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水面の月 海の果て 2  作者: 理子
6/8

<6>

 エイラを家まで送り届け、明日、夏至祭りの花束を渡すと約束した。

 明日またすぐに会えるのに、離れるのがこんなに寂しいなんて幼馴染の時には考えられなかった。

 後ろ髪をひかれるような気持ちで家に帰る道の途中、両想いになった嬉しさを噛みしめる。


 断言しよう。この日の僕はめちゃくちゃ嬉しくて浮かれていた。

 だから、家に帰ってからまだ起きて酒を一人で飲んでいた父親を相手に、朝方近くまでエイラの惚気話や父親とミカとの馴れ初めを質問責めにしたり、フィニースマルのことを色々聞いたりしていた。

 話し込んでいる途中で気づいたけど、今まで距離感が読めずに遠慮してですます調だった口調が、いつの間にかいつもの口調になっていたし、父親の方も僕のことを最初は君、と言っていたのに、段々お前呼ばわりしてくるようになったりして、お互いに遠慮がなくなってだいぶ話しやすい存在に変わっていった。

 照れついでに、父さんとノルズどっちで呼ばれたいのか聞いてみると、呼びやすい方でといいと笑ってくれた。


 一つ、物事がうまくいくと相乗効果でいろんなことがうまくいくんだなあと改めて思う。

 朝方自分のベッドに潜り込んで眠りにつく前に、そんなことを思いながらもいつの間にか爆睡してしまったのだった。


 **********


 あっという間に夏至祭り当日になった。

 僕は今、噴水のある中央広場の控室にいる。

 今日はまだエイラに会えていない。お互いに夏至祭りの公開告白の準備があるから、顔を合わせるのは中央広場のステージの上でだ。

 控室にいた男たちが次々に名前を呼ばれ、舞台袖から会場へと出ていく。

 僕は最後のヤーニスで控室には一人きりになった。


「今年最後のヤーニスは、フレイ・タイト!」


 裏方の進行係が舞台に上がるように指示をするので僕はみんなの前に姿を現した。

 観覧席の方から男友達の野次が聞こえてくる。僕は彼らに愛想笑いを返し、エイラが出てくる天幕の方を向いた。


「フレイが花束を贈った女性はー!」


 司会者が声を張り上げると、天幕の布が開いた。

 赤が目立つガーベラの花冠をかぶったエイラがそこに立っていた。

 赤い髪に赤い花だとあまり目立たないから、白いかすみ草を差し色にしてガーベラが目立つように仕立て上げたようだった。

 照明のせいなのか、少し顔色が悪く見える。

 手には月桂樹の冠があり、それを見た人々の拍手喝采が沸き起こり、一瞬耳が何も聞こえないぐらいになった。


 エイラが月桂樹の冠を両手で頭の高さまで掲げたので、冠を乗せやすいようにかがんだ。

 エイラの手が冠から離れると、僕はエイラの頬に返事のキスをして肩を抱いた。

 肩を抱いた時に触れた二の腕がやけに冷たく感じた。

 そっと顔色を窺うと、やっぱり顔が青白かった。


 具合が悪いのかと思い、体重を僕の方へ預けるようにして舞台の袖の方へ促すと、エイラは舞台を降りた瞬間気を失った。

 進行係に大きめのタオルを借りてエイラを包むと、会場に待機していた医者がエイラを診察してくれた。

 医者の見立てでは軽度の貧血だろうということだった。

 しばらく休ませてから、僕はエイラを抱きかかえて彼女の家へと向かった。


 今日、エイラの両親はタイトおじさんやプルムおばさんと一緒に夏至祭りに繰り出すと言っていた。

 祭りの最後には父さんがみんなに魔法を見せて終わるのだ。

 おそらく中央広場の公開告白も見ていただろうけど、探している暇はなかったからそのまままっすぐ帰ってきた。

 だからエイラの家に戻っても誰もいない。

 僕は勝手知ったるエイラの家の鍵を玄関脇の植木鉢の下から取りだして鍵を開けた。

 エイラの部屋のドアを開け、靴を脱がせてそっとベッドに横たわらせる。

 少し形が崩れてしまった花冠をチェストの上に置き、自分の冠もその横に置いた。

 貧血で倒れたときはどうすればいいんだろう。とりあえずタオルを濡らして額の上に置いてみた。

 部屋の中は薄暗い方がいいかもしれないと思い、あえてつけないでおいた。

 夜通し行われるお祭りの明かりが明るくて、部屋の中まで明るいのだ。


 椅子をベッドの横まで持ってきて座ると、急にやることがなくなった。

 高校に上がってからはエイラの家に遊びに来たことはあったけど、部屋まであがることはなかったな、とふと思う。

 見渡すと特に何かを飾ってるということもなく、シンプルに机とチェストとベッドがあるのみだった。

 部屋の片隅には大きな箱がいくつか積み重ねられていて、王都へ行く準備を着々と進めているのだとわかる。

