第二十六話 作戦開始
食事を済ませた頃に、私達はシエルさんから呼ばれて、再びルシア様の元を訪れた。
「祭壇の準備は済んだ。光の結晶石は、大樹の中心に安置してあったから、魔力は充分補給されている。あとはアレクサンダー本人をここに連れてくるだけだ」
「では、そろそろ出発ですか?」
「まだだ。イワンが戻って来ていない」
そういえば、お師匠様の姿が見えない。
「師匠はどこに?」
「少々、野暮用を頼んだ。まあ保険だな」
ルシア様にはまだ何か、作戦以外の考えがあるようだ。
「お前達は知らなくていい。作戦に専念しろ」
そう言われると気になるけど、ルシア様の様子からして、教えてはくれなさそうだ。
やがて、私達が談笑していると、ようやくお師匠様が戻ってきた。
「やれやれ、師匠は人使いが荒い。わしは年寄りなのに」
これにはルシア様がすかさず返した。
「私の方が年寄りなのだが? 何を言っている小僧」
小僧って、ルシア様は一体いくつなんだろう?
「それで? あったのか?」
「ありましたぞ。本当にこんな物で?」
お師匠様はルシア様に丸い玉のような物を渡した。
何だろう? 気になる。
「使い方は私しか分からぬ。そなたらに説明も面倒だから、今は気にしなくても良い」
そこまで言われたら、これ以上は聞けないな。
エドワード様も気になるようだけど、さすがに大師匠のルシア様にこれ以上詮索は不可能のようだった。
とにかく作戦に集中するしかない。
「全員揃ったところで、そろそろ行くぞ。一気に飛ぶから、皆、酔うなよ?」
そう言うと、ルシア様は宙から長い錫杖を取り出して、それで床をトンと一回突いた。
瞬く間に私達は転移して、見知らぬ町の真ん中に立っていた。
突然現れた私達に、道行く人達の視線が集中する。
こ、これはちょっとマズイのでは?
「何だ? ここは村外れの何もない原っぱだったのに」
ルシア様はキョトンとしている。
「それだけ時が流れたのですよ」
すかさずエドワード様が転移魔法をかけた。
私達は再度移動して、今度はあたりには誰もいない路地裏だ。
ルシア様はちょっと不満そうに、
「最初からそなたに任せれば良かったかの」
ここはどうやら、霊山へ辿る際には必ず通る宿場町の一つだった。今は立ち入りが禁止されている山も、昔は信仰の対象で、参拝する人々がこの宿場町をよく利用していたのだ。
今は、魔物退治で生計を立てる冒険者の集まる町になっているようだった。
「ここで待っていれば、必ずアレクサンダーと会えるだろう。計算通りなら、今夜はここで宿を取る筈だ」
「宿もたくさんあるようじゃが?」
確かに。結構大きな町だし、待ち伏せすると言っても簡単にはいかないだろう。
「目星を付けた宿に見張りの式を置こう。これで見つかる筈だ」
さすがルシア様だ。便利な技を知っている。
私達は町の地図を入手し、宿のいくつかにルシア様が式を置いた。
「あとは私達がどこの宿に泊まるかだが」
ルシア様は久方ぶりの外界に、ちょっと興奮気味なようだった。ていうか、私達ははたから見たらかなり変わった一行だ。
「アレクに先に気付かれたら、逃げられる可能性があります。僕達も、ある程度は身を潜めないと」
「冒険者を装うのが良いじゃろう。冒険者ならばエルフが混ざっておっても不自然ではない」
エルフの森が閉ざされてから、外界にエルフの姿はほとんど見なくなったが、わりと有名な冒険者のパーティにエルフがいると聞いたことがあった。
「そうと決まったら、冒険者に見えるように、いろいろ買い揃えなくては!!」
そう言うと、彼女は大通りに向かって走って行ってしまう。
ちょ、ルシア様!!
