第五十七話 異世界人の証
陽炎のような軌跡を残して、黒刀が一閃される。
無防備なゾンビの腕や足があっけなく斬り飛ばされた。
迸る血飛沫。
シナヅは脇目も振らずに二の太刀を繰り出し、さらに被害を広げる。
死角から寄ってきたゾンビにも、当然のように鋭い蹴りを浴びせ、次の瞬間には黒刀で薙ぎ倒していた。
(す、すごい……なんて速さだ)
ルフトは少なからず驚嘆する。
派手さはないものの、シナヅの戦い方は堅実かつ効率的であった。
A子や稲荷、ルナリカのように殺戮を楽しんでいる風でもない。
かと言って、戦いを考察と実験の場としか考えていない博士と似ているわけでもなかった。
ゾンビを相手にするシナヅからは、何らかの感情が窺える。
しかし、ルフトにはその正体が分からなかった。
考えている間に、彼にもゾンビが押し寄せてくる。
「気にするのは後か……!」
ルフトも本格的に集中する。
マジカルアーマーのおかげでゾンビ程度の攻撃では掠り傷一つ付かないが、油断していい理由にはならない。
東門の近くなので、いつゾンビ化した魔物がやって来てもおかしくない。
ルフトはゾンビを盾で押し返し、隙を突いて剣で叩き斬る。
さらに軽く跳び上がって剣と盾を放ると、身の丈を越える分厚い大剣を生み出した。
屋外に出た今なら、リーチを生かした武器で戦える。
ルフトは大剣を掲げ、勢いを乗せてゾンビに振り下ろした。
炸裂した斬撃は容易くゾンビを肉塊に変貌させる。
とにかく頑丈なイメージをしたおかげか、大剣は荒々しい運用にも刃こぼれ一つ起こしていなかった。
その後も圧倒的な力で無双するルフトとシナヅ。
あれよあれよという間に周りのゾンビは殲滅されてしまった。
血塗れの大剣を下ろしたルフトは脱力する。
少なくとも数十体のゾンビを斬り殺した。
疲労を感じるのも当然だろう。
こればかりは徐々に慣らしつつ、体力を付けていかなくてはならない。
「シナヅさんは大丈夫で……す、か……?」
ルフトはそばにいるシナヅに声をかけようとして、固まる。
鮮血に染まった軍服を纏うシナヅは、上半身だけになったゾンビの頭部を踏み躙っていた。
ブーツの底が執拗に力を与えて頭蓋を軋ませる。
腐った目玉は割れて飛び出そうになっていた。
踏まれたゾンビは抵抗できずに呻き声を上げている。
そこには明白な悪意が感じられた。
見ればシナヅの倒したゾンビは一人も死んでおらず、四肢や半身が欠損した状態ながらも生きている。
シナヅの力量なら即死させることだってできたはずだ。
つまり、わざと生かしているのである。
「あの、早く眠らせてあげた方が……」
その光景に胸を痛めたルフトは、やんわりと止めようとする。
いくらゾンビといっても元は善良な人間だ。
襲われれば倒すしかないものの、不埒な扱いはしたくなかった。
死者の冒涜になる。
当のシナヅは首を傾げた。
『なぜだ。このモンスター共は悪なのだから、何をしてもいい。どんな残酷なことでも、だ』
骸骨そのもののシナヅの表情は読めない。
しかし、本気で言っているのは雰囲気が物語っている。
ぽっかりと開いた眼窩には、這い寄るような昏い狂気があった。
(ゾンビを殺していないのもそのためか……)
ルフトは、目の前のスケルトンもやはり異世界人なのだと悟った。




