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異世界・オブ・ザ・デッド ~才能ゼロの魔術師だけど世界を救いたい~  作者: 結城 からく


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第九話 狐面の正体

 ルフトは困惑する。

 A子を呼ぶ出すつもりが、見知らぬ少年が現れた。

 果たして何が起こったのか。


 ルフトは原因を考えようとしてすぐに察する。

 彼の持つ極端な負の適性だ。

 それが作用してこの結果を導いたのだろう。


(適性を持たない人間が、狙った存在を召喚できるわけがない、ってことかな……)


 負の適性持ちは、思った通りに魔術をコントロールできないらしい。

 考えれば当たり前のことかもしれない。

 ルフトは苦い表情を浮かべる。


 とは言え、さすがに慣れてきたのでリアクションは薄い。

 ルフトは召喚された狐面の少年に話しかける。


「えっと、初めまして。僕の名前はルフトです。君を召喚魔術でこの世界に呼び出しました」


 少年は口元に指を当てて感心したそぶりを見せる。

 どこか嬉しそうな雰囲気だ。

 仮面越しにでもその心情がなんとなく窺えた。


 少年は柔らかな物腰で挨拶をしてくる。


「これはご丁寧にどうもどうも。魔術とはまた面白いねェ。ボクのことはそうだなァ……稲荷イナリって呼んでくださいな」


 狐面の少年――稲荷は、気楽な調子で握手を求める。


 ルフトは彼の持つ鉈に警戒しつつそれに応えた。

 敵意は感じられないものの、血の滴るそれを無視はできない。


「……ん?」


 一瞬、ルフトは握った手に違和感を覚えた。

 すぐに確かめるも、おかしな点は見当たらない。

 きっと警戒のしすぎで生じた勘違いだろう、とルフトは流す。


 挨拶が済んだところで、ルフトは稲荷に現状を説明した。

 A子の時と同じ要領である。

 合わせて学園内の探索における協力も頼んだ。


 興味津々といった調子で事情を聞き終えた稲荷は、楽しげに鉈を弄ぶ。


「ゾンビの感染爆発ねェ。いやはや、最高に愉快だ。喜んで協力させてもらいますよ」


 涼しい微笑みを浮かべる稲荷を、生存者たちは一様に睨み付ける。

 不快に感じるのも当然だろう。

 生死のかかった状況を彼は面白がっているのだから。


 にわかに張り詰める場の空気。

 只中に佇む稲荷は、きょとんとした様子で鉈を撫でる。


「おやァ? なんだか嫌われてるみたいだねェ……いいですよ、殺り合いますか?」


 ゆらりと一歩踏み出す稲荷。

 突如、彼の纏う雰囲気が変わった。


 じわりじわりと這いずるような殺気が場を圧倒する。

 狐面の奥に除く双眸は、ぎらぎらとした狂気を露わにしていた。

 血に濡れた鉈が犠牲者を求めて小刻みに震える。


 彼の言葉が単なる脅しでないのは明らかであった。

 むしろ稲荷自身がその”続き”を望んでいる。

 その姿はあまりにも容易く死を連想させた。


 本性を見せた稲荷に、生存者たちはすっかり気圧される。

 あまりの恐怖に気を失っている者もいた。

 気丈にも魔術の詠唱を試みる者もいるが、焦るあまり術の発動に失敗している。


 まさに一触即発――否、一方的な蹂躙の予感が室内に漂う。

 そんな中、真っ先に動いたのはルフトだった。

 彼は勇気を総動員して稲荷の前に立ちはだかると、勢いよく頭を下げた。


「申し訳ありません! この人たちに悪気はないんです。ただ、危険な状況が続くせいで気が立っていまして……どうか、許してもらえると幸いです」


 精一杯の気持ちを込めて謝罪するルフト。

 頭を下げたまま稲荷の反応を待つ。


 許してもらえずに鉈で殺されてしまうのでは。

 不穏な考えが脳裏を過ぎり、鼓動をいたずらに速めていった。


 そうして沈黙が流れること数秒。

 稲荷は返答する。


「……あはは、冗談だよ。そんな物騒なことはしません。ちょっと怖がらせちゃったみたいだけど、一生懸命頑張るからよろしくね」


 殺気を霧散させた稲荷は肩をすくめて朗らかに笑う。

 あまりの変化に、先ほどまでの姿が幻だったかのように思えるほどだ。


 ルフトは苦笑しながら背中に冷や汗を流す。


(あの感じ……絶対に冗談ではなかった。やり取り次第では、ここにいる人を皆殺しにするつもりだったな)


 この狐面の異常者なら、きっと喜んで殺戮に走る。

 ルフトはそれを直感で理解していた。

 A子という前例を知っているが故の確信である。


(本当に世界を救うなら、A子さんや稲荷さんみたいな人の力を借りていくことになるんだ……僕がしっかりしなければ)


