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第二十九話 天使の降臨

 再度整えられた祭壇の間で、私達は儀式の準備に余念がなかった。

 前回はあんな事になってしまい、上手くいかなかったけど、今回は絶対に成功させないといけない。


「天使を降臨させたら、正直そなたの意識がどうなるか分からぬ。顕在意識として残れるのか、詳しい記録が残っていないのだ、すまぬな」


 特殊な魔法陣の中に立つアレク様にルシア様が謝る。

 私とお師匠様はルシア様が儀式を行うのを見守る形だ。

 初代国王の事があるので、少なくとも降臨の際にすぐさま本人の意識がなくなるとは思えないんだけど。

 そもそも同化する事自体、想像が付かない。


「お師匠様、精霊王や天使って、全く別のモノなんですよね?」


「そうじゃ。元々はどちらも異なる異界の者達。我らの片親は、己の肉体に近いものを持ち、依り代なしで呼べるが、天使はそもそも人の姿すら持たないし、しかも存在も一人という訳ではない。だから降臨の際には、器となるべき人間が必要なのじゃ」


「どうして、魔力を持たない人間にしか降ろせないのですか?」


 私にはそこがずっと疑問だった。


「魔力とは精神の力だ。魔力が膨大な程、精神力が高い。その一方で、魔力を持たないという事は、受け入れる器が空という事。それだけ膨大な精神体の存在を受け入れ易いという訳じゃ」


「魔力がない=精神力がないって事ではありませんよね?」


 精神力のない人間は、そもそも人間ですらないだろう。


「よくは分からぬが、師匠は色に例えておったな。精神力がないと言うより、真っ白なのだと。だから魔力がない、使えないんだと」


 なるほど! 私は相槌を打ちながら、ルシア様が最後の手順を終わらすのを見ていた。


「我らの精神の力は、半神だけあって様々な色で染まっておるそうじゃよ。虹色に見えるのだと」


 私にはまだそこまで見る事は出来ない。修行が足らないわ。


「我らは元々の精神力が、人の持つそれと半端なく違う。代替の玉を使ってエドワードが魔王をその身に移せたのは、精神力という器が物凄く大きいが故じゃ」


 お師匠様はなおも続けて説明してくれた。


「色を持たないアレクと違い、エドワードには様々な精神の色がある。おそらく魔王をその身に受けても己を保っていられたのはその為じゃろう」


 そうだったんた。私はようやく納得出来た。

 しかし、それでもいずれは完全に乗っ取られてしまうんだ。

 だから彼は私達の前から姿を消した。


「元々アレクは色こそないが、精神力の高さではワシ達より上かも知れぬ。人の身に生まれながら、あれは本当に特別な存在なのじゃ。だからワシはあれを弟子に取った」


「魔王を降ろしたアレク様に、さらに天使を降ろそうとしたのは、それだけ膨大な精神力があったから、という訳ですね?」


「その通りじゃ」


「ちなみに魔王は己の肉体が異界で滅びぬが故に、精神だけの存在になっておる。天使と事情が似ているのはその為じゃな」


「そろそろ始めるぞ」


 ルシア様の声に私達にも緊張が走る。

 アレク様は私達のに背を向ける形で、祭壇に対峙していた。その表情はここからでは窺い知れない。


 ルシア様の手には白く透明に輝く、掌大の結晶石が。


 彼女が何か呪文のようなものをぶつぶつ唱え始めると、それはあっと言う間だった。


 床に描かれた魔法陣が光り輝き、結晶石の光と一つになって、部屋中に光りが広がった。私は目を開けていられず、目を閉じて、光が収まるまでじっとしている他なかった。


 そして、ようやく目を開けた時、私は驚愕を隠せなかった。


 魔法陣の中央に立つ、アレク様の背には白い大きな翼が生えていたからだ!


「……天使だ」


 この世界で天使はどういう認識か知らないけれど、私の元いた世界では間違いなくあれは天使と呼ぶものだろう。


「大丈夫か? アレクよ」


 ルシア様の問いに、彼ははっきり答えた。


「はい、大丈夫です」


 私は安堵で胸を撫で下ろす。

 今のところは、アレク様のままのようだった。


「その、精神はどうなっておるのだ?」


 彼は自分の胸に手を当てて、静かな口調で言った。


「ここにいます。ちゃんと感じる事が出来ます」


「精神を乗っ取られはせぬか?」


「それは大丈夫です。魔王の時とは全く違います。私達は完全にこの体の中で共存出来ています」


 これにはルシア様とお師匠様も顔が綻んだ。


「それで、エドワードのことを助ける事は出来るのか?」


 正直、この件に関しては他力本願と言ってもいいくらい、私達に打つ手はなかった。


「エドワードよりも、まず霊山の異界への口を断ちます。瘴気をどうにかするのが先です」


「可能なのか?」


 ルシア様の問いに、彼は頷く。


「では、任せる」


「ここでお待ちを」


 そう言うなり、彼は瞬く間に消え去った。転移魔法!?


