学習
数年の月日が流れた。
朝食の片づけをしながら、ジャシュカは窓辺で本を読みふける少女に目をやった。
「おい、ブラーシュ。お前も他の子どもと同じように外で遊んできても構わないんだが」
元軍属の大柄な男には到底似合わないエプロンを身につけ、食器を手に調理場に立った。そこからはブラーシュのことが良く見える。
ブラーシュとジャシュカが出会った研究施設は、戦争のなくなった今不要の一物となり、政府の意向により閉鎖されてしまった。そのため当時そこにいたものたちは大半が廃棄処分されるか、害のないものと判断されたものは精神疾患の類というものにされ病院に収容された。彼らは施設が閉鎖されるとき仲間とともに盛大に抵抗した。そのあまりの力の強大さに機関は恐怖し、憎悪し、彼らを処分はせずに監視下に置き自分たちの言いように使うことに決め、彼らに政府直属の組織という肩書きを与えた。
「私はここでいい」
ジャシュカは年相応に老けたのに対し、ブラーシュは数年前となんら変わらない姿をしていた。しかし、その学習能力は凄まじく、片言だった言葉は流暢になり、さらに他の八カ国の言語を習得するに至った。
「あの子たちと遊んで、私に何の利益があるの?」
ブラーシュは澄んだ声で言った。目はなおも本に向けたままである。
「あの子たちと遊んでいるくらいなら、ゴシップ雑誌を読んでいたほうが頭の肥やしにはいくらかなる気がするわ。ジャシュカ、あなたはそうは思わない?」
ページをめくりながら、この時初めてジャシュカに目を向けた。しかし、その目もまたすぐ本に戻った。
二人は都市部を離れ郊外にある田舎に身を潜めるように暮らしている。そこは、ぽっかりと穴が開いたかのように、時代錯誤な発展の遅れを感じさせる。
それもそうだ。ここには中流階級以下の人間しか住んでおらず、人々は農業をしているか牧場をやっているか都市部まで働きに出かけるという生活をしている。そんな小さな町には小さなスーパーマーケットがある程度で、ゲームセンターなんてものはない。そのため、子どもたちが遊べるところが限定されてくる。
「しかし、お前ももう少し一般人らしくしてもらわなければ後に支障をきたすおそれがある」
すると、その言葉に対して何か思案するそぶりを見せた。
「確かに、その発言には一理あるわ。私たちは仮にも一般市民としてここで暮らしているんですものね。」
本から顔を上げ、今度はしっかりとジャシュカのほうを向いた。その目に相変わらず一点の曇りもない。
ジャシュカは食器を洗い終わり、手をズボンでぬぐいその足で食卓の椅子をブラーシュが座る窓辺のソファーのところまで持って行き、腰掛けた。
ジャシュカはブラーシュと目線が合うように腰を曲げ、膝に肘をついた。
「その通りだ。だからまず、お前は学校に行く曜日は仕事がない限り毎日行かなければならない。わかるか?」
「わかったわ、ジャシュカ。そうしなければ、怪しまれるからね」
何の表情もないまま、彼女は淡々と答えた。彼女は一応この町にある中学に在学していることになっている。名前は「ブラーシュ=ドラニコフ」と名乗り、ジャシュカの娘としている。しかし、彼女は学校を嫌った。まわりにいる人間が如何に無知で無能で無用な存在か。ジャシュカが如何に有能か。それを考えてしまった。
「ブラーシュ。戦闘において集団行動のできないものは、無用だ。わかるな?」
彼女は小さく頷いた。
「勝手な行動をとるものがいれば、それのせいでどんなに統率が取れている隊でも綻びができ、それが広がって最悪の場合全滅する。ブラーシュお前にはそれがもう理解できるはずだ。あの時のことは、お前は忘れていないはずだ」
「ええ、ちゃんと記憶しているわ」
彼女は俯いた。その表情には悲しみ、後悔、罪悪感、懺悔。全てがこもっていた。ヴィクターの最高にして最強の作品というだけはある。人間の複雑な感情を持つ、人型の兵器。
「お前は、あの失態を二度と繰り返してはならない。そのためには集団行動の基礎を学校という場で実際に体験し学べ」
「了解、バディー」