第二十七話 闇の化身
里に戻ると、ルシア様は慌てて祭壇の間がある部屋へ向かう。
エドワード様達は先に向かっている筈だ。
「祭壇の部屋へ直接転移出来ないのですね」
「結界があるからな。普段の里もそうだが、今は特別に結界を緩めてある」
確かに、直接エルフの里へは転移出来ない筈だった。
一刻を争うので、ルシア様の英断だ。
「イワン、精霊の降臨を見た事があるか?」
「水の精霊王の時に、一度だけですかの」
それって、まさか?
「エドワードの父を喚ぶ際か。やはりお前が手を貸したのか」
「王妃は優れた水の術者じゃが、やはり一人では無理じゃった。ほんの少しだけ、手を貸した次第」
ルシア様は、強気に微笑んだ。
「私も二度目だが、おそらく光は今までとは勝手が違うだろう。だが、必ずやり遂げようぞ」
その時、先の部屋から物凄い轟音が響き、私達の足元が大きく揺らいだ。大樹が揺れるのが分かる。
「何事だ!?」
私達は慌てて、歩を進めた。
しかし、祭壇の間に入った私達が目にしたのは、衝撃の光景だった。
これは何?
漆黒に完全に染まった長い髪が揺れている。
その右手の釣り上げられた先、首元を掴まれてぐったりと動かないエドワード様の姿。
闇の化身がゆっくりとこちらに振り向いた。
──その双眸は完全な闇。
私は声にならない叫び声を上げた。
ルシア様が、彼に飛びかかるが、あっさり吹き飛ばされて壁に体を打ち付けられ、倒れた。
その懐から、何か玉のような物が床に転がり落ちた。
「ルシア様!!」
「下がれ、嬢ちゃん!! 逃げるんじゃ!!」
お師匠様が、私を逃がそうと盾になってくれる。
でも、この状態で一人で逃げられる訳がない。
「その娘は、俺のモノだ」
私はただ、闇の化身、魔王と化したアレク様を見つめた。
目を逸らす事は出来ない。逃げる事は出来ない。
「お願い、みんなを傷付けないで」
床に倒れこんで動かないエドワード様。
生きているのか、死んでいるのかも分からない。
ルシア様は、気を失っているだけのようだ。
彼にもしもの事があったら、私は生きてはいけないだろう。
暑い訳でもないのに、背中を汗が伝う。
「こちらへ来い」
私に手招きをする。
「嬢ちゃん!!」
お師匠様の制止を無視して、私はゆっくり彼の元へ進んだ。
彼の目の前で立ち止まり、その顔を振り仰いだ。
「私はどうなってもいい。でもみんなには手を出さないで」
魔王は、掛けていた眼鏡をゆっくりと外した。
それを片手で握って粉々に砕き、もう片方の手で、私の顎に触れた。
ヒヤリと冷たい感触に目を瞑ると、そのままキスをされた。
「ここは気分が悪くなる」
そこで私は思い出す。以前、私はどうやった?
「もう一度して」
「!」
魔王は、私の顔を凝視した。
「そんなに俺とのキスが良かったのか?」
「ええ。だからもう一度」
私は彼の首元に手を回し、精一杯背伸びをして自分からキスをした。
そしてありったけの魔力を流し込む。
──元に戻って、お願い!!
しかし私の願いも虚しく、魔王は私のキスを受け入れながらも、全く変わらなかった。
私の魔力では足りないの?
どうしよう?
そのまま抱き寄せられ、彼が呟いた。
「残念だったな。お前如きの魔力では、もう俺には叶わない」
こいつ、分かっててキスを受けたんだ!
「アレク様!! 聞こえてますか? しっかりして!!」
私は必死に彼に呼び掛けた。体を乗っ取られていても、聞こえていると彼は言っていた。
「そんなものはもういない」
私は頬を叩かれ、床に倒れこんだ。
口の中で血の味が広がった。
倒れた先のすぐそこで、エドワード様が倒れている。
話は彼に手を伸ばした。
指先がわずかに触れる。
私は自分の命を削る思いで、回復魔法をかけた。
もう魔力はほとんど残っていない。効果があるのかどうかもら分からない。
次の瞬間、私は後ろ髪を掴まれて引っ張り起こされた。
「痛っ!」
「余計な事をするな」
私は彼に再び引き寄せられ、闇の術でがんじがらめで動けなくされた。
「さて、こいつらを片付けるか? どうする?」
魔王は、倒れたエドワード様を踏みつけながら、婉然と微笑んだ。
「お願い、殺さないで」
私が悲痛な声を上げると、彼は面白がった。
「それはお前次第だな。おとなしく、俺のモノになるか?」
「なるから、おとなしくするから、その人を殺さないで!!」
私の身がどうなっても、彼が生きてる方がずっといい。
彼がいない世界など、考えられない。
たとえ、もう二度と彼と会えなくても、彼が生きている方がずっといいのだ。
私は涙が溢れて、何も見えなくなる。
嗚咽を繰り返し、ただひたすら懇願した。
魔王は、私の懇願をおとなしく聞いていたけど、やがて私の方に向き直り、体を引き寄せてこう言った。
「場所を変えよう」
この部屋では転移魔法は使えない。
彼は私を連れて、この部屋を出ようとした。
その時だった。
「キアラを泣かせていいのは、僕だけだ」
振り向くと、エドワード様が魔王のすぐ背後に立っていた。
その手は背中に、何かを刺している?
