第四十四話 再会に隠された罠
目覚めると、どこからか侍女が数人現れて、私の着替えを手伝った。
華やかで緩やかな、薄いピンクのハイウエストのドレス。刺繍の柄も鮮やかだ。
衣装はやはり独特なもので、中国の時代劇で見るような感じに一番近い。結構重ね着しているので、寒くはない。
黒狼の村もそうだったけど、どこか東洋の雰囲気が感じられるんだよな。
このまま後宮に入れられてしまったら、二度とここを出ることは許されないとか。そんなのたまったものじゃない。
レスター王子は、とっくに部屋からいなくなっていた。
ただ単に隣で眠って、特に何かされた訳ではなさそうだった。
悪びれた様子がないから、あの人。
リチャード王子とはタイプが違う。本当に怖いのはレスター王子の方だ。あの人は、何を考えているのか分からないところがある。そう、まるでエドワード様みたいに。
あ、似てるんだ少し。人をちょっと馬鹿にしたような態度が。
私はぶんぶん首を振る。エドワード様はあんなんじゃない。あんな風に卑怯な手で私を攫ったりしない。
それにしてもここでは皆、人狼な人達なのだろうけど、完全に人の姿をしていた。黒狼の村では、耳や、尻尾を出してる人もいたのに。
洗顔や歯磨きもゆるゆる済んで、やがて食事が運ばれてきた。あんまり食欲がないのに。
しかし、驚くことに匂いのきついものは一切なかった。口当たりの良さそうな一口でつまめそうなおかず。さまざまな種類が並んでいた。果物やサラダもあった。
「食べられそうなものだけ、どうぞ」
これは、私の体調に配慮された献立なのかなあ?
これを指示した人物のことを考えると、やっぱり腹が立つけど。
完全な悪い人ではない?
でも私を攫った人だ。しかも村のみんなを危険な目に遭わせた。気を許してはダメだ。
私は食べられそうな物だけを口にした。お茶も美味しかった。
「食事は済んだ?」
背後から響く、爽やかな声。
私は振り返って、睨みつけた。
「何かご用ですか?」
「そんな邪険にしないでおくれよ。こっちはあなたの為に色々と動いているのに」
「何を?」
「ふふっ、内緒」
うわっ、最悪だ。
「母上が、会いたいそうなんだ。これから来るけど大丈夫?」
「来る? ここに?」
レスター様はニコニコしながら頷いた。こういうところも似ててなんかムカつく。
会ってどうするというのだろう?
こんな妊婦の私を息子の嫁にしたい親がどこにいるのだ?
「王妃様が参られました」
本当に来た!
キースさんを呪ったという張本人。顔を見てやる。
侍女を伴って部屋に入って来たのは、薄い紗の衣を顔にかけた銀髪の夫人だった。私が着ているような豪華な紫色の衣装を身に纏い、悠然とした態度だ。ていうか、顔分かんない。
「あなたがエルフの姫ですか?」
「はい」
「レスターがわざわざ黒狼から攫ってきたとか。いえ、元々他国から攫われたのでしたね」
値踏みするような視線を感じ、私は気分が悪くなる。
「ここの衣装もよく似合ってますね。そういえばあなたは既に妊娠しているとか?」
「ええ、夫がいますので」
「おろしなさい、と言いたいところですが、まあ良いでしょう。あなたの血を引くというだけで価値があります。子の父親も賢者だとか」
私はもう我慢ならなかった。酷いやり方で私を無理矢理攫ってこんなところにまで連れてきて!
「あの、これは重大な国家問題に絡む問題ですよ? 私の夫がきっと黙ってません。戦争になっても良いのですか?」
「戦争にはなりませんよ、その為に貴国にかつて王女が嫁いだのです。王子は次期王太子、あなたの夫が王太子を辞退しなければ、こんなことにはならなかったかもしれませんね」
王太子を辞退したから? そんなことって。
「我々人狼は優勢遺伝ですから、貴国の王もいずれ人狼ということになりますね」
完全に馬鹿にしている。
「私の夫は、その気になればこの国さえ簡単に滅ぼすことが出来ますよ?」
「それは脅しですか? おお怖い」
「母上、それは本当ですよ。エドワード王子は魔王です」
レスター王子が口を挟んだ。
「何ですって!?」
「先日覚醒したみたいですよ。白狼族のお嬢さん方が確認しました。本人達に直接聞きましたから、間違いありません」
え、どういう事?
私はレスター王子を振り返った。
「不思議そうな顔をしてるね。もちろん白狼族のお嬢さん方とは何もないよ? 私はあくまで、襲撃の際にたまたま居合わせたのでお助けしたまで」
「まさか、婚姻話を破談になるように仕向けたのも?」
彼は、あらぬ方向を見て呟いた。
「はて? 何のことやら」
全部今回の事は、この人の手の平で踊らされていた事だったのか。
私は首のチョーカーに触れる。これを外せるのはリチャード王子だけだ。
今、力が使えたら! 自力でこんな所、脱出出来るのに。
そこで、私の指はもう一つの石に触れた。
あ、エドワード様のネックレスも付けていた!
と、いうことは、きっとエドワード様は私がここにいることをもう知っている?
