第十四話 波乱の幕開け
その日の夜遅く、消灯ギリギリに私の部屋を訪れたのは意外な客だった。
「ロレッタちゃん!? こんな遅くにどうしたの?」
「あの、どうしても聞きたいことがあって」
何か意を決したような、悲壮な面持ちだ。
「とにかく中へ」
彼女を部屋に通して、適当に座るように促す。
「え、お客さん? 僕どうすればいい?」
可愛いネグリジェで寝る準備万端だったヴィクター君が、私を見る。
「こんな時間だし、ロレッタちゃんが気にしないなら」
彼女は頷く。
「先輩が気にしないなら、私は構いません」
話の内容が分からないので、判断が付かないけど、私の判断に委ねるなら別にいいかな?
「じゃあ、話聞くよ?」
彼女はずっと俯いて、言いにくそうにしていたけど、やがて意を決したように大声で叫んだ。
「浮気はいけないと思います!!」
「!!」
私は面食らった。う、浮気?
「クララ、浮気したの!?」
ヴィクター君がすかさず私に突っ込む。私は全力で首を横に振った。
「してないしてない!」
「私、見ちゃったんです。放課後、実習受け損なった先輩が気になって、中庭へ行ったんです。他の先生から放課後に補習になるって聞いてたので」
え、まさか?
「そしたら、先輩とウォルター先生が親しそうに一緒に帰る所を見たんです。そして二人がキスしている所も」
私は天を仰いだ。まさか見られていたとは!!
「先輩は、専科に婚約者がいると聞いてます。ウォルター先生じゃありませんよね?」
私は反論出来ず、俯いてしまう。
どうしよう、全部話すしかないのかな?
私は思わずヴィクター君に助け船を求める。彼は仕草でムリムリとやっている。
「あ、挨拶してただけ? そうじゃない?」
ヴィクター君が苦し紛れにそう言った。
「先輩の国では、キスで挨拶をするのですか?」
「しない、しないよ〜」
もう穴があったら入りたい。
「無理矢理された? ほら、クララ可愛いから!」
ヴィクター君、それエドワード様の立場が悪くなっちゃうやつだから。
「あれは完全に恋人のキスです。ウォルター先生とどういう関係ですか?」
私は意を決した。全て話すしかない。
「彼は、本名エドワード・ウォルター・ヴァレンタイン・シンクレア。世界に四人しかいない賢者の一人にして、私の国の第一王子で太陽の君、その人よ」
「太陽の君!? まさか」
私はカツラを外し、彼女をまっすぐに見据えながら言った。
「そして、私はその婚約者のキアラ・パーカー、彼と同じく賢者の一人よ」
「え、エルフ!? エルフの姫君?」
または別名じゃじゃ馬姫ね。
面食らって固まるロレッタちゃん。
「あ、あのええと」
「お願い、出来ればこの事は黙ってて欲しいの。私達は国の密命で、ある事件を捜査しにこの学校に潜入してるの。私の名前は偽名だし、婚約者もあくまでカムフラージュで、彼はこの子のお兄さん、彼も協力者なの」
ヴィクター君は満面の笑みで頷く。
「本当にお願い、そしてあなたにも出来れば協力して欲しい。失敗すれば、大勢に危険が及ぶかもしれない」
私は彼女にだいたいの事情を話し、誤解を解き、協力を取り付ける事に成功した。
彼女はいい子なので、話せばちゃんと分かってくれた。
「ウォルター先生が、本当の婚約者だったんですね」
「そうなの。だから浮気なんかしてないの!」
「でも先輩、エルフだったんですね。エルフならいじめられるどころか、信奉される対象なのに」
この国にもエルフはいない。しかし、この国の建国にエルフが協力をした事から、国民はエルフに敬意を払うという。
「私ははぐれエルフなのよ。本当の親もどうしてるか分からない」
エドワード様が、人を使って秘密裏に探してくれてはいるらしいが、目立って成果が出ていないのが現状だ。
「でも、素敵ですね、王子様に見初められて結婚だなんて」
ロレッタちゃんは、恋バナが好きみたいだ。
色々突っ込まれて聞かれる。
「経緯はちょっと違うんだけどね。今はちゃんと好きだし、彼以外は考えられないな」
「ウォルター先生、顔隠してらしたから。あー残念、太陽の君の顔、拝んで見たかった!」
エドワード様は、本国とこちらを行き来しているらしく、立場上、こちらでは正体を明かせないらしい。
私は外遊に出ていることになっている。
でもあんまりこの状態は引っ張れない。
こちらに来てもう二週間、結婚式まであと二カ月半だ。
事件を解決しないと帰れないし、何より結婚出来ない!!
