第三十七話 博士の本領
宿屋に入ったルフトを迎えたのは、大量の魔術攻撃だった。
雷や炎や氷が視界いっぱいに飛び込んでくる。
(なんで密度だ……!)
ルフトは即座に障壁を展開させた。
バチバチと魔術の衝突音が鳴り響く。
間一髪で防御に成功した。
しかし、あまりの火力で障壁が破れそうだった。
攻撃で削られる分、魔力の消耗も激しい。
廊下の奥にちらりと複数の魔術師が見えた。
彼らが一斉に撃ち込んできているようだ。
接近しようにもここまで攻撃が激しいとそれも難しかった。
いくら再生能力があると言え、剣の届く距離に入る前に死んでしまう。
逡巡の末、ルフトは近くの部屋に退避した。
室内に転がり込み、急いで扉を閉める。
「……くそっ、どうすればいいんだ」
ルフトは戦闘のプロではない。
ミュータント・リキッドで強化身体能力と再生能力を獲得したが、殺し合いにおける知識や経験は素人なのだ。
如何なる状況でも臨機応変に立ち回れるほど器用ではなかった。
「まったく、野蛮な連中だ。品がなくて困るね」
ルフトが困り果てていると、いつの間にか背後にいた博士がぼやく。
彼は言葉とは裏腹に、さも愉快そうに微笑んでいた。
この戦いを楽しんでいる節がある。
(僕の召喚できる人は皆そうだったな……)
ルフトは過去の二人を思い出してため息を吐く。
ただ、好戦的を通り越した狂気こそ、絶望に向かうこの世界には必要なのかもしれない。
廊下の外が静かになったのを知覚しつつ、ルフトは博士に懇願する。
「僕だけで戦うのは厳しそうなのですが……なんとか助けてもらえませんか?」
博士は顎を触りながら思案する。
数秒の沈黙を経て、爬虫類に似た異形の瞳が煌めいた。
「――ふむ。確かに君の意見も一理ある。助手にばかり任せて楽をするのは良くないな。たまには私が処理しよう」
博士は懐から黒光りする金属を取り出す。
それはルフトには見覚えのない代物だった。
手の中には少々収まらない程度のサイズで、大まかな形状はL字型である。
博士は持ち手らしき部分を握ってくるくると回してみせた。
「スマートな戦い方を披露しよう。今後の参考にしたまえ」
博士は片手をポケットに突っ込んだまま、ゆっくりと部屋の外へと出て行った。
ルフトは扉の陰から様子を見守る。
侵入者が姿を現したことで、すぐさま魔術攻撃の波が再開した。
幾色もの光の暴力が怒涛の勢いで雪崩れ込んでくる。
迫る魔術に対し、博士は棒立ちだった。
特に防御や回避に移る気配もない。
(何をしているんだ、早くどうにかしないと……!)
ハラハラとした気持ちで見守るルフトだったが、そこで不可思議な光景を目にする。
魔術が博士に命中する寸前、軽い破裂音を残して消失したのだ。
次々と飛んできた魔術のことごとくが、同じようになくなっていく。
「な、なんだ!?」
「魔力反応はない……何が起こったッ!」
「確かに命中するはずだった! 何の術式だ!?」
攻撃が無力化されたことで、敵の魔術師たちが動揺する。
信じられないとばかりに追加の魔術を行使する者もいたが、結果は同じであった。
すべてが博士に届く直前で消えてなくなる。
(魔術や魔道具の類ではない……そもそも博士は異世界人で、魔術の存在すら知らなかった。だとしたらなぜだ?)
間近にいたルフトも混乱する。
あれだけの魔術攻撃に対処するのは至難の業だ。
にも関わらず、博士はその場から一歩も動かないどころか、何かした様子もなく防ぎ切ったのである。
そんな中、博士だけが満足げに目を細めた。
彼は肩をすくめながら説明する。
「私の周囲半径二メートル以内に入った有害な魔術をテレポート装置で上空二百五十メートルに転送した。未知の現象なので解析に時間がかかったが既に克服したよ。さて、今度はこちらから仕掛けよう」
博士はL字型の金属機械を魔術師たちに向けると、持ち手に付いたトリガーを引く。
次の瞬間、魔術師たちの上半身が音もなく消滅した。
残された下半身がばたばたと思い出したように血を噴き出して倒れる。
「い、今のは……」
ルフト、予想だにしない光景に絶句する。
魔術師たちの死には、何の兆候もなかった。
ただ、博士が少し指を動かしただけで魔術師たちの上半身が消えたのである。
決して派手な攻撃ではないが、仕組みがわからない分だけ気味が悪い。
博士は機械を弄びながら語る。
「不可視の特殊光線を放射し、命中した生物を原子レベルで引き裂く非実弾の拳銃だ。私はアッシュガンと呼んでいる。個人携帯が可能な武器の中ではなかなかの破壊力だろう。ただの人間を掃除したいだけならこれ一つで事足りる」
「そ、そうですか……」
この人だけは絶対に敵に回してはいけない。
ルフトは固く心に誓った。