「私の結界をものともしないか。さすが光の」


 ルシア様が自嘲気味に笑う。


「ルシア様、エドワード様はどうなるのです?」


「落ち着け、キアラ。アレクの帰りを待ってからだ」


 私はずっと気になっていた事がある。そもそも天使はどうやって彼を救う気なのか?

 異界で死んだ魔王は、ルシア様によれば天使に殺されたのではなかったか?


 考えたくない考えに行き着く。ずっと考えないようにしていたのに。


 彼にもしもの事があったら、私はどうすれば。


「やっぱり様子が気になる。ワシはちょっくら見てきますぞ」


「好きにしろ」


 お師匠様が部屋を出て行く。


「ルシア様、大丈夫ですよね」


 部屋に二人取り残され、私達はただ待つ事しか出来ない。


「きっと上手くいく。信じて待つ他ないが、待っているのも暇だな」


 そう言うルシア様は、指で宙に円をなぞる。

 なぞった軌跡が光り、モニターのようにある風景を映し出した。


 これはエドワード様も使っていた術だ!


 遠目に黒い靄のかかった山が見える。これがユナハ山?

 辺りの空もドス黒く染まっている。禍々しい気がここからでも感じられた。


「この靄が全て瘴気だな」


 異界への口が閉じれば、この靄が晴れるのだろうか?

 私達はただじっと画面に見入っていた。


「ここは、元々火の山だ。今は活動していないが、おそらく異界の口は、かつて火が噴き出した場所。我が父、火の精霊王が好んで降りた場所だな」


「ルシア様は一体おいくつなんですか?」


「私か? 千くらいといったところか」


 うわ、さすがエルフ。


「それじゃあ、我が国の建国くらいに?」


「そうだな、一応私は建国後の生まれだ。初代国王から数十年程後だったか。なんせ当時幼かったからな、詳しい事はわからん。ただ、人の世に伝わる伝承だけは、歪曲されたものだと言っておこう」


 その時、画面に動きがあって私達はそれに注目した。

 突然空が、雷が落ちた時のように光ったのだ。


 そして、徐々に黒い靄が薄くなっていくのが分かった。

 数分もするとどす黒かった空も、まるで霧が晴れるみたいに抜けるような青空へ変わった。


「ルシア様!!」


「ああ、上手くいったようだな」


 私達は歓喜の声を上げた。

 異界の口は無事に閉ざされたのだ。本当に良かった!!


「終わりました」


 その声に私達は揃って振り返った。

 静かに佇むアレク様。いつの間に!?

 やっぱりどこか雰囲気が変わったみたいだ。


「異界への口は閉ざしました。あれは魔王が斃れる際に、残した疵が時間をかけて開いたもの」


「二度と開くことのないように消しておきました」


 何でもない事のようにさらっと言って、彼は笑う。

 その笑い方がエドワード様そっくりで、私は否応なしにでも彼の事を考えざるを得ない。


「よくやってくれた。それで立て続けに頼んで悪いが、エドワードはどうするのだ?」


 ルシア様がやや食い気味に問うと、アレク様はやや間を置いて、


「魔王を殺すのは容易です。しかし、エドワードは殺せません。彼の体から何とかして、魔王を引き剥がす必要があります」


「私はお前に天使を降ろして、体の中で魔王を追い払って貰うつもりだったのだ。その手はもう使えぬな?」


「ええ。私は天使と同化しています。もう離れる事は叶いません。外部から私が強引に力で引き剥がす事は可能ですが、おそらくそれだとエドワードの身が保ちません」


 ええ!? だったらどうすればいいの?


「封印が相応しいかと」


「封印だと!?」


 ルシア様が目を見張る。


「それしか手はありません。しかし──」


 アレク様は、私を悲しげな眼差しで見つめた。


「エドワードごと、です。彼ごと封印する他ありません」


「!!」


 そんな事をしたら、エドワード様とはもう。

 私はショックで言葉を失う。


 ルシア様はやるせない様子で、壁に手を付いた。


「それしか手はないのか」


「申し訳ありません」


 世界を救う為に、彼を諦めろと?

 そんな事って、あんまりだ。


「ダメです。それはダメ」


「キアラ」


 ルシア様が私を宥める。私は首を横に振った。


「私、彼に会います」


「何を言っている?」


 ルシア様が私の肩に手を置いて、揺さぶる。


「彼に会って、説得します!」


 アレク様は、その気になれば簡単に彼を殺せるのだろう。

 だったら、私が彼を説得して、止めるしか方法はない。


「では、彼の元へ送ろう」


 アレク様が静かに、声を発した。


「エドワード様の居場所が分かるんですか?」


「魔王と私の中のものは、相反する存在だからね。互いの居場所くらい、手に取るように分かる」


「危険だ!! キアラ」


 ルシア様が必死で私の腕を掴む。それでも私は行かなければならない。


「行きます」


 意思の固い私を見て、ルシア様は渋々諦めてくれたようだ。


「では、これを持っていけ」


 それはあのミスリル銀の短剣だった。


「いざという時はそれで刺せ」


 私はただそれを強く握りしめた。

 これで、彼を刺すなんて。私にはとても無理だ。


「最悪、そなたが何とかしろ、アレクよ。キアラは必ず守れ」


「分かりました」


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