第一話 王子様に見つかる
王都から馬車で半日ほど離れた、辺境都市。
私はそこの街角の小さなパン屋の娘だ。
エルフという希少種族なのに、パン屋の娘っておかしくないかい? って思うけど、もちろん親は普通の人間で、実の親ではない。
私の実父は、私が幼い頃に親切にして貰った育ての母に私を預けて、そのまま姿をくらましてしまったらしい。
育ての母は、きっと止むに止まれぬ事情があったのだと悟り、私を育ててくれた。
以来、私は平凡なパン屋の娘として生きている。
──筈だった。ほんの昨日までは。
「行ってきます!」
朝早くから開店しているお店を出て、私は今日も学校へ向かう。私は学校が終わってから、お店を手伝う程度だけど、母や祖母は、毎日早起きして頑張っている。
小さなパン屋の養い子、それが今の私の肩書きだ。
「おはよう、キアラ!!」
背後から声を掛けられ、私は振り返る。
「おはよう、ソフィ」
柔らかな黒髪に青い瞳、ややポッチャリな色白さんは私の大切な幼なじみだ。
「今日いよいよ、召喚のテストだね。どうしよう、私自信がない」
「ソフィなら、きっと大丈夫だよ。私の方がどうしようだよ」
朝から嫌な事を思い出してしまった。
召喚のテスト、本当にどうしよう。
自分持っている属性の精霊を召喚して使役する。それが今日のテストの内容だ。
「キアラはそつなく、何でもこなせるじゃない?」
「いつもギリギリだけどね」
私は乾いた笑いを浮かべる。力の加減が本当に難しいのだ!
コントロールのコツがあるなら、誰かに教えて貰いたい。
でも学校の先生にはとても聞けないし、力があり過ぎて困ってるなんて、口が裂けても言えなかった。
「そういえば今日のテストって、王都からお偉いさんが、なんか視察に来るんだってね」
「え、そうなの?」
王都のお偉いさんと言うなら、宰相とか将軍とか、そんな人かなぁ?
「まあ、どっちにしろテスト乗り切らないと」
「そうだね、失敗したら今度こそ留年決定だ」
いつもギリギリの成績の私、実はもう後がない。
うちは貧乏なので、留年することになったらさすがに親に悪い。私が魔法を使えたので、養母が無理して魔法アカデミーに入れてくれたのだ。学費も馬鹿にならないのに。
「そうなったら学校辞めるしかない。どうしよう」
「そしたら、俺が嫁に貰ってやるから安心しろ」
唐突にふって湧いた声に、私は身を翻して一発蹴りを入れる。
私の蹴りは宙を切り、相手がすんでのところでかわしたのが見えた。
「あっぶねー! 俺だから良かったものの、他の奴なら死んでるぞ」
「朝から寝言言わないでよ、シオン」
グレーがかった黒髪をサイドで編み上げた、一見チャラそうな塩顔の男、もう一人の幼なじみのシオンだ。
「俺は本気だよー、うちに嫁に来れば、苦労させないって」
そういうシオンの父親はこの町の市長、つまりお坊ちゃんだ。小さい頃から、なぜか私に付きまとい、ずっと断られてもめげずに求愛してくる。
「シオンはずっとキアラ一筋だもんねー、もう結婚してあげたら?」
ソフィは笑いながら、私達を茶化す。
「私はエルフだっつうの。人間とは簡単に結婚出来ないって」
「大丈夫、俺は気にしない!」
「私が気にするの!」
正直、シオンのことは嫌いでない。でも、そう簡単に結婚など出来る訳がない。
エルフの寿命は永遠なのだ。私より皆、確実に先に死んでいく。
「それに、私には王子様がいる!!」
そうなのだ。幼い頃に出会った、私の王子様。
いや、実際は王子様じゃないけども、うちの店の前で行き倒れてた少年が、服こそボロボロで汚れていたものの、白金髪の物凄い綺麗な子で、幼い私の乙女心をがっちり掴んだ。