私達は慌てて彼女の後を追い、マーケットまで移動した。
「結構、盛況ですね」
マーケットは食材から、あらゆる物が溢れていた。出張販売なのか、武器、防具すら売っている。
人狼国のマーケットとはまるで規模が違う。
私達はまず見た目をどうにかしようと、冒険者らしい衣装を買い揃える事にした。
元々、エドワード様は愛用の白いローブ、私は貴族令嬢が普段着るような上質なピンクのワンピース、お師匠様は一般的なそこらのおじさんが着ている上下に、完全に引きずっているモスグリーン色の長衣のルシア様。
エドワード様はどう見ても魔術師で通るけども。
私達はちょっと、なあ。
「僕も買わないとダメだ。白いローブは魔術師ギルドでも最上位にしか許されないものだ。これを着ているだけで、たぶん僕だとすぐバレる」
でしょうねぇ。何せあなた目立つから!!
私達は吟味して、それぞれあくまで自然な冒険者に見えるように買い物をした。
みんなの装備をそれなりに揃えると、結構お金が掛かったけど、全部エドワード様が支払った。
さすがは王子様と言うべきか。
この人達、値札すら見ない上、無駄に良い物をチョイスしてくるんだもの。私は内心ヒヤヒヤだった。元が庶民だから。
私達はお店の奥の部屋を借りて、買った物に着替えを済ませた。
全員が納得する格好に着替えた所で、私達は改めて顔を合わせた。
「!!」
お師匠様はどう見てもドワーフ族の戦士だ。大きな戦斧を背中に背負っている。
ルシア様というと、これはもう何とも可愛らしい猫耳ローブ姿の魔術師だ。
そして私は、弓を背中に背負った狩人をイメージしてみた。簡素で動きやすい服装を選んだ。もっともエルフらしい格好だけども、つばの反り返った大きな帽子で、エルフ耳は見え辛くなっている。
そしてエドワード様はというと、
鎧姿で、どう見ても騎士様なんだけど?
青いマントが格好良すぎでしょ? しかもクッソ似合ってて腹立つ。
逆に目立つわ!!
いや、それ普通に売ってるやつじゃないよね? 軍で支給されるようなやつだよね? お城の偉い将軍が着てるようなやつだよね、それ。
「買ったんですか、それ?」
「いいや」
エドワード様は宙に手を伸ばして、何もない所から、ポイポイと色々と取り出す。
「!!」
あ、それさっきルシア様が錫杖を取り出してたのと同じ!!
「僕の倉庫がわり。異空間に色々しまってある」
そんな技があるなら、最初から教えてよ!!
「エドワード様、さすがに目立ちすぎですよ、その格好は」
私達は目立ってはいけないのに。なまじっか似合い過ぎなばかりに、周囲の注目を浴びてしまっている。
「貰ったはいいけど、一度も着たことなくて。騎士なんてほら、普段やらないから」
そりゃ、やらないでしょーよ!!
あなた王子様で賢者だもの。
私はエドワード様に、もっと地味な衣装に着替えるように強要した。
彼は不満げだったけど、渋々応じる。
「エドワードがキアラの尻に敷かれておる」
「鬼嫁じゃぁ!!」
誰が鬼嫁だ!? 私はお師匠様達を軽く窘めて、周囲を警戒した。
──さっきから、感じる視線。
興味本位で見る感じではない。
「気付いたか」
ルシア様が厳しい顔で、私の隣に並んで囁いた。
店の奥から着替えて出てきたエドワード様は、結局いつものローブ姿だ。ただし色は紺色に変わっている。
「魔術師ギルドの一般的な制服。この格好なら、そこらにうじゃうじゃいるから、文句ないだろ?」
「しっ」
私は自分の唇に人差し指を当てて、彼に目配せした。
私達が勘づいている事を、気付かれてはまずそうだ。
エドワード様は厳しい表情で、あたりを見回した。
そして小さく囁いた。
「どうやら、目立ったかいがあったみたいだ」
え!? ワザと目立つようにしたの?
