第十九話 宣託の巫女の思惑(エドワード視点)
王宮へ取り急ぎ戻り、国内にアレクの指名手配の命を降す為、僕は国王代理でもある、母上の元へ向かった。
母上の事だから、ある程度の事情は把握しておられるだろうが、闇の結晶石がアレクの手にある事、キアラが攫われた事まではご存知ないだろう。
報告を兼ねて、今後の事を全て任せて貰わないといけない。それも頼みに行く。
「残念だけど、あなたの思い通りにはいかせない」
母上の部屋の前で、思いがけない人物が立っていた。
金色の柔らかな髪に紫の双眸。相変わらず年齢を感じさせない美貌の主、僕の母方の前国王の実妹であるお祖母様だ。
──宣託の巫女姫。王家に度々生まれる、予知能力を有する巫女、それがこの人だ。
祭祀の際に着る白い巫女装束は、今日はなぜか黒を着ている。
「アレクを捕まえる事は、この私が許さないわ」
何て事だ。お祖母様が一枚噛んでいたのか。
どうりで捕まらない筈だ。闇黒教のアジトがことごとくもぬけの殻だったのも、おそらくそういう事なのだろう。
「全て、お祖母様の差し金でしたか。キアラを攫ったのもそうですか?」
「その通りよ。あの子は闇の精霊王の花嫁となるの」
「何ですって!?」
お祖母様ははっきり言った。
「霊山の瘴気を完全に封じるのは、闇の精霊王の力を使うしかないの」
「そんな! だからアレクに降ろしたのですか!?」
僕は話の全てが読めた。お祖母様の壮大なシナリオが。
「それが、あなたの見た最善の策ですか?」
「一番確実な手を選んだだけよ。あなたと彼女の子が生まれるまで、もう待っている時間がないの」
何という事だ。だが、闇の精霊王を降ろしてしまったら、アレクはどうなる? もうアレクは彼でなくなってしまう。
「それでアレクを見殺しですか? あなたの大事な孫じゃないのですか!?」
僕の口調は非難を帯びて、強い口調になる。
お祖母様は非情だ。
闇の精霊王を人に降ろしたら、その人はもう──。
「私はあらゆる可能性から、最善を選んでいるに過ぎません。全てはこの国の為、それが私に与えられた使命なのよ」
「あなたはかつて、それで自分の娘を犠牲にした」
僕の伯母であるアレクの母は、極端に体の弱い人だった。
とても子供など望めるはずがないその人を、この人は無理に嫁がせてアレクを産ませたのだ。
結局伯母はお産に耐えられず、死んだのだ。
「あなたには僕や母上も単なる駒なのですね」
「そうかもしれないわね」
お祖母様の声色は何の変化もなく、その表情からは何の後悔や躊躇すら感じられなかった。
「そこまでにしておきなさい。エドワード」
僕達のやり取りが聞こえたのか、部屋の中から母上が顔を出した。
「母上は、宣託の巫女。人であって、そうではありません」
「随分な言われよう。私は人をやめたつもりはないわよ」
母上は、お祖母様に婉然と笑いかけた。
「とうに人の心など、捨てた癖に。姉上を殺した時に」
母上と伯母上は、仲の良かった姉妹だと聞く。伯母上が亡くなって一番悲しんだのは、この母上なのかもしれない。
「私だって、マリエルを死なせたくはなかったわ」
「では、アレクを助けて下さい。姉上が遺した唯一の息子です」
母上の口調はきつい。
お祖母様と母上の確執は想像以上に根深い。きっと伯母上の事を母上が許せないからだろう。
「それはちょっと難しいわね。あの子はもう霊山に向かっているわ。今はエルフの娘の魔力で、精霊王を抑え込んでいるみたいだけど、時間の問題だわ」
「!!」
「あの子は自分の役目を分かってる。もう止められないわ。エドワードは霊山に近付けないでしょ?」
僕は愕然とする。──キアラはどうしてる?
「お祖母様、彼女はどこです?」
「エルフの娘なら、大丈夫よ。魔力を消耗して、ちょっと眠っているだけ。早く迎えに行ってあげなさい。私の館にいるわ。闇の精霊王が目覚めたら、真っ先に彼女を狙うわよ」
「エドワード、すぐに行きなさい」
母上の声と同時に、僕はそのままお祖母様の館へ転移する。
王宮の離宮の一つだ。お祖母様はここを住まいとしている。
──僕は走った。彼女の元へ。
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