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嘯くカノジョ

作者: フジノハラ


 彼女は嘯く

木々の隙間を縫って差す日の光が煌めき、軟かな風が僕と彼女の間を通り抜け、木漏れ日が揺れ、彼女の白い肌の上を斑に照らす。その光は、確かに彼女と遊んでいた。

彼女はそれを楽しみ、体で感じる様に、目を瞑り、綻ぶ口許は微かに揺れて、くすぐったそうだ。

そして、彼女は口をひらく


「ねえ、知ってる?世界は毎夜壊れて、新しい世界が産まれるの」


 嘯く彼女


 この解はこうだ。

『私思うんだけど、毎日新しい1日が始まる。それって素敵な事よね』

と、なんとも難解なことこのうえない。

でも、僕はそんな彼女を可愛いと思う。彼女はいつも嘯いて、けれど、その言葉はいつも真剣で、人を惹き付け、同時に人から嫌われていた。


 嫌われようが好かれようが、そんなことはお構い無く、彼女は一人、一喜一憂する。その姿を目にする度、不思議な高揚感を感じて、彼女を目で追いかける様になった。

一つの季節が過ぎる頃には、僕は自分の感情の正体に気付き、淡い想いを膨らませながら、彼女との距離をどうやって近づけるのかと悩み。少しずつ声を掛け、僕の存在を彼女に印象付けようとしたのだが、彼女にそれは通用せず、頭を抱えたとき、僕は行動を興すと決め、彼女に告白する算段をたて、実行に移した。


 学校が終わり、少し遅い、黄昏時のオレンジとも黄色ともとれるそんな空の下、学校の隣に面した神社の大きな木下に彼女を呼び出した。

荘厳さを感じさせる黄金色の空と、対比する乾いた黒い木肌。その逞しい枝が風に吹かれて、大きな、黒い鴉が降り立つ瞬間の様に、バサバサと音をたて、吹き付けられる風が、幻想的なクリーム色の柔らかい雲を流し、連れて行く。


 彼女をよく見掛ける

この場所ならば必ず来てくれる。

確信をもって僕はこの場所に彼女を呼んだ。

神社の脇に自転車を停め。彼女が来ているか確めるべく、神社の奥に目をやると。黒いカラスの様な樹のシルエットが見え、そこに彼女の姿を見つけることは出来ず。それでも僕は高鳴る胸を抑えずに、急いで樹の側まで走り、辺りを見回した。

やはり、彼女は見えない。


「ねぇ、あなたが私を呼んだの?」


 と、姿が見えない彼女の声が僕に届いた。

声は僕の斜め後ろの更に上から降ってきた様で、僕は大きな木を仰ぎ見ると…。

木の中腹辺りの枝に、危なげ無く座る彼女の姿が、沢山の枝の隙間から覗けられた。

その不思議な空気に思わず笑みが零れ、僕の好奇心と期待がメリメリと顔を出そうとする。

彼女はあの場所で、何を思って、何を感じただろう?

少しでも、僕の事を思ってくれただろうか?

彼女のことだ。呼びだされたとしても、あまり興味を持てず、木に登って時間が過ぎるのをただ待っていただけかもしれない。そうして、呼び出された事すら忘れて、あの高見から広い空を見ていただけで。僕という異分子が登場した事で、呼び出されたことを思い出しただけ、なのかもしれない。

そうであったとしても、彼女の律儀さに僕は浮き足たつだけだろう。

多分、僕は彼女に何かされても、彼女が何をしようと許して仕舞う。それくらい僕は彼女しか見えていないし、どう仕様もないくらい彼女に心酔しているのだ。

枝の隙間から漏れる夕焼けの欠片が彼女を煌めかせ、僕は眩しい彼女を仰ぎみながら、返事をする。

「…そうだよ。君も、来てくれてありがとう。」

 嬉しくて嬉しくて、ニヤけた顔を誤魔化そうとして、はにかんだ笑顔を向けた。


「ふうーん、貴方変わった顔よね。

ところで、いつまで其処にそうしているの?」

「…あー、そっちに行っても良い?」

 これはつまり、

『ところで貴方、私に用があるのよね。なら何で其処にいるの?そんな所にいたら話せないじゃない、呼び出しておいて帰るの?』

と、いうことだろうか?


「早く上がって来たら?日が沈んで仕舞うわ」

 彼女は僕から目を離し、沈みゆく太陽を眺めて言う。

「分かった、少し待っていて」

 でこぼこの木肌に手をかけ、木によじ登っていく僕。齷齪と登っていると感じる木の温もりは、少しだけ冷たく。乾いたガサガサの木肌とは対照的であるけれど、いつのまにやら一緒になって登っていた、小さな黒い蟻がどんどん先を行って仕舞う。やっと太めの枝に手をかける。手を置いた傍には蜘蛛がせっせと巣を造っており、よく見れば他にも沢山の巣が張り巡らされてあった。その糸に触れない様、今度はその枝を足場にして彼女に向かって手を伸ばす。そうして登ってきた僕に、彼女は場所を譲ってくれた。


