遊戯
白くて広い空間に、男性研究員と二人きりの少女。彼女は一人で遊んでいた。赤い紐のわっかで遊んでいた。使い方が分からない少女はそれをじっと眺めているだけだった。
「どうしたんだい?遊ばないのかい?」
男が話しかけてきた。少女は答えない。
「ちょっと貸してごらん」
男は彼女から紐を取り上げると、器用に紐をいろんな指に絡ませて言った。
「ほぉらできた。これが橋だよ。ご本で見たことあるだろう?」
幼児に話しかけるように話す。しかし少女は今年で十四歳になるのだ。部外者が見れば異様な光景だろう。さらに、少女の脳の発育の遅れにもとれる言語能力・行動はその異様さを膨れ上げさせる。
「かえし……て。それ……わたぁ……し、の。かえし……て」
「あっああ。ごめんね。はい、どうぞ」
少し驚いたような様子に一瞬なるが、また笑顔に戻り少女にそれを手渡す。いつもの作り物の人形のような笑顔に。少女はその笑顔を見る度に胸の奥を掻き毟りたくなるような感覚に襲われる。
男はくるりと後ろを振り向き、持ってきた紙に何かを書きだした。それを見ながら、少女は思う。
――『ニンゲン』は『キドウ』を塞いだら、『死ヌ』。『死ヌ』は二度と『動カナイ』。『オニイサン』の『キドウ』は外からでも塞げる?塞げたら『オニイサン』は『死ヌ』?
少女はゆっくりと床から立ち上がり、紐を持って近寄って行った。男の後ろまで行くと話しかけた。
「おにぃ……さ、ん?」
男は振り返った。振り返ろうとした。しかし叶わなかった。
彼女は驚くべき身体能力を発揮して、男の肩に飛び乗り、首に紐を引っ掛けて思いっきり絞め上げた。
「あがぁっ……あ、あっ、がぁっ――」
その華奢な身体からは想像もつかない力で首をじわじわと絞め上げられていく。一般の成人男性の力よりも格段に強いそれを、男は振りほどくことができなかった。
男の顔がだんだんと赤から青紫へと変わり始めた。限界まで目を見開き焦点が合わないまま何処かを見つめて口から泡を吹いている。
そこに誰かが入ってきた。少女はお構いなしに絞め続けている。今まで遊んでいる途中にそれを中断されることが無かったからだ。しかし、今回はそうはいかなかった。
彼女は何か見えない力で弾き飛ばされた。彼女によって拘束されていた男は、突然の来訪者の後に入ってきた他の職員たちによって連れだされていった。出ていく前、一瞬だけ男の顔が見えた。そこにはいつもの人形のような笑顔はなく、その表情を彼女は知らなかった。