表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/58

第三十話 闇との対峙

 私達は、一路彼の元へ飛んだ。

 説得とは言ったものの、変貌した彼に何と言う?

 消える瞬間の彼の顔が目に浮かぶ。


 やっぱり彼を諦めたらダメだ。


「あそこにいる」


 アレク様が指差す先、すっかり瘴気の晴れた山の山頂。

 長い漆黒の髪をなびかせる人影。

 下界の景色を眺めているのだろうか?


 私は彼に近付いて行く。背中に向かって声を掛けた。


「エドワード様」


「瘴気が晴れたね」


 彼は振り向かず、そのまま口を開いた。

 別れ際には、まだ本来の髪の色が残っていたのに、今はもう完全に黒く染まってしまっていた。


 彼はそれから黙ったままだ。


 私は言葉をなんとなく掛け辛くて、そのまま傍に立っていた。


「僕を封印しに来たんだろ?」


 唐突に彼が口を開いて、私は彼を改めて見つめた。


「異界の口が閉じたのを、ここでずっと見ていたからね。次は僕を殺すか、もしくは封印しにくるか」


「エドワード様!」


「僕にはもう還る場所がない」


 彼は、ここでようやく私を振り返った。

 その双眸まで漆黒。まるで別人のようだ。


「異界に追放されている限り、斃れてもその魂が天に還ることは赦されないし、かといって異界に還るのも叶わない。肉体も朽ち果てる事も出来ず、土に還る事も出来ない」


「まさか」


 この喋り方は、間違いなく彼だ。

 でも、このどうしようもない違和感は?

 髪や瞳の色のせいだけではない。


「ふふふ」


 彼が肩を震わせて笑う。


「騙されたか? この体に馴染むのにそう時間はかからなかったぞ」


 その背からは黒い大きな翼が生え、こちらを振り返った表情はもう私の知る彼のものではなかった。


 これが魔王と呼ぶべき本来の姿なの?


「この内から溢れる魔力。そしてこの者は本来、我らに近しい性質だ。真似することも容易い」


 私は思わず後退りする。


「さあキアラ、こっちへおいで」


 優しく私を呼ぶ声なのに、まるで違う。


「キアラ、下がって」

 

 アレク様が、私を庇うようにして彼に対峙した。


「お前、ひょっとして俺を殺したあの忌々しい奴か?」


「だとしたら?」


「これは傑作だな。俺を殺し、瘴気が撒かれる元凶を作った本人が、また俺を殺すのか? 理を崩して」


 理? 何の事だろう?


「天に背いたお前が、聞いたような口を利くな」


「何とでも言える。闇はおとなしく光の影になっていれば良いのだ」


「いつも明るい場所にいるお前らに、俺の何が分かる? 理だからと暗い場所に押し込められ、未来永劫そこに居続けねばならぬ苦しみを。外を、光を求めて何が悪い?  お前に殺され、永遠に朽ちる事も叶わずに、屍体を晒し続け、瘴気を生み出す苦しみを、お前らなどに決して分からぬだろう?」


