第四十二話 壮大な計画
日没後の都市。
家屋の二階にいるルフトは、ベッドに腰かけていた。
「…………」
彼は無言で窓の外に目を向ける。
耳を澄ますと遠くから悲鳴が聞こえてくる。
誰かがゾンビに襲われたのだろうか。
もしかすると暴徒の仕業かもしれない。
助けに行きたい気持ちに駆られるも、ルフトはぐっと堪える。
闇夜に飛び出すのは自殺行為だ。
どこにゾンビが潜んでいるか分かったものではない。
日が昇るまでは大人しく待機するのが賢明だろう。
ルフトは毛布に包まって小さくなる。
(一人でいるとこんなに心細いのか……)
深い眠りに入るのが恐ろしかった。
一応、家屋には外からの侵入を防ぐための補強はしてあるが、それでもいつ何者が襲撃に来るか分からない。
かと言って召喚魔術を使えば魔力を消費してしまう。
明日の行動を考えると、なるべく温存しておきたかった。
ルフトは少しでも気を紛らわせようと考え事に没頭する。
頭を働かせるのは昔から得意だった。
まず浮かんだのは、日中に戦った大鬼――オーガゾンビである。
(かなりの強敵だったな。本当に危なかった)
ルフトは戦いを思い返して身を震わせる。
一歩間違えれば殺されていた。
博士がいなかったらどうなっていたことか。
おそらくオーガゾンビは、危険地帯である門付近の魔物なのだろう。
あのような個体が平然とうろついているエリアに暴徒が居座るはずがないのだから。
所業はどうあれ、彼らは町の中で徒党を組んで生きていけるような人間なのだ。
オーガゾンビはたまたま迷い込んできたものと思われる。
(いや、偶然でもないのか?)
ルフトはふと眉を寄せて考え直す。
ゾンビからすれば人間は獲物だ。
危険地帯から獲物がいなくなれば、自然と人間の集まる町の中心部へ移動することになる。
まだパンデミックが始まって日が浅いために、中心部は辛うじて平穏を保っているのだ。
いずれゾンビ化した魔物が人の多いエリアに出向く可能性は高い。
「……これは、ただ町の外に脱出するだけじゃ駄目だな」
このままだと町は崩壊する。
生存者全員がその前に脱出するのは不可能だろう。
しかし、ルフトだけがさっさと逃げ出すのも戸惑われる。
魔術学園の生存者たちは、ルフトを信じて待ってくれているのだから。
見捨てるという選択肢はありえない。
「じゃあ、どうすればいいんだ」
自問自答しながらも、ルフトの中では既に最適解が導き出されていた。
町の崩壊を防ぐには、やはりゾンビの殲滅が一番なのだ。
具体的にはゾンビ化した強力な魔物さえ倒せればいい。
あとは魔術師が複数人で固まっていれば、通常のゾンビが相手でも十分に対処できる。
暴徒も都市内のパンデミックが終息に向かえば大人しくなるかもしれない。
それでも好き勝手にする時は、ルフトが止めるつもりだった。
大切な人たちを守るためだ。
手を汚す覚悟は既にある。
「ゾンビ化した魔物を殲滅し、東西南北の四つの門の封鎖するんだ……そうすればひとまず安全は確保できる」
外に繋がる門を封鎖することで容易には侵入されない。
ゾンビの襲撃に備えて新たな防御が必要だが、その辺りは学園の魔術師たちに任せられる。
生存者同士が協力すれば不可能な話ではないだろう。
(壮大だけど、やるしかない……世界を救うんだ。この都市の平穏くらい取り戻せるようにならなければ)
まずは都市内の魔物を倒さなくてはならない。
非常に危険な役目だ。
しかし、誰かが率先してやらねば進めないのである。
新たな決意を胸に、ルフトは固く拳を握った。




