第十六話 目的完了
上下に切断されたラミルは、自らの流した血の海に沈んだ。
手刀で破壊された臓腑が体外に飛び出る。
致命傷なのは明らかであった。
吐血するラミルは、弱々しい声でうわ言を漏らす。
「学園……私、が……守ら、ねば……生徒を……」
そうしてラミルはゆっくりと息を引き取った。
直後、彼の片目の炎が急激に燃え上がり、瞬く間に死体は灰になる。
禁術に手を出した代償なのだろう。
そのリスクを承知の上で、ラミルは制御室の防衛に命を尽くしたのである。
「先生……」
尊敬した教師の壮絶な最期に、ルフトは沈痛な面持ちで顔を伏せる。
何も言えなかった。
歪んだ形とは言え、ラミルは責務を全うしようとしていたのだ。
きっとゾンビパンデミックによって精神に異常を来たしたのだろう。
それでも彼は学園を守ることを忘れなかった。
ラミルの強靭な意志は、ルフトの心に深く突き刺さる。
その傍らでは、稲荷が周りの死体を捕食することで再生に努めていた。
半ば炭化しつつあった肉体は順調に修復されているが、燻る炎が一向に消えない。
せっかく再生しても、炎が着々と皮膚や肉を焼き焦がしていくのだ。
稲荷は困ったようにルフトに訊く。
「変な炎だなァ。何か知ってる?」
「ラミル先生の話から考えるに、禁術による呪炎らしいですね。学園長に相談すれば何とかなるかもしれませんが……それまで我慢できそうですか?」
「いや、面倒だから自分で治すよー」
稲荷は手のひらの口から舌を伸ばし、炎を絡め取って食べてしまった。
その状態で死体の捕食を繰り返すと肉体は完全に復活する。
ズタボロの狐面や学生服が激戦を物語るが、少なくとも稲荷本人のダメージは消失していた。
相変わらず無茶苦茶な能力だ、とルフトは驚き呆れる。
異世界の妖怪の力を以てすれば、禁術すらも易々と無効化できてしまうらしい。
傷一つなくなった稲荷は、残念そうに折れた鉈を拾った。
ラミルとの戦いの中で壊れてしまったようだ。
彼は頭を掻きながら嘆く。
「あーあ。結構高かったのに。またお小遣いをためないとねェ」
「それでしたら学園の武器を貰ってはどうですか? この状況ですし、別に構わないと思いますが……」
ルフトはそう提案しながら、A子のことを思い出す。
彼女もロングソードを拝借していた。
もっとも、それで活躍していたのだから褒められることはあっても、咎められはしないだろう。
稲荷も十分すぎるほどに生存者に貢献してくれている。
武器を貰っても文句が出ることはないはずだ。
しかし、稲荷は首を振る。
「生憎と盗みはしない主義なんだ。勝手に他人の物を奪うのは悪いことだからねェ」
「そ、そうなんですか……」
殺人や死体の捕食は悪いことには該当しないのか。
喉元まで出かかった言葉を呑み込み、ルフトは曖昧に笑う。
その後、室内を探索したルフトは鍵の魔道具を入手し、講堂への帰路に着いたのであった。




