第十二話 実習はハプニングがつきもの
お昼休みは、昨日と同じテラスへ集合した。
「イジメだろ、それ」
教室でのことを話すと、真っ先にアーサーもといグレイがそう返す。
「男どもの態度は、人にもよりけりだが、中には人間の女に憧れを抱いている奴も少なからずいるからな。人狼の男と婚約してるって聞いたら、亜人に対して偏見のない女ってことでより友好的な見方になったかもしれん」
「姫ちゃんに対するそれ、たぶん兄上のせいだ。女の子達が、兄上に目を付けてた矢先に婚約とかだから、きっとそれの腹いせに嫌がらせしてるんだよ」
キースさんが悪い訳ではないのだろうけど、おそらくヴィクター君の言う通りだ。
「キースが無駄にカッコいいからな!! 一緒にいると、女どもがキャーキャーうるせえし」
「それはグレイも同じなのでは?」
「俺はキースよりモテねえよ! 身長が足らない。キースやエドワードはちょっと次元が違うからな。俺達と」
次元が違う、確かにそうかも。
グレイも充分カッコ良くて素敵だけど、超絶美形かと言われるとちょっと違う。
それにしても、エドワード様はどうしてるかな?
昼間どんなに忙しくても、夜には会えた。
もう丸一日以上、顔も見ていない。
「どうしました?」
キースさんが心配そうに声を掛けてくれる。
「いいえ、なんでもないです」
エドワード様が恋しいなんて、今は言ってられない。
イジメが酷くたって、寂しくたって、私には使命があるのだから、それをまず一番にこなさないと。
それから数日、大きな事件の動きはなく、エドワード様とも会えずじまいで、相変わらず憂鬱な学校生活を送っていた。
放課後の、仲間との会合だけが毎日の慰め。
「そういや、明日は特進クラスを含め、全学年合同で実習らしいな」
グレイは通常クラスなので、普段は授業内容が違う。
「それならアーサーが、姫ちゃんを庇ってあげられるね」
「まだイジメ続いてんだろ? 女って陰険だな」
最近は私が慣れたこともあるけど、無視はデフォルトで、プリントが配られなかったり、まあ些細な嫌がらせは続いている。
「こうして話を聞くくらいしか、出来なくてすみません」
キースさんが謝る。そもそも学部が違うし、それは仕方ないこと。
「みんなに話すだけで、だいぶ気が晴れるから平気です」
「姫ちゃんは偉いなぁ」
ヴィクター君は、女子として潜入しているのだけど、うまくやっているようで、友達も出来たらしい。
「どうにか出来るなら、どうにかしてやりたいが、俺が特進に移るか? いっそ」
「テストにパスしないと、サボリ魔のアーサーには無理です」
アーサー様は、キースさんの個人授業すら、いつもサボって逃げ回っていたらしい。
「キースやエドワードみたいに天才ならなー」
「アーサーはやれば出来る子です。本気なら対策立てますよ?」
「うーん、考えとく」
渋った!! でもアーサー様が特進クラスに来てくれたら、どんなに心強いか。
「まあ、明日は一緒だ、守ってやるから任せとけ!」
そう言って笑うアーサー様は、やっぱり優しい。
翌日、通常クラスとの合同授業は、屋外での実習だった。
それぞれ自分の適性の属性術を、的に向かって実際に放つ。
初歩の初歩かと思いきや、自分が出来る最高難度の術を使えという、先生のお達し。
どうも、来年のクラス分けに影響があるみたい。
私はさすがに関係ないだろうけど。
私は、闇の属性術をあえて選択しているので、闇使いが使う的の元へ。
闇使いは割合的にとても少ないのだけど、集まったのは私と、もう一人が一年の女の子の二人だけ。
全学年でも二人って。
でもこれで、この子か私のどちらかに闇の欠片のアクセサリーがこれから渡る可能性が高い。
「一年のロレッタ・リーです。今日はよろしくお願いします」
猫耳の可愛い女の子だ。黒髪に黒目の黒猫ちゃん。
元気に挨拶してくれた。
「二年のクララ・プライスです。こちらこそよろしくね」
「クララ先輩は、あの、人間なんですよね?」
ロレッタちゃんは、おずおずこちらの様子を伺いながら、確認してきた。
「ええ」
ここではそう答えるしかない。実はエルフとは言えないし。
「あの、私のお母さんも実は人間なんです」
ハーフ!? アーサー様と同じだ。
「私は人間に偏見ありませんから! あの、えっとごめんなさい」
大きい声でそう宣言して、彼女は俯いた。
なんて、いい子なの!?
