第二十一話 エルフの森へ
「ここがエルフの森?」
エルフの森は、西の町外れに広がっている。
こんなに町に近い場所にあったの?
「ここは入り口の一つに過ぎないよ。たぶん中は異空間だ」
暗い森は固く閉ざされていた。
本当にここの内部に入れるのだろうか?
「普通は森に入ってもただの森で、エルフ達の住む空間へはどうやっても辿り着けない。封印がかかってるんだ」
私達は森の奥へ向かう。すでに陽は傾きかけている。
エドワード様が、手を伸ばして私の手を握った。
彼の手はいつもヒヤリと冷たいが、その冷たさが私を落ち着かせた。
カラスの声が響いて、何だか不気味だ。
あたりには霧が立ち込めている。
それが道を進むたび、どんどん濃くなるようだった。
「本当に入れるんでしょうか?」
もっと、清浄な森を想像していた。
これじゃ、呪いの森だ。
「大丈夫」
彼の言葉は、私に安心感を与える。
いつも自身満々で、実際に何でもスマートにこなしてしまう。
やがて彼の足が止まった。
「ここの波動が違う。たぶん入り口はここだ」
古い倒木が倒れて、進路を塞いでいた。
私は一歩進んで、空間を探る。
水の表面のような波紋が現れ、手が向こうの空間に吸い込まれる。
「入れそうです!」
「よし」
私はエドワード様の手を引いたまま、その見えない壁をくぐった。
壁をくぐると、途端に感じる清浄な空気。
あたりの木が一変して、白い白樺ばかりに変わる。
長いストロベリーブロンドの一人のエルフの女性がそこに立っていた。
瞳の色は青いが、私と同じ髪の色だ。初めて見た!!
エルフだけあって、スラリとした肢体、完璧な造形の顔。
「よく戻りました、風の姫。そして水の半神よ」
「あの、あなたは?」
「私はシエル。あなたの父の妹で叔母にあたる者です」
叔母さん!? 私の血縁なの!?
「そちらの事情は理解しています。あなた達がいずれここを訪れる事も分かっていました」
エドワード様が単刀直入に尋ねた。
「半神の身で、霊山の瘴気に耐えられる方法が知りたいのです。あなた方エルフには可能だと。是非教えて下さいませんか?」
これにすかさずシエルさんが答えた。
「まずは、賢者に会わせましょう。あなた方の知る答えを知るのは彼女です」
なんだ短剣要らなかったじゃん。エルフには何でもお見通しなのかしら?
シエルさんに案内され、私達はエルフの村の集落へ向かう。
幾人ものエルフ達が、私達を興味深そうに遠巻きで眺めている。
人見知りは本当そうだ。
「風の姫だ」
「帰ってきたんだ」
私は、どうやら風の姫という呼称のようだ。
エルフ達の住まいは、ツリーハウスになっている。
そしてその住まいの一番奥に一本の大きな大木が。
シエルさんに付いて、その大木に登る。
大木の枝の先に、いくつもの家が建っている。
「これは世界樹です。聖なる木で、私達の力の源でもあります」
ぼんやりと光る葉。その葉、一枚一枚に聖なる魔力が感じられた。
「私達が外界からここを閉ざした理由は、この世界樹にあります」
この世界樹に? どういう事なのかな?
「百年以上前、まだ私達が人との交流を持っていた時、一人の人間が、この世界樹の魔力に取り憑かれました」
シエルさんは一歩一歩進みながら、話を続けた。
「彼は世界樹の苗木を、外の世界に持ち去ろうとしたのです」
「!!」
「世界樹はこのエルフの土地でしか、育つ事は出来ません。しかも世界樹は苗木も含めて、共通の魔力を有します。外の穢れを受ければ、ここの大樹も枯れてしまうのです」
大樹が枯れれば、エルフ族も滅びてしまう?
「私達は、密かにその人間を葬って、苗木を取り返しました。そして、エルフの森を完全に封じ、人との交流を一切断つようになりました。ただ、その人間を葬った一人のエルフが、決して消えない穢れを受けたのです」
エルフ族を救う為に、一人のエルフが犠牲になったって事?
「それがあなたの父です。キアラ」
「ええ!?」
私のお父さんが、そんな目に?
「日に日に衰弱する兄を救う為、私達は数百年振りに、精霊王の召喚を試みました。精霊王ならば、彼の穢れをきっと祓える筈だと」
「風の結晶石に、召喚可能な魔力を貯めるまで、百年程かかってしまいましたが、何とか精霊王を召喚する事が出来ました」
ひゃ、百年も!?
「そこで召喚されたのがあなたの母君です。私達はあなたの父を救う為に、精霊王に願いを乞いました」
「精霊王は見返りを求めます。彼女の場合は、兄自身でした。兄は彼女を受け入れ、彼らは夫婦となり、それは仲睦まじく幸せそうでした」
私の両親は愛し合っていたのね。
「しかし、精霊王は神と同一の存在。このエルフの森に精霊王が降臨した事実は、瞬く間に外界に知られ、裏切り者のダークエルフ達の手引きにより、精霊王は狙われ続けたのです」
「生まれたばかりのあなたも狙われました。兄は、精霊王のいるエルフの森よりも、外界に逃がす方が安全と考え、あなたを連れて外界に逃げました」
シエルさんは、悲しげに溜め息をついた。
「しかし、風の精霊王と離れ、外界に出た事で兄の受けた穢れは彼の体を再び蝕み始め、命を落とすに至ってしまったのです」
「!!」
お父さんは、やっぱりもう亡くなっていたんだ。
エドワード様が私の肩を抱き寄せてくれる。
「決して消えない穢れ。私達エルフ族はそもそも穢れに弱い存在です。それゆえ、穢れから身を守る術に長けていったのです」
「彼女の母君は? 風の精霊王はまだおられるのですか?」
シエルさんは首を横に振った。
「兄が亡くなって、この世界にいる理由がないと、異界に帰ってしまわれました。キアラ、あなたの事は最後まで心配なさっておいでてしたが」
お母さんももうこの世界にいないんだ。
「ただ、あなたにどうにも出来ない何かが起きた時、一度だけ、結晶石を介さず召喚に応じると約束して下さいました。これは約束の指輪です。渡しておきます」
小さな翡翠の指輪だった。私の指にぴったりだ。
「この指輪に願いを込めれば、母君は召喚に応じて下さるでしょう」
「ちょっと聞きたいのですが」
エドワード様が立ち止まり、シエルさんに問いかけた。
「なぜ、キアラをそのまま外界に? 精霊王が去ったのなら、エルフの森に保護した方が安全だったのでは?」
「彼女には風の精霊王の加護がありました。精霊王が異界に去っても、加護の力は変わらず、魔物や危険な物を寄せ付けないような見えない力が働いていました。そして、人の保護も」
「人? 彼女の養母らの事ですか?」
シエルさんはすぐさま否定した。
「いいえ。水の半神よ、あれはあなたの身内の者では? 幼い頃から、彼女を見守っていたようですよ。彼女の住んでいた町の市長にも、手を回して保護を続けていたようです」
市長? まさかシオンの事?
私が幼い頃から、いつも近くにいてくれた幼馴染のシオン。確か市長の息子だった。
「アレクだ」
エドワード様が掠れた声で呟いた。
私はずっと守られていたんだ、アレク様に。