あれが私の初恋で私の王子様なのだ。
「いつか、迎えに来るって約束したの!」
子供の口約束だから、本当に迎えに来るとは思っていないけど。
「出た、キアラのいつもの常套句」
「そんなことより、今日のテストを何としても乗り切らないと」
「そうだね、頑張ろう!」
私とソフィは気合を入れる。留年だけは絶対に避けたい。
私達は、召喚テストの為に中庭に集められていた。
これから順番に召喚魔法を披露していく形になる。
テストの前に担任から、王都から視察に見える賓客が、王立アカデミー理事だと知らされ、一斉に緊張が走った。
「ちょっと待て、王立アカデミー理事と言ったら」
「まさか」
「こんなところに本当にいらっしゃるの?」
ヒソヒソとあちこちで声が上がり、女子生徒らは興奮の色を隠せない者もいた。
さすがに理事の事は私も知っている。この国で知らない者はいない、超有名人。
「お見えになったぞ!」
中庭を覗く回廊の影に、お付きの者を何人も携えて、彼は颯爽と現れた。
最高位の白い賢者のローブを身に纏う長身痩躯の青年。
柔らかに波打つ白金の長い髪に、抜けるようなアイスブルーの双眸。その顔立ちは彫像の如く整い、見る者を圧倒する。
このヴァレル王国第一王子こと、太陽の君と呼ばれるエドワード・ウォルター殿下だ。
フルネーム長すぎて忘れたけど。
「超絶美形!!」
「素敵、美し過ぎる!!」
女子生徒からは黄色い悲鳴が上がり、収拾が付かなくなる。
「こらお前達、理事に失礼だ。静かにしなさい!」
「殿下ー!!」
「エドワード様!!」
そんな呼び声に、王子様もにこやかに手を振って応えたものだから、なおのことその場が収まらなくなる。
私はそんな事より、テストをどう乗り切るかで頭が一杯だ。
早くしてくれないかなー。集中力が途切れそう。
「僕に構わず、始めて下さい」
そういう声も反則だ。その美声に、とうとう女子生徒の何人かが腰が抜けたようで動けなくなった。
天は二物を与えずって言うけど、あの王子様こそチートキャラなんじゃないかな?
この世界で数人しか確認されていない賢者。
全ての属性のあらゆる魔法を操り、精霊の庇護を受け、深い知識を有する賢者。
その賢者の一人が、誰あろうあの王子様その人なのだ。
「あれで性格も良かったら反則だなぁ」
「慈善事業にも力を入れている方よ?」
ソフィが目をキラキラ輝かせながら呟く。
私達にしたら、雲の上のそのまた上の人だ。
「確かまだ、独身よね?」
浮いた話は数知れず。どこどこの王女から求婚されてるとか、有力貴族の娘が婚約者候補だとか、噂は聞くが、決定的な話はまだ聞かない。
それにしても王子様の髪は見事な白金髪だ。
あんなに綺麗な白金髪は、私の王子様以来だ。
この世界では髪を染めたりする習慣がない。皆、生来の髪色で過ごす。そして天然の白金髪はとても少ないのだ。
「今年で二十歳。確かにそろそろご結婚なさる頃合いかしらね」
私の王子様とは、年が合わないから別人だな。
まあ、そんなうまい話がある訳がない。
あの時、私が四歳、王子様は十四、五歳くらい?
そうこう話しているうちに、次にソフィの名が呼ばれてしまった。
「頑張って!」
ソフィは前の生徒がテストしている裏で待機する。
前の男子生徒は闇の獣を召喚しているようだった──が、何だか様子がおかしい。
召喚された獣が、どんどん巨大化して、暴走しかけている。
男子生徒は懸命に制御しようとしているが、とうとう獣が暴れ始め、逃げ惑う生徒達。
──完全に暴走した!
