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水面の月 海の果て 2  作者: 理子
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<4>

 夕飯時にガーベラの花束を買いたいとみんなの前で言うと、ミカが一緒に花屋に行って見繕ってくれるという話になった。

 正直、その提案は有難かった。

 花屋に行ってお店の店員のアドバイスを受けながらも、ミカのアイデアだったり花言葉というものを織り交ぜてなんとか花束を買った。

 花束を女性に渡すのは生まれて初めてだったし、ガーベラという花はいろんな色があるようで、その色合いのバランスも大事らしかった。

 中でも赤いガーベラは絶対に外せなかった。これはエイラに渡さなきゃいけない色だ。

 僕は家に飾る花とエイラに贈る花束を買うことにした。


 家に帰って玄関に飾る花に、一輪だけ赤いガーベラを差しておこうと考えた。

 朝と晩に家に帰ってきた時、エイラのことを考えて花に勇気づけられるかと思ったからだ。

 ミカと二人で玄関の中でああだこうだと言いあいながら花瓶に花を入れ替えている時に、突然玄関のドアが開いた。

 玄関の方へ顔を向けると、おずおずとエイラが会釈をしていた。


「おかえりなさい、あなた。そこの可愛らしい彼女はエイラさんかしら?」


 いつもとは違って、母親モードに切り替わったミカが夫への出迎えの言葉をかけると、エイラはおどろいて目を見開いていた。

 エイラが本当に母親と僕の間に恋愛感情があると勘違いしていたのだとわかって、僕は笑いをこらえるのに必死だった。

 エイラは顔を真っ赤にしながらも話がしたいと僕を庭へと連れ出した。


「…プルムおばさんが、エイラが何か勘違いしてるって言ってたんだけどさ。まさか僕がミカに恋愛感情持ってるなんて…」


 なんと夏至祭りの相手もミカだと思われていたらしい。遠距離恋愛の話もそこにつながっていたようで、話を聞いているうちに笑いをこらえきれなくて笑い涙が出てきた。今はこうやって笑ってすませていられるけど、母親に片思いだなんて、本気であり得ないから。もし万が一、本気でそう思っていたら今頃僕は父親に海の底に沈められてるだろう。

 

「フレイ。笑いすぎ」

「だって」


 僕は一旦笑いだすとなかなか笑いが止まらなくなる。恥ずかしくて真っ赤になっているエイラを見ながら、お腹を押さえて何とかこらえようと頑張ってみた。


「え、だって、彼女すごい可愛いし…。道ならぬ恋だってあり得るし…」

「道ならぬ恋…! ひーっ、おかしいっ!」


 だめだ。エイラの言葉にしゃっくりまで出始めた。想像力が豊かすぎる。


「もういいよ、フレイのバカ」


 憮然とした顔で、エイラが踵を返す。僕は慌ててエイラの手首に手を伸ばした。


「ちょっと待って」


 久しぶりに触れた彼女の手首はほっそりとしていて、ああ、やっぱりエイラに触れるのは気持ちがいいなと改めて思う。


「今日は、楽しく夕飯食べようね」


 そう言って、僕は気分が良かったからついついエイラを軽く自分の方へ引き寄せて額にキスをした。

 キスをした後にエイラの顔を見ると、顔を真っ赤にしながらも嫌がる素振りは見せなかったから僕はさらに気分が良くなったのだった。



 夕飯の席では、エイラはミカの隣でいろいろと質問攻めにあっていた。

 僕はミカと反対側の隣の席に座っていたのだけど、時々、ね? と同意を求める振りをして、助けてほしいような視線を向けてくる。

 助け舟を出してもよかったけれど、ミカの質問は時々僕の知りたいことを聞いてくれたりするので、こんなチャンス滅多にないと思った僕は、自分の欲求を優先して肩をすくめるだけに留めた。

 でもさすがにこれは尋問になってしまうかも…と思って口を出そうとしたところ、父親が苦笑しながら止めに入った。

 その時のエイラのほっとした笑顔が、よりによって父親に向けられたものだから僕はちょっと面白くない。


「タイト。明後日の夏至祭りは仕事休みだろう? 俺の酒に付き合え」

「えぇー、お前ザルだから次の日がつれぇんだよなー」

「俺持ちでいいからさ。美味しい酒がある店に連れてけよ」


 父親はエイラにはあまり構わず、タイトおじさんに絡みだした。僕やエイラには何故か年上の紳士ぶった態度で接してくるのに、タイトおじさんやプルムおばさんには遠慮ない口調で話しかけている。

