第七十三話 舞い降る転機
ルフトは、ドランとカレンと共に冒険者ギルドを出た。
生存者たちは荷物をまとめている。
街から脱出するものとして、準備を行っているのだ。
ドランは近くにいた数人の冒険者に生存者を集めるように指示をした。
その際に「大事な話がある」と伝える。
胸を押さえたルフトは、落ち着きなく周囲を見た。
(なんだか緊張してきたな……)
予めドランには「他の皆に今後の予定を伝えるから横にいてほしい」と言われていたのだ。
生存者全員の命を預かる立場上、彼も勝手に話を進められないのである。
些細なことでも皆に周知させておく必要があった。
ほどなくして集まる生存者たち。
総勢七十名ほどだろうか。
かなりの大所帯である。
生存者の前で、ドランは静かに話を切り出す。
「皆、突然だが方針が変わった。街からの脱出はせず、魔術学園へ向かうことになった」
生存者たちの間に動揺の声が広がる。
いきなり今後の予定が変更となったことに驚いているようだ。
それも当然だろう。
このような状況なのだから不安にもなる。
ざわめきの中、ドランは話を続けた。
「落ち着いてくれ。魔術学園は強固な防御魔術で囲われて物資も豊富らしい。脱出して危険な旅をするより、避難した方がずっと安全なんだ」
それを聞いて、生存者たちの声は一旦収まった。
やはり安全という言葉には敏感なのだ。
彼らだって好んでこの状況に陥ったわけではない。
可能なら危険から遠ざかりたかった。
脱出や長距離の移動も、先の見えない行程なのだ。
それならば、手近な安全地帯へ赴く方がずっと現実的でリスクも少ない。
生存者たちの反応が良いことを確認してから、ドランは隣にいるルフトの肩に手を置いた。
「拠点の外で頼りになる仲間を見つけた。召喚術師のルフトだ。ルフト、挨拶してくれ」
軽く会釈したルフトは、生存者の面々を見渡した。
興味と期待の入り交じった無数の視線。
それらを一身に受けながら、ルフトはしっかりとした口調で話す。
「魔術学園から来ましたルフトです。少しでも皆さんのお役に立てればと思います」
「ルフトの扱う召喚魔術は、稀少かつ強力な能力だ。並大抵のゾンビなら一蹴できるほどだ。これは俺が間近で見たから間違いない。魔術学園まではルフトにも護衛してもらう。非常に頼りになるぞ」
ドランの褒め千切った補足に、ルフトは苦笑する。
あまりに過大評価だと思ったからだ。
ゾンビ化した魔物を屠れたのはルナリカのマジカルアーマーのおかげであり、直接的にはルフトの力ではない。
(でも、それをここで指摘するのは無粋だろうな……)
場の雰囲気は、にわかに柔らかくなっていた。
誰もが新たな希望を喜んでいる。
魔術学園への避難は歓迎されているのだ。
ここに水を差すような発言はいらない。
ドランは手を打って注目を集める。
「よし! 異論はなさそうだな。というわけで行き先は変更だ。出発の準備を続けてくれ。物資の手土産で魔術学園を驚かせてやろう」
彼の言葉に首肯した生存者たちは解散し、嬉々として荷物の整理と運び出しを始めた。
その動きは先ほどよりも軽い。
やはり目に見える希望の存在は大きいのだろう。
その光景を眺めるルフトは、途端に嬉しくなった。
(皆が、笑顔になっている……)
自分のふとした閃きから始まったことが、ここまで好意的に受け取ってもらえるとは。
期待を裏切らないようにしなければならない。
気を引き締めたルフトは、固めた決意を胸に刻む。
――その時、何かが軋み割れる小さな音がした。
「ん? なんだ……?」
ルフトは怪訝な表情になる。
ガラスなどの甲高い音ではなくもっと重たい。
例えるならば、石や岩のような――。
ルフトの思考がそこまで達した瞬間、岩山の天井の一部が爆発した。
砕けた岩が拠点内に落下し、運悪くその場にいた何人かの生存者を押し潰す。
もはや嗅ぎ慣れた鮮血の臭い。
希望から一転、状況を理解した生存者たちから悲鳴が上がる。
「あ……ああっ……」
すぐそばで目撃したルフトは、呆然と声を漏らした。
岩の隙間からはみ出た腕。
血に沈んだそれは、弱々しく痙攣を繰り返す。
生死を確かめるまでもあるまい。
ショックでふらつきながらも、ルフトは上を見上げる。
今のは明らかに人為的なものだった。
誰かが岩を破壊したのである。
ルフトの視線は、ぽっかりと開いた天井の穴に向いた。
「こんにちはー。ご機嫌いかがですか、美味しそうな皆さん」
穴からひょっこりと覗く顔。
見知らぬ優男が、爽やかな笑顔を浮かべてルフトたちを見下ろしていた。