「フフッ、ね?下にいるの、勿体ないでしょ?」

 やっと登り終え、僕には少し心許ない、枝の上におっかなびっくり腰掛ける。目と鼻の先に居る彼女との距離に、おどける僕に話し掛ける彼女はやはり、僕ではなく、枝先の更に向こうに向いていて。余裕を取り戻し始めた僕も、彼女に習い顔を上げる。

少し上気した頬を乾いた冷たい風が撫でつけ、気持ち良さに思わず目を細め、改めて目を向けると…

目の前に広るのは、一つの絵画のように、抽象的な景色で、平衡感覚を消し去る程に。衝動を駆り立てる赤と黒のコントラストが理性を追いやるのだ。太陽を掴もうとするように、自らの枝を伸ばし、黒い影の隙間からオレンジの光が零れて枝の上で輝き、僕らを射ぬく。空はうっすらと朱を纏い、それらを包み込む柔らかな白緑色。風に煽られ蠢く黒い影がザァーザァーと、妖しく唱う様に鳴いている。


(これが、彼女の観ている世界、なんだろうか…?)

 目の前の景色に圧巻として、我を失ってしまったが。この景色を見せてくれたのは他ならない彼女である。少し、僕は彼女に近づけたのだろうか?期待しても、良いのだろうか?


「綺麗でしょ?この木が、その身全てを使って、光を求めているの。決して届かないのに、それでも、求める事を止められないの…。

初めてだわ、ここまで来てくれた人は。それで?貴方はここまで来て何を話したいの?」


 さっきまで、ずっと僕に見向きもしていなかった彼女が僕に話しかける。その、言葉に彼女の心があるのではないだろうか?

ならば

解は

『この景色は、必死になって求める私と同じ、無意味だと分かっていても、私は今の私を止められない。それで?貴方は私にどんな要があって、ここまで来たの?』

 彼女の黒い瞳を覗き見ながら僕は彼女の好む言い回しで、僕の利己的な願いを口にする。

「そうだね、僕は、君と分かち合いたい。死が分かつまで君と…久代瀬良(くしろせら)さん、君とこれからの時を分かちたいんだ。」

 これは僕の本心であり、願いでもある。

僕は彼女の傍で愛すべき彼女を見て居たいし。彼女の唯一に成りたい。だから僕は彼女と生きる事を分かちたいと想うのだ。

僕の言葉を聞いて、彼女の凪いでいた瞳が揺らぐ。揺らいだ彼女の瞳はみるみる輝きを増し。太陽の最後の一欠片が彼女の瞳に投じられた。


「本当に?本当に私と分かちたいの?

貴方が私の太陽に、なってくれるの?何故?」

「本当だよ。君は気付いていなかったかもしれないけれど、僕にとって君は水面に遊ぶ光りそのものだった。ねぇ、僕は、君の太陽になれる?」

 信じられないとでも、言いたそうな彼女に僕は優しく、願いと、許しを乞う。


「わ、分からないは、…でも、そうね。

私が光りだと言うのなら、今、貴方はきっと太陽だわ。」


 更に困惑する彼女だけど、直ぐにいつもの彼女に戻り、彼女らしく、受け入れてくれた。その彼女の顔は、幸福と期待に胸踊らす、少女そのもの。吹きゆく風は彼女の髪をなびかせ、柔らかささえ演出し、朝靄を攫う風の様だ。


「ありがとう、瀬良さん。大丈夫、僕は君を愛しているから。君の太陽であり続けるよ。

君の隣に居たいから」

 決意と誓いの言葉を贈る。

根拠なんて無い。全て彼女の期待に応えられるかどうか…だ。


「そ?なら頑張って。

東海林紀昭(しょうじのりあき)さん。」

 不敵に言う彼女の口からでた。僕の名前。前に一度だけしか名乗らなかった僕の名前をまさか彼女が覚えていたなんて、驚きだ。あれから一度だって、彼女の口から僕の名を呼んでくれたことなんて無かったのに。今、初めて呼ばれた僕の名をこんなにも、特別な物の様に感じるなんて、夢にも想わなかった。


「ぼ、僕の名前…知っていたの?」

「何を言っているの?貴方が教えてくれたのよ。いつだったか、この下で。

今までは、呼ぶ必要がなかっただけ、でしょう?」

「そうか、覚えてくれていたのか。そうか、そうか」

 当然な事の様に答える彼女に僕はただ、頷き続けるしかなかった。たったこれだけのことが嬉しくて、とても幸せ過ぎて。

噛み締める幸せと共に、彼女の傍にいることを僕自身に誓った。





 そうして、僕と彼女の関係は大きく変わり。

 それでも、変わらず嘯く彼女。


 囀ずる、彼女の隣を歩く僕。


 木漏れ日と遊ぶ彼女に誘われて、秋の終わりに木枯らしが、黄色い銀杏の葉を運ぶ。

そんな、眩しい光景を僕は微笑みながら、特等席で僕の『目映い光』を見るのだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 読ませる文章力だなぁ、と感嘆いたしました。 詩のような美しい描写で、容易に頭にイメージを浮かべることができました。 [一言] 大人の女性には特に読んで欲しい、素敵な作品だと思いました。 …
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