第三十四話 魔王の逆鱗(エドワード視点)
大師匠から連絡があったのは、式の予定時刻を大幅に過ぎた頃だった。
予定時刻を過ぎても、王宮に戻って来ない彼女に痺れを切らして、迎えに飛ぼうかと思っていた矢先だった。
キアラが何者かに攫われたと。
その言葉を聞いた瞬間、僕の体中の血液が沸騰してしまうかと思った。
同時に背筋に悪寒が走り、不安で堪らなくなった。
僕の命よりも大事な存在。
「エドワード!!」
大師匠が、僕の部屋に大股で早足で入って来た。
「大変な事になった。私が付いていながら!! 申し訳ない」
「大師匠のせいではありません。攫った相手が悪いのです」
大師匠は親指の爪を噛みながら、忌々しそうに地団駄を踏んだ。
「こんな時にあれだが、キアラは懐妊している」
「!!」
「お前にまだ言うなと止められていてな。つわりもあって、体調もあまり良くない」
そんな!! キアラが妊娠? 僕の子供が?
「攫ったやつを追跡します。どうせキアラがいなければ、結婚式など出来ません」
僕は意識を集中して、彼女が付けているであろうネックレスの魔力を辿る。
──しかし、魔力はとても身近に?
「これの事だろう?」
チェーンの千切れた水色の宝石の付いたネックレス。
大師匠がしっかりと握っていた。
「相手は賢い奴のようだ。催涙ガスも、魔力が込められていて、時戻しの術での確認も難しかった。どうも一枚上手のようだ」
なんて事だ!!
そんな用意周到にキアラを攫うなんて。
「一体何が目的なのでしょう?」
「人質とは、考えにくいな。キアラ本人が欲しいのでは?」
彼女は自覚があまりないようだが、小さく華奢で可憐な美少女だ。単に容姿だけだとしても、狙う輩は多いだろう。
僕から彼女を奪うなんて、余程死にたいのだろうか?
この期に及んで、まだそんなバカな真似をする奴がいるなんて。
「──いいだろう。そっちがらその気なら」
僕は不敵な笑みを浮かべる。大師匠が引きつっているが、僕は気にはしない。
「どんな手を使っても、彼女を取り戻す」
僕はまず、キアラが攫われた現場に飛ぶ。
催涙ガスの残り香から、僅かな魔力を感じだ。
「賢者であるキアラを狙った者に間違いはなさそうですね」
「どうも私は浮かれ過ぎていたらしい。この体たらくだ」
大師匠は自嘲的に笑った。
「キアラは私の娘同然だ。絶対に救わねばならぬ」
「もちろんです」
「この木は、全部見ていた筈ですね」
僕は意識を集中して、大きな木の幹に手を置いて、ここで何が起きたかを、情報として得る術をかけた。
脳裏に浮かぶ。キアラと大師匠、キアラの叔母の三人。
キアラは、白いドレスを身に纏い美しかった。そのキアラが黒ずくめの男達に囲まれて、催涙ガスを撒かれて瞬く間に意識を失っていく様。
男達の服装は、目出しになっていて、人間なのか亜人なのかも一目では分からない。
もっと、もっと情報を寄越せ!
微かに香る、香のような匂い。催涙ガスの残り香とはまた別の。
どこかで、嗅いだことのある香りだ。どこで?
