暗転
なにやらおかしい。今回の戦いの敵側総大将であるフリジノーサを追って森に来てしまったが、奴はおろか部下の姿すら見つけられない。乗っている馬は草木が繁る道を煩わしそうにも走り続けている。
特攻班の兵士ミコトマスは隣に並走する班長の横顔を見た。班長の名はパウリアニ。数多の戦場でまっさきに大将を討ち取り、我がトラプス軍の損失を最小限に、軍を勝利へ導いてきた。彼の表情には淀みがない。信じるに値するものとはまさにこの面持ちのことである。少なくともこの薄暗い森の中では。
「敵の馬は相当疲弊していた。この獣道、遠くまで走り続けることはできないだろう。じきにやつらの影が現れる。覚悟を決めろ。」
部下の不安にも敏感なパウリアニの声で、蹄が雑草を踏みつける音に支配された特攻班の空気が和らいだ。ミコトマスは彼の声を聞いて改めて自分が所属する班の頼もしさと任務の崇高さを噛み締めた。
特攻班はパウリアニ、ミコトマスを含め10人の精鋭兵で構成され、特攻班投入は勝利を決定付ける一手を意味する。今回の戦いでもそのはずだが、機動力に富むフリジノーサ直属の部隊を即座に仕留めることはできなかった。しかし特攻班の威信にかけても、夜が来る前に、フリジノーサを討ち取らねばならない。必ず討ち取るのだ。
突然、馬の歩みが滞った。
「どうした?」
赤く横たわる人体。足元に目をやると、敵兵、フリジノーサの部下と思わしき兵士が血だらけで草の中に横たわっていた。
「罠か」
パウリアニが言ったろうか。
左右を固めていた仲間が叫び、落馬する音。パウリアニの方を向く。なにか叫んでいる?聞き取れない。こういうときは冷静な判断をしなければならない。血しぶきが見える。森が赤く染まる。剣を抜く。パウリアニの声が届いた。
「逃げろミコト、と」
パウリアニの首が飛んだ。その後ろから敵。フリジノーサではない。剣を振る。どうしたことか、握っていた剣がない。微笑を見せる敵。剣を探し振り向くと、大熊が目の前にいた。
「焦るな王子よ。」
言葉を話す熊か。それに掴み上げられる。意識が薄くなる。
「たく、期待外れも大概にしてくれよ、」
パウリアニを殺した奴の言葉だった。熊と話している。熊ではなく人間なのか。
森の奥から、重たそうな甲冑をまとった大男が歩いてきた。鋭い眼光がこちらを嘲笑している。
「掃除は済んだか?おお、こいつがミコトマスか。本当にただのガキなんだな。」
泥水のような声に意識が侵食されていく。
「ここで殺してやりたいくらいだが、仕方ない。海老が釣れた。次は鯛だ。フリジノーサ、ご苦労だった。」
フリジノーサ?そうか、奴を殺しに、森に来たのであった。どこだ、相手はこのミコトマスだ。しかし眠たい。体が動かない。フリジノーサを殺して、陣営に戻らねばならぬのに...。目の前が暗転した。
「王子、もうおやすみかい。」
いや。まだ...。
記憶が途切れた。