第三十六話 緩やかな適応
折れた剣とフレイルの鉄球が打ち合う。
連続で鳴り響く金属音。
ルフトとフレイル使いは、互角の戦いを繰り広げていた。
「フンッ!」
フレイル使いが大きく踏み出して前蹴りを放つ。
巨躯を利用した長いリーチだ。
ルフトは軽く上に跳んで回避する。
そこへ頭上から鉄球が襲いかかってきた。
空中では思うように躱せない。
ルフトの動きを見越した上での連続攻撃だった。
(その動きは読めているッ……!)
目を見開いたルフトは、唸りを上げる鉄球の一撃を腕で遮った。
莫大な運動エネルギーが伝わり、前腕部の骨があっけなく砕ける。
意識の飛びそうな激痛。
ルフトは歯を食い縛って耐えながら、鎖を掴んで吹き飛ばされるのを防ぐ。
彼はそのまま強引に距離を詰めていった。
狙うはフレイル使いの太腿の裏。
ルフトは這うような姿勢から剣による刺突を行う。
切っ先が鎧の間を捉えた。
フレイル使いは寸前でバックステップで離れる。
血が僅かに滴った。
「……ヌゥ、貴様」
フレイル使いは恨めしそうにルフトを睨む。
傷は浅かったようだが、怪我をした脚に重心をかけないようにしていた。
違和感を覚える程度のダメージらしい。
「ハァハァ……」
ルフトは深追いせずに呼吸を整える。
鉄球を受けてあらぬ方向を向いていた腕が、ミシミシと軋みながら正常な形へと戻っていく。
ルフトがフレイル使いと渡り合えているのは、この再生能力のおかげだった。
両者の身体能力はほぼ同等。
戦闘技術は圧倒的にフレイル使いが勝っている。
その差をルフトが負傷覚悟の特攻で互角の戦いに持ち込んでいた。
再生能力がなければ、とっくの昔に殺されているだろう。
ルフトは腕が治り切ったところでフレイル使いを観察する。
無茶な攻撃を繰り返した結果、全身各所に少しずつ傷を負わせられた。
動くたびに傷口が開いて出血量が増えている。
フレイル使いの立ち回りは、着実に鈍りつつあった。
いくら屈強と言えど、ただの人間なのだ。
(しかし、そろそろ決めないとまずいな……)
ルフトは耳を澄ませて宿屋の中の様子を窺った。
ばたばたと戦闘の準備をする音がする。
時間をかけすぎると、増援がやって来る恐れがあった。
目の前のフレイル使いを含め、最初に出てきた暴徒はちょうど警備中だった故にすぐさま駆け付けたのだろう。
加勢されれば途端に戦況は怪しくなる。
戦い慣れしていないルフトでは、数の暴力に押し負けてしまうだろう。
おまけに博士を待たせている状態なので、どのみち悠長にやってはいられない。
ルフトは折れた剣を構えて疾走する。
一直線にフレイル使いへと向かって行った。
(――ここで、決めるッ!)
ルフトは横殴りの鉄球をスライディングで躱す。
風圧で前髪が乱れた。
さらに踏み付けられそうになるも、腕の力で跳ね上がって紙一重で回避する。
相手の攻撃を何度も目にしたが故に可能な動きであった。
「なぁッ……!?」
肉薄されて驚愕するフレイル使い。
動揺で反応に遅れが生じる。
絶好の隙を逃さず、ルフトはフレイル使いの首に剣を突き刺した。
確実に致命傷とするため、柄を捻って抉る。
噴出した返り血がルフトの顔を染めた。
ルフトは気にせず抉り続ける。
「ご、の……!」
フレイル使いは、ルフトの首を掴んで締め上げた。
怪力が首を骨を折らんばかりに圧迫していく。
それでもルフトは剣を持つ手を止めない。
無心になってひたすら首の傷を広げることに執着した。
やがて首を絞める力が唐突に消失する。
首に剣が刺さったまま、フレイル使いは倒れ伏した。
「ゲホッ、ゲホッ……ああ、なんとか勝てた……」
ルフトは咳き込みながらも近くにあった別の剣を拾う。
ここは敵の陣地の只中だ。
油断はできない。
ルフトはひとまず岩壁にもたれて軽く休息を取る。
視線や意識は周りを警戒する。
再生するだけの時間が欲しかった。
そこに博士が下りてくる。
手には青い液体の入った注射器が握られている。
「ご苦労。ミュータント・リキッドの効果が切れそうだから注入し直しておくよ」
「え、ちょっ」
博士は返答も待たずにルフトの首に注射した。
ルフトは激痛に顔を歪めるが、最初の注射よりはだいぶマシだった。
負傷がそれほど深刻ではないからだろうか。
或いは肉体が適応し始めているのかもしれない。
間もなく初期症状は治まり、消耗した体力も完全に回復する。
ルフトはほっと息を吐きそうになって苦笑した。
得体の知れない液体を打ち込まれて安堵する自分がいた。
いくら命綱とは言え、なかなかに複雑な気持ちである。
(慣れとは恐ろしい……)
心境の変化を認めながら、ルフトは宿屋の中へ踏み込むのであった。