そろそろ手掛かりくらい掴まないと。
「そういうことで、何か闇のアクセサリーに関する情報が入ったら、包み隠さず教えて欲しいの」
「わかりました!」
部屋に戻る彼女を見送って、私は深い溜め息をついた。
本当一時はどうなることかと思ったけど、協力を頼めたし、結果としては良かったのかな?
みんなには怒られるだろうけど。
エドワード様のせいにしとこ。あんなところでキスしてきたのは向こうだし!
週末は、門限まで自由に外出が可能だ。
私はこの週末、町に出て何か手掛かりがないか調べるつもりだった。
宝飾店や露天のアクセサリー売り、古物店などを回る予定だ。
「姫ちゃん、これ見て! これを被るといいよ」
そう言って、ヴィクター君が出してきたのは、なんと耳付きのフードが付いた白い可愛いケープ。
クラスの友達に貰ったものらしい。
これなら特に変装しなくても、外を歩けそうだ。
「カツラ被るの面倒で」
私は結構髪が長いので、纏めるのに時間がかかる。
「僕も女装はしないよ? 門限も姫ちゃんと一緒なら関係ないしね」
寮は門限を過ぎると施錠されてしまうけど、私は転移魔法が使えるので関係がない。
今日は一日、ゆっくり町を見て回る。
「どこから見て回ろうか? あ、そうだ! 魔術師ギルド行って見ない?」
「エドワード様、いるかどうか分からないよ?」
「いなくても、旦那様が普段どんな所で仕事してるか、分かるでしょ?」
だ、旦那様って。そりゃ、もう婚約してるけども。
「行こ行こー!」
魔術師ギルドは、大通りに建っていた。結構大きな建物だ。
「お、結構でかいねー」
入り口は固く締まっている。通りに面した窓もない為、中の様子は分からない。
ヴィクター君は何の躊躇もせず、ドアを開けて入って行く。
仕方なく、私も後に続く。
ええー!? 大丈夫なのかな?
中は割と薄暗い。蝋燭だけの照明が雰囲気が出ている。
何となく、高級ブティック店のような?
カウンターに受付らしき、若い女性が一人。ぱっと見は人だ。
「魔術師ギルドへようこそ、ご用件をどうぞ」
「支部長に会いたいんですが、いらっしゃいますか?」
ヴィクター君、単刀直入に聞いた!
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
さすがに本名言えないよね?
ヴィクター君は、私の肩をがしっと掴み、受付のお姉さんの前に突き出した。
「妻です」
「えっ!?」
仰天する私に、ヴィクター君はニコニコだ。
「支部長の奥様ですか?」
「そうです!」
きっぱり言い切るヴィクター君、凄い。
「少々お待ちください」
お姉さんは、奥の突き当たりのエレベーターに乗って消えた。
エレベーターがある!!
