に嬉しそうに破顔した。
その笑顔は、まるで少年のようなあどけないもので、私はちょっと面食らった。
こんなに可愛く笑うんだ! 不意打ちだわ、これ。