ルシア様が錫杖を軽く振った。シャラシャラと遊環の音がして、あたりの空気がちょっとだけ変わったように感じた。
「何をしたんですか?」
「我らに興味を持った者に、ちょいと仕掛けを施した」
どんな仕掛けなんだ?
それにしても、ここに見えるだけでも相当な人数がいるのだけど。
「我らを見て避ける者がおる。それがおそらくは──」
アレク様なの!?
彼なら私達の姿を見れば、すぐ気付く。
お師匠様とエドワード様と私。ルシア様とは面識がないだろうけど、私達は三人が一緒にいるだけで、何をしに来たか、きっと気付いてしまうだろう。
「素直に応じてはくれんかのぉ」
お師匠様が呟く。
せっかくアレク様を助けに来たのに、避けられて逃げられては堪らない。
「こちらの意図を理解してくれたら、早いのでしょうが」
「あいつはもう、闇の精霊王を降ろした時点で、諦めておるんじゃろう。祖母にそのように仕向けられた。可哀想な奴じゃ」
エドワード様と違って、アレク様は真面目な方だから。
ホント、エドワード様なら、絶対諦めないんだろうな。
ルシア様は目を閉じて、ちょっと集中していたけど、急に目を見開いて声を上げた。
「見つけた! こっちだ」
そのまま人混みを縫って走り出す。私達は慌てて後に続いた。
「イワン、お前は反対方向から回り込め」
「了解じゃ」
お師匠様は抜けた路地の反対側へ向かう。
私達はルシア様の後に続き、入り組んだ路地裏に出た。
「この先だ、エドワード、お前が先に行け」
彼は頷いて、凄い速さで走り出す。
さすがに私の足では追いつけない!!
「エドワードに任せよう。我らは退路を断ちながら進めば良い」
ルシア様は、路地裏に通じる道全てに式を飛ばした。
これで袋小路になる。
やがてルシア様と二人で追いついた先、路地裏の奥で。
エドワード様と対峙する長身の人物。
黒いフードを深く被り、ここからでは顔が分からない。
「エドワード様!!」
声をかけると、彼は私達を振り返った。その表情は微妙だ。
私達はその人物に詰め寄った。
フードから覗く髪の色は白金髪だ!
「アレク様!!」
私の声に彼が反応した。
エドワード様が、彼のフードを払って顔を露わにする。
「!!」
その変貌に私達は驚愕した。
毛先の方こそは白金髪だけれど、大部分が漆黒に染まってきていた。
「見つかってしまったな」
少しやつれた彼に、私は涙が溢れた。
「アレク、僕達はお前を救いに来たんだ」
「どうやって? 殺してでも止めるか?」
アレク様は自虐的に笑う。
ルシア様が一歩前に出て、アレク様を見上げた。
「そなたがエドワードの兄弟子だな? 私はルシアだ」
「まさか、師匠の?」
ルシア様はフフンと笑った。
「そうだ。そなたは賢いと聞いている。私達がそなたを助けに来た意味が分かるか?」
アレク様は目を閉じて、ちょっと考えていたけど、やがて小さく頷いた。
「闇の力では、根本の解決にはならん。そなたが犬死にするだけだ。共に来い、アレクよ。私達には秘策がある」
「分かりました」
とりあえず良かった!!
私はほっと胸を撫で下ろした。
途端、アレク様が体勢を崩し、膝を付いた。
「大丈夫ですか!?」
私が彼に駆け寄る前に、エドワード様が彼を助け起こした。
「急いだ方がいい。侵食が思ったより早い」
そう言いながら、エドワード様がアレク様に肩を貸して支えた。
アレク様はだいぶ顔色が悪い。
「エドワード、アレクを先に連れて里へ戻れ」
彼は頷くと、そのまま転移した。
残った私達は、お師匠様と合流してから後を追う。




