第四十六話 奪われた心(エドワード視点)
「エドワード様、どうなりました?」
転移して戻った僕に、キースが心配そうに尋ねてきた。
突然、王太子になってくるなど普通ではあり得ない。
「もちろん、お許しを頂いた。僕はもう正式な王太子だ」
「さすがに王太子直々の訪問となれば、王家も無下には出来ません。堂々と乗り込めますね」
堂々と、律儀に表から訪問する気などさらさらないが。
もちろんキースもそれは分かっている。
「急ぎましょう。リチャードと違い、レスターは危険です。何せ彼は底が知れない」
キースがそう言うのだから、相当ヤバイ人物なのだろう。
襲撃の糸を引き、その裏でキアラを攫った。
僕達は直接王城へ転移した。
着いた場所は、かつてのキースの部屋だった。
部屋は彼がいた当時のまま維持されていた。
子供部屋らしく、玩具などもそのままにされていた。
「レスターの部屋へ行きましょう」
キースの後に続いて、部屋を出る。
他国の城は初めてではなかったが、人狼国はそのどの国とも違って、独特な造りの建物だ。
北方の国なので、やはり寒い。
レスターの部屋の前にいた衛兵達が、僕らの姿を見てギョッとした。
「な、何者だ!?」
「私は、第六王子のキースだ。兄上に会いたいのだが」
ここで言う兄上とは、もちろんレスターのことだ。
衛兵達は、王城を出て久しいキースの顔を覚えていないのだろう。
「キース様、ああ、ヴァレンヌに行かれた王子の一人の」
二人で記憶を確かめあうようにして、確認している。
「急ぎの用だ、早くしろ!」
キースが声を荒げたので、僕はちょっとびっくりした。
こんな彼を見たのは初めてだったからだ。
「申し訳ありません!!」
キースの気迫に押されたのか、衛兵達はあっさり僕らを部屋に通した。
「やあ、意外と早かったね」
部屋に入るなり、中央に置かれた円卓で優雅にお茶を飲む若い男。
銀髪に青い瞳、顔はまあ、かなり整っている。
キースや僕と並んでも遜色ないだろう。
第一印象的に言うと、いけ好かない、だ。
何だかこいつを見て、僕は感じずにはいられない。
同族嫌悪、とはこの事だろう。
「単刀直入に言う。キアラを返して貰おうか」
「兄上、これは許されない事です」
レスターは、僕達の顔を交互に見やって、ふと呟いた。
「キースはともかく、エドワード王子も噂通りの美人さんだね」
僕は女ではないのだが、美人という例えはよく使われる。
「二人とも、姫を守る騎士か。あいにく姫なら眠っているよ? 僕のベッドでね」
僕は直ちに部屋の奥の寝台へ向かう。
そこには、僕の大事なキアラが安らかな寝息を立てて眠っていた。
「キアラ」
名前を呼んでも、起きる様子がない。
僕は彼女を抱き起こし、さらに声をかける。
「キアラ、起きるんだ」
僕はその時、彼女の首のチョーカーが消えていることに気付いた。
「チョーカーがない」
「それなら、私が外したよ」
背後から、レスターが覗き込んで言った。
もう、そんな事をこいつがやったと聞いても、僕はさほど驚きもしない。
「とにかく、彼女は連れて帰る」
僕ば彼女を抱き上げた。そう簡単に帰してはくれなさそうだが。
「彼女はね、眠り姫だよ。彼女の愛する王子のキスでないと目を覚まさない」
「なっ!!」
キースが顔色を変えた。何か知っているのか?
とてつもなく嫌な予感がした。
「キスしてみたら? 彼女に愛されてるなら、目を覚ましてくれるはず」
もちろん、キアラの愛は信じている。
魔王に侵食された僕を諦めないで救ってくれた。
僕の全てを受け入れ、包んでくれた。
何かの罠だと分かっていても、僕はキスする他ない。
彼女の唇にそっと自分のそれを重ねる。
だが、彼女の瞼は固く閉じられていて、目覚める様子はなかった。
「あーあ、やっぱりダメだったか」
「兄上」
キースの咎める声は厳しい。明らかにレスターを責める響きだ。
「姫に何をしたのです?」
「ちょっと、呪いをね。愛する王子にキスされないと永遠に目覚めないという」
僕は、レスターを殴りつけたい衝動に駆られた。
しかし、今はキアラを抱いたままだ。ぐっと堪えるしかない。
「キアラはどうやったら、目を覚ますんだ?」
「だから、彼女の愛する王子のキスだって」
「それはエドワード様では?」
「でも、目覚めないねぇ」
くすくす笑いだして、レスターはキアラの唇に指で触れた。
「彼女に触るな」
「いいけど、このまま目覚めないと、食事も取れないし、衰弱して死んでしまうんじゃ?」
僕は唇を噛みしめる。
完全にこの男のペースに乗せられているじゃないか!
「兄上、彼女を目覚めさせて下さい。方法をご存知なのでしょう?」
キースの言葉に、レスターはちょっと困ったような顔をした。
「やってもいいけど、そこの王子に殺されそう。キース、お前が私を守ってくれる?」
なんて卑怯な奴なんだ? 僕はレスターを睨みつけた。
「エドワード様、我慢を」
僕は仕方なく、レスターを見守る。
彼は僕の顔色を窺い僕が頷くと、ゆっくりキアラにキスをした。
なんて忌々しい! 彼女を他の男に触れさせるなんて!!
