第四十八話 思い出す為に
私が目覚めると、傍にエドワード様が眠っていた。
私を看病しているうちに、眠ってしまったのだろうか?
私の婚約者で、お腹の子の父親だという彼。
言われてもいまいちピンとこないが、レスターも否定しなかったし、きっと間違いないのだろう。
緩やかな白金髪が、彼の伏せた顔にかかっている。
固く閉じられた瞼、睫毛も金髪だ。整った顔、相当な美形だ。
こんな美形を忘れるなんてどうかしている。
私の初恋の王子様にそっくりなのに。
でも、どうしても彼の事が思い出せない。
学校に通っていた事は覚えているのに、最近の記憶がすっぽり抜け落ちてしまっていた。目覚めた時に見た夢が、砂のように手からこぼれ落ちて消えてしまうかのように。
どうしても思い出せない。
そもそも私はどうしてここにいるのだろう?
それすらもはっきりしない。
眠っているエドワード様の肩に布団を掛けた。
きっと、そのままでは風邪をひいてしまう。
彼を好きだった? 愛していた?
子供が出来るくらいだから、きっとそうなのだろう。
つまり、私は彼と一線を越えているのだ。
そんな事を覚えていないなんて、やっぱり普通ではない。
妊娠しているという事実も到底信じがたいけど、この体のだるさと何とも言えない気持ちの悪さ、つわりなのは間違いなかった。
彼が目覚めたら、きちんと話をしなければ。
どういった経緯で、こんな事になったのか。
私はおそるおそる、彼に触れてみた。
白金髪の髪は緩やかに波打って、彼の背中まで届くほど長い。綺麗な髪だ。天然でこんなに見事な金髪はなかなかいない。
「ん」
彼を起こしてしまったようだ。
「キアラ、起きてたのか? すまない眠ってしまって」
彼は目をこすりながら、体を起こした。
私は彼をじっと見つめた。
「どうした?」
どう見ても、完璧な容姿だ。やや青白い顔色と相まって、まるで彫像のようだ。
「何か顔に付いてる? そんなに見つめて」
「いいえ。ただあなたの事を思い出したくて」
そう言うと、少し陰を帯びていた彼の表情がぱっと明るくなった。
「思い出せそう?」
「どうしたら、思い出せますか?」
彼は眉根をぎゅっと寄せて目を瞑り、右手の拳を口元に当てて考え込んでいたけど、
「ごめん、これしか思い浮かばない」
そう言って、私の唇に自分のそれを重ねた。
突然キスされて、驚いたけれど嫌ではなかった。
角度を変えて、何度も啄ばむようにされるキス。吐息が漏れて唇を外し、彼が呟いた。
「愛してる」
胸がじんとした。──何この感覚は?
「今、何か変な感じが」
「変、なの?」
その感覚を確かめたくて、彼の襟を掴んで引き寄せ、今度は私から彼にキスをした。
彼はキスを受け入れて、応えてくれる。
「思い出せ」
彼がキスの合間に耳元で囁いた。
「もっと」
私は彼の首に手を回し、夢中でキスを求めた。
何かを思い出せそうで、もう少しで何かが分かりそうで。
「ダメだ、これ以上は」
彼が唐突に体を離した。
「どうして?」
彼はちょっと苦笑いをして言った。
「その、君は妊婦だから、出来ないだろ?」
私は言われて赤面した。そうだ、このままの流れだと……。
そんな私を見て、彼は破顔した。
その笑顔が、少年のようにあどけなくて私は少し面食らう。
「良かった! 目覚めたばかりの君は人形のように感情が感じられなかったけど、今は違う。以前の君のようだ」
「以前の私?」
「笑ったり怒ったり泣いたり、表情が目まぐるしく変わって、僕がからかうと、いつもムキになるんだ」
彼は私を優しく抱き締め、耳元に顔を寄せて呟いた。
「無理に思い出さなくても、また好きになってくれればいい」
また好きに? なれるだろうか?
お腹の子供の為にも、彼と一緒にいるべきだとは思う。
でも、そうしたらレスターはどうなる?
彼はまた一人に?
私は酷い頭痛と目眩がして、立っていられなくなる。
「キアラ!? 大丈夫か?」
エドワード様の私を呼ぶ声が聞こえる。でも瞼の重みにどうしても私は抗えず、また深い眠りに落ちていくのだった。