「ありがとう。そう言ってもらえて本当に嬉しい」
この子となら、楽しい実習が出来そうだ。
アクセサリー入手作戦の為にも、是非仲良くなっておきたい。
『実習に参加する生徒に告げます。属性グループごとに分かれて、担当教師が来るのを待ってから、術を行使して下さい』
声を拡声する魔法だ。
これから担当教師が順番に回ってくるのだろう。
「闇使いって、本当に少ないですね」
「そうだね。まさか二人しかいないなんて」
私達の的の隣は、水使いの的のようだ。
既に担当教師が来たようで、実習が始まっている。
水使いは相当な人数のようで、ざっと見、一クラス分くらい居るだろうか。
私達は教師が来ないので、隣の実習を眺めながら、他愛のない会話を楽しむ。
女の子との会話は本当に久し振りで、楽しい時間。
「クララ先輩、私で良かったらいつでも話聞きますから」
「本当にありがとう、友達が出来て良かった」
──その瞬間。
私は気付いてしまったけれど、あえて受けるしかない。
水の攻撃魔法が私に直撃する。
さすがに威力は抑えてあるみたいだけど、全身が痺れて力が入らない。しかも、私は頭から水を被ったように、ずぶ濡れになってしまった。
「ごめんなさーい、手元が狂っちゃったー!!」
そう言って謝って来たのは、私と同じクラスの子。
もちろんわざとだ。私に対する嫌がらせだろう。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「大丈夫、ちょっと濡れただけ」
ずぶ濡れだ。さすがにこのままだと風邪をひいてしまう。
どうしよう? 実習を抜けて、着替えに行くべきか?
でも、体が痺れてうまく動けない。
「どうした、大丈夫かい?」
突然降って湧いた声に、私は耳を疑う。
私は声の主を確認しようと顔を上げた。
逆光でよく見えない。でもこの声は──。
「遅れてすまなかった。君達の今日の実習の担当をする、魔法ギルド青狼支部長のウォルター・ヴァレンタインだ」
黒いローブに目元を覆う仮面を付けていて素顔は分からないが、この声は間違いなく、エドワード様だ!!
「ずぶ濡れだな、そのままでは風邪をひく」
「隣の的の人が嫌がらせで、先輩を狙って撃ったんです」
「なるほど」
そう言って、彼は自分のローブを脱いで私に掛け、そのまま抱き上げた。
「医務室へ連れて行く、君は他の先生に連絡を」
「はい、分かりました」
ロレッタちゃんは、他の教師の元へ小走りに駆けて行く。
「エドワード様のローブが濡れちゃいました」
「そんなこと、君は気にしなくていい」
彼は私を抱えて、足早で医務室へ向かう。
私は体の震えが止まらない。暦の上では夏なのだが、ここは極寒の北の土地、さすがに凍える。
医務室には誰もいなかった。
エドワード様はすかさず、ドアに鍵をかけた。
「教師が足りなくて、保険医まで駆り出されてるみたいだな」
「どうしてエドワード様がここに?」
「どうしてって、ギルドとこの学校は提携してるからね。今日は学校側から、教師としてギルドメンバーを貸してくれと要請があったんだ」
それで自分で来ちゃったんだ、この人。
「エドワード様、寒いです」
「さすがにこの部屋にシャワーも着替えもない。ここから、君の寮の部屋に飛んでごらん」
確かに転移魔法は練習中だけど、大丈夫かな?