僕の我慢の時間がようやく過ぎて、レスターが唇を外すと、キアラの口から吐息が微かに漏れた。
「あっ」
まるで人工呼吸後のように、彼女は意識を取り戻した。
やがて、開かれた深緑の双眸の焦点が僕に合い、発せられた一言に僕は愕然とした。
「あなたは誰?」
「!!」
やがて彼女は僕に抱かれているのに気が付いて、身をよじった。
「降ろして下さい」
それは明らかな拒絶だった。
僕は仕方なく、ゆっくり彼女を降ろす。
「キアラ、おいで」
レスターが彼女の名を呼んだ。
彼女は彼を見て、ぱっと表情が変わった。
「レスター!」
そのまま彼の胸に飛び込んだ。
あり得ない光景に、僕は声も出ない。
「兄上!!」
キースの厳しい声に、キアラが驚いて身を竦めた。
レスターはそんなキアラを優しく抱き締めたまま、不敵に笑った。
「彼女の王子は私のようだ」
「彼女は僕の妻だ」
僕は静かに言い放った。心の内側から、行き場のない怒りが溢れて、変わりそうになる。
今の彼女の前で、姿を変える訳にいかない。
「では、誰の妻なのか、彼女自身に聞いてみよう。キアラは、誰の妻になりたい?」
「それはもちろん、レスター、あなたよ」
彼女は一体どうしてしまったのか。
だがその答える声は、感情が消えているかの様に抑揚がない。
「キアラ、君のお腹の子供の父親は僕だ。そいつじゃない」
彼女は、僕をまるで軽蔑するかのような冷たい目で見た。
かつて彼女がそんな目で僕を見たことなど一度もない。
「あなたが何を言ってるのか分からない。お腹に子供がいるの? 私に?」
妊娠している事実すら覚えていないのか?
「キアラ、お腹の子供は私が責任を持って面倒を見る。だから安心して?」
「やっぱり妊娠しているの? この人の子なの?」
完全に僕を忘れた目だった。なぜ僕の子をその身に宿しているのかすら分からないみたいに。
「彼はエドワード王子、ヴァレンヌの王子だ。君の元婚約者だよ」
「元じゃない。婚約は解消してない」
「エドワード様? 私はあなたを思い出せない。ごめんなさい」
彼女はそう言って、レスターの腕に手を回し、僕から視線を完全に背けた。
レスターはそっと彼女の背中に手を添えた。
完全に勝ち誇ったかのようなレスターの顔。
僕は憎しげにそれを見つめる他なかった。
「申し訳ないけど、帰って貰えるかな? 彼女は体調が優れない。元婚約者とはいえ、この訪問は公式なものではないだろう?」
レスターの態度が急に悪くなる。
彼女が自分に付いているので、いい気になっているのだろう。
「王太子でもない、他国の王子が、大手を振って歩ける場所ではないんだよ、ここは」
攫っておいて、彼女にこんな仕打ちをしておいて、どの口が言うか?
「エドワード様は、れっきとした王太子です。失礼な態度はおやめ下さい」
キースがすかさずレスターを注意する。
レスターは、その言葉に一瞬目を見開いた。
「へぇ、王太子に? どういう風の吹き回しだい?」
「お前らに舐められたからね。たかが一王子だと。僕はそんなもの、本来どうでもいいんだが。権力にしがみついて、くだらない争いをしてるお前らに、僕の気持ちなんか分かりっこないだろうが」
僕ば冷たく言い放った。こいつにこんな話をしても不毛なだけだが。
「はははっ、権力に興味ないくせに、女一人の為に自分を曲げたんだ。愛の力か、凄い凄い」
レスターはキアラの髪に顔を埋めた。
「でも、その愛しの彼女は簡単に心を手放した。さて、これからどうするのかな?」
「彼女を離せ」
もう一秒足りとも、奴に触れさせたくなかった。
僕ば、彼女を無理にレスターから引き剥がす。
「痛いっ、離して!」
抵抗する彼女を、無理に腕の中に閉じ込めた。
じっとしていない彼女は、隙を見て僕の腕から逃げようとする。羽交い締めにして、完全に動きを封じた。
「大丈夫だから、動かないで」
耳元で囁く。彼女はようやくおとなしくなった。
「強引だと嫌われるよ」
「お前が言うな」
僕はそのまま彼女を子供のように抱き上げ、部屋を出ようとする。
「待った! そのまま帰ってしまうと、大変な事になるよ」
まだ何かあるのか? 僕はもううんざりだった。
レスターの指示で、一人の少女が部屋に入って来た。どこかで見覚えがあるような?
「太陽の君? 私です、魔法学校で実習の時にいた」
脳裏に浮かぶ顔と一致して、僕は彼女を完全に思い出した。
「なぜ君がここに?」
「それが、キアラ様の専属の侍女に任命されまして」
レスターが、話に口を挟んで来た。
「彼女はね、人質なんだ。キアラのこの国での唯一の友人らしいから」
「人質?」
レスターは彼女の首を示す。忘れもしない、キアラに付けられていたものと似たチョーカーだった。
「キアラの物と、効果は違う。ロレッタに付けられている物は、キアラがこの城を出た途端、彼女の命を奪う物だ」
僕は背筋が凍るようだった。
キアラを逃すまいと、つくづく姑息な手段を取りやがって!
「僕らの式は、明後日の満月の晩だ。二人だけでひっそりと行う予定だったけれど、せっかくだから、あなた方も招待しよう。それまでに彼女の心を、記憶を取り戻せたら、ロレッタの呪縛も解いてあげてもいいよ」
レスターはクスクスと笑った。
「エドワード王子、私と勝負しよう? 勝った方が堂々とキアラの夫になるんだ」




