第六話 落ちこぼれの才能
曖昧な意識の中、ルフトは自分を呼ぶ声で目を覚ました。
身体を起こして辺りを見回す。
薄暗い講堂内は寝静まっていた。
点々と設置された蝋燭が辛うじて視界を確保している。
板で補強された窓から月明かりが差していた。
どうやら今は夜間らしい。
そこまで観察したところで、そばに学園長がいることに気付いた。
彼がルフトを起こしたようだ。
学園長は周りの寝ている者を気遣いながら囁く。
「疲れていることをすまないね。少し確かめたいことがあるんだ。付いてきてくれるかな」
「……分かりました」
首を振って眠気を飛ばしたルフトは、ゆっくりと立ち上がる。
まだ若干身体が重たいものの、気にするほどではない。
体内の魔力はかなり回復しており、召喚魔術も問題なく使えるだろう。
唯一の自衛手段が確保されていることにルフトは安堵する。
学園長に案内されたのは、講堂内の倉庫だった。
各種備品が保管されているスペースである。
学園長はその中から一枚の羊皮紙を取り出してみせた。
「これが何か分かるかね」
「はい。魔術適性の検査紙、ですよね?」
即答したルフトは、過去の授業で習った内容を思い出す。
検査紙は使い捨ての魔道具の一種だ。
魔術適性を測る上ではポピュラーな部類で、安価かつ使用方法が単純なのでよく採用される。
入学当初、ルフトもこの検査紙で落ちこぼれ認定されたので印象によく残っていた。
検査紙ごとに調べられる魔術の種類が決まっており、魔力を流すことで効力を発揮する。
魔術適性が高いほど紙は熱を帯びて炎を灯す。
逆に適性が低ければ、紙は何の反応も示さない。
学園長は検査紙をルフトに渡しながら説明をする。
「召喚魔術の検査紙だ。君が休んでいる間に、急遽作成したものでね。これで君の魔術適性を測ってほしい」
「それは大丈夫なのですが、どうして今なのでしょう」
学園長の提案にルフトは首を傾げる。
現状は一刻を争う事態。
ルフトが召喚魔術を使えるのは既に分かっていることだ。
わざわざ検査紙で調べる意味が分からない。
それでも学園長の言うことなので従う他あるまい。
何か意図があってのことなのだろう。
ルフトは集中し、検査紙に染み込ませるようなイメージで魔力を流し込んでいく。
果たして召喚魔術の適性は如何ほどなのか。
現段階で既に異世界人の召喚を安定した状態では成功させている。
少なく見積もっても検査紙が燃える段階は確実だろう、とルフトは当たりを付ける。
しかし、結果は彼の予想の斜め上を行くものであった。
ルフトの魔力を受けた検査紙は急速に冷気を発したかと思うと、表面に滲んできた氷に包まれてしまう。
驚いたルフトは凍り付いた検査紙を手放した。
検査紙は床に落下して砕け散る。
「こ、これは……」
ルフトは口を開けたまま絶句する。
一体これはどういうことなのか。
燃えるどころの話ではない。
検査紙が凍るなど初耳である。
混乱するルフトの横で、学園長は納得した様子で頷く。
「やはりか。なんとなく予想していたが」
「学園長。これは何が起こったのでしょうか……」
質問するルフトは苦い表情だ。
答えを聞く前から、なんとなく嫌な予感がする。
学園長は神妙な面持ちで検査紙の欠片をつまんだ。
「結論から述べると、残念ながら君には召喚魔術の適性がない。これっぽっちもね」
「でも、召喚自体はできましたよ? 適性がないのなら、魔術が起動しないはずです」
反論を受けた学園長は検査紙の欠片をルフトに手渡す。
こびり付いた氷は溶ける気配がない。
「通常、魔力を流した検査紙は発熱もしくは燃焼する。それにも関わらず検査紙は凍り付いた。これは負の適性によるものだ」
「負の適性……?」
聞き慣れない言葉にルフトは困惑する。
過去に授業で習った内容ならば、ほぼ確実に覚えているはずだった。
「知らないのも無理はない。非常に稀な例だからね。今では教科書で取り上げられることも珍しい」
「負の適性とは何なのでしょうか」
「簡単に言うと、適性がなさすぎる状態を示すものだ。具体的には特定の魔術の適性値がゼロを超えてマイナスに振り切っていることだね。だから検査紙は凍り付いた」
学園長の説明を受けて、ルフトはなんとなく理解した。
それなら検査紙の反応にも納得がいく。
あれだけ凍ったのだから、さぞ酷い適性なのだろう。
ルフトは陰りのある顔で肩を落とす。
才能がないと告げられるのは、やはり何度味わっても慣れるものではない。
学園長は痛ましそうにしながらも説明を続ける。
「負の適性にあたる魔術を行使した場合、必ず致命的な失敗が起きる。不発や魔力の浪費では済まない現象だ」
そう言って学園長は負の適性に関する例をいくつか出す。
火属性の魔術は、反転して氷を発現させる。
回復魔術は、肉体を患部から一気に崩壊させる。
身体強化の魔術は、術者に極端な衰弱を促す。
負の適性の一番厄介な点は、意図しない何かしらの魔術が起動するところだ。
単に不発だったり、魔力を浪費するだけよりも尚悪い。
才能がなさすぎるが故に、最悪の結果を招いてしまうのである。
「召喚魔術の場合、術者の肉体の一部が異次元に転送されることがあるらしい。ただし、君は違う。幸か不幸か、負の値が大きすぎるせいで、さらに多大なる致命的失敗が起きたのだ」
「異世界人の召喚が失敗なのですか?」
ルフトは詰め寄りそうになるのを抑えて尋ねる。
どこか信じたくないという想いがあった。
しかし、学園長は毅然とした口調で答える。
「霊獣という高次元の偉大なる生物の召喚。その致命的な失敗とは、霊獣と対極に位置する存在を呼ぶ出すことに他ならない……君も心当たりがあるのではないかね?」
「それは……」
ルフトは言葉を失った。
思い当たる節は多々ある。
ルフトが異世界より召喚したA子。
彼女は一騎当千の力を有していたが、好んで人殺しを行っていた。
その本質は残虐な異常者である。
たまたまゾンビパンデミックの只中なので活躍しているものの、これが平時なら一体どうなっていたことか。
衝動に駆られた彼女は、罪のない人間を片っ端から殺し回ったかもしれない。
確かに、霊獣と対極の存在とも捉えられる。
「そうですか……やはり僕には、ただの一つの才能もなかったのですね……」
自らの体質を理解したルフトは、泣き笑いのような表情で俯く。
顔を上げるだけの力は湧いてこなかった。
学園長もかける言葉が見つからず、苦い心情で目を逸らす。
苦境に抗い、ひたむきに努力し続けてきた落ちこぼれルフト。
――唯一の適性と思われた召喚魔術は、それどころか才能が飛び抜けて無いだけであった。