 その時私はこの闇の化身が、ずっと理不尽な苦しみに耐えてきたことを知った。理だからと強要され、歯向かえば天に背いたとされ、殺されたのだと。


 そして殺されても天に還ることも赦されず、土に還ることも許されないなんて。


 何という苦しみ、何という闇。


 彼の屍体から生み出された瘴気は、きっと彼自身が受けてきた長い苦しみの一つなのだろう。


「どうすれば? どうすればあなたを救えるの?」


 彼が私を怪訝そうに見つめる。


「お前に何が出来る? その身を捧げるか? それとも喰われるか?」


「キアラ、危ないから下がって」


 アレク様は覚悟を決めたように、その手に光輝く剣を生み出した。


「それで、俺をまた殺すのか。そうはいかんぞ」


 そう言うと、魔王はその手に大きな鎌を作り出した。禍々しい瘴気を帯びている。


「この体は若く、素晴らしい。そう簡単には負けぬぞ」


「戯言を」


 二人は同時に攻撃し、激しい打ち合いになる。

 私はただ、彼らの戦いをじっと見守る事しか出来ない。


 一進一退の攻防で、どちらが優勢とも取れない互角の戦いだ。


 私はこんな時なのに、二人の戦う姿に目を奪われていた。

 白と黒の羽根が、二人が激しく斬り合いながら飛び交う間に舞い散り、いくつも落ちていく。


 下界に広がる雲海の上、まるで神々の戦いを繰り返しているように。


 やがて、二人の激しい術がぶつかり合って、逸れたものが私の頬をたまたま掠めた。


「キアラ!」


 私に攻撃が当たり、心配したアレク様がこちらへ飛んできた。


「大丈夫か?」


 その背後に鋭い攻撃が飛び、翼を貫いた。彼は地面に叩きつけられる。


「アレク様!!」


 そこへ続く容赦のない激しい攻撃に、私は咄嗟に結界を張る。

 それは一回で割れてしまったが、何とか直撃は防げた。

 私の力ではこれが限界だ。


「やるじゃないか」


「背後を狙うなんて卑怯者!!」


 私は魔王を睨みつけた。


「先にお前を殺すぞ?」


 残忍さの滲み出るような、不敵な笑み。

 狂気しかない闇の双眸。


 彼がゆっくり近付いてくる。


「キアラ、逃げろ!!」


 アレク様は、まだ動けないようだ。

 私は動く事が出来ない。

 彼の目を真っ直ぐにただ見つめる。


 暗い暗い闇、澄んだ本来の色はどこにもない。


 でも、いるんでしょう、そこに?

 私の首に下げたネックレスから、懐かしい魔力を感じた。


 私はミスリルの短剣を握りしめた。

 これで刺せば、でも、私にはそんな事はどうしても出来ない。


「またそれか。刺せるものなら、刺してみろ」


 私の首元に鎌の切っ先が触れた。


「殺すにはいささか惜しいが、お前を殺した方が、この体の持ち主も、諦めがつくだろう」


 ──殺される!!


 ぎゅっと目を瞑った瞬間、アレク様が私達の間に割って入って、攻撃を防いだ事を知った。


「危ないから、下がって!!」


 激しい攻撃をかわしながら、私にここから離れるよう促す。

 私はそれでも、彼から目を離すことが出来ない。


 すっかり変わってしまった彼。本当に彼は消えてしまったのだろうか?


 否、彼が簡単に消えてしまう訳がない。

 いつも私をからかい、意地悪したり軽口を叩く彼。

 それでも、やっぱり私には優しい彼。


 私が止めなければ、だれが止める?