「人狼だ」
無意識に呟く。
人狼が好んで使う香が、この香りだ。アーサーの宮で、人狼国から来た人間と会った時に嗅いだことのある香り。
とにかく人狼が絡んでいるのは間違いなさそうだ。人狼の事なら、アーサーやキースに確認すべきだ。
もちろん奴らが攫う訳ないが。
僕は大師匠に向き直る。
「どうも人狼が絡んでいます。僕はこれからアーサーとキースに会って来ます」
「アーサーとは、人狼の弟王子か。私も行こう」
僕達は、そのまま月宮へ飛んだ。
「アーサー!! キース!!」
宮は相変わらず閑散として、誰もいない。
その静かな空間に響く、僕の呼び声。
「キース!!」
キアラが来ない時点で、式は延期してある。
親族であるアーサーとその親族で護衛でもあるキースも式には出席予定だったが、延期の報せで宮で待機していた。
「エドワード様、どうなされたので?」
厨房から出てきたキースが、驚いた顔でこちらを見ていた。
「式は延期と聞きましたが? 何かトラブルでも?」
「キアラが何者かに攫われた」
「!!」
「人狼が絡んでる。何か思い当たることはないか?」
キースは顔色を変えた。
口元に手を当て、考え込んでいる。
「これは憶測でしかありませんが、本国の後継者争いに巻き込まれたかもしれません」
「後継者争い? 王太子がいるのでは?」
キースは首を横に振る。
「あくまで便宜上、長男がそう称しているだけで、実際の後継者は、一番能力の高い者がなるものなのです」
それを聞いて、僕は真っ先に思った。
「それならお前じゃないのか?」
賢者の僕らにも匹敵する頭脳と、三属性持ちのキースに勝てる人物など早々居るわけない。
ただえさえ、頭の固い脳筋種族(失礼!)なのに。
「私にはとても」
「おいおいおーい、俺そっちのけで深刻な話してんなよ」
アーサーが奥の部屋から出てきた。
「何やってる、アーサー」
「キアラが攫われたって一大事じゃねーか。そこのちびっ子は誰だ? エドワードの隠し子か?」
大師匠が僕の背後からひょっこり顔を出した。
「誰が隠し子だ! 失礼な犬だ」
大師匠がアーサーにげんこつをかます。
「イテッ!! 何すんだこのクソガキ!!」
僕はアーサーに麻痺のかかる術をかけておとなしくさせた。
「この方は賢者の一人、僕の大師匠のルシア様だ」
「初めてお目にかかります。キース・チェスター・ローウェルです」
キースが膝をついて礼をした。
「そなたの事は、エドワードやキアラからよく聞いている。我らに次ぐ術者だと」
「いえ、滅相もございません」
「謙遜するな。今、そなたとこうして対峙しているだけでも、その能力が高いのが分かる」
昔から、キースはどうも自己評価が低すぎるのだ。
実際、魔法アカデミーでも、彼ほど優秀な生徒は居なかったと、教授に聞いた。僕はもちろん前年の首席だが、態度がなんせ悪かったので……。
「姫が攫った相手が、人狼なのは間違いないのでしょうか?」
「直接攫った奴らが人狼かどうかは分からない。しかし、指示を出した、もしくは依頼した人間が人狼だと僕は考える」
キースは目を閉じて考え込んでいる。
「エドワード様、姫が攫われた場所へ連れて行っては下さいませんか?」
キースは琥珀色の目を輝かせた。
「変化して、匂いを辿ってみます」
キースを連れて、再びエルフの森へ。
僕達は、ちょうどキアラが攫われた場所に立っている。
キースは目を閉じて、意識を集中し体を変化させる。
人狼の変化を直接見ることはあまりない。
一匹の大きな黒狼が、脱げた衣服の上に現れた。
「ほう、綺麗な犬だな!」
「だから狼ですって」
大師匠に軽くつっこんで、僕はキースと目線を合わせた。
「どうだ? 匂いを辿れそうか?」
キースは辺りの匂いを一通り嗅ぐと、僕達を振り返って見た。
この姿になると、口が利けないらしいのだ。
一見ただの狼になってしまう。
キースは付いて来いと言わんばかりに走り出す。
「これを使おう」
大師匠が懐から式を取り出した。
それが大きな熊に変化する。
「なんで熊に?」
「森の熊さんなのだ」
僕には大師匠がたまに分からない。キアラは気が合うようだけど。
僕達は熊の背に乗って、キースの後を追った。
キースはかなり走り続けた。途中何度も匂いを確認し、迷う素ぶりも見えたが、やがて、辺境の町外れの一軒家の前でようやく止まった。
廃墟ばりに荒廃しているが、建物の中で人の気配がした。
キースが僕の足元にやって来て伏せたので、持ってきていた彼の衣服を掛けてやる。
瞬く間に人の姿に戻り、彼は慌ててそれらを身につけた。
「失礼しました」
「いや、相変わらずいい体してるな!」
キースは赤面する。いや、そういう訳じゃないって!