「危ない逃げろ!」
生徒達の悲鳴、獣は傍若無人に暴れ回った。
先生が、獣の動きを封じようと術を掛けるが、簡単に弾かれてしまう。
そして獣の咆哮が、逃げ遅れたソフィに向かって放たれた。
「ソフィ!!!」
私は咄嗟に飛び出し、力を込めて光の攻撃魔法を叩きこんだ。
「!!」
炸裂する光の向こうで、ソフィを抱えて飛ぶエドワード様の姿が見えた。
彼と視線が交差する。その瞬間はとてもゆっくりで、時が一瞬止まったように感じた。
この感覚は何だろう?
瞬間、衝撃が辺りを包み、土埃が舞う。
私は現実に引き戻された。
術の大きさを物語るように地面が激しく削られていた。
獣の姿はもうどこにもなかった。
「…… 」
私はボソリと呟いた。
「キアラ!!」
王子様に助けられた格好のソフィは、泣きながらまっすぐに私に抱きついて来た。
「怖かった。ありがとう」
「ソフィを助けたのは王子様だよ?」
「獣をやっつけたのはキアラでしょ?」
私はばつが悪そうに、ソフィに微笑んだ。
「君、ちょっと来て」
声を掛けてきたのは、言わずもがな王子様だ。
「何でしょうか?」
「どうしてこんな田舎にエルフがいるんだ? 名前は?」
そう言って彼は私の顔を、穴が開きそうなほど見つめる。
アイスブルーの瞳を彩る睫毛が物凄く長い。
目元は甘やかで、柔和な顔立ちだが、どこか凛々しさも兼ね揃えている。通った鼻筋に、薄い唇。
ぶっちゃけ好みの顔だ! 至近距離はヤバイ!!
「キアラ・パーカーです。実は私、孤児なんです。実父が養母に預けて失踪してしまって」
「なるほど」
エドワード様は、綺麗な眉根を寄せて少し考え込んだ。
「君の身柄は僕が預かる」
「へっ!?」
「エルフな上、君はどうやら賢者の資質持ちだ。僕と一緒に王都へ来てくれないかな?」
それから一時間後、私はもう王都行きの馬車へ乗っていた。
途中、家に寄り、エドワード様直々に家族に説明があって、正式に私の身柄はエドワード様預かりとなった。
まさに怒涛の展開だった。
「それにしても無茶をしたね」
獣に魔法を咄嗟に叩き込んだ事だ。
「あの場にいた教師さえ止められなかったのに」
あの獣は、男子生徒が、能力を一時的に増強するアイテムを使って召喚した為に起こった事故だった。
「友達を助けようと必死でした」
「助けられる自信あったんだ?」
そりゃ、魔法レベルMAXなので。
声には出さず頷く私に、エドワード様は頭を優しく撫で撫でした。
「これから、君は僕がみっちり仕込むから」
「ええ!?」
エドワード様直々に指導を?
「いくら魔法のレベルが高くても、制御とか応用とか、独学じゃ限界があるからね。地方の魔法アカデミーじゃ、君には物足りなかったろう?」
「はあ」
いつも、力を抑えて加減しながらやっていた。その加減が本当に難しいこと!
願ったり叶ったりなんだけだ、この近さはヤバイ。
すぐ隣で優雅に足を組んで座る、超絶美形の王子様。
そんな王子様がマンツーマンで指導なんて、いくら面食いでない私とはいえ、悶え死ぬかもしれない。
どうしてこうなった!?
ただ、こんな王子様でも恋愛対象にはなりえないんだよな。
だって私はエルフだから。
異種族結婚はこの世界ではよくある話だけど、相手がエルフだと事情は変わってくる。寿命の問題だ。
まあ万が一にも、私はちらりと王子様を見る。
向こうが迫って来ない限り、きっと大丈夫だ。
こう見えても、私は見事にモテない。
身長はエルフにしては小柄だが、深緑の大きな瞳に腰まで伸ばした癖のないストロベリーブロンド、通った鼻筋に小さい口。
我ながら美少女の類だと思うのだが、まるで異性に言い寄られたことがない。ただ一人、シオンを除いて。
その理由を、私は後に知ることになるのだけど、この時までの私は見事に自己評価が低かった。




