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異世界・オブ・ザ・デッド ~才能ゼロの魔術師だけど世界を救いたい~  作者: 結城 からく


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第二十九話 三人目

 倒れたルフトは、気合で気絶だけはなんとか防ぐ。

 しかし、既に身体は限界を超えていた。


 斬られた箇所は焼けるように熱く、それ以外の部位の感覚が薄れてきている。

 臓腑が傷口を割って漏れ出る感覚もあった。

 まだ生きている方が不思議なくらいだ。


(まったく、初めての殺人の感傷に、浸る暇もない……臆病な僕には、ちょうどいいか)


 ルフトは口端から血を垂らしながら自嘲する。


 このままでは数分と持たずに死ぬだろう。

 敵を殺したのはいいが、取り返しのつかない傷を負った。

 生き残るための戦いとしては最悪だ、とルフトは他人事のように評する。


 ただし、まだ彼は諦めていなかった。

 呼吸を整えて集中すると、床を這って移動し始める。

 慌ただしく動き回る視線は、何かを探していた。


「うっ……これは辛い、な」


 ルフトは脂汗を流しながら呻く。

 這うたびに傷口が開き、どうしようもない激痛が走った。

 おまけに手足に力が入らないので移動もままならない。

 意識も途切れそうだ。


 だが、文句ばかりを言っていられない。

 このままだと、痛みどころか何も感じられない状態になってしまうのだから。


 ルフトはあらゆる苦痛を耐えて、無心で死体の間を進んでいく。

 そしてほどなくして目当ての物を発見した。


「よし、これが……あれば……」


 彼が見つけたのは、カンテラ型の魔道具だった。

 元々は商品棚に陳列されていたのだろうが、先ほどの戦いの中で落下して破損したようだ。


 ルフトはばらばらになった部品から、淡く光る金属製の芯を取り出す。

 表面には簡素な術式が刻印されていた。

 芯に異常がないことを確認したルフトは弱々しく微笑む。


(僕にもまだ、ツキがあるみたいだ……)


 この芯は注がれた魔力を蓄える部品である。

 照明タイプの魔道具にはほとんどの割合で利用されている代物だ。

 仕組みが単純で製作コストが低く、少量の魔力でも長時間点灯するため、各施設で重宝されていた。


 ルフトは掴んだ芯をおもむろに自分の腕に刺す。

 肉を抉る痛みに、彼は顔を顰めた。


 そして数秒後、芯を引き抜いて捨てたルフトは、すっかり青白くなった顔で息を吐く。


(魔力が少し戻った……これで、使える)


 ルフトの狙いは、芯に蓄積された魔力を自分の肉体に移すことだった。

 本当なら魔力回復薬の服用が確実なのだが、見渡す範囲で魔力を補給できる物がこれしかなかったのである。

 生憎と悠長に手段を選り好みする余裕はなかった。


 かなりの荒療治となったものの、結果的に魔力は回復できたので良いだろう。

 ルフトは自分の血で床に魔法陣を描き始める。


 ここ数日で何度も利用したものだ。

 瀕死の重傷を負っても図式を忘れるはずがない。


 ルフトは完成させた魔法陣を見つめる。


(あとはこれに賭けるしかない……)


 絶体絶命の状況でルフトが選んだのは、やはり召喚魔術だった。

 彼が切ることのできる唯一のカードである。

 土壇場においても、それは変わらない。


 召喚魔術で呼び出されるのは、いずれも常軌を逸した異常者たちだ。

 しかも稲荷のように特殊能力を持っている場合もある。

 ルフトは、そんな彼らの登場に頼ることにした。


 どんな人間が来てもいい。

 可能なら治療をしてもらい、難しそうなら魔法薬の店まで急いで運んでもらう。

 運が良ければ肉体回復系の魔法薬で一命を取り留められるかもしれない。

 治療が間に合いそうになかったり、救助を断られた際は潔く諦めるつもりだった。


(一か八かの勝負。もし駄目だったら所詮そこまでの人生だったってことだ……)


 ルフトは間近に寄り添う死にも臆せず、血で構築された魔法陣になけなしの魔力を注ぐ。

 いつものように風と光が吹き荒れた。

 床に伏せたルフトは、自身の鼓動を聞きながらひたすら祈る。


 やがて魔法陣の勢いが弱まって消失した。

 ルフトは恐る恐る顔を上げる。


 魔法陣の上に誰かが立っていた。

 無事に魔術は発動したようだ。


 ひとまず安堵したルフトは、召喚された人物を見上げる。


 茶色い革靴に黒のスラックス。

 どうやら男性らしい。


 ルフトはさらに視線を上げる。


 その人物はシャツの上に白衣を着ていた。

 柄物のネクタイも締めている。

 全体的に落ち着いた格好だ。


 この世界では馴染みのない服装だが、ルフトはそこに知的な印象を受ける。

 彼は最後に顔を確認した。

 そして驚愕する。


「……え!?」


 白衣を纏う胴体の上にあったのは、淀んだ色をした異形の頭部だった。

 顎から生えた八本の触手。

 それぞれが絶えず不規則にうねっている。


 口周りはガスマスクのようなもので覆われていた。

 空気の抜けるような呼吸音がフィルターを通して聞こえてくる。


 髪や髭は一切生えていない。

 代わりに脳味噌のように深い皺がくっきりと刻み込まれている。

 全体的に樹皮のような質感だ。


 そして、爬虫類のような黄色い両目がルフトを凝視していた。

 感情の読めない冷徹な視線。

 ごくり、とルフトは息を呑む。


 彼が召喚した三人目の異世界人は、白衣を着た顔面タコの怪人だった。

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