僕もそうだが、彼もただの術者ではなく、本来の気質が戦士のそれなのだ。魔法よりも剣を振るう方が本当は好きだったりする。それで彼とは気が合うのかもしれなかった。
つまり、僕も彼も、身体の強化を怠っていないという事で。
「おい、怪しい奴らが酒盛りしてるぞ」
大師匠が小声で言った。窓から家の中を覗き込んでいる。
僕も窓から中を窺った。
柄の悪そうな男が十人ほど、酒を飲んで楽しく宴会を開いている。
「姫は、あいつらが攫ったに間違いありません」
「キアラの気配は感じない。別の場所に移したのか?」
「そうかもしれませんが、あいつらから聞き出せば早いかと」
僕は再び怒りがふつふつと沸いてきた。
僕のキアラを攫い、どこかへ売り飛ばしたかで得た報酬で酒盛りしているなんて。断固として許せん!!
「あ、あいつら死ぬぞ」
大師匠がボソッと呟くのが聞こえたが、もう僕の怒りは止められなかった。
家のドアを一気に破壊した。一階の半分が吹っ飛んで、野ざらしになった。
男達が、皆唖然とした表情でこちらを一斉に見た。
「な、何者だ?」
「僕の顔に見覚えはないのか?」
僕は婉然と笑った。出来るだけ悪魔的に。
「女みたいな綺麗な兄ちゃんだな」
「そ、その髪色、まさか太陽の君!!」
「確か賢者じゃなかったか?」
僕は手前にいた男二人の喉元を掴み、一気になぎ倒した。
男達は床にめり込む形となって、昏倒した。
「ば、化け物だ!!」
「僕の妃をどこへやった? 言わなければ全員殺す」
僕は出来るだけ笑顔で対応した。仮にも王子だから。
「ひぃぃ!! 助けてくれーーー!!」
パニックを起こして、家の外へ走り出した男の背に、そこらに転がっていた壺のような物をぶん投げた。
見事に命中し、もんどり打って男は動かなくなった。
「さあ、早く言った方が身の為だぞ?」
手に付いた埃を払いながら、倒れた男の背を踏みつけた。
「そんな細い体で、どこからそんな怪力が? 何かのトリックだろ?」
「トリック? そんなものなのかな?」
僕は男の背をさらにぎゅっと踏みつけた。ボキボキっと嫌な音がした。
「ぐああああっ!!」
「さあ、僕は気が短いんだ。早く言わないと、こいつの背骨が全部折れてしまうぞ?」
「ひぃぃ!!」
僕は面倒になって、その場にいた全員の首を水の術で縛り上げた。宙吊りになった男達は、皆声にならない悲鳴を上げた。
「さあ、キアラはどこへやったんだ? 早く言え」
「わ、分かった、いう、言うから、降ろしてぐれ」
根負けした男の術を少し緩めて、僕の前に落とす。
「え、エルフの姫は、人狼の王子の所だ。確か第四王子」
男は呟いて、せせら笑った。
「……だがもう遅い、今頃姫はもう」
僕は男の顔面を、無言で何度も拳で打ち付けた。
返り血が飛んで、僕の白いローブに赤い染みを付ける。
「やめろ、エドワード!! それ以上やると死んでしまうぞ」
大師匠の厳しい声が飛ぶ。
別に死んだって僕は構いやしないのだが。
男達は、僕の攻撃の手が止まると同時に、一目散に逃げて行った。
僕は怒りが収まらないので、半壊した家を一瞬の業火で焼き尽くした。
燃え盛る炎の前で、僕はそれを忌々しく眺める。
「よく、堪えた。殺してしまうかと」
顔色を悪くした大師匠が溜め息をついた。
「まあ、あいつらは自業自得だな。魔王の逆鱗に触れたのだから。それにしても、お前は天性のサドだな」
「キアラによく言われます」
「それより確か第四王子は──」
確認の為にキースを振り返ると、真っ青になって彼は物凄い勢いでその場で土下座した。
「申し訳ありません!!」
「キース?」
「第四王子は、我が血を分けた実の兄、リチャードです。どうか私を殺して下さい」