 召喚魔術が危険人物しか呼び出せないのなら、その危険人物の手綱を握ればいい。

 くるくると器用に鉈を回す稲荷を見て、ルフトは改めて気を引き締めた。




 ◆




 講堂を出発したルフトたち探索班は医務室の前にいた。

 医療品の入手が目的である。

 ここまでの道中ではゾンビにも遭遇せず、比較的安全なものだった。


 稲荷が非常に不満そうだが、誰もそのことには触れたりしない。

 何が彼の機嫌を損ねるか分からないからだ。

 講堂の一件を経て、稲荷は腫れ物に触るような扱いを受けていた。


「はぁ、つまらないねェ。こっちからゾンビを探しに行っちゃおうかな」


「後できっと見つかると思うので、単独行動は控えてもらえると助かります……」


 退屈そうな稲荷をなだめるのはルフトの役目だ。

 細心の注意を払いながら彼の暴走を防ぐ。

 やんわりと頼めば稲荷も従うので、今のところは大丈夫そうだった。


 一行はそっと医務室の扉を開き、耳を澄ませる。

 何度となく聞いた呻き声。

 室内を覗き込むと、白衣を着たゾンビや制服を着たゾンビが彷徨っていた。

 ルフトの顔馴染みの人間も混ざっている。


 数にして十人ほどだろうか。

 おそらくは運び込まれた怪我人から感染が広がったのだろう。


 悲しみに耐えながら、ルフトは稲荷に囁き声で尋ねる。


「稲荷さん。中にいるゾンビを倒してもらえますか?」


「もちろんもちろん。言われなくても殺しにいくよ」


 稲荷は嬉しそうに頷くと、軽い足取りで医務室に踏み込んだ。


 他の探索班は入口から見守る。

 迂闊に近寄れば高確率で巻き添えを食う、と誰もが予期していた。


「はい、どーも。稲荷さんがゾンビを殺しに来たよーっと」


 穏やかな口調で告げる稲荷。

 無論、ゾンビたちが返答することはなく、代わりに両手を伸ばして彼に集まり始めた。

 噛み付き食らうつもりなのだろう。


 遅々とした歩みで迫るゾンビを前に、稲荷は欠片の恐怖も抱かない。

 それどころか、湧き上がる興奮と喜びに居ても立っても居られない様子だ。

 彼はケタケタと笑いながら手頃な一体に襲いかかる。


「ほんじゃまずはコイツからッ」


 ぞぶり、と振り下ろされた鉈がゾンビの頭部を叩き斬り、勢い余って鎖骨や肋骨、各種内臓を縦断した末に脇腹から抜け出た。

 噴出した血が医務室の床を汚す。

 破滅的な一撃を受けたゾンビは吹き飛んで壁に激突した。


 盛大に飛び散る肉片。

 無残にも半身が引き裂かれており、ゾンビが再び動く気配はない。


 稲荷は続けざまに別のゾンビの腕を掴むと、滅茶苦茶に振り回してから薬品棚に叩き付ける。

 ガラスの砕ける音と共に薬品棚が真っ二つに圧し折れた。

 乱雑な扱いをされたゾンビも、衝撃でばらばらに千切れ飛ぶ。

 学ランに付着した小腸を払い落としつつ、稲荷は残ったゾンビの腕を捨てて笑った。


 一連の光景を目にしたルフトは驚愕する。


(なんなんだあの力は……!? 明らかに人間のレベルじゃない……!)


 稲荷が只者ではないとは知っていたが、完全に想像の範疇を超えていた。

 人間の膂力では鉈でゾンビの縦半分に割れず、人間一人を片手で振り回すこともできない。


 それこそ魔物に匹敵する筋肉でもなければ不可能だろう。

 だというのに、稲荷は軽々とやってのけた。

 あの細身の体のどこにそれだけの力があるのか。


 ルフトが動揺する間にも、医務室内での戦闘は進行していく。


「よいしょっ、そらもういっちょっ! いいねェいいねェ……!」


 最初の一体を皮切りに、稲荷は次々とゾンビを惨殺し始める。


 白衣を着たゾンビは、正面から鉈で首を刎ねられた。

 大振りの回し蹴りが制服を着たゾンビの顔面を粉砕する。

 若い女教師のゾンビは、貫手で頭蓋を抉られ、脳漿を散らしながら即死した。

 豪快に投げ飛ばされたベッドが、複数のゾンビをまとめて轢き潰す。


 人外の戦闘能力を有する稲荷にとって、動く屍の群れなど獲物でしかなかった。

 ものの一分ほどで室内のゾンビは全滅してしまう。


 死体だらけの血の海に佇む稲荷は、返り血に濡れた顔でため息を吐いた。


「うーん、ちょいと物足りないねェ。普通の人間の方が楽しいなァ」


 不満そうに口を尖らせる稲荷は、左右の手のひらを殺したばかりのゾンビに押し付けだす。

 彼の手元から何か水っぽい音が鳴りだした。


 一体今度は何をしているのか。

 ルフトは疑問に思ってそのまま遠巻きに観察する。


 すると、稲荷の手のひらに突如ゾンビが吸い込まれ始めた。

 メキメキと不気味な破壊音を立てながらゾンビが圧縮され、ついには丸ごと手のひらへと収まり消える。

 あれだけの体積がどこへ行ったのか、稲荷の手や腕には何の変化もない。


 稲荷は同じ作業を繰り返してゾンビの死体を減らしていく。

 室内のゾンビは、大量の血だまりを残して瞬く間にいなくなった。


「ふぅ、お腹いっぱい。あんなにグロい見た目なのに、味はそんなに悪くないみたいだねェ」


 稲荷は上機嫌に手のひらを擦り合わせる。


 その時、ルフトは目撃した。

 稲荷の左右の手のひら。

 そこに裂け目があり、人間の歯と舌が覗いていた。


 歯はカチカチと音を鳴らし、舌はゆらゆらと蠢く。

 それはまるで、唇のない口だった。


 ルフトは少し前の出来事を思い出す。

 初対面の握手の際にあった違和感の正体は、この手のひらの口だったのだ。


 他の探索班の人間も稲荷の異形に気付き、気持ち悪そうに顔を顰めた。

 ただ、それを本人に見られたら何をされるか分からないので、努めて無表情を維持している。


 ルフトはごくりと息を呑んだ。


(負の適性で行使する召喚魔術……呼び出せるのは人間だけじゃないってことか)



 ――狐面の少年・稲荷は、異世界の妖怪であった。

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