「僕は君の部屋に入ったことがないから、飛べないよ? 君が連れてってくれ」
私は意を決して、転移魔法を発動させた。
──空間が捻れて戻った時には、見慣れた自分の部屋にいた。
「──よし、成功だ。よく出来たね」
「これくらいは何とか」
何だか、私の部屋にエドワード様がいるのが不思議だ。
ここは一応、男子禁制なのだけど。
ヴィクター君は抜きにして。
「意外と狭いんだね」
八畳程の部屋に、シングルサイズのベッドが二つ、勉強机が二つ、あとはクローゼットと簡素なキッチンに、トイレとシャワー。簡素な作りだ。
「私達の部屋が広すぎるんです。シャワー浴びて来ますね」
私は急ぎ浴室へ駆け込む。
早くしないと実習が終わってしまう。
私はシャワーを速攻で浴び、着替えを無事に済ます。
仮面を外して素顔を晒したエドワード様は、私のベッドに腰掛けて、のんびり紅茶を飲んで待っていた。
「キアラも飲んで。体が温まるから」
「ありがとうございます」
エドワード様の淹れたお茶はいつも美味しい。
魔法でも掛けてるのかな?
「エドワード様、早く実習に戻らないと」
「平気だよ」
ええ!?
「君の担当は僕だから、後でどうにでもなる」
「そんなものなんですか?」
エドワード様は、にっこり微笑んだ。
「今日は久々に、君とゆっくり過ごす」
「私だって、ずっと会えなくて寂しかったんですよ!」
私はそう言って涙が溢れそうになる。ずっと色々我慢してた。
「おいで」
彼が両手を広げたので、私は遠慮がちに隣に身を寄せた。
そのまま彼は、私をぎゅっと抱き締めてくれた。
体を離して、額を合わせる。
私の涙を指で拭い、小さい子供にするみたいに、いい子いい子してくれた。
「私、子供じゃないですよ?」
「じゃあ、大人にすることをしようか?」
うーん、やっぱり意地悪だ。
私が目を閉じると、優しくキスしてくれた。
「もう一回」
次はさっきよりも、長いキス。
離れている時間を埋めるように、長く長く。
「ダメだ、これ以上は」
彼は唐突に体を離した。
キョトンとする私に、彼はちょっと笑って、ローブの袖から何かを出した。
小さな水色の宝石の付いた可愛いネックレスだ。
「これは?」
「僕の魔力が込められたお守り」
「エドワード様の瞳の色と同じですね」
彼が私の首にそれを着けてくれる。
石に触れると、彼の魔力がしん、と感じられた。
「これはちょっと凄いから、楽しみにしてて」
「どうすごいんですか?」
「ふふ、内緒だよ」
いたずらっ子の笑みだ。
絶対何か仕込んであるな、私は直感で感じた。
「さてと、現場はどうなってるかな?」
彼は宙に適当な大きさの四角くを指で描く。
軌跡が輝いて、中庭の実習風景が浮かび上がった。
わ、便利だ。
「僕のキアラをいじめるなんて、そんなことをして良いのは僕だけなのに」
ちょっと!! 何言ってるのこの人!!
「どいつ? 君に水を被せたのは?」
「あ、この子です」
私は女生徒の一人を指差す。
エドワード様は、不敵な笑みを浮かべた。
「本当の水の使い方を教えてあげよう」
エドワード様が、画面に向かって術を詠唱する。
すると、彼女の頭上にみるみるうちに、雨雲が発生した。
怒涛のような雨が、彼女の上だけに降り注ぐ。
慌てふためく彼女は、逃げても逃げても追いかけてくる雨雲にパニックになっている。
うわー、えげつない!!
「ハハハハハ!! ざまぁ見ろ!!」
子供か!!
エドワード様、今日は先生なんだよね?
「風邪ひいちゃいますよ」
何だか彼女が気の毒に思えた。
「この期に及んで、相手を心配するのか。キアラは優しいね」
「だって、エドワード様のせいで彼女が風邪ひいたら、何だか私、気分悪いです」
「じゃあ、もうやめよう」
彼は画面をスッと消して、私に向き直った。
急に真面目な顔をして、私も少し緊張する。
「ここの人間差別は、理解してたつもりだけど、聞く限り本当に酷い。そんなど真ん中に君を人間として放り込んだ僕が一番悪いんだ。必ずこの問題は解決してみせるから」
彼は私の髪を一房取って、そこに口付けた。
「僕を信じて、待っててくれ」
「はい」
読んで下さっている方、ありがとうございます。なんとか頑張って終わりまで続けますのでよろしくお願いします。




