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異世界・オブ・ザ・デッド ~才能ゼロの魔術師だけど世界を救いたい~  作者: 結城 からく


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第十話 食堂の悲劇

 医療品を調達した探索班は、食堂を目指して移動中だった。

 ここまで危うい場面もなく犠牲者も出ていない。

 順調な道のりのはずだが、探索班の間には気まずい空気が流れている。


 原因である稲荷は、先頭を楽しそうに歩いていた。


「いやァ、異世界は素晴らしいねェ。殺し放題のありがたみを実感するよ」


「そこにありがたみを感じられても困ります……」


 ウキウキとする稲荷に合の手を入れるのはルフトだ。

 彼以外が迂闊に話しかけられないためである。

 無視し続けて癇癪を起されるのも恐ろしいので、半ば強制的な役割だった。


 ルフトは内心でため息を吐く。


(なんというか、先が思いやられるな……)


 稲荷の異形が発覚してからというものの、ずっとこの調子である。

 他の探索班の人間は気味悪がって、稲荷と余計に距離を取るようになった。

 常軌を逸した怪力や手のひらの口を見せられたら、そういった反応になるのも仕方あるまい。


 異常者の人間かと思っていたのが実は、異常者の妖怪だったのだから。

 もはや誤差の範囲に近いが、心情的なダメージは大きいのだろう。


 とは言え、稲荷の力が必要不可欠なのも事実であった。

 魔力的な消耗もなく嬉々としてゾンビを倒す姿勢は、他の生存者にとっては心強い。

 彼が同行しているおかげで生き残る確率は跳ね上がっているだろう。

 戦闘後に手のひらからゾンビを捕食するという悪癖はあるものの、そこも我慢さえすればいい話だ。


 極力刺激せず、黙って生存の恩恵を受ける。

 探索班がこの短時間で身に着けた技術だった。



 その後、探索班は大きなトラブルもなく食堂に到着した。

 ガラス張りとなった食堂は、普段なら広々とした明るい空間だが、現在は血みどろの惨たらしい様相を呈している。

 食い散らかされた肉片や臓器が散乱し、無数のゾンビが闊歩していた。

 厨房にも料理人らしきゾンビが何体も見えた。

 ここでもやはりおぞましい蹂躙があったらしい。


 備蓄の食糧は厨房の奥に保管してある。

 彼らの目を盗んで手に入れるのは不可能だろう。


 ただこのまま突っ込んでも自らを餌として差し出すようなものだ。

 安全かつ堅実に行くならば、もう少し策を練らねばならない。


 結果、探索班の視線は、自ずと稲荷に集まった。

 当の稲荷も何を期待されているのかを分かっているようで、少し得意気に頷く。


「うんうん。ボクが囮になるから、その間に色々頼むよ」


 稲荷はあっさりと食堂に入ると、テーブルの上を跳んで移動しながらさっそくゾンビを斬り殺していく。

 大声を笑うので室内のゾンビが次々と彼に気付いて近寄りだした。


 当然、稲荷は数の暴力をものともせずに蹴散らしていく。

 相変わらず、凄まじい強さである。


 その間に、探索班たちは食堂に忍び込んで厨房を目指した。

 本来なら室内が安全になるまで待ちたいところが、食堂はとても広い上に位置が大広間に近い。

 医務室のように少人数ならすぐに終わるのだが、ここだとそうもいかない。


 あまり時間をかけると別の場所からゾンビが釣られてくる可能性もある。

 故に探索班は迅速に食糧の入手を済ませなければならなかった。


「持てるだけ持ったらすぐに逃げるぞ」


「分かっている。落ち着いて行動すれば簡単だろう」


「ああ。アイツが生きているうちは安全さ」


 小声で会話する探索班たち。

 彼らも一応は近接武器や杖を持参しており、万が一の時はゾンビを攻撃できるようにしていた。


 もっとも、ルフトだけは小型のナイフのみだ。

 彼は代わりに医療品を詰め込んだリュックサックを背負っている。

 通常の魔術が使えないルフトは役立たずのため、荷物持ちを任されていた。


 ルフト自身もそれを否定できないので文句は言わない。

 黙って探索班の人間についていく。


「まだまだ全然足りないねェ。いっそのこと呼んでこようかなァ」


 稲荷はぼやきながら鉈を動かす。

 常人なら数秒と持たずに食い殺されそうな状況の中、彼は気ままに殺戮を満喫していた。


 斬り飛ばされた手や足や首が宙を舞い、蹴りを受けたゾンビがテーブルをひっくり返しながら吹っ飛ぶ。

 稲荷自身は無傷だ。

 披露した様子もなく、縦横無尽に室内を動き回っている。

 苦戦どころか、さらなる獲物を求める始末であった。


(稲荷さんの心配をする必要はないな……)


 ルフトは蹂躙されるゾンビたちを見て悟る。


 むしろ、退屈になって勝手な行動をされる方がよほど危険だ。

 何をするか分かったものではない。

 どのみち早く目的をこなした方が良さそうだった。


 探索班は屈んで移動して、ついには厨房の前に到着する。

 稲荷の騒ぎに釣られて料理人のゾンビも室内にはいないようだ。

 ただし、隠れている可能性も否定できないので油断できない。


 そのまま厨房に入ろうとした時、ルフトは視界の端で何かが動いたことに気付く。


「ん?」


 目を向けると、十メートルほど離れた場所に制服を着た少女がいた。

 茶色い毛に覆われた耳は三角形で、猫を彷彿とさせる。

 ふわふわとした細長い尻尾も生えていた。


 獣人族だ。

 この学園では在籍する者が少ない種族だが、一般的にはそう珍しくもない。

 彼らは魔術適性が平均して低い代わりに、総じて優れた身体能力を誇る。


 見ればそんな獣人族が周囲に三人ほどいた。

 食堂に隠れていた生存者だろうか。

 そう思ったルフトの希望は、一瞬で砕かれる。


「グゥゥ……」


 佇む彼らの目は濁り、牙を覗かせる口は呻き声を漏らしていた。

 幾度となく見てきた特徴。

 紛うことなきゾンビである。


「ガァルアアッ!」


 ルフトが眼前の危険を理解したのと、獣人族のゾンビが動きだしたのは奇しくも同じタイミングだった。

 彼女たちは十メートルの距離を軽々と跳躍すると、恐るべき速度で生存者たちに食らい付いてきた。

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