「なっ!?」
背中に刺さる銀の柄。あれはミスリルの短剣!?
魔王が膝を付いた。
背中に深々と刺さる短剣は、自分では抜けない場所だ。
みるみる血の染みが広がっていく。
「アレク様!!」
あんなに血が出たら、アレク様が死んでしまう!!
私の呪縛が解け、私はエドワード様に駆け寄る。
「エドワード様!!」
彼は私を一瞬だけ抱き締めて、魔王に注意を戻した。
「エルフ特製の聖別されたミスリル銀の短剣だ。お前の弱点でもある」
ずっと様子を見守っていたお師匠様が、すかさずルシア様に駆け寄って回復を試みた。
ルシア様はすぐさま意識を取り戻した。
彼女はこの状況を見て、
「まずいぞ、このままでは封印も光の天使の降臨も叶わん」
そんな!? どうすればいいの?
魔王の髪が、白く戻り始めた。
「ああ、髪が!?」
「まずい」
ルシア様が厳しい声を上げる。
「アレクがこのまま死んだら、その体は完全に朽ちる事も叶わず、永劫に瘴気を撒き続ける事になるぞ!!」
つまり霊山に開く異界の向こうにあるとされる、魔王の元の体のように?
「キアラ、よく聞くんだ」
エドワード様が私の肩を抱きながら、静かに口を開いた。
「僕がこれからどうなっても、決して悲観しないで」
「え?」
訳が分からず、私はエドワード様の目をただ見つめた。
「必ずアレクを助けるんだ、いいね?」
そう言うと、エドワード様は何か玉のようなものを、膝を付いて苦しむ魔王へ向けた。
玉は光り輝き、エドワード様と魔王の両方を包むかのようにして広がっていく。
私は眩しくて目を開けていられず、光が収まるまで動けないまま、じっとしている他なかった。
やがて、ようやく目を開けると、静かに立ったままのエドワード様と、床に完全に倒れこんでいるアレク様が見えた。
「エドワード様!!」
駆け寄ろうとする私に、
「僕に近付くな!! 早くアレクを」
背中を向けたまま、こちらを振り向きもしないで、エドワード様がアレク様を助けるように促した。
お師匠様達と、アレク様をエドワード様から引き離すようにして助け起こすと、完全に闇の気配は感じられなくなっていた。
お師匠様がそのまますかさず回復魔法をかけ、アレク様の傷の治療に専念する形に。
ルシア様はその間もなぜかエドワード様を睨みつけていた。
「この大馬鹿者め!!」
一体どういう事なの?
「師匠、大師匠、キアラを頼みます」
そう言った途端、彼の髪がみるみる漆黒に染まっていく。
──まさか!!
「エドワード様!!」
もう一度彼を呼ぶ。彼は最後に私を振り返り、優しく笑ってそのまま転移魔法で姿を消してしまった。
この部屋で転移魔法は使えない筈じゃ?
なぜエドワード様の髪が黒くなって? 消えてしまったの?
頭の中が状況に追いつかない。
「エドワードはその身に魔王を移したのだ」
ルシア様が忌々しげに、説明を始めた。
「あれは代替の玉。相手の厄災などを、別の相手が引き受ける、レアアイテムだ」
「エドワードは、あれをワシの家で何度も見ている。効果はもちろん知っておったであろう」
そういえば、ルシア様が保険でと言っていたあの玉だ。
「最悪、どうにもならぬなら、私の身に降ろすつもりだった。私が一番年長ゆえ、いつ死んでも後悔はないし」
それで私達が知る必要はないと仰っていたのね。
「エドワード様はどうなるのですか?」
ルシア様は少し考え込んでいたけど、ゆっくりと口を開いて言った。
「ミスリル銀の短剣は、おそらく奴の精神にも深い傷を負わせた。闇の瘴気に触れて、回復を促す筈だ。行き先は霊山だ」
「結局、体を乗っ取られてしまうのですか?」
要点はそこだった。エドワード様は少なくとも、消える瞬間まで彼のままだった。
「我々半神は、神に近い存在。元々、ああいう類と同調しやすいのだ。たとえエドワードとはいえ、時間の問題だろう」
そんな!!
「アレクはもう大丈夫じゃ。一命は取り留めたぞ」
お師匠様が続けていた回復魔法で、アレク様の頬に赤みが戻ってきていた。良かった!!
エドワード様にアレク様を助けろと言われた以上、彼の事をしっかり見ないといけない。
「とりあえず、アレクを別の部屋へ移そう。ここはもう、結界が消し飛んでしまっている」
ルシア様に言われて気が付いた。確かに結界が綺麗さっぱり消えていた。
「さて、策の練り直しだ。状況はいささか厳しくなってしまったぞ」
いつもありがとうございます。
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明日も頑張って更新しますので、
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