 王都に行ってほしくないな、と独占欲がこみ上げてくる。


 ふと、エイラの腕が上がり、額に置いたタオルをずらして天井を見上げていた。


「…気分はどう? 貧血らしいってお医者様が言ってた」


 タオルを受け取ってチェストに置くと、エイラは再び目を閉じた。


「…うん、なんとか。お母さんたちは?」

「今日、4人でお酒飲みに街に繰り出してるよ」

「…そう」


 話し続けるのが辛いのか、エイラは黙り込んでしまった。

 僕は少し濡れてしまったエイラの額にそっと指をそわせ、額にくっついてしまった髪の毛を横に流してやった。


「…フィニースマル。海の神様。ノルズ。イーレンスグ」


 エイラが目を閉じたまま、唐突にその単語を口に出した。

 ああ、もう知っていたのか。ミカあたりが口を滑らせた可能性が高いけど。


「…それと、ユングヴィもね」


 僕はもう一つの馴染みの少ない名前を付けくわえた。


「海神ノルズの息子の名前だよ。フレイは人間の名前。僕のフィニースマルでの名前はユングヴィというんだ」

「ユングヴィ…」


 エイラが僕のもう一つの名前を呟いて、顔をこちらへ向けた。


「変なの。全然馴染のない名前。あんたはずっとフレイだったのに」


 エイラの瞳が見る見るうちに潤み、涙が溢れて流れ出す。僕は指先でその涙をぬぐう。エイラの手が僕の腕をそっと掴んだ。


「…どうして言ってくれなかったの? フィニースマルに行くこと」


 いずれ言うつもりではいたけれど、先延ばしにしていたツケがこのざまだ。

 どんな言い訳をしたって、エイラを悩ませたことには変わりない。

 僕が半分人間じゃなくても、エイラは月桂樹の冠をくれたのだ。僕ももうエイラに対して隠し事はしたくなかった。


「…ごめん。だいぶ前から空気が薄く感じて、時々ひどい頭痛が起こってたんだ。フィニースマルはここより酸素が濃いらしいし、医学も発達してるんだって」


 いつかの、昼休みに倒れたときのことを思い出しているようで、エイラは小さく頷いた。


「そっか…」


 僕は腕を掴んでいるエイラの手を両手で包み込んで自分の口元へと持っていった。


「本音はね。卒業したらエイラも一緒に連れて行きたかったけど、王都で勉強するって言うから、卒業してから向こうに行って戻ってくる時、多分新学期に間に合わないと思って」

「…え?」


 エイラの目が急に険しいものに変わった。

 僕も話していてお互いに何か勘違いをしているのを察した。


「ずっとあっちに住むんじゃないの?」


 がばっと勢いよく起き上がるから、めまいを起こしてしまったようだった。慌てて体を支えるけど、エイラは至近距離で僕の顔を食い入るように見上げてくる。


「すぐ帰ってくるんだよね?」


 念を押すように聞いてくる。ミカももしかしたら僕がずっとフィニースマルで暮らすものだと勘違いしていたのかもしれない。だからエイラに間違ったことを伝えてしまった可能性もある意味仕方ない。


「そうだよ? ずっと住むだなんて誰に聞いたの? 両親の住んでるところを一度は見てみたいし、頭痛薬をもらってこようとも思ってる。もし、ほんとに移住するとしたら……エイラに告白なんてしないよ」


 必死な顔でしがみついてくるエイラを、僕はベッドサイドに座りなおしてこれ以上ないっていうぐらいに密着するように抱きしめた。

 無意識にベッドに腰かけてしまったけど、やばい。こんな薄暗い室内で二人きり。それもベッドの上。この状況じゃエイラの体調が悪いのに無理やり襲ってしまいかねない。


「…安心したら眠くなってきちゃった…。フレイ…いつでも帰っていいからね」


 え? この状況で眠気がくる!?

 僕って、エイラにとってホントに無害で安全な男になってしまってる?


「エイラ!? 今夜はノルズの魔法が見られる貴重な夜なのに、また寝ちゃうの?」

「魔法…? いいよ、また今度…」


 祭りの最後のイベントは、父さんがチトゥナの夜空に花火を沢山打ち上げるものだった。

 王都の魔術師という名の下に、堂々と神様が魔法を駆使してみんなを楽しませてくれるのだ。

 ここの窓からでもその魔法は見られるはずだから、一緒に花火を見たいという僕の気持ちはエイラには通じなかった。


 会うたびに体の中にバチバチと火花が散るような激しい恋愛をしているわけではないけど、もう少し、僕に対してドキドキしてもらえないだろうか。

 少し距離を保って新鮮な雰囲気を作った方が意識してもらえるんじゃないだろうかと、エイラの背中をさすりながらがっくりと肩を落としたのだった。

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