 …そういう態度の変え方も、地味に溝を感じて寂しかったりもするけど、こちらも同じように態度が変わってしまっているのでお互い様だ。

 もう少し大人になったら、接し方も変わるだろうか。

 でも今はエイラとの時間を楽しもう。

 僕がこっそり彼女に耳打ちする時、くちびるがかすかに耳に触れても彼女は嫌がらない。

 我ながらむっつりだと思うけど、告白するその時までこうやって自信をつけたって罰は当たらないはずだ。…きっと。



 デザートも食べ終わろうとする頃、タイトおじさんと両親は既にソファの方へ移動してお酒を飲み交わしていた。ミカは既にソファで眠ってしまっている。

 だいぶタイトおじさんも酔っぱらってるようで顔が真っ赤になって舌が回っていない。


「そろそろ、帰らないと」


 エイラが遠慮がちに立ち上がると、ノルズはけろりとした顔で笑みを浮かべて手を振った。度数の高いお酒を平然とした顔で飲むので、試しに飲んでみると舐めただけで火を噴きそうなくらいにきつかった。父親はやっぱり人間じゃない。


 プルムおばさんも席を立って玄関まで見送りにやってきた。

 僕もエイラを送るために靴を履く。


「エイラ。今日は来てくれてありがとう。みんなに会わせることが出来てほんと良かった」


 プルムおばさんの言葉は、僕にはすごくしみた。不意打ちでそんなことを言うから、僕も鼻がつんと痛くなって泣きそうになる。プルムおばさんは目元が赤くなっててしっかり涙ぐんでるけど。

 でもエイラはそんな言葉の行間には気づかない。


「やだな、おばさん。大げさだよ。また近いうちに来るから」


 そんな会話をしている間に、僕は玄関に飾ってあった赤いガーベラを一輪摘まみ取ってエイラの耳にかけるように髪に差した。

 赤いガーベラの花言葉はミカから聞いて知っている。

 これから新しく何かに挑戦する時への応援と、燃えるような神秘の恋。

 プロポーズする時に差し出すと良いとも聞いた。

 これは僕の気持ちだ。あわよくば、エイラも意味を知ってますように。



「じゃあ、僕、エイラを家まで送ってくるから」


 プルムおばさんにそう言い、僕はエイラに手を差し出すと、ほんの一瞬目をそらした間に、エイラの耳が真っ赤になっていた。

 …幼馴染だからって、花を髪に差すのはキザ過ぎた?

 今日はちょっとやりすぎだったかと思ったのもつかの間、エイラが手を繋いでくれたのでほっとする。


「じゃ、行こうか」


 僕は既に恋人同士みたいな雰囲気で歩けていることにご機嫌だった。

 思わず口笛までついてでる。

 特に会話もせずに時々手を握る力を変えては視線を合わせ、お互いに軽く笑いながら歩いていく。

 この道が永遠に続けばいいのにと思いながらも、あと少しでエイラの家についてしまう。


 そして去年、気まずい思いをした大木の前を通りかかったとき、もう一度仕切り直しをしようと思った。


「ちょっと、ここで話をしていかない?」


 エイラはこくりと頷き、大木の幹に寄り掛かるように腰を下ろした。

 僕はちょっと小川の方を眺め、深呼吸をして覚悟を決めてからエイラの隣へ座りこんだ。


「今日はウチに来てくれてありがとう」

「ううん、こちらこそご馳走になっちゃって。今度お礼に何か持っていくね」

「いいよ、そんなの。僕はあの二人に会ってもらえただけで十分嬉しかったから」


 僕はそっとエイラの手を取ってそう言った。プルムおばさんとセリフが若干被ってしまったけど構うもんか。


「エイラは小さい頃からいつも僕をかばってくれてて、正義感の強い女の子だったよね」


 僕の悪い癖は、大事な話をするときに、前置きが長いってことだ。エイラは突然昔話に話題が飛んでしまったので、首を軽くかしげていた。


「…いじめっ子たちのいじめる内容がひどかったから許せなかっただけよ」


 それが小さい頃の僕にとって、どれだけ心が救われたか君にはわからないだろう。

 いくらタイトおじさんやプルムおばさんが優しくても。

 家族以外の他人から優しくしてもらうことが、どんなに嬉しかったことか。


「僕に両親がいないってこと、からかわないでくれたのはエイラだけだった」

「フレイのせいじゃないもの。からかうことでもないし」


 でもね。子供は残酷で、些細なことでもからかう生き物なんだよ。

 そして、からかわれた側は心に傷を負いながら大人になるんだよ。

 僕はタイトおじさんやプルムおばさんに育てられたことを感謝することはあれど、恥じることはなかった。

 もちろん、少し距離感が取りづらい両親のことだって僕は愛していると断言できる。


「…うん。エイラだからそう言うと思った。だから言うね」


 今まで、誰にも言わなかった僕の秘密を君に打ち明けよう。

 そうしないと、その先の話が出来ないから。

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