きっと助けに来てくれる。
ここは王城で、入るのは容易ではないかもしれないけど、必ず助けに来てくれる。
「まあ、姫がこちらの手にある限り、魔王といえども簡単には手が出せません。あなたは婚姻の準備を急ぎなさい。取り急ぎ、先に簡単な式を挙げてしまえば良いでしょう」
「分かりました」
やばい、早く逃げなければ結婚させられてしまう!
王妃は部屋を出て行き、私はレスター王子と取り残された。
「さて、楽しみだな。あなたの花嫁姿」
「私達の結婚は、基本シンプルだよ。本来は満月の晩に、一族身内のみで慎ましい式を挙げる。でも私は王族だから、後ほど派手な式を挙げることになるけどね」
「絶対嫌です」
レスター王子はちょっとムッとした表情で、
「あんまり素直じゃないと、卑怯な手を使わざるを得なくなるから、イヤイヤ言わないでくれる?」
卑怯な手って何だろう?
「ああ、そうだ! その首のチョーカーだけど私は外し方を知っているよ?」
思いもよらない話に、私は驚愕する。
「え? リチャード王子だけが外せるんじゃ?」
「そんな曰くつきのアイテムさ、一体どこから手に入れたのかな? 明らかに秘術を施してあるよね」
「ま、まさか?」
レスター王子は、ふふっと思わせぶりな笑い方をした。
「私のお願いを一つだけ聞いてくれたら、それを外してあげよう」
「取り引きしようと言うの?」
私は彼を睨みつける。
「そんな怖い顔をしないで。でも、君は力を取り戻したら、転移魔法でここから逃げてしまえるだろう? 逃げないって保証を付けてからかな。さあ、連れてきてくれ」
レスター王子は、最後は部屋の外に向けて声を掛けた。
すると護衛に連れられ、一人の少女が入ってきた。
黒髪の猫耳に、私と同じようなチョーカーの付けられた少女。まさか?
「ロレッタちゃん!?」
「あ、先輩! いえ、キアラ様!」
久しぶりの再会だった。あんな形で学校を去ってしまったけれど、唯一あの場で仲良くなれた娘だったから。
「まさかこんなところで会えるとは」
「ごめんね、色々事情があって」
私達は久々の再会に、しばし話が弾んだ。
例の事件の顛末も話すことが出来た。
それをずっと眺めていたレスター王子が、とうとう痺れを切らして、
「悪いけど、姫と二人で話があるから、席を外してくれないか?」
「分かりました」
ロレッタちゃんは部屋から出て行ってしまった。
「彼女をあなたの専属侍女に任命するよ。あの首に付いてる物は、あなたが付けている物と似たような物だけど、ちょっと違う」
「何だと言うの?」
「あなたが逃げたら、彼女が死ぬ。シンプルだろ?」
彼は何でもないことのように、ちょっと笑って言った。
私は血の気が引いた。この人は何て怖いことをさらっと言えるの? 人として、何かが欠如している?
「どうする? 彼女の首輪はどっちにしろもう機能している。とりあえずあなたのは外しておく? 逃げなければ力は使いたい放題だけど」
私は少し考えたけど、彼女の首輪を外すまでは、どうせ逃げる事は出来ない。
「これを外して」
「じゃあ、お願いを聞いてもらおう」
彼は私に近付いて、顔を覗き込んだ。
「お願いって何?」
「簡単なことだよ、私にキスして欲しい」
またそんな事を!
でも、リチャード王子とのしがらみを外せるなら、外すべきだろう。
私は意を決して、レスター王子の頬に軽くキスした。
「ダメダメ、もちろんここにだよ」
彼は笑って、唇に指を当てる。
やっぱり頬じゃダメか。
私は仕方なく、彼の唇に自分の唇をそっと重ねた。
途端、唇を舌でこじ開けられ、口の中に何かを押し込まれた。
一瞬の甘味を感じ、それは口の中でさっと溶けてなくなった。
何かを飲まされた?
吐き出す暇さえなかった。
「何? 何を飲ませたの?」
「ふふっ、内緒だよ」
彼はそのまま小さな鍵を取り出して、私の首のチョーカーをいとも簡単に外した。
「これで、リチャードの呪縛からは逃れられたよ」
やっぱりこのチョーカーの出所は、彼だったんだ。
「どうやって、リチャード王子にチョーカーを?」
「そういった曰くつきのアイテムってさ、たいがい闇での取り引きなんだけど、元々こういった秘術を施して、流通させてるのってウチなんだよね。あとは息のかかったブローカーが介するから、どうにでもなってしまう」
元々作った人だったって反則過ぎる。
「さて、そろそろ効いてくる頃かな?」
「?」
突然、視界がぐにゃりと歪む。
猛烈に襲う眠気に、私は抗うことが出来ない。
レスター王子が、体を支えるのが分かったけど、拒否することも出来ない。
彼が私を横抱きにして、ベッドに運ぶ。
この頃はもう意識が朦朧として、されるがままだった。
いつもありがとうございます。
終わりまであと十話ちょっとあります。
修正しつつ毎日更新していきますので、よろしくお願いします。
夜にもう一話更新予定です。