動力源はやっぱり魔法だろうな。
しばらくして、受付のお姉さんと、もう一人女性が一緒に降りてきた。
銀色の髪を腰まで伸ばした、人狼の女性だ。クールビューティって感じの。
「支部長の妻を名乗る娘はお前か?」
うわ、なんか高圧的だ。
「支部長は独身だと聞いている。何が目的かは知らないが、妻を騙るとは不届きな! 今すぐここを去れ!」
私はカチンときた。
確かにまだ正式な妻じゃないけど、ちゃんと婚約してるし、ここまでこの人に言われる筋合いじゃない。
「本人に聞いてみて下さい。本当だって分かりますから」
「あいにく、支部長は留守だ。用件があるならここで言ってみろ、私が聞いてやる」
一体、何様なんだろう? この人。
エドワード様より下の人だろうけど。
「おばさんは、何者? 僕達は支部長に直接話があるって言ってるんだよ?」
ヴィクター君!? まさかのおばさん呼ばわり。そりゃ、君から見たらそうかもしれないけど。
「躾のなってないガキだ。私はここの副支部長だ」
「じゃあ、副支部長のおばさん、支部長はいつ頃戻って来る?」
副支部長は、怒りで声を震わせた。
「私はまだ二十代だ。例え戻ってくるにしろ、お前らには教えん。即刻立ち去れ!」
あらら、機嫌を損ねてしまった。
「本当にいいの? 僕達を邪険にしたら、支部長に怒られるよ?」
ダメだ、ヴィクター君、火に油注がないで!!
「あの、突然来たのは謝ります。でも、会いたいのは本当なんです。また後で寄りますから、どうか会わせて下さい」
私はぺこりとお辞儀をして、ヴィクター君を引っ張ってギルドを出た。
「何だよ、ムカつくな、あの女!! エドワード様に言いつけてやろうよ!」
ヴィクター君は相当おかんむりだ。
私は懸命に宥める。彼は私を思って、してくれたことだ。
エドワード様には会えなかった。今頃どこにいるんだろう?
「気を取り直して、お店を回ろうか?」
「兄上を連れてこれば良かった。そうしたら、あんな風に言われずに済んだのに」
キースさんは、ちょっとやる気を出したアーサー様の勉強を見ているのだから仕方ない。
私達は、とりあえず宝飾店を何軒か回る。
「うーん、やっぱり表に置いてあるような物に、それらしい物はないね」
そんな簡単には見つからないか。
そういえば、私の学校で使われたアクセサリーの入手先は、学校近くの露店だったとか。
エドワード様の調査では、校内で人伝てに託されたり、それぞれ入手経路はバラバラだったらしいけど。
使用者が闇使いというのは、どの事件も共通だ。
「露店を回ろう。一番怪しいところ」
「そしたら、マーケットだね。あそこは屋台街だから。アクセサリーの露店もきっとあるよ」
私達はマーケットに移動し、あまりの賑わいに少し驚く。
「わあ、盛況だね」
人間を除く、さまざまな亜人がひしめき合っている。
年齢層も幅広い。
見たことない物まで売っている。
ここが異国の地なんだと、嫌でも感じさせられた。
「美味しそうな屋台もあるよ」
私達は、串に刺さった鳥肉を焼いたのを、匂いにつられて買い食いした。
「キアラ、向こうにアクセサリーの露店があるよ」
「本当?」
ヴィクター君に付いて、人混みを縫うように進む。
彼はすばしっこいので、どんどん先に行ってしまう。
人にぶつかるのを避けながら、進んでいたらとうとう彼の姿を見失ってしまった。
「ああ、先に行っちゃった」
進んだ先は分かっているから、追いつけるだろう。
その時、私とすれ違う、一際背の高い人物が。
「!!」
すれ違い様、突然腕を掴まれた。
「誰!?」
黒いローブに身を包んだ背の高い人。
フードから覗く長い髪は白金。
──まさか?
「まさか、こんなところで会うとは」
聞き覚えのある声。良く響く低い声。
「久しぶりだね、キアラ」
フードを上げて、露わになる美貌。
白金の髪、紫の双眸、愛しい人に良く似た顔立ち。
「……アレク様」
視線が絡み合う。一瞬で永遠のような時間。
──違う、この感覚は。持ってはいけないと頭の中で何かが警告する。
警告は鳴り響く。酷い頭痛がして、眩暈がする。
立っていられず、私は彼に縋り付く。
遠くで私を呼ぶ声がする。
薄れゆく意識の中で、彼に抱き上げられるのが分かる。
そして、完全な闇に私の意識が吸い込まれていく。




