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僕は緊張してごくりと唾を飲み込んだ。エイラは少し困惑したような表情で僕の次の言葉を待っている。
「あの二人、僕の本当の両親なんだ」
今日、何度エイラのびっくりした顔を見ただろう。僕はエイラが驚いてから自分の納得いく答えを導き出すまでの間、固唾をのんで待った。
「……ええと。フレイのご両親は王都の魔術師か何かなの? 全然年取ってないじゃない。ミカさんなんて私たちと同じぐらいに見える」
王都の魔術師か。そう来たか。常識の範囲内では妥当な答えだ。魔術師たちは魔法で外見を自分の好きなように変えられるという噂がある。
もっと早く、両親のことを王都の魔術師として紹介しておけば良かったのかもしれない。
でも嘘で塗り固めて両親のことを周囲に知らせることはしたくなかったから、やっぱり言わなくて正解だった。
「…うん。まあ、そんな感じ」
とりあえず、彼らが両親だと伝えることはできたから、それ以上の話はおいおいすることに決めた。
「両親の話はまあ、置いといて」
いざ、本題に入ろうとすると途端に言葉が出てこなくなる。エイラのまっすぐな視線に耐え切れず、顔をそらしてしまったけれど、それじゃだめだ。エイラの方に顔を戻して僕は言った。
「僕がヤーニスに選ばれたのは言ったよね」
「…うん」
「僕は、エイラに花束を渡すよ」
…言った。
ついに言ってしまった。でもエイラの表情は全く変わらない。
え。もしかして、伝わってないとか。こんなにはっきり言ったのに。
ヒヤヒヤしながら、次の言葉をなんて言おうか考えているとエイラが言った。
「…お目当ての女性に振られちゃったから、とりあえずヤーニスの役目を果たすために私に花束を…?」
…ああやっぱり。伝わってなかった。
僕は額に手をやり、目をつむって唸った。
エイラはこういう時、壊滅的に鈍い時がある。
僕がずっとエイラに片思いをしているっていうことは、周りの人間はみんな知っている。
エイラのおばさんにだって、僕の気持ちはダダ漏れなのだ。
知らないのはエイラ本人だけだ。
「……ガーベラが好きだって言うから、僕の気持ちに気づいてもらえるよう赤のガーベラを選んだのに」
あんまりにもがっかりしてしまい、つい、恨み節のように唸りながら言ってしまった。
「え、だ、だって。今年も一緒に行くでしょって誘った時、今年は好きな子を誘うからって断ったのフレイだよ?」
「それは…っ! いつも通りに幼馴染として一緒に参加したくない意思表示だったっていうか…」
エイラにはもっとストレートにいかなきゃダメだったと今更ながらに後悔する。
「~~~~わかりづらいよっ!」
少し怒った顔でエイラが僕の二の腕を軽く叩く。
「…ごめん。ほんとは明日言おうと思ってたんだけど、誰かに月桂樹の冠を作ってほしいと言われたら困ると思って」
未練がましい言い訳ばっかり口に出る。
僕は直接的なセリフを言わなかったけれど、自分の気持ちをエイラに何とか伝えられた。
けれど結局、エイラは困惑と怒りの表情しか見せてくれなかった。
それで、僕のことを幼馴染としてしか見てくれていなかったんだと結論付けた。
一世一代の告白は、こうもあっさりと玉砕してしまった。
どうしよう、この流れ。このままじゃグダグダだ。もう帰ろうって言おうかと思ったら。
「フレイ以外の人の冠なんて作ろうなんて思わないよ」
耳を疑うような言葉と、エイラの笑顔が視界に飛び込んできた。
「…ほんとに?」
僕は本当に呆けた顔でエイラを見下ろしていたんだと思う。
「うん」
照れたようなはにかんだ笑顔のエイラに、理性が一瞬吹っ飛んで僕は気づいたらエイラにキスをしていた。
「エイラ、ずっと前から好きなんだ」
エイラには何でもストレートに伝えなきゃダメだと悟った僕は恥ずかしついでに告白をして、真っ赤になった顔を見られまいと抱きしめた。
少し力を入れると、折れてしまいそうなほど華奢な背中に驚く。
しばらくすると、エイラは僕から体を少し放し、小さな声で私も…という声が聞こえてきた。
エイラも恥ずかしかったのか、僕の首に腕を回して顔を肩に埋めていた。
僕はエイラの髪のいい香りを十分に堪能したり、耳から首筋に沿ってキスをした。
くすぐったがるエイラの顔が見えると、僕はエイラの口元へついばむようなキスを繰り返した。
ここで恋人同士の深いキスなんて始めたら、その後のことを止められる自信がないからやめておこう。
僕がそんなことを考えながらキスをしていたら、エイラがふと思い出したように切り出した。
「…去年の夏至祭りの帰り。なんで急に不機嫌になったの?」
「えー、今、ここでその話題を持ち出す?」
ちょっとここは空気を読んでくれないかな。雰囲気ぶち壊しじゃないか。
ああ、でも、これ以上良い雰囲気になったら僕は止められる自信がないからそれはそれでよかったかもしれない。
「同じ場所だもん。嫌でも思い出しちゃうよ」
そりゃそうだ。僕も去年の仕切り直しだと思ってここを選んだのだから。
ただ、去年のことは二人の間ではちょっと慎重に扱わなくちゃいけない出来事だった。
僕は言葉を選びに選んで口に出した。
「あの時は、エイラ、自分を持ってなかったから」
それだけ言うと、エイラは納得してくれた。
多くの言葉を言わずに済んだのは良かったけれど、何か解せない。恋愛方面にもそれぐらい理解が早いと助かるのに。
「一年前と同じ質問をしたら、君はどう答える?」
フィニースマルは幻なんかじゃなくて、実在する遠い国だ。僕にとっては長旅ぐらいにしか考えていないけれど、まだ何も知らないエイラにとっては、砂漠で一粒の金を見つけるようなことと同じぐらいにしか思えないだろう。
それでも答えを聞いてみたかった。
「私は王都に行く、けど」
「…けど?」
「フレイと一緒だったらフィニースマルを探す旅に出るのも楽しそうと思ってる。フレイは卒業したらこの街を出るの?」
エイラは海を旅する冒険家になるのも良いかと考えているようだった。
僕はもう少し普通の恋愛を楽しみたかったというのもあって、父親のことやフィニースマルのことをエイラに伝えるのはもう少し後にしようと思って口を噤んだ。
まだ僕には半分神様の血が流れている自分を、エイラが受け入れてくれるかどうかすら自信が持てない。
せっかく両想いになれたのだから、もう少しだけこの余韻に浸りたい。
そんな僕のわがままな気持ちが原因で、後でエイラをものすごく悩ませることになるとは、今の僕は露とも考えずにいたのだった。