第十六話 闇の儀式
もっとも闇の力が強まるその晩は新月だった。
密かに設えた闇の祭壇の前、二つの魔法陣の描かれた中心にそれぞれ私達は立っていた。
「気休めかも知れませんが、姫の魔法陣は闇の影響を極力抑えるもの。万が一、殿下が暴走された時、その円から絶対に出てはなりません」
私は教祖の言葉に頷いた。
「殿下は闇の精霊王に精神を乗っ取られぬよう、お気を付けて下さい」
要は頑張るしかないと。
きっと大丈夫、アレク様は強い方だから。
私の衣装は、儀式だけあって漆黒のドレスに漆黒のベール。
まるでこれは、闇の花嫁だな。
アレク様も我が国の正装の漆黒の衣装に身を包んで、こんな時に何だけど、ものすごく素敵だ。不謹慎だな、私。
「では、始めて下さい」
私は意を決して、薬指に嵌めた指輪に魔力を込める。
深い深い闇が脳裏に浮かび、私の溢れる魔力がどんどん吸い込まれていくのが分かった。
そして砕ける闇の欠片が、黒い煙のように上がって掻き消え、隣のアレク様が握っていた、闇の結晶石が怪しく光出した。
「!!」
周囲にみるみる満ちる瘴気の為か、私は息苦しくてその場で膝をつく。
私は隣のアレク様を見た。黒い瘴気が渦のように彼の身体を囲んで、宙に浮いていく。
「アレク様!!」
私はアレク様に手を伸ばし、堪らず声を掛けた。
だが、次の瞬間起きたその尋常でない様子にただ呆然とする。
宙に浮いた彼の体はとても意識があるようには見えない。
彼の美しい白金髪が、みるみる漆黒に染まっていく。
その背には黒い翼が生え、彼が人でない何か別のモノになっていくのを、ただ黙って見ている他ない。
──ああ、アレク様負けないで!
私は一心に祈った。
やがて宙に浮いた彼がゆっくり地に降り立った。
私に向かい合ったその双眸は闇。
「ふふふ、まさかこのような形で蘇る事が出来るとは」
声はアレク様の声なのに、異質な感じが拭えない。
「礼を言うぞ、娘。そなたはとても美味そうだ」
「え!?」
私は背筋が凍り付いた。これはもう彼ではなかった。
どうすればいい?
「闇の精霊王様の復活をお喜び申し上げます!」
部屋の隅で様子を見守っていた教祖が声を掛けた。
アレク様もとい闇の精霊王はそれを一瞥し
「うるさい。俺に話しかけるな!」
そう言って、教祖に向かって指から一撃を放つ。
何の詠唱も予備動作もなく、まるで呼吸をするように。
「!!」
額を一瞬で撃ち抜かれて、教祖は倒れた。
私は驚愕し、悲鳴を上げる事も出来ず、ただそれを見つめる。
「さて、邪魔者は消えたな。お前をゆっくり頂くことにしようか」
「近寄らないで」
闇の精霊王が、ゆっくり私に歩み寄る。
私は言われた通り、魔法陣の円の中にいたけれど、そんなもの彼の前では無意味だった。
被っていたベールを払われた。
露わになった私の顔を見て、彼は笑う。
「エルフの半神か? しかも、なかなか美しい。食ってしまうのはいささか勿体無いな」
そう言って、私の首をそのまま掴んで引き寄せる。
私は必死で彼に呼び掛けた。
「アレク様!!」
「そんな者はもういない」
そう言って、私の口を自分の口で塞ぐ。
完全に動きを封じられ、私は抵抗も出来ず、ただ舌を入れられるキスを受け入れるしかない。
「嫌っ!!」
ようやくキスから解放されるが、精霊王は私の体を引き寄せたままこう言った。
「お前は俺の花嫁としよう。存分に可愛がってやる」
婉然と微笑むその姿は、魔王そのものだった。
私は愕然とする。
アレク様は負けてしまったの? 消えてしまったの?
エドワード様、助けて!!
私は夢中で首に下げたネックレスを探った。
絶対に外すなど言われたそれだ。指先に冷たい宝石の感覚。
エドワード様の魔力が伝わってくる。
「何だそれは?」
エドワード様、力を貸して!!
石から、膨大な魔力が流れ込んでくる。
「アレク様を返して!」
私は精霊王の頬を引き寄せ、自分から唇を重ねた。
石から流れ込む魔力と、自分の魔力をありったけ込めて流し込む。
私だけの力じゃ足りないけど、彼の力を合わせれば!
返ってきてアレク様!!
「やめろ!!」
精霊王の体が光輝く。
彼の呻き声を聞きながら、私の意識が徐々に遠のく。
ダメだ、魔力を使い過ぎた。
そして私の意識は完全に闇に呑まれた。