 殺すにしろ、封印するにしろ、それは私が望む結果ではない。


「エドワード様!!」


 私は、戦う二人の前に躍り出た。


「来るな、キアラ!!」


 アレク様の厳しい声が飛ぶ。

 私はその彼の前に立ちはだかる形で、もう一度彼と向き合った。


「なんだ? その身を捧げる気なのか? それともやはり殺されたいか?」


「私は死にたくはないけど、身を捧げると言うのなら、そうなのかも」


 魔王の表情がぱっと変わった。


「玩具として、嬲ろうか? それとも可愛がってやろうか?」


「どちらでも。あなたの好きにすればいい」


 魔王の指が私の頬に触れた瞬間、


「キアラ、下がって」


 アレク様の静かな声が響いた、

 それはすごくゆっくりに見えた。


 私の横をすり抜けた剣は、真っ直ぐに彼を刺し貫いた。


 一瞬何が起こったのか分からず、私は呆然とそれを見ていた。


「このまま彼ごと封じる。下がって」


 ようやく、状況が理解出来たのは、

 私の目の前で、膝を折る彼の姿を見たから。

 深々と彼の胸に突き刺さる光り輝く剣。

 無情にもその切っ先から血が滴り落ちる。


 私は悲鳴を上げた。

 アレク様が私を抱き竦めて、彼から引き離した。


 彼は、魔王に向かって何か呪文のようなものを詠唱する。


 光の剣はその形を失い、魔王の体を光り輝き覆い尽くした。

 徐々に姿が消えていく。


「イヤーーーーーーっ!!」


 私はアレク様を振りほどいて、彼に縋り付いた。


「エドワード様、エドワード様!!」


「泣くな、これでいい」


 彼は少し笑った。

 その笑い方はいつもの彼だった。


 私は彼を力を込めて抱き締める。

 私は彼を失いたくない一心で祈った。


「ダメ、あなたを失えない。たとえどんな姿でも、あなたでなくなって、もう魔王そのものだとしても、私のあなたは一人だけだもの」


 私の体も同じように光り輝いた。

 私も一緒に封印される? 彼と一緒なら、何も怖くない。


「永遠に一緒にいましょう」


 ──その瞬間だった。

 何か体の奥から、暖かい光が溢れて私の全身を満たした。


 私の体がより光輝いて、あたりが目を開けていられないくらいに真っ白になった。


 何なのこの力は?

 ただ、この力なら彼を救えると確信があった。


「封印を打ち消した!?」


 アレク様の驚愕する声が響いて、私は目を開けた。

 私の腕の中に倒れる白金髪(プラチナブロンド)の髪、青白い顔。


「エドワード様!」


 彼を抱き起こして、必死で呼び掛けた。


「エドワード様、しっかりして!!」


 彼は固く目を閉じていたけど、やがてその瞼が少し動いた。

 良かった、生きてる!


「アレク様、エドワード様が」


 アレク様が、エドワード様の脈を確かめた。


「気を失っているだけだ。じきに目覚める」


 服は血で染まっていたが、胸を刺し貫いた傷は跡形もなく消えていた。


 一体何が起こったのだろう?


「キアラ、君が放った光は天の力だ」


「天の?」


 私は首を傾げた。


「しかもより強い力で、彼の中の魔王も同化させてしまった」


「え、消えてないんですか?」


 アレク様は頷いた。


「消えてない。ただもうエドワードと完全に同化してる。私と同じように」


 アレク様は、私をまじまじと見つめた。


「なるほど、そういうことか」


 え?  何が?

 彼は勝手に何か納得したようだった。私には訳が分からない。


「そのうち、分かるよ」


 彼は優しく笑って言った。


「うーん、何をごちゃごちゃ話してるんだ?」


「エドワード様、気が付いた?」


 私は彼の顔を覗き込んだ。

 まだ顔色は悪いけど、瞳の色もアイスブルーに戻っていた。


「良かった本当に。もう本当に死んじゃうかと」


「僕も死ぬかと思った」


「エドワード、すまなかった。私は君を殺すところだった」


 やっぱりあれ、殺す気だったの?


「魔王を弱らすには、ああするしか。弱らせてそのまま封印する気だったんだ。私の中の力では、あれが精一杯だった」


 けれど、エドワード様はちょっと嬉しそうだった。


「仕方ない。アレクの手に余る相手なんだろう? 僕は」


「そうだね」


「僕の方が強い」


 アレク様は頷いた。


「そうだよ、君の方が強い。でも一番強いのはキアラだ」


 え、私?


「君は最後までエドワードを諦めなかったろう? だからじゃないかな?」


 私の中から溢れた光。あれはそう簡単に出せる力じゃない。


「魔王ごと受け入れようとした。だからエドワードと同化までさせた」


「エドワードごと封印しようとした私と、魔王ごと受け入れようとした君、どちらが強いか明白だ」


 アレク様はちょっと笑った。


「エドワード様、本当に魔王と同化したんですか?」


「みたいだね。しかも自在に力も振るえそうだ」


 エドワード様が、名実ともに魔王になった瞬間だった。

 この人、本当に筋金入りのチートキャラだ。


「さあ、ルシア様達も心配して待ってる。ここに長居は無用だ」


 私達は、全員無事にエルフの里に帰